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親愛なる勇者へ 親愛なる魔王へ  作者: 望月 幸
第三章【酒の席、勇者の堰】
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十話【夕暮れの闘い―後編―】

「カナメ、ウシロ!」

「え!?」

 ジャリという足音。

 誰だ!? 急いで振り返る――そんな間もなく、背後の塀ごと吹き飛ばされた。寸刻宙を舞い、受け身も取れず顔面から硬いコンクリートの地面を迎えいれた。切れた口の中が血の味で満たされ、口に入った砂と共に吐き出した。

 山際に沈む夕日を背に、一際大きなゴブリンが立っていた。先ほど一網打尽にしたゴブリンの身長はせいぜい一メートルほどだが、こいつはそれより遥かにでかい。おそらく二メートルはある。

 体中に見苦しいほどのぜい肉をぶら下げ、餓鬼のような小さいゴブリンとは全く別の存在に見える。両手には丸太のような重量感のある棍棒を持ち、胴体にはみすぼらしい皮鎧をまとっている。

 情報にはなかった魔物だが、こいつがゴブリンたちのボスであることは容易に想像できた。そして当然、同胞を葬られ、怒りに燃えていることも。その証拠に、彼ら特有の薄緑の肌が、焼けるように赤黒く変色していく。

 

「ニン……ゲン……ヨク、モ……!」


 言葉を話せるのか? そう驚いたのもつかの間、そいつは棍棒を振り上げて跳びかかる。しゃべれるからといって、言葉によるコミュニケーションは望めそうにない。

 巨大ゴブリンはただがむしゃらに、縦横無尽に棍棒を振り回し続けた。動きは単調だが、グオングオンと風を巻き起こしながら振り回すそれはさながら竜巻だ。直撃すれば、人間にとっては致命の一撃だろう。傷薬も持って来ているが、それで治癒する暇など与えてくれそうにない。

「ニンゲン……ニンゲンニンゲン…………ニンゲンニンゲンニンゲンニンゲン――!!」

 怒りに身を任せ、猪突猛進に襲い掛かる。攻撃を避けるたび、地面に穴が開き、廃棄物が蹴散らされ、砂埃が舞い上がる。その勢いに押され、名枕に囁く猶予も得られない。

 横に跳び、後ろに跳び、腰を落とし、ただただ回避に専念する。何かしゃべろうとすれば舌を噛みそうだ。顔に落ちる汗を拭く暇すら無い。

 避けながら、疑問に思っていた。どうして、こんなに避けられるのだろう?

 多少勢いが落ちていたとはいえ、塀を打ち砕くほどの棍棒の一振りを僕は背中で受けた。クリーンヒットだ。下手をしたら背骨を折れていた。しかし実際は、背筋に力が入った時に鋭く痛む程度だ。

 ふいに、マスターの言葉を思い出した。

「そういやぁ、チャップマンの奴が言ってたぞ。『魔物と闘う時には、あの制服を着ておく方がいい』ってよ」

 そうか、そういうことだったのか。

 おかしな制服ということはわかっていた。轟工場を睨みつけていた時などは、誰からもその様子を不審がられることは無かった。だからこの服に、衝撃を軽減する性質が付与されているとしても不思議ではない。少なくとも、緑色の怪物と闘うなどという、この現状に比べれば。

 体格の違いから完全に攻めあぐねていた。焦って攻めれば、名枕の刃が相手に届く前に、僕の体に棍棒がめり込むだろう。

 しかし、辛抱強く待っていれば勝機は来るものだ。

 冷静さを欠いていた巨大ゴブリンは、あっという間に体力を使い果たした。体全体で呼吸し、棍棒を一本その場に落としてしまった。空いた手で、禿げ頭から垂れる汗を何度も拭っている。

「――今だ!」

 チャンス到来。凍るほど冷たく研ぎ澄まされた血液が、一瞬にして沸騰する。

 溜めておいた脚を爆発させ、一瞬の内に距離を詰める。その気迫に押されてか、ゴブリンの動きに動揺が見えた。

「ゴブリン!」

 再び、名枕が光を放つ。それを皮鎧の隙間、わき腹に向けて一突き!

