備忘録:人を想う心
山のふもとに広がる豪邸。
周囲は林が広がり、人気は全て林の暗闇が吸い込んでいき、あたりは敷き詰められた濡れた枯れ葉が広がるだけだった。
遠くには石垣に囲われた巨大な家、冬村邸。
その裏手にはなだらかな山の斜面が雑木林に闇に覆われ広がっている。
獣の気配すらなく、虫はその姿を全て引っ込め、風の音すら締め出される。
世界が無音で満ち、そしてある男の怒気によってそうすることを強いられていた。
激しいまでの憎悪が、ねばりつくような、月明かり一つ入らぬ暗闇が這い寄る、山林の中に這い出していた。
ギラリと目を輝かせて、睨みつけていた―――
「……沙耶子よ。なぜお前がこんなことになっているか、知っておるな?」
ガサリ……
太い木の棒を杖にして、暗闇の中から這い寄る影が一つ。
闇の中、手足を縛られ口に布を巻かれて枯れ葉の上に蹲っていた女性、冬村沙耶子は目をギッと光らせて、目の前の影を睨みつけた