828◇『時代の怪物』アリス・フォン・トラウィス
──観測完了。時間は正解に近づいている。
『観測』が正解に近付いている、と助言をくれる。またとない“格上”との戦闘に反応して新たな『技術』を提供しようとしている。
そこで、同時に思い至る。『本気』はこれだけか、ということに。
この模擬戦において全てが茶番であるとしたならば、ジャンルは何になる?本当に戦闘だけか?
思考を回す、『観測』が正解を流す。
ギリギリと悲鳴をあげ始めた大脳が、未知を既知へとすり替える為に動き始める。
理論値の60%出力で『観測』を行使するということ。
『観測』、それに過半数を渡すということ。
当然意識の60%を明け渡すということと同義ではないけれど、突然の過負荷によりダメージは入る。
元々“乗っ取ろうとしていた”ということを加味して、それでもなお上がったテンションが抑えきれなかった場合どうなるか。
──解答は単純、擬似的な二重人格の顕現。
逆説的にこれが発生していれば、乗っ取られてはいないんだろうな……って検出方法もあるけど、危険なのは変わらないので却下。
さて、話を戻してシルクエスさんの『本気』という表現。
宮廷魔術師筆頭としての全力というのは、『魔術師としての本気ではないということ。意味合いが少しだけ異なる。
例えば、宮廷魔術師として政治に関わる──或いは国家の重鎮としての本気、ということだったり。
そしてここまでの“模擬戦”は戦闘だけではなく、談笑も主軸の一つであったが故に、そっち方面でも『本気』が見れると考えたほうが合理的。
「重ねて。シルクエスさんはアリスをどう思う?」
戦闘に割くリソースを最低限に。少しの誤謬も過誤も見逃してはいけない、と言わんばかりに『観測』を向けて質問する。
「底の見えない天才ではありますよ。しかし、一方でそれだけではあります」
へぇ、と心の中の私が鎌をもたげる。
あのアリスを“それだけ”と表現するのね。
「底が見えないですが、第二王女様一人から出てくる結果は一つです。そういう視点で見るならば、時代の変革児にしかなれません」
カッと熱くなりかけた激情を、空へと戻す。
その評価がなしではない、あり得なくはない、理解出来るものであるという受容の視点に立つ。
アリスが時代の変革児にしかなれない。『しか』という言葉のせいで否定的な文脈が乗っているようにも取れるけれど、その実『変革児になれる』というのは基本的には才覚を示す意味合いが強い。
まあ『変革』って言葉だから、それが良い方向かってのを言及してないのはやらしいところだけど。
そして、アリスの欠点のひとつ──彼女がひとりであるという点について。
確かに最近まではそうだったのかもしれない。アリスが全てを託せる存在がいなかったから。信じられる相手がいなかったが故に発生した問題は、考えるまでもなく存在した。
「じゃあ、私を……『夢幻空間』という人物を考慮に入れると?」
無意識的に出た言葉は願望の発露である。
『夢幻裁定』ではなく、『夢幻空間』。シルクエスさんが観測のこととかを知らない以上、『夢幻裁定』と言っても混乱が生じるだけだろうけど……言い方自体は他にも存在した。
その中で『夢幻空間』という、宮廷魔術師としての名前を無意識下で言葉に出したという意味。
「正直な話、『夢幻空間』と第二王女様の組み合わせは有り得ないと思っていました。余程の偶然が噛み合わなければ、実現しないと」
なるほど、と私は感嘆を漏らす。
アリスについても私についても詳しくは知らないのに、この状況が奇跡の類いであることはわかっている、と。
「こうして話してみて確信に至りましたが、第二王女様と『夢幻空間』が──いえ、ハナ伯爵が合わさると化けますよ」
「化ける?」
「はい。未来において──『万能の賢者』と『全知の魔術師』が並べば、如何なる失策もしないでしょう。それほどの才覚だと保証しましょう」
私のことを全知と称した。つまり、私のことを情報収集や分析が出来る存在であると認識している。
『観測』という絡繰はバレてないだろうけど、全知という言葉が出てくるあたり……うん。
やっぱり私単独で民主政治やるのは向いてないね。
それこそ独裁のほうが向いてるかもしれない。
「確かに」
そう区切って、シルクエスさんはアリスという人物の行う政治の強みを語る。
「あなたが入ることで、第二王女様はかつてないほど弱体化します。能力で言えば三割出せているか怪しいくらいですよ」
私という存在が、言い換えれば私達という足枷がアリスに制限をつけているという事実。
何も知らない素人を引っ張ってきたらそうなることは容易にわかる。
「第二王女様は、一人でいる時が一番弱くて強いのです。それはきっと、後戻りをしなくてすむから」
パチン、と空気を区切ってシルクエスさんは続ける。
「私があなたを『全知の魔術師』と評した理由ですが、例えば。あなたが私の……大隊長の保持している能力を見た時、まず最初に浮かんだ表情は納得でした。その反応は事前に知っていないと浮かばないものですが……」
ほら、アリスが教えてくれたのかもよ?と投げ掛けること自体は簡単なこと。
