第三話 『限時戦場 twenty-four hours』 6
「あの――どうして俺を? ニンギョウの事も? それに、あの鬼朽のお兄さんって?」
「ああ、一つずつ、答えよう」
初対面だが、二人の息は合っている。どちらかが合わせているのではなく、不思議とうまが合うらしい。ハンドルを巧みにさばきながら、鬼朽真清の兄が話す事には……。
「まず、なぜわしが、きみを知っているか、だったな。きみを知ったのは、ついさっきだ。弟に聞いた――」
「はい……」
「二つ目は、わしがニンギョウを知る理由。それは、後ろを見てくれ――」
貴士は言われるまま、振りかえる。
外からはスモークガラスでわからなかった。車に乗ったら、それどころではなかったから気にも留めなかった後部座席。そこには一人の娘が横になっている。ひどく苦しそうな顔のまま、眠っているようだった。
「――この娘、なんですか?」
「わからんか? ニンギョウだよ。名はエステル。きみ、いやさ、綾世君と同じ、わしもマスターだ」
「あなたも――!?」
これで二人の距離は、更に近くなったように見える。そして三つ目の答えを、男は続けた。
「わしは鬼朽是清。歳は離れているが、確かに真清の兄だ。真清のやつ、わしに、このエステルと引き換えに無心しおって、なんと五十億だと。旅客機を買ったとか言っておった。大物なのか、馬鹿なのか――」
鬼朽真清の兄――鬼朽是清――は、こき下ろすことで、身内への愛情を表すタイプのようである。だが今は、五十億ですらもかすむ大問題が控えている。鬼朽是清は居住まいを正すように、ピシャリと問題を告げた。
「真清が逃したニンギョウたちに、ある組織から抹殺指令が出た。遅かれ早かれとは思っていたが、まさかこうも強硬手段でくるとはな――。実行部隊はたった一人。エリクサーというニンギョウだ」
「エリクサー?」
「ああ。ニンギョウの中でも、きわめて好戦的な連中のうちの一人だ。わしのエステルや綾世君のニンギョウは、温和で従順。言うならば人種が違う――」
「人種……ですか?」
「ああ。性格などという生温いものでは無い。エリクサーは戦うためだけに生まれてきた戦闘人種だ。綾世君はアマゾネスって知ってるかい?」
「映画とかで……。確か女だけの戦闘部族――?」
「元はギリシア神話上の事だったが、最新の説では実在したらしい。そして彼女らの種は滅びた――。もともと、男の居ない彼女らがそうなるのは、当然のことだろうが……」
「…………はあ」
貴士は、今ひとつ要領を得なかったが、ノヴァを狙っているエリクサーなるニンギョウが、恐るべき脅威であることはわかった。しかし、伝説のアマゾネスがどれほど強いのか、見当の付けようもない貴士には、やっぱり恐怖を感じる程ではない。
――その時。
「ぎゃふっ……」
後ろのエステルが、変な咳をして血を吐いた。
「鬼朽さんっ!? 大変ですっ、どうすればっ!?」
「ああ、急ごう。エステルを救うには輸血しかない。血液が合うのは、同じエンゲージ・スタイル――綾世君のノヴァだ! いま、どこに居る?」
――ノヴァは、どこに居るのか?
貴士はうかつだった。車は貴士の住む場所の方へ向かっているが、確かめるべく電話もノヴァには持たせていない。慌てて、店のおばさんに電話するが、こんな時に限ってつながらなかった。ノヴァは弁当を届けると言ったが、どの道を通るかは分からない。家に居てくれることを願うしか、貴士には手がなかった。
「エリクサーは超常的ななにかで、ニンギョウの居場所を特定する。とにかく綾世君の家に行こう。居なかったら、後は運に任せるよりない。ノヴァ君もエステルも――」
是清の悲壮な言葉の後、貴士に、おばさんから電話がきた。着メロの『エンターテイナー』が、腹立たしい。そしてノヴァは、居ない事が分かった。車は、信号待ち――。しかし、やきもきする貴士の目に映ったのは――。
まだ遠いが、確かに間違いない。妹のジャンパースカートで、髪を両分けにした、ノヴァである。
同時に、是清も目を疑うものを見た――。
信号機の、L型に折れた鉄柱に、確かに人らしきものが居る。
あり得ない風景だけに、余程注意しなければ気付かないだろう。
「是清さんっ!? ノヴァですっ!!」
「綾世君!? エリクサーだっ!!」
都会の大通りの大交差点で、いくつかの運命が信号待ちしている。
もう待ったなし。
信号が青に変われば、此処は戦場となるのである。




