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ニンギョウ戦線 -The Doll Front-  作者: めばるさとし
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第1話 『少年の終わり』  2

 少年は、何も理解できないが、こんな場合に理解など必要ない。そもそも理解を超えているのだから。 今、少年が正対する人物は、元は捨ててあった人形で、それがなぜか妹――美亜――の容姿をすっかり写し取ってしまっている。

 少年はパニックながらも、人形から妹を取り戻した。


「お、おいっ……おまえ、何した? 戻せよ――俺の妹……」


 少年はそこまで言うと、後ろに立つ男に向いた。妹の顔をした人形が、まったく妹がそうするように哀しい顔をしているのが、堪えられなかったというのもある。


「何が起きた……!? 教えて下さい。いったいこれは何なんですかっ!? 妹は……動きませんっ!? 知ってるんでしょ!? 助けてくださいっ!!」


 少年の声が、闇を震わせる。男は頭を掻きながら答えた。


「うん……? 分かった。妹さんのエセ人形、エンゲージスタイル・ノヴァは破壊しよう。なあに、簡単さ。ボかぁねえ、こう見えてもこわーい組織の人間もの。出来損ないの人形を破棄する為だけの、平エージェントだけどねぇ? くく……。さて、エンゲージを破壊して、妹さんが吹き返す確率……つまり本件と妹さんの意識がなくなった事の因果関係は? ――アマンダ?」


 男は平然と語る。


「マスター。このような形で人格コピーが為された事例がありませんので――」


 計算不能と言う事か。つまり、ほぼ絶望だろう。少年はまだ少し体温のある妹の体を強く抱きしめたまま、声が出ない。


* * *


「ドッペルゲンガー、知ってるかい? もう一人の自分に会うってアレさ。妹さんは運悪く、会っちまった。でも、ねぇ。キミの責任でもあるんだよ? しょ~うねん?」


「な……」


 男が煙草に火をつけると、紫煙までもが少年にまつわりつく。


「キミはなぜ、この人形に気付いたんだろうねえ? あのゴミ捨て場で。いや、違うか。このエンゲージが、キミの思考を読み取って、そう仕向けたんだろう。なにしろキミは、エンゲージの大好物……無垢な、純潔の愛をほとばしらせているからねぇ。その妹さんに……。エンゲージ・スタイルとは性愛処理型人形って意味だ。こいつはその、欠陥人形。だから、廃棄された。捨てるのはボクの役目。捨て方は、ボクの自由さねぇ。何か質問は? しょ~うねん?」