一応アリスが教えてくれたということ自体は事実ではあるから、反撃の材料には使えはする。
ただ、そのまま言うだけだと見透かされるのがオチだろうから、未知関数を噛ませる。
「第二王女様が教えてくれた。アリスにとって私はそういう立場だからね」
未知関数の名は出自。
私の本当の出自というのは、基本的に不可侵領域に存在する。どこからどう分析したところで、真実を当てられる道筋というのは“飛躍”か“事前知識”がないと不可能なわけで。
何重もの防護壁を噛ませている天世出身という情報は、まあ漏れることはない。
精々推測が働いたとしても、「魔法文明出身」だとか「科学文明出身」だとかその辺でしょう。
そこまでふまえると、アリスが出した最初の予測である「異世界転移」というのが本当に意味不明なことになる。
昔の文明から転移してきた、ではなく「異世界転移」であると推測した理由がわからない。
せめて出てくるとしたら「同世界転移」でしょうって感じ。
「そう言われては、我々はこれ以上の追求を辞めるしかなくなってしまいます。第二王女様の秘匿を出し抜く秘技なんて持っていませんから」
それは暗に、第二王女様のものでなければ……即ち、私という湖を通せばその秘匿すらも明らかになるという言説を含んでいた。
そして、だ。『観測』ありきで落ち着いて考えてみると更に際立つのがアリス・フォン・トラウィスという人物。
天才だ天才だと雑に言ってるし、本人も言ってるけど……それをふまえてもなお、おかしい。
「本当に?魔術師として全力を出していなかったように、そっちでも全力を出してないんじゃない?」
「いやいや、とてもじゃないですがそれは不可能です。恐らく読むことが可能なのは、それこそ……『魔術騎士』か“王族の大罪者”くらいなものでしょう」
つまり言い換えるなら、魔術騎士か王族の大罪者くらいしかいないということ。
人類最高峰どころか、数千年先の未来すら一部予測出来る予知の異才と、同様の天才であり実の妹として数年間付き合ってきた異常生物にしか読めない。
そして、読めないという単語が示していること。
それは──
「当然。読めると読み切れるは別ですよ。その上、現実問題として『読むか』ということも挙げられます」
そう。
結果だけ予測出来るのと、手法も予測出来るのでは雲泥の差がある。そして更に加えて『裏で何かが起きている』ことに気づけなければ土俵にすら立てないというのだから恐ろしい。
つまり、アリスの行動はそこまでであるということ。
──……そこまで、すごくはない。
と、本人は呼称してるものの……いや待てよ。もしかして。
「ここに私を呼んだのは、私を試す目的もあっただろうけど……それを乗り越えた場合、『アリスについて隔離空間で話す』って目的もあったんじゃない?」
「……第二王女様を排除しよう、とは少し足りとも思っていませんので安心してください。私は究極的には魔術研究さえ出来る土壌があれば満足ですからね。出来るからやっているだけであって、覇権という特大の罠に首を突っ込むつもりは到底ありませんよ」
そこで、私はひとつ気になることが発生する。
異常だ異常だと王国の人はアリスを評価するものの、その理由を私は知らない。
私への証明はいいよ。何なら天才であろうがなかろうがアリスはアリスだ。
リルトンもまあいいよ。
転移の発想についても、戦闘についても、知らないはずの一般人視点でアリスが異常だと称する理由がわからない。
──花奈、それ以上は……
「アリスの……王国第二王女の天才性。毎回具体例が伴わないんだけど?」
アリスが異論を唱えかけるものの、好奇心に突き動かされた私の口はそれよりはやく動いていた。
アリスが政治関連の話をなるべく私に持ち出さないようにしているのはわかっている。それは私を心配してくれてのことだとも理解している。
その上で、アリスがどういう人なのか。持て囃されるその根源を知りたい──私の知らないアリスの長所を知りたい。
……アリスの返答はない。本気で止めて欲しいのなら、ここで“静止”が入るはず。
もしそう考えていなかったとしても、私が今この瞬間にそれを考えている以上──アリスには止めるという方法がある。
たった一言、「やめて」と言えば止まる。たったそれだけのことだから。
──仕方ない、遅かれ早かれ知られていたから。
でも、と区切ってアリスは続ける。
──『旧・幻想賢者』が間違えたら、その時は意見する。
発言の途端、アリスの空気が一変する。
これは『シルクエスという人物に対する試練だ』とでも言うような姿勢。
本来アリス側にその評価をするのはおかしいはずだけれど、アリスの態度とシルクエスさんの慎重さがそれを事実へと昇華させる。
「それを話せば、あなた経由で本人にも伝わるでしょう。そして間違えていれば──穏やかに表現するなら、“干される”というところですね」
干される、干されるか。
その表現を口の中で転がしながら、少しだけ考える。
シルクエスさんは例えどれだけ腐ったとしても宮廷魔術師筆頭だ。つまり、国防の要……それも大黒柱のひとつとなる。それを雑に切り崩せるほどアリスの権限は強い?
