十二話【試練の結果】
四月十三日土曜日。
夕日が差し込む一室の中、僕は再びマスターと対峙していた。夕日を顔に受けるマスターは、憂いを帯びているようにも怒りに燃えているようにも見える。
僕がこの場に来た理由は他でもない、マスターに課せられた「一週間以内にスライムを三匹倒す」を達成した報告に来たためだ。
少々予想外の出来事があり、図らずも一日でこの試練を達成してしまった。おそらくマスターもこの結果には驚くだろうと思い、内心ほくそ笑みながら戯流堵の扉を叩いたのだ。マスターの分厚い顔が驚きに打ち震えるのを期待して。
「うむ、上出来だ」
マスターは表情を変えず、ただ一言、そうつぶやいただけだった。
昨晩のスライム三匹との死闘。僕はそれを、藤間先生に倣って少し大げさに、熱を込めて語り聞かせた。そんな僕の熱演を、マスターは虫の羽音でも聞くように無表情で聞き入るだけだった。
予想と違うリアクションに意気消沈したが、合格には違いないようだ。
マスターは書棚から数枚のプリントをテーブルに並べた。仕事内容が掛かれた紙に契約書。淡々と説明を受け、了承したところでサインを書いてハンコを押す。あまりの呆気なさに、昨日の命がけの戦闘が記憶から抜け落ちてしまいそうだった。
そうだ。マスターは、チャップマンと面識があるのではないか? 僕はその疑問をぶつけようと思った。
昨日のチャップマンとの会話で、少なくとも藤間先生・マスター・チャップマンの三人の間に、何かしらの繋がりが示唆された。すぐに姿を消してしまうチャップマンと比べれば、かなり怖いが、マスターにはいつでも質問ができる。
ごくりと唾をのみ、細かく震える唇で僕は言葉を紡ごうとした。
「叶銘よォ、これからよろしくな!」
岩のようにごついマスターの手が、膝の上にあった僕の手を力強く握った。ぎゅっと、その大きな手から力と熱がじんわりと心にまで伝わってくる。
つと顔を上げると、これまで無表情を決め込んでいたマスターの顔が、ニカッと真夏の太陽のように輝いていた。
ああ、なんて眩しいんだ――。
その陽光に、心の中に抱いていた疑問は蒸発してしまった。マスターのものには程遠いが、僕も精いっぱいの笑顔を返して、言った。
「はい、こちらこそ!」
「――というわけで、兄ちゃんの合格祝い~!」
食後のテーブルには四つのケーキが並んでいた。
そのうち一つは、仏壇で微笑む父さん用なのが複雑な気持ちにさせる。父さんを倒す足がかりとして、アルバイトを始めたのだから。
そもそも、彩音と母さんは魔王(父さん)のことをどう思っているのだろうか。
よほど認めたくないのか、モンスターの存在が明るみになってもなお、魔王と父さんをイコールで結ぶ気はなさそうだ。たまに話題に出してみても、「モンスターはいても、あの魔王は父さんじゃないわよ」の一辺倒だ。
徐々に人と人のつながりが見えてくる中、神木家の四人のつながりは未だはっきり見えてこない――そのことに不安を覚えて、やめた。これ以上、家族を疑い、場合によっては憎むことになるのはまっぴらごめんだ。
チャップマンの言葉を借りれば、「物事には順序がある」のだ。そして「神木叶銘の器は小さい」のだ。彼をまだ信用しきれないが、無視できない助言に思えた。まあ、年長者の言うことには一理あるものだ。今は従うのが無難だろう。
「あれ、兄ちゃん食べないの? 食べないんだね! じゃあいただきま~す♪」
ぼんやりする僕の目の前に置かれたショートケーキに、彩音は猫のように俊敏にフォークを突き出した。あやまたず彩音のフォークはてっぺんに鎮座するイチゴを突き刺し、ついでに生クリームまで掬い取って行った。
「あっ、コラ! 僕のお祝いのケーキだろう!」
「まあまあ。可愛い妹の笑顔に免じて許して☆」
「意味がわからん!」
フェンシングよろしく互いのケーキを奪い合うその醜い光景を、母さんはただ笑顔で見ているだけだった。




