都市 第1章5 村
副隊長と呼ばれている中年の兵士は、部下の指さした方向に目をやってこう言った。
「ああ。いるな」
「………」
「で、そいつがどうした。我らはうさぎ狩りにやってきたわけじゃないんだ。
たかだか草むらに転がっている幼女一人のために呼んだわけでもあるまい」
「い、いやえっとそれだけです。あとあのえっと別に呼んではいないっす」
「ふん。細かいことはどうでもいいわ。そんなことよりお前はちっこいうさぎがいる前で小便すらまともに足せんのか」
「いやだって、こんなところにずっといたら心配になりまして」
「それにこんなところでうたた寝しているなんて、どう考えても妙じゃないですか?」
「そうなのか?」
「どう考えてもおかしいと思いませんか?」
「そうか。俺の若いころなんざ、一歩外を歩けば、腐るほど死体が転がっていたもんでな。そこんとこはよくわからん」
「いや聞いてないっすけど」
「ふむ。そうだな。確かにお前のいう事も一理ある。よしとりあえず確保だ」
「ええ?確保って。もしかして?」
「ああ。なるほどなるほど。血の匂いだ。狼の匂いを感じてきたわ」
「はい?」
「確かにこいつはうさぎではないな」
「といいますと?」
「眠り姫だ」
「はあ」
「今宵の主役ってことだよ。ばかやろう」
中年の兵士はそう言った。
ぞろぞろと兵士たちがやってきた。
私を捕らえに来た人たちなのだろう。
でも彼らは私の事を知らない様子だ。
「君はここで何をしているのかな?」
私が目を覚ますと兵士たちの一人はにっこりと私に笑いかけてそう言った。
「な、なにもしてないです」
「今までどこにいたのかな?」
「ずっとここにいました」
「ふん。もういい」
もう一人の年配の兵士は、若い兵士に代わって低くかすれた大きい声で私にこういった。
「ついさっきまで誰かと一緒じゃなかったか?」
「いえ、ずっとひとりです」
私は決めていたはずだった。
「ふん。ならばもう一つ問おう」
彼は続けてそう言った。
「昔からよく嘘が下手だと言われなかったか?」
私は、私のいるべき場所へと戻るんだって。
そう決めていたはずなのに。
「決まりだ。とりあえず、お前たちはここで待機だ。幼女から目を離すな」
「どちらに行かれるのですか?」
「今日の狩りはなかなか楽しめそうだ。まずはデッカイ獲物を捕らえる網を張っておかなければな」
私は、また自分で歩み出ることができなかった。
「どうしても思い出せないのかい?」
若い兵士は、今度は優しそうな目でこちらに話しかけた。
きっとこの人は悪い人じゃないんだと思った。
本当に悪い人なんてこの世界には一人もいないのかもしれない。
お姉ちゃんが死んでしまったのも何かの間違いに違いないのだ。
いや違う。
悪いのは全部私だ。
私のせいで、お姉ちゃんは死んでしまったし、たくさんの人に迷惑をかけた。そして今だって、私がこうしてここにいるせいでこの兵士さんは困っているのだ。
「あ、あの」
「どうしたんだい?」
「私、向かいます」
「え?」
兵士はそう聞き返した。
「運んでください」
「声が小さいぞ。俺を罵っていたときのとは大違いだ」
「!!?」「!!!」
「ど、どうして戻ってきたんですか!!?」
私は、彼のやってきた方向へと声を上げた。
私を取り囲むように留まっていた兵士達は、戸惑いながらも、武器を構えてじっとあの人の方をにらんだ。
「はなからガキの決断なんか信用してないんだよ。いいから黙って俺についてこい」
「やめてください。あなたを捕らえる罠がたくさんあるんです」
「そうなのか?」
彼は兵士に向かってそう尋ねた。
兵士達は質問に答えず黙って彼の方に刃先を向けた。
兵士たちからはさっきまでの不安感が消え、彼への明確な殺意が読み取れた。
彼は、堂々と兵士の前を横切り、私の手をとった。
「もう殺しはしたくなくてな。できれば見逃してもらえないかな?」
「そうはいかない。これは仕事だ。これには俺たちの命がかかっている」
「そうか。それは困った」
彼はそう言うや否や、懐から取り出した短刀を彼の首筋へ素早く向かわせた。
「や、やめてっ!!」
私がそう叫んだときには、すでに兵士の首筋から赤い液体が飛び出ていた。
「お互い譲らないのならわかりやすい。素直にやりあうしかないよな」
彼は薄笑いを浮かべてそう言った。
彼はまるで楽しんでいるかのように私には見えてとても恐ろしかった。
「どうして??どうして?」
絶命した兵士の遺体を何度も触っては、彼女は俺を非難する目を向けた。
汚いものでも見るかのような目を俺に向けていた。
これも全て予想通りの反応だ。
「嘘ですよね?死んでいませんよね?」
「いや死んでいる」
「どうして??どうしてなんですか?この人は何も悪い事なんてしてないのに」
兵士の亡骸を囲み、その場に立ち尽くす兵士たち。
兵士の死を人一倍嘆き、俺を糾弾する彼女。
今の俺は、傍から見ればあまりにも滑稽ともみてとれた。
「悪いことはしてない、か」
俺はあえて笑いながらそう呟いた。
兵士たちは狂人を見るかのような目で俺を見て、ただ呆然と一様に立ち尽くしていた。
その目は、皆恐怖という感情に埋め尽くされていた。
「なにがおかしいですか?」
彼女はひどく怒っていた。
心の底から俺を軽蔑していた。
「お前に教えておいてやる。人間の良し悪しと生死は全く関係ない。どんな徳の高い奴でも死ぬときは呆気ない。
逆に心根が腐りきったやつでも、生きようと思えばずるずると生き延びる。俺のようにな」
「わかりません。言ってることが全然わかりません」
「まあどうでもいい話だ。とにかく俺はお前を連れてここから出ていく。殺しはそのための手段だ」
「危ないです!!」
幼女は俺に向かってそう言った。
瞬間、空気が斬れる音が俺の耳元で聞こえてきた。
すると正面にデカい斧を持った背の高い年配の兵士が現れ、こう言った。
「さすがにそう簡単にはいかんわな」
「……」
「おお青年よ。確かにあんたの言い分は何一つ間違ってねえよ」
彼はそう言った。
「でもよお」
彼は続けた。
「勝手な話だが、信頼していた部下を失っちまうこの瞬間は結構キツいんだ」
彼はそう言った。
「兵士の育成にはそれなりの手間と金がかかるからな」
俺はそう言った。
「ちげえよ。こいつはな。ほとんど何一つ取り柄がねえ無能だが、酒の席で唯一俺の愚痴聞いてくれる貴重な部下だったんだよ」
彼はそう言った。
「そうか。あんたそれなら殺し向いてないかもな」
俺はそう言った。
「ああ?確かにそうだな」
彼はそう言った。
「でも最近よ。なんかこう職業柄、狂っちまったみてえでな。
部下を失うたびに部下の仇を取るのが快感で仕方がなくなっちまった。
俺はこの快感を味わうためにクソみたいな仕事をしているのかもしれねえってな。ははは」
彼はそう続けた。
「なるほど。それなら向いているかもな」
俺はそう言った。
「ありがとよ。クソ面倒なことに、まずてめえを捕獲して、尋問せにゃならんのがアレなんだがよ。
すべて事が済んだらお礼にここにお前の銅像を建てといてやるよ」
彼は笑いながらそう言った。
「その前に部下の墓を建ててやれ」
俺はそう言った。
「無論だ」
彼はそう言った。




