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親愛なる勇者へ 親愛なる魔王へ  作者: 望月 幸
第五章【力は加速し、最悪の敵と相見える】
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一話【熱帯夜の酒宴①】

「さながら、一寸法師だと思わないか、ネイサ?」

「イッスンボウシ? ナニソレ?」

「……俺が闘っているうちに、絵本でも読んでおいてくれ。お前の図書館なら、それくらい置いてあるだろ?」

 県内有数の大河川「木良きら川」の河川敷。俺は戯流堵の制服を着こみ、名枕を手に、今回の敵を睨んでいた。

 青白い月の光を浴びてなお輝く赤い肌。着衣は虎柄の腰巻のみ。その代わり、見るのも痛々しいトゲ付きの金棒を傍らに置いている。頭は見事な天然パーマで、二本の角がにょっきりとパーマから飛び出している。

 情報提供者は「赤鬼」と呼んでいたが、それ以外にこの魔物の呼び名など存在しないだろう。百人中百人がこいつを「赤鬼」と呼ぶのは間違いない。

「一つ予想外だったのは、身長十メートルは軽く超える巨人だった……ということ。それともう一つ――」


「なんじゃなんじゃ! おめぇも飲まんかいなぁ!」


「妙にフレンドリーなことなんだよなぁ」

 その巨大な赤鬼は、川で捕まえた魚をさかなに(ダジャレではない)、街でかっぱらってきた酒を浴びるように飲んでいた。もともと赤い顔が、火照って一層赤く染まっている。その上機嫌な顔を見ると、戦意が見る見るうちに萎んでいくのを感じた。蚊に刺された腕をポリポリ掻きながら、とりあえず愛想笑いだけ返してやる。




 戯流堵に赤鬼の話を持ってきたのは酒造会社の役員で、樽蔵たるぞうという太ったオジサンだった。アルコール中毒でもあるまいに、彼が赤鬼の話を始めると震えが止まらなくなった。この真夏の時期に震える人間などそうそう見られたものではなかった。

 要約すると、赤鬼は取引を持ち掛けてきたらしい。しかしそれは「儂のために酒を造らなければ大暴れするぞ」という、実質的な脅迫だった。

 もちろん、会社は警察に通報した。この頃には警察は本格的な対策本部を立て、眉唾ものの専門家たちも取り入れ、その威信にかけて魔物たちと戦っていた。

 しかし父さんの予言通り、魔物を認識できる人間が増えるにつれて、魔物そのものも強くなっていった。それでも死者が全くと言っていいほど増えないのは、やはり魔物の本当の狙いが俺だからなのだろう。

 赤鬼は、警察による排除行動を三回受け、三回ともあっさり退けた。負傷者が多数出た警察は手をこまねいているようだが、内心では白旗を上げているだろう。

「そうなった時のために、俺がいるんだけどね」

 俺はチップ代わりに飲食代を奢ってもらい、マスターに報告し、赤鬼討伐に向けて準備を始めた。それが二日前のことだ。




 調子を狂わされるが、所詮はこいつも倒すべき“敵“なのだ。

 スマートフォンを取り出し、酒盛りを楽しむ赤鬼を撮影した。その際のフラッシュが気に障ったのか、赤鬼の満面の笑みが一瞬曇った。

「一寸法師もいいけれど、こいつの名前も検索しておいてくれよ」

「アイアイサー」絵本をめくりながら、ネイサは生返事を返した。予想以上に熱中しているようだ。実は子供っぽいところがあるようだ。

「おい、さっきから何をゴチャゴチャやっておるゥ?」

 酒盛りに参加せず、挙句の果てに写真を撮りだした俺に業を煮やしたのか、赤鬼がズグンと立ち上がる。河川敷の砂利がガチャガチャと音を立てて振動し、川魚たちが驚いて水面を飛び跳ねる。

 赤鬼の左手にはお手製の杯。右手には、地面に転がっていた金棒を握っている。臨戦態勢というよりは、イライラして暴れ出す寸前の子供みたいなものだろう。

 こんな深夜に、酔っ払いの魔物相手に、自分が何者か説明してやる義務など存在しない。

 パキンと足元の小石を砕き、俺は跳んだ。コンマ三秒で赤鬼の懐に飛び込み、人の顔程はある、その出っ張ったへそを思い切りぶん殴った。きゅぽんとへそがへっこむと同時に、赤鬼は声にならないうめき声を上げた。

「~~~~~~~~~~っッッ!」

 堪えきれず、赤鬼の口から吐瀉物が漏れ出す。酒と魚が混ざったそれは、鼻がひん曲がるほどの悪臭を発していた。

「で……でんめぇ。いっだい、なにずるんじゃあーーッ!」

 すっかり酔いを醒まし、ギラリと俺の顔を睨む赤鬼。そして何かを察したように、ハッと口元を押さえた。どうやら説明する手間が省けたようだ。

「あぁ……そうじゃそうじゃ。酒に夢中で、今の今まで気づかんかったわい」

 ずいと、丸太のような人差し指を無遠慮にこちらに向けた。

「おめぇが、鏡治様の言っていた『神木叶銘』じゃな!?」

「ああ、そうだよ」

 腰を落とし、さりげなくウエストポーチに手を伸ばして、持参したアイテムを手触りで確認した。

「目的は俺なんだろ? かかってこいよ。現世や魔界より、もっとステキな所へ案内してやるよ」

 赤鬼は一度不敵に笑うと、左手の杯を堤防の向こうへと放り投げた。

 まさに今、賽ならぬ“杯”は投げられた。

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