 あらゆるものを破壊してきた必殺の一撃。到底耐えられるはずもなく、この闘いは僕の勝利に終わった。


 そのはずだった。

 勝利を確信した僕の腕を、ぶよぶよした緑色の汚れた手が掴む。頭の中にハテナが浮かんだ時には、僕の視界は空へ地面へと目まぐるしく移り変わり、腹這いに叩きつけられた。「ゴフッ!」口の中に溜まっていた血が一斉に吐き出され、地面に真っ赤な花が咲いた。

 新たな痛みと混乱に襲われながら、倒したはずのゴブリンを見上げた。湧水のように、口から青紫の血をコポコポと垂らしている。ダメージは与えている――が、致命傷になっていない!?

 ゴブリンは震える両手で、一本になった棍棒を振り上げる。ちょうど、スイカ割りでも始めるようなポーズだ。そうなると、スイカは僕の頭か? 嫌な想像にかぶりを振る。

「カナメ、ピンチだぞ。ガンバレ! ガンバレ!」

「うるさいな、わかってるよ……」

 ポケットの中から気楽に声援を飛ばすネイサ。しかし、どうしたものか。名枕は未だにゴブリンのわき腹に刺さっているのだ。その光も、とうに消え去っている。

 あの棍棒をすれ違い様に避けて、名枕を回収。そしてもう一発叩き込むしかない。危険な賭けだが、相手の傷は深い。避けられないことはないはずだ。

 力尽きた振りをしながら、虎視眈々と、そのカウンターのチャンスを待った。緊張感で、流れる血が凍り付いて止まってしまいそうだ。


 しかし、その危険な賭けはせずに済んだ。

 一度大きく棍棒を振りかぶると、重さに引きずられるようによろめき、その場に仰向けで倒れてしまった。指をピクピクと数回動かすと、もう微動だにしない。

「――助かった?」

 すると、ゴブリンの体が先の方から黒く変色していく。炭のように黒くなり、固まり、ひび割れ、風に溶けていく。それは僕が初めて目にする“木端微塵”以外での魔物の死だった。

 慌てて僕はポケットからスマートフォンを取り出し、半分炭化した死体を撮影する。ネイサに検索させるためだ。

 気持ち悪い写真を撮り終え、ウエストポーチから傷薬を取り出した。背中に塗ろうとして体を反らすと、激痛で薬が手から落ちた。

「誰かが塗ってくれれば楽なのになあ」

「カナメ、ワタシにキタイしてる? ムリムリ」

「わかってるよ……」

 痛みが引くまで、暫し僕は温かいコンクリートの上で寝そべることを余儀なくされた。




 陽はすっかり沈み、空は紅から蒼のグラデーションに染まっている。

 そんな空の下を走る車――会社帰りのお父さん方や、買い物帰りのお母さん方かな――が、廃工場“跡地”となったその一角を呆然と見ていた。おいおい、ちゃんと前見て運転してよと思いながら、僕は缶ジュース片手にベンチに座っていた。

 傷薬の効果は絶大だった。塗った瞬間から痛みが引き、傷痕まで綺麗に無くなっていた。体の内部の痛みは薬草を飲み込むことで緩和された。口の中の傷も、薬草を噛んでいる内に塞がってしまった。ただ、その猛烈な苦さはジュースでも中和できなかったのだが。

「ケンサク終了。あのデカイのはゴブリン。セイカクには“ホブゴブリン”というシュゾクだ」

 合点がいった。なるほど、だからあんな中途半端な威力になったのか。

 名枕は、その名を刻んだ相手に対して絶大な効果を発揮する。しかし今回は「ホブゴブリン」に対して「ゴブリン」と刻んだため、その効果をフルに発揮できなかったのだろう。だからこそ、ネイサの存在が必要になるわけか。

「それよりカナメ、いいのか?」

「え、何が?」

「ゴブリンの主なヒガイはトウナンだった。なら、あのソウコの中にヒガイシャのキンピンが収められていたんじゃないか?」

「……あっ!」

「……ハァ。ワタシ知らない」

 勝手にアプリを終了させ、ネイサは「我関せず」と意思表明。一人ぼっちにされた僕は冷や汗を垂れ流し、まだ中身の残っているジュースを落とした。カンッという寂しい音は、まるで僕の心が落っこちてしまったことを表しているようだ。

「ゴブリンより、怒ったマスターの方が怖い……」

 沈む夕日を追いかけるように、のろのろと自転車を引きながら家路についた――。

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