832◇可侵天球に包まれた箱庭世界
「『反対』をやってみようよ!どこまで太陽に近づけるか!何処まで翔んでいけるか!」
イカロスの翼か?というツッコミをしそうになって……ああいや、まさか本当にイカロスの翼なのか?と思い直す。
「波に拐われるか、それとも燃え尽きるまでってこと?」
イカロスの翼。
何処までも翔んでいける翼を貰った人類についてのお話。
有名なお話では、高く高く翔びすぎて太陽で焼け死ぬというものだけれど……別の場所では、その焼死を恐れ過ぎて低く翔ぶ。その結果として大波に拐われての溺死……そんな結末となる。
そんな教養バトルはどうでもいいとして、具体的には何をするの?というお話。
まさか実際に太陽に向かって翔んでいくわけじゃないだろうし。
疑問提起の視線を向けると、ノアは『え?』とでも言うように首をかしげる。
「え?」
うわ本当に言ったよ。
「太陽まで翔ばないの?」
翔ばない。
「え?翔ぼうよ!楽しいよ!」
燃え尽きた人がいる、って話を直前にしてるのにやろうとするのはなぁ。
多分それ、勇気とか本能とかじゃなくて蛮勇とかじゃない?それかただの愚か者。
「そう。だから前やったのね?」
は?いや、え?太陽に向かって翔んだの?
私の認識は間違ってないよね、と脳内で整理する。
太陽というのは、常に核融合を起こし続けることで光続け、燃え続ける灼熱の恒星。
表面温度は低めに見積もっても5000度を越え、中心まで潜って考えれば100万度を越える業火の世界。
「……あ、ああ。行けなかったってことね」
いくらノアの『空間転移』であっても、距離制限はあった。見える場所だから全て行ける、とは言えども制限があった。限界があった。
その落ちならば一番わかりやすい、と自身を納得させる。
「──行けたよ?わたしは正真正銘、太陽という星に辿り着いた」
その言葉に。発されたその異常な文章に、この星で一番驚けるのは私だろう、と思った。
それが普通──いや、魔術や魔法を含めてもなお“有り得ない”に近しいことだと思える人は少ない。
それは何も視点の問題ではなく。
『光も有限の速度である』という真実を知っているかどうかの違いだけ。
光ですらここ、地球から8分余りの時間をかけて辿り着ける太陽に所要時間0秒で辿り着いたというバグ。
……厳密には有り得ないわけじゃない。
私が驚いたのは、『空間転移』の無法さであり、無縫さに対して。それともうひとつ。
夜空に瞬く星。
人類が古代から常に目指し続けた天の世界。
神話が眠り、希望と夢が埋められた天に何の代償もなしに──何回でも、旅立つことが出来る。
「まあもちろん、燃え尽きないように師匠に細工して貰ったりはしてたけれど……」
逆に。細工をして貰うだけで、どうにか行けてしまう。
灼熱に耐えられる装備と、空気がないという事象への対抗策さえあれば何の考えもなしに行けてしまう。辿り着けてしまう。
「ノア、それ本当?」
──それはきっと、つまらないことだ。
私も強く衝撃を受けたけれど、もっと衝撃を受けたのは『観測』としての私の方。
観測者であり、記述者であり、万象を比較実験対象と定義する生粋の合理存在。その『観測』が最も衝撃を受けていた。
「ウソ言っても仕方なくない?面白くもないしね!」
押し黙る。押し黙らされる。
どうして『観測』が衝撃を受けているのか。それには理由がある。
『観測』の分析によるならば、人類という存在は理性と欲望を同時に飼っている生物種である。
あれが欲しいこれが欲しいと欲望が働けば、それを叶える為に理性が道筋を作る。
欲望がゴールを作り、理性が道を拓く。そういう生き物であると分析している。
まあそれは私としてもそうだろうな、とは思う。
問題はその先。ではどうやって、欲望が生まれるのか。
『観測』は考えた。私の……片瀬花奈の人生を概算して、要約して、無駄を切り捨てた結果一つの答えを出していた。
──欲望は、不可能から発生する。
言われてみれば至極単純であり、わざわざ仰々しく言う必要があるのかすら怪しいこと。それでも、その通りではあると納得出来ること。
