835◇理路整然とした唯一の誤答
──一神教。
言わずもがな、天世で最大勢力を誇っていたあれらも含めた宗教の総称のこと。
当然ながらその特徴として、ひと柱しか“神”はいないという点。
神聖四文字って呼ばれたりもする存在を信仰している人達が多くを占めている。
しかし実情としては神と呼ばれる存在が──私でもなれるように──沢山いると判明している以上、何とも言えない思想でもある。
まあ宗教、もとい信仰は事実かどうかよりも人々の精神的支柱になり得るかのほうがずっと重要だからそこはいいんだけど。
それはいいのよ。宗教における神の定義とかの話に反らすと色々面倒になるから。
「神々がひと柱しかいらっしゃらない、ですか」
「真に全能な上位存在が唯一存在している。そういう思考を核に信仰を作り上げた人達がいるのです」
「しかし、全能というのはあり得ません。全能存在は全能であることを認知した瞬間にその全能性が崩れるのですから」
予期通りの反論が飛んでくる。まあ教義の一番大切なところだから、そりゃ何千回何万回と似たような話はされてきたんだろうなぁ。
「はい。ですので存在し得るのは、下位世界において全能である創造主だけでしょう」
全能存在を作ろうとしたら、自然と定められる事項がある。
それは例えば……『全観測の悪魔』という思考実験からもわかったりする。
その世界に存在する森羅万象全てを観測可能であり、全てを識っているが故に未来を予測出来るとされる空想上の悪魔。
けれどそれは、自身の観測による影響を考えていない……というか、『“全てを観測した自分”を観測した自分』を観測した自分……ってところでバグが発生する。
だから仮に存在するとしたら、観測者は観測対象と異なる“世界”にいなくちゃいけない。
だから全能者も同様に異なる世界に存在するはず、という話。
ふむ、と頷いているソフィアさんを視認してから私にとっての本題に入る。
「以上をふまえて、ソフィア・アルカディア・ソルム様は──トラウィス王国第二王女様をどう思いますか?」
私はこの人、ソフィアさんのことはそこまで好きじゃない。
宗教に大分傾倒しているから、っていうのもあるけれど……そんなことはどうでもいい。傾倒してようと良い人は良いし。ちょっと会話が通じないタイミングがあるだけで。
そこまで好きじゃないのはただ一点の理由。
この人がアリスを嫌っているから。
その証拠にアリスの名前を出した瞬間に、0.1秒足らずではあるものの僅かに表情が歪んだ。
この落差を作るためにわざわざ宗教の話に合わせたんだから。
「王国第二王女様は……全ての“模範解答”を知っているかのような政治をします。やったこと全てが結果的に最善へと結び付く、それは神々に祝福されているとしか思えませんが……」
が、と苦言を呈するという体で本音を漏らす。
「何かに呪われているのではないか、とすら思ってしまいます」
宗教国家の王女が言う“呪われた”ほど説得力のある言葉もそうないなぁ、と俯瞰して思う。
いや本当にね。
余計アリスについてわからなくなってくる。
どうせ聞いてるだろうから正直に言うけれど、徐々に信じられなくなっていく。
「…………政治的なお話ではなく、これは未来ある“カタセハナ”という一個人に向けて助言をさせてください。あの王女様はハッキリ言って異常です。距離感には、充分過ぎるほど気を付けてください」
瞳に宿る色は真剣なもの。『観測』で見ても一切騙そうだとか、離反させて都合良いように動かそうという気持ちは見えない。100%純粋な心配と善意による警告。
嫌っているという逆の贔屓目を抜いてもなお、異常だとソフィアさんは言いきる。
……アリス、アリスかぁ。
胸に残る熱はまだまだ衰える気配を一向に見せず、けれどもそれに安堵する自分には嫌気がさす。
「謹言、ありがとうございます。しかし私は第二王女様の隠し札ですから──例え世界全てが敵に回ったとしても、彼女の味方であり続けますよ」
これは本音。今のアリスが疑わしくなっている、というのも当然のことながら本音。
でもそれは即座に敵に回る、ということを意味しない。
それどころかむしろ、永劫に敵に回らないことすら保証する理論ですらある。
──信じる為に疑う。
誰が最初言った言葉だったか、真に味方になる為にはまず疑えって話。疑って疑って、それでもなお疑問点や疑念が生じないということを証明しろって話よ。
何もかも言われた通りに『はいそうですか』と受け入れてたら、それは味方ではなく盲信であり──対等ではなく従属に他ならない。
現在進行形で発生しまくってる疑念は数多あれど、疑念は敵に回る理由には決してならない。私にとってはね?
だって『この人キナ臭くない?味方やめとこ』なんて立場の移り変わり方してたら世界を渡り歩くなんて不可能でしょ。私は数学で言うなら純粋数学派なんだ。
近似なんてもっての他、0以外を0と見なしてやるものか。
ふぅ、と息をつくソフィアさん。
何を思ったかその黄金色の瞳が怪しく揺れる。
口を開く。未来が見える。陥穽を検知する。
「すみませんが、模擬戦は辞退させていただきます」
負けても詰み、勝っても詰みの模擬戦へと持ち込まれる未来が見えた。
それは一度アリスという傑物相手に経験していることだから。
『観測』は10%しか働いていないというのに、不思議とそれ以上に思考が回転しているような錯覚に陥る。
「……それは残念です。理由をお伺いしても?」
ソフィア・アルカディア・ソルム。
目の前にいる理想郷の王女様は、不思議の国の王女を全力で警戒して、恐らく同時に妬んでいる。
まあそれでも忠告してくれたりするあたり、良い人の面もあるんだろうね。それだけじゃないってだけで。
そんな彼女が私に──アリスの隠し札にしたいことといえば、脅威度の見極め。
同時にそれはノアの“お友達”の厄介度合いの見極めにもなる一挙両得的思考でしょう。
離反の煽りと純粋な心配が織り混ざった会話は終了し、これによって王女と伯爵という立場でのやり取りは一時的に終戦を迎えた。
だとしたら、次にやってくるのは魔術師と魔術師としてのやり取り。
そんな予測が脳内では何故だか素早く叩き出されていた。
で、ここからが本番。
なんで断ったかって話。
「ソルム神国の防国の要でもある聖乙女円卓……その筆頭様と戦うのに末席である私は不釣り合いですから」
戦うならシルクエスさんが妥当でしょ。トップ同士で盛大にドンパチやってろよ。
……まあ完全なウソかって言われたら違うけれど、それでも建前よりの本音。
多分あの人、純粋な魔法使いとしての技量なら誰も届かないところにいるからね。
私の『観測』、ラスティの文明兵器、セリアの天花術式、アリスの武器……ああいう埒外の反則技がないと、純粋戦闘において“勝ち目”ってのが出てこない。
現代魔法という枠組みの中でなら、紛れもない最強でしょって感じ。
古代文明勢と比較すると……イシュタム曰く「中の上」だったよね。
でも継戦能力だとあの時代換算しても最高峰だったらしいしどうなんだろ、わかんない。
……今気付いたけれど、あの人戦闘中に一回もD.E.I.使ってなかったな。ウソでしょ?
ま、まあともかく筆頭は筆頭同士で殴りあってろってのは2%くらいの本音としてはある。
で、それはそれとして。
負けたらアリスの魔術師としての経歴に泥を塗られ、勝ったら異国の王族を負かせたと文句を政治的に言われる。
どちらにせよ社会的負け戦に付き合ってられるか、ってのが残り90%以上の本音。
「不釣り合いだなんてとんでもないですよ。星々のない新月夜を造り出せるほどの方であるのですから」
なるほど、そう来たかと思考を回し始める。
ある程度以上の実力を持っていると喧伝してしまった以上、戦力不釣り合い説は切り捨てられると。
うーん、どうしよう。残念ながら対抗策的妙案を思い付いてないんだけど……
とりあえず沈黙は肯定なりとかいう正気を失ってるルールに飲み込まれないよう、口を開こうとして──
「あっ、はいはーい!じゃあ同じ末席のわたしならどう!?平等っ!イコールっ!セーフティーですよ!」
状況は混沌へと叩き落とされた。