 質問どころか、今ある現実は少年にとってどれも、塗りつぶしたいことばかり。

 しかし、黒く塗られたのは少年の方だった。

 少年は、妹の顔をした人形を睨み、言った。


「妹の……美亜の顔すんな。美亜の目で見るな……」


「ゴメンナサイ……」


「美亜の声で謝んなっ! 今すぐ、元に戻せっ! 畜生、戻せよっ! このゴミ人形っ! 早くブッ壊されちまえっ!」


「ハイ――オ言イツケノママニ。マス……ター……」


 人形エンゲージはその涙までもが、妹と同じ色をしている。そして、ただ頭を下げた。

 これに驚いたのは、自称エージェントの男と、彼をマスターと呼ぶ女性、トラヴァース・アマンダである。驚きの根拠はただ一点。


 ――エンゲージが、少年をマスターと呼んだ事。


「ほぅ? エンゲージが少年を主と認識した……? こりゃぁ、マイッちんぐ。主と人形カップルが、誕生しちまった――。それに……」


 男の驚きに、これまで感じられなかった本気が漂う。続く言葉はトラヴァースが接ないだ。


「人形の破棄権限は、いかなる場合であれ主側マスターに保障されます。組織と言えども軽々に手出しできません」


 そう。つまり、人形の処分人である男をしても、いまのエンゲージを、どうこうする権利は無い。あるのは、エンゲージのマスターこと、少年。


 ――綾世貴士、ただ一人。


 しかし――。


「あぁ、ボかぁ大事なことを忘れてたよ。躊躇することはない。この少年がエンゲージの破壊を望んでいるんだからねぇ?」


 男は言いながら、何やら特殊なピストルを、その袖口から出現させた。闇の組織のエージェントというのは、どうやら本当らしい。

 男はピストルを、エンゲージの額にあてた。エンゲージはその緑色の目を閉じ、震えている。

 少年は妹を抱いたまま、それを黙って見ていたのだが――。


「もうやめてください。それは、妹の姿ってだけで、ただの人形かもしれないけど……。とにかく俺に裁く権利はありません。俺はすぐ、妹を病院に運びます。もう、それでいいです」


「良かあ、ないさ」


 少年の答えは、男に即却下された。


「ボかぁ、ねえ。このエンゲージの処分を組織から請け負った。しかし、マスターを認識した人形を、破壊することはボクにはできない。キミはエンゲージを許すと言う。妹さんを救うのが望みと言う。でも、ねぇ。組織はこのエンゲージを、野放しにはしておかないよ? すぐに処刑人イリーガルが差し向けられるだろう。なあ、アマンダ?」


「イエス、マスター」


 呆然と聞く少年には、まだその事の大きさが理解できない。

 男はいっそう激しく、頭をかきむしると、少年に言った。


「つまり、キミも狙われる。そのエンゲージは、レベルEの性愛処理型に過ぎないが、そこらにのさばっていい代物でもない。到底、キミ程度の少年が手にしていいものじゃ無いんだよ? 分かるかい?」


「ど、どうしてっ!? 俺は無関係ですっ!? 元々捨ててあったんだし……俺、被害者じゃないですか? 勝手だっ!」


「じゃ、撃つよ? 止めるな。これで、バイバイ……」


 男の持つピストルの引き金が、重苦しく握られようとしている。

 少年は、自分がそのトリガーになったような気分で、抗った。


「駄目だっ! それは美亜じゃないけど……上手く言えないけど……それは違うっ! もうこりごりなんだっ! 親が死んで、妹がこんなになって、人形だろうが何だろうが、妹の顔をしたやつを、見捨てるなんてできないっ! 他の方法、あるんだろう? あなたは知ってるんでしょう? 助けてくださいっ!」


 少年の必死の叫びが、男の心をうったものかどうかは分からない。

 ただ、ピストルはもう降ろされていた。


「おいおい、大人は何でも知ってるなんて、勘違いしてないか?」


 男の声は、少年が待ち望むものと、あまりにかけ離れていた。

 少年は絶句し、人形エンゲージはうつむいたまま。それを哀れんだわけでもないだろうが、男は煙草をひと吸いすると、ニヤつきながら言った。


「でもまあ、知らないでもない。その方法……。キミには難しいかい?」


 少年には男の言う事が、見当もつかない。ただ黙って、男の目を見ていたが――。


「キミが守ればいいだろう? エンゲージは、もうキミの人形ものなんだから。違うかい?」


「そんな……」


「じゃ、壊させろ――」


「馬鹿な……」


「ああ、馬鹿だ。だから男は、愛する女を守って、死んでくもんだ。キミは知らなかったか? しょ~ねん?」


「……………………」


「もしキミがそうするなら、ボクはキミにつかなくもない。アマンダ……。妹さんを例の病院に。あぁ、これは信じてくれていい。この症状は、そこらの病院ではこじらせちまう。まあ、大人に任せておきなさいよ……」


 男の言葉で、トラヴァース・アマンダが少年に近づく。

 少年はもちろん、妹をすぐには手放せない。


「絶対に大丈夫だっていう、証拠、ありますか――?」


 間違えば、妹と最後の場面になるかもしれない。少年は男を、まっすぐに睨んだ。


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