いくら第二王女であっても、そんな強権を振りかざせるものなの?
いやまあこの国の法律がどうなってるか、とかは詳しく知らないんだけど。
「変わるのは私ではありません。変えられるのは恐らく立場の方です。宮廷魔術師筆頭という役職が有名無実になる。そして、多分ですがその場合──」
「代替候補のひとつとして、宮廷魔術師第六席がある?」
前にも聞いた話だけれど、宮廷魔術師第六席というのは通常の席次と少しだけ意味合いが異なってくる。
普通に考えれば“強い順”で決められるのが席次というものだけれど、第六席だけは例外であると。
最も強大な武力を持っている人が、最も強大な権威を持っているとろくなことが起こらない。
簡易的な独裁のような行動をしてしまう危険がある。故に第六席を「最も強い魔術師」とする。そんな話。
シルクエスさんの現状を聞いた今では、それが用意された建前に過ぎない感じがしてるけれど……実際のところはどうなんだろう。
「第六席というのは、次世代の筆頭を造るための土台でもあるんですよ。更にその次の候補が見つかるまでの筆頭候補、とも言えるかもしれません」
言いたいことの概要はわかった。第六席って役職がそこそこ以上に面倒な立場ってのもわかった。
同時に、最初から迷い無しに私をその立場に落としたアリスという人物の行動が不可解なものにもなった。
……纏めるならば、第六席というのは筆頭……宮廷魔術師第一席への出世を確約されているポストのようなもの。
つまり、公爵級の権力を持った国軍のトップという立場に最も近い立ち位置。そんな場所に出会って数日の異邦人を投げこむか?って話。
「だから、真実を一部だけ開示するんです。『第六席が最も武勇に優れている』という点。そこだけ伝えることで国民全体の認識を変化させる。筆頭というのを、本当の意味で政治的立場に落としこんでしまうわけです」
そこまで行けばもう単純です、と区切る。
「国民からの関心がなくなったお飾りの「筆頭」を政治的に無力化……或いは傀儡化するのは容易いこと。あっという間に老害認定ですよ」
大変ですよね、と何処か他人事のように告げるシルクエスさん。そんな軽いノリでいいんだ、と苦笑を浮かべてしまう。
──損失が小さければ、そうなるかも?
暗に大きければ、それ以上にひどい未来が待ち受けているとアリスは言う。老害認定だなんて想定は甘いと。
──そして……私にとって、花奈を見れるかは大きい問題。
おかしいな、ここにいないはずなのに気温が下がってきた。
「第二王女様が暗躍して変わったもの。それはもう多岐に渡ります。目立っているのは、税制だとか身分制だとかですが……その裏に隠れた学校教育内容であったり、“総合会社”の設立。それに私達にはまだその真意すら掴めていない銀行事業に公共事業の創設」
並べられていくアリスの事業。それを一つずつ脳内でプロットしていく。広がり続ける範囲が限界を越えないかを考えるために。
「魔道具の生産、不正者の粛正。そして最近急激に進めているのは……“発電所”でしたね。あとは選挙制というのを一部役職で導入しようとしているらしい動きはしていますが……」
なるほど、と脳内のペンを置く。
まるで貴族制があるだけの天世日本を作ろうとしているのか、ってほどの革新ぶり。
総合会社って名前だけど、実情は財閥とかそこら辺だろうし……銀行とかも、後々「株」って概念を作る伏線にしか見えない。
公共事業創設は、失業者対策あたりかな?それとも仕事をつくることで経済の活発度合いを調整しようとしてる?
