ごちそうさま。
黒い海に「ザザー」という波の音が響く。暗い砂浜を照らすのは『BLUE LEAF』から漏れる温かい光だけだった。
「二人きりにしてあげよ」
そう言ったのは圭だった。今頃、店の中では瑠璃子と弘和は離れていた間のお互いのことを語り合っているに違いない。
「圭、本当にごめんな」
思い返せば男と勘違いしていたとはいえ、小さい胸を気にしている圭にひどいことばかり言ってしまった。
「すぐに言わなかった私も悪いから」
圭の口から出た『私』にズキンと胸が痛む。これが本当の圭の姿なのだ。今まで無理をして男のフリをさせていたなんて、自分が情けない。
「俺ってかっこ悪いな。弘和とは大違いだ」
「弘兄は特別だろ」
さらりと言う圭に俺はポリポリと頬をかく。
「あのさ、いとこでも泊まりに行ったりするんだな。俺、いとこが近くにいないから分からなくて」
「ああ、弘兄はお酒一滴も飲めないからな。私が新作のお酒の試飲をしていたんだよ」
「えっ? 弘和って飲めないの?」
「そうだよ。おじさんもおばさんも弱いし、私は飲めるっていっても普通だから瑠璃子さんとヨリ戻してくれてよかったよ」
俺は初めて知った青葉酒店の真実にただ驚いていた。
「弘兄は幸せそうにお酒を飲む瑠璃子さんが好きなんだって」
「まぁ、限度があるけどな」
瑠璃子の飲みっぷりは常人離れしている。
「弘兄は瑠璃子さんの身体も心配してたからシークレットカクテルは休肝させたい意味もあるかもしれない」
「そこまで優しい奴だといよいよ勝てるところがないな」
圭は俺が弘和に勝てるところを考えてくれているのかぼーっと海を見つめる。
「私には弘兄が店に来る女の子に言っていることがよく分からないから、そういう点では亮太の方が分かりやすい」
「それって褒めてないだろ」
「良くて普通、悪くて変態ってとこだな」
がっかりしている俺を圭は面白がってコロコロ笑う。どうしてこんなに柔らかく笑う子を男だなんて思っていたのか。圭はどこから見てもかわいい女の子だ。じっと見とれているとそれに気付いた圭は不機嫌に顔をそらした。
「圭、やっぱり俺のこと嫌いか?」
すると口を曲げながら小さな声で言う。
「嫌いなんて一言も言ってないだろ」
「じゃあなんでそっぽ向くんだよ」
長い前髪がぱらりと落ち、彼女の表情を隠す。見えているのは桃色に淡く染まる頬と尖らせた唇だけだった。
「そうやって見られると恥ずかしくなるんだよ」
俺は圭が逃げてしまわないようにその手を握った。圭も微かに握り返してくる。顔を近づけると彼女もこちらへと向いた。細い首、丸いTシャツの襟元からは鎖骨がのぞいている。唇が重なり合うその寸前、やはり俺は欲望に勝てなかった。
ペロン。あいている手が襟元を引っ張ると水色のビキニが見えた。
バチンっと圭の平手打ちが飛ぶ。稲妻のような刺激が頬に走り、涙がにじんだ。
「痛い……よかった。夢じゃない」
「やっぱりお前は普通じゃなくてただの変態だよ」
圭の顔はうす暗い中で見てもわかるほどに真っ赤だった。頬をさするとビリビリと痛みが走る。絶対に手形がついているに違いない。
「水着なんだから見てもいいだろ」
「いいわけないだろ。バカ」
圭は腕を組み俺に背を向けた。
「ごめんなさい」
謝る俺を横目で睨む。でもその目は怒っていなかった。もう一度手を伸ばせば不機嫌な顔をしながらその手を取ってくれる。
「許してくれた?」
「仕方がないだろ」
もう悪さをしないよう、手を彼女の頬に置く、すると圭は瞳を閉じた。
ーーどんな君でも好きなんだから仕方がない。
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