第三話 『限時戦場 twenty-four hours』 5
《ヒューミント・スタイル・エリクサー》が、twenty-fourと時間を区切った限時戦場は、夜明けとともに幕を開けた。ターゲットは、二十四体の壊れたニンギョウとそのマスター。都会は、ようやく目覚めようという頃なのに、早くもその手にかかった者が幾数人。
エリクサーは今、とある高層ビルの屋上に居る。
予定より早い目的遂行のためか、それとも単なる気まぐれか。わからないが、屋上のフェンスをこえて、ふちを歩いたり、こしかけて眼下の風景を眺めてみたり。
――もしかしてエリクサーは、誰かを待っているのかもしれない。
いやに落ち着かない風情は、そんな風にも思わせた。
やがて、その通りに誰かが来た。
時間通りと言わんばかりの表情で、つえをつき、ゆったりとした歩み。
その『誰か』は、フェンスの向こうにいるエリクサーの近くに立った。
それは老人だった。姿勢は良い。老人はエリクサーを知っているようだった。
「来てくれたか……懐かしいの……」
老人は、フェンスごしのエリクサーが見ている風景と、同じものを見ながら、勝手に会話をはじめる。
「人のつくりし都会じゃ……。おぬしらでも、同じものを創ったかのう……?」
「お・な・じ・も・の?」
エリクサーは、老人の言葉に、まだ振り返らずに問い返した。老人は続ける。
「わしは、おぬしらの視ているものが知りたい。わしにはその義務がある……」
老人は、その穏やかな口調とはうらはらに、つえをフェンスごしに突き出して、エリクサーの背に定めた。もう一突きすれば、エリクサーは奈落に落ちる。
ここでやっと、エリクサーは振り返った。
「マスター、悪ふざけを。それに、ニンギョウを生み出した、マスターの言葉とは思えません――」
「生み出したからこそじゃ……」
それからしばらく、二人は無言で見つめ合った。そして、なんの答えも出ぬままに、エリクサーは、彼女がマスターと呼ぶ老人を残して去ってゆく。
その足取りは、もはや本能――。
《近くに、エンゲージ・スタイル・ノヴァが、居るのである。》
――同じころ。
ある恰幅の良い初老の紳士が、いかにもな高級車のハンドルを自ら握って、ある少年を捜していた。
分別ある彼だが、交通マナーもなにも無視してひた走る。求める少年の名は、綾世貴士。
その居所がナビゲーションモニターに告げられると、紳士は更にスピードを上げた。
やがて車は、工事現場の渋滞にさしかかったが、そこが少年の居所である。
片側通行のためにふさがれた車線を強引に進み、何台もの対向車とドアミラーをこすりながら、誘導棒を持った係員の前に停車すると、もう唾もでないかすれ声で、強引に喚いた。
「あやせ、たかし! 綾世貴士は居ないか!?」
「はあ……? 俺ですけど……なにか?」
「おお、乗るんだっ! 急げっ! 詳しくは中で話すから――」
どんな無茶も、情熱次第という事がある。 貴士は、突然現れた男の勢いにあっさり折れ、その高級車助手席に、飛び込むようにして乗り込んだ。もちろん、飛び込むだけの理由もあった。
「きみのニンギョウが危ないっ!」
ドアに手をかけた時、聞いた言葉である。
「私は鬼朽真清の兄だ――」
男はそんなことも口走った。その名に、貴士は離れた妹の事も、思い出していた。