発電所に至っては、最終ゴールがどこにあるのかわからない。魔術って概念がある以上わざわざそんなものをつくる必要があるかってことなんだけど……
──ある程度動作確認をしたら、電気事業は大失敗させる。魔術の代替以下にしかならないとほとんど全員に思わせる。
何を狙っているのか。どうして失敗を狙おうとしているのか。
失敗は多分……魔術と科学の掛け算を暗に拒否してる?
だとしたら、どうして?
わからない、と愚痴りながらも「選挙」という爆弾へと目を向ける。
貴族制という根幹を揺るがしかねない改変。
「ああ、言うまでもないですが──最も不可解な行動は『夢幻空間』の露出ですよ。第二王女様にとっての「表の英雄」……傀儡でも作りたかったのかと思いましたが……そういうわけでもないらしいですから」
重なるように現れた私という存在。
正直、天世の知識がなければ私だって欠片もわからなかったはず。たまたま偶然『異世界転移者』だったから、他の人よりは幾分かわかっているだけ。
「──親族を十人以上。貴族を百人以上『自然死』や『領地で療養』させたかわりに、国力を数倍に押し上げた『万能賢者』。ただでさえあり得ない業績を重ねている王女様に『夢幻空間』が加わった今、“次の一手”は誰にも読めていないのです」
それは一種の恐怖政治では、と口からこぼれかける。
シルクエスさんの言う“アリスの次の一手”で切られたらどうしようもないから、国益になるために働き続ける。
それは最早一種の独裁政治であり、恐怖政治だ。
「もちろん、第二王女様のそのような行動はほとんど気付かれていません。私は偶然、宮廷魔術師筆頭という立場であったが故にわかりましたが……他の大隊長達にすら、それどころか自らの父すら気づいていないと思います」
ふぅん、と『観測』が反応を見せる。紛れもない臨界点。人類という存在が何の“加護”なしに到達出来る最大地点にいるアリスという人物に反応を見せる。
「『夢幻空間』という特異存在。どこから現れたのかわからない彼女を使──」
世界の速度が少しずつ遅くなっていく。
『眼』から何かが漏れ出ていくような感覚。集められていくような感覚。
何を狙っているのか。その真意に何が眠っているのか。
どんな変動を世界に起こしてくれるのか。
『観測』を用いて、分析思考を最大限まで加速しようとした瞬間。
──っ、やっぱり!これだから!
そんな呟きが心内に響き渡る。
どうしようもない諦めが表層に出てしまったような悲鳴。
「──『異界転移の妄執』」
ボロボロと世界を崩しながら、アリスが現れる。
平常時のような優雅さはなく、乱雑に玩具箱をひっくり返した跡のような穴が数多出来る。
「良い加減に、しなさい」
現れたアリスの服装は黒一色。手に持つ杖すらも黒く塗りたくられた──まるで喪服のような格好。
「今更っ、今更──何も出来なかったお前達が介入してくるの?」
不味い。そう直感した私は、『少世界』に全てを引きずり込む準備をする。
光の加減か、アリスの瞳が濁って見える。
澄み渡る夢の青色は穢され、曇天へと変わる。
「今になって。どうしてこの瞬間なの。どうして今、予測を越えるの。今までに越えなかったの」
ぶつぶつと言葉を漏らし、黒いリボンが風に揺れる。
装飾具がカラリ、と不安にさせるような音を掻き立てる。
「利用価値はあると認める。だとしても、これ以上私達の間に入ろうとするな。これ以上入ろうとするなら──あなたの守りたいものは、次の朝日を拝めなくなると予言する」
今までとは違い、明確に敵意を込めて発された言葉。
その言葉が一般的に、「とても性格が悪い」であったり「最低の人」に分類されるということを、私は認識している。
「それは困りますね。魔術の研究環境がなくなるのは困ります」
「白々しい演技。本当になくされたい?」
ふむ、と考える様子を見てから……シルクエスさんは私をみる。
その表情に宿る感情は納得と納得不可能の双方。
『ああ、片瀬花奈にアリスの所業を語るのが爆弾なんだな』という納得と、『それはどうして?』という納得不可能。
「10分。用事は終わった」
口調に刺々しさを増しながら、アリスは言う。
意味としては『予定していた10分は経過したでしょ?さっさと帰れよ』というところ。
最早殺気すら感じられる。
「……そう心配せずとも帰りますよ。私は第二王女様や『夢幻空間』様と敵対しようとしているわけではありませんから」
