復活を待つ者
シオンたちがドワーフの国を出たころ、王都では魔王復活の準備が進められていた。
崩れた王城の地下には、広い部屋が残っていた。床には壊された魔法陣の跡があり、その中央の台座には一つの珠が置かれていた。
シレーヌは台座の前に立ち、珠をじっと見つめていた。
「グリッドルフ様。もう少しです」
珠の中には淡い光が見えた。地下に広がる魔脈から、絶えず魔力が供給されていた。
「この場所を手に入れました。あとは、お戻りになるのを待つばかりです」
シレーヌは珠へ手を伸ばしかけ、途中で止めた。そのまましばらく眺めていると、入り口から声がした。
「ずいぶん嬉しそうじゃねぇか」
振り返ると、ラフィング・ピエロの頭領、ザルタンが立っていた。
「何の用だ」
「約束の確認だよ。王都を手に入れたら、俺たちは好きにしていい。そういう話だったな」
「覚えている。お前たちの働きには感謝しているぞ」
「口だけじゃ困るんだよ。こっちも部下を危ねぇところに送り込んだんだ」
ザルタンは部屋へ入り、床に残った魔法陣を見下ろした。
「こいつを壊すのも楽じゃなかった。城の連中が残っていたら、どうなってたか」
「そのために軍を動かしたのだ。兵たちが魔物を防いでいる間に、お前たちが地下へ入る。予定どおりだったではないか」
「まあな」
ザルタンは台座に目を向けた。
「それで、その珠をまたここに置いていいのか? もともとここで封印してたんだろ」
「同じ場所でも、使い方が違う」
「どう違うんだよ」
シレーヌは割れた床を指した。
「ここには強い魔脈がある。人間どもが王都を築いたのも、その力を利用するためだ。城があったから魔脈が強くなったのではない」
「そんなに都合のいい場所だったのか」
「ああ。ジャックはこの魔脈を支配し、聖なる性質の魔力を封印の魔法陣に送り込んでいた。そのため、封印は弱まることなく保たれていたのだ」
ザルタンは珠をのぞき込んだ。
「なら、珠を持ち出した時点で、その力は届かなくなったんだろ?」
「そうだ。いずれ封印は弱まる。だが、ただ待つだけでは時間がかかる」
「それを早めるために、王都まで奪ったってわけか」
「ようやく分かったか」
シレーヌは再び珠の方を向いた。
「魔法陣を壊し、この場所を我らが占拠した。今は我らが魔脈の力を操り、その性質も変えた。もはや、ジャックの封印を守るための力ではない」
「今度は魔王様を元気にしているってことか」
「その通りだ。この魔力を珠の中のグリッドルフ様へ供給する。封印が弱まるのを待つだけより、はるかに早くお戻りになれる」
珠の光がわずかに強くなった。シレーヌは話を止め、台座へ近づいた。しばらくして光が元に戻ると、少し残念そうに手を下ろした。
「……まだか」
「そんなに見てても、早く出てくるわけじゃねぇだろ」
「黙れ」
シレーヌに睨まれ、ザルタンは肩をすくめた。
「こっちはお前ほど気長じゃねぇんだ。いつまでも待たされるのは御免だぞ」
「王都は約束どおり好きに使えばよい。ただし、この地下には手を出すな。魔王様の復活を妨げる者は、お前たちでも許さぬ」
「分かってるよ。俺たちは商売ができればいいんだ」
ザルタンは台座から離れた。階段へ向かおうとしたところで、鎧を着た男が下りてきた。
王都を攻めた際、黒いワイバーンに乗っていた武将、エルミュドラだった。
「シレーヌ。南から人間どもが近づいている」
「どのくらいだ」
「まだ数は調べている。各地から集まった義勇軍らしい。街道を北へ進んでいるぞ」
ザルタンは足を止めた。
「おいおい、もう取り返しに来たのかよ」
「この時に、余計な真似を」
シレーヌは珠を一度見てから、エルミュドラに向き直った。
「剣士のゴードに伝えろ。南側に兵を集め、人間どもを王都へ近づけるな」
「俺も出ようか」
「お前は空から動きを見てこい。ほかに近づいてくる軍がいないかも調べるのだ」
「分かった。ゴードのところへ寄ってから出る」
エルミュドラはそう言って階段を上っていった。
「俺たちも巻き込まれるのか?」
ザルタンが聞くと、シレーヌは冷たく答えた。
「お前たちの仕事場を守ってやるのだ。文句があるのか」
「仕事場にする前に、また壊されちゃかなわねぇからな」
ザルタンはそれだけ言うと、エルミュドラの後を追った。
一人になったシレーヌは、台座の前へ戻った。珠は先ほどと変わらず、淡く光っている。
彼女は膝をつき、顔を近づけた。
「人間どもがまた邪魔をしようとしております。ですが、ご安心ください。ここには一歩も近づけさせません」
返事はなかった。シレーヌは構わず話を続けた。
「あなた様がお戻りになれば、もう誰にも逆らわせません。あの時のように、封じられることも……」
そこで言葉を止め、珠を見つめた。やがて立ち上がると、入り口を守る兵に声をかけた。
「見張りを増やせ。ここは昼も夜も空けるな」
「はっ」
兵が走り去るのを見届けると、シレーヌは台座へ向き直った。
「お待ちしております。グリッドルフ様」
地上では、エルミュドラの黒いワイバーンが翼を広げた。その下を、オークたちが武器を手に南の城門へ集まっていた。