あれが出来ないから。これが出来ないから。だから、人間はやりたいと思う。
古代の人類は宙を見て、宇宙に眠る世界へと想いを馳せた。
そして、どうしようもない──出来ない尽くしに対して様々な感情を抱いてきた。
知るというのは不可逆的行為である。一度知ってしまえば、知っていない状態へと戻る事は基本的に不可能である。魔法や定義を使えば可能であるけど、重要なのはそうじゃない。
“知りながらも、知らない状況”というのは有り得ないということ。
ノアは空間転移が出来る。この魔術世界であれば、文字通り何処にでも行けるはず。
灼熱の星であろうと、極寒のガス惑星だろうと、究極の黒穴だろうと、全て何の気なしにいける。
そして返ってこれる。
未知がある、わからないがあるなら翔べば体験出来る。
“移動”という人類が最も難儀する概念において、ノアは永遠に苦労することはない。不可能が生じ得ない。つまり、願望が──願いが、想いが発生しない。
そう分析したからこそ、『観測』は驚いている。
人類には手に追えない“天”があるからこそ、人類は種族として成長し続けられる。願いを持ち続けられる、と。
その極大にして究極の反例が出てきてしまったわけだ。
ま、私としてはそんなことどうでもいいんだけどね?
私的には、単純に『え?太陽行ったの?馬鹿なの?』って驚きだけ。
人類という種族についての命題を考える上での価値観。その根底を揺るがす壮大な問題、だなんてことは一切思っていない。
何でもかんでも壮大にして一般化すればいい、って話じゃないのよ。そうやって観るのが楽しい時もあるけどね。
「太陽、どうだった?暑かった?」
「暑いとか感じてたら死んでるって!茹でノアだよ!」
茹でノア……?
どっから水分が出てきたのか気になるわね。
「うーんとね。神秘の雄大さ?自然の力強さ?なんかそんなパワーだなぁ、って思った!」
具体的な返答があんまり返ってこない。
自然の力強さはいいよ。年中核融合していて、地球で使う電力なんて誤差に見えるくらいのエネルギーを生成し続けてる恒星なんだもの。
神秘の雄大さ、ってのはいまいちわからない。
ここら辺って私が天世出身……つまり、魔術のない世界で生まれたことが原因だったりするのかな?
さて、ずっとそうだったと思い続けてきた仮説が外れて拗ねてる『観測』君は置いておこう。
「神秘の雄大さかぁ。どう?私も一応神様ではあるらしいけど」
そういえば称号換算的には神だったな、と思い出すようにして言う。
「えぇぇ……どっちかっていうと、お伽噺の隅っこに追いやられた端役?」
特大の罵倒じゃない?それ。
流石に端役じゃなくて、メイン登場人物の一人くらいではある自信があるんだけど。
だってお伽噺の端役が世界創世神の能力持ってたらイヤでしょ?
もしそうだったら私、その本ぶん投げて作者に殴り込みにいくよ?
「酷くない?もうちょっとこう……手心とか加えてもいいのに」
「そんなの気にするくらいヤワじゃないでしょ?ハナは紛れもなく本物の──」
「うん、本物の英雄なんだから!」
知らない人から向けられる……どころか、親しい人からでさえ本気で英雄であると言われたら。
普通、そうあれかしという重圧になるものである。
その人の考える英雄という枠組み。期待に応え続けなくてはいけないという重責。
普通、そうなるものと思っていたけれど……ノアの場合は不思議とそうならない。
何の気負いなく、何の重さもなくただ言っただけ。
その瞬間、その時に思ったことをそのまま世界に写したかのような言葉。
「宇宙すら庭に出来る流星に言われてもなぁ」
だから、返しの言葉もただの思いつきで終わらせられる。
どれだけ背景が重かったとしても、それを一蹴出来てしまう心地よい軽さ。
「……」
無言のまま、視線が交わる。
ちょっとした共通点が見つかった安堵。
「ふふんっ、すごいでしょ!世界全部が私の箱庭だからね!」
それを虚言じゃない事実にする人には、始めて出会ったなぁ……