そう言うと、私達は元いた空間に戻される。
辺りをちらと見回すと、シルクエスさんはいなくなっていた。
残されたのは、私と……黒一色に身を包んだアリスだけだった。
「えっと……」
私はしどろもどろになりながら、アリスに声をかける。
それは声なき声というか、滅多に表に出てこないアリスの激情に対してどう接すればいいか判断しきれなかったから。
──換言するならば、最適解が不明。
その一言に集約される。
アリスという変数、それを読みきれないと判断したわけだ。
「はぁ」と「ふぅ」が入り交じったような声がアリスから出てくる。それがどの感情に由来するものなのかがわからず、同時に私をどう観ているかが読みきれなくなる。
注視しても出てくる情報は、『怒り』『失望』『面倒臭い』付近。逆に言えば、それ以上一切が出てない……ある種の癇癪にすら見える。
けれど、それを私はあり得ないと知っている。『観測』が見ているのは何も抱いている感情だけじゃない。
全てなのだ。その感情を抱いた経緯も含め、アリスという人物の現在を全てを分析しようとしている。
だというのに、出てくる情報は結果だけ。それを信用するならば、『アリスは不機嫌になった、などの非合理的前兆や理由すらなく、突如として感情が噴出した』となる。
火山を眺めていたら、火砕流の被害だけが突如として現れた。そんな不可解。何か絡繰がないと発生しえないバグ。
脳を回転させ、60%の『観測』を全力で回しながらアリスを観る。
情報は増えない。分析結果はかわらない。つまり、わからないで結論が出される。
──出力上限による視点次元上昇を思案。
見る対象を3次元ではなく、4次元に……語弊をガン無視して言うなら「時間という軸」を増やす行動。
アリス・フォン・トラウィスという人物の15年を脳内で0から仮想演算して解答を弾き出す。
自然に出力上昇が選択肢に入っていたり、何が強化されるかを理解させられているという一種のホラーを味わいながらも、これ以上は駄目だろうという感覚に基づいて引き返す。
多分、今のアリスを本気で分析しきろうとすると──待ち受ける未来は、私が倒れるとかそのあたり。
背伸びして背伸びして、反則技を堂々と使ってもなお凡人には届かない頂点に君臨している存在。それがアリスだと再度認識させられる。
ケホッ、と漏れ出た乾いた咳を手で覆い隠す。
その手が赤く染まっているのをなかったことにする。
「……良かった。60%位なら『観測』も騙しきれるらしい」
やった、と小さくガッツポーズをするアリスに混乱が深まる。
「えっと……?」
『遍在化粧台』を使い、さっと衣装を着替えながら機嫌がよくなったアリスは答える。
「全て嘘。あれは大隊長達に、私の目的が『夢幻空間』の宰相着任だと思わせるための演技」
演技。なるほど、と私はオウム返しをする。
あれが演技。
「あの場所、あの瞬間で感情的になって入ってくる。それは私が花奈を相当大事な政的駒だと認識している。そんな内容の宣言になるから」
ニコニコと滅多に見ないほど機嫌よくなっているアリス。
ぽわぽわ、っていう効果音が適切なくらい浮かれてる。
「……それはそれとして、花奈に余り知られたくなかったのは本音だけれど」
苦笑と怯えが半分半分、といった表情を浮かべるアリス。
随分と忙しい顔面してるな……
アクセサリー枠として光を反射するくらいしか役立っていなかったラスティが人型に戻る。
「政治家、怖いですね……女優としての才能も必要なんですか」
「女優、詐欺師、扇動者、情報収集家としての才能は必須」
そうね、と何かを思い出すような素振りを挟んでから言葉を続ける。
「転換期であればなおさら──世界中を劇場にしてしまう『天才役者達』が必要だから」
「アリスは今が転換期だと?」
「セリアがいて、ラスティがいて……何よりも花奈がいる。幾星霜の念願が実現しているのだから当然」
そこまで話を聞き、ようやくアリスの『遍在化粧台』という名付けの理由がわかる。
切実な想いや高尚な思想、それら全てをただの『壁の向こうの出来事』にする偽称の人。
同時に、あまねく世界中全てが劇場であれば、その化粧台すらもあらゆる場所に存在している──その体現。
自らが天才役者となり、世界を救う人に──
「そう。私自身が天才役者を演じて、世界に倒される悪役となる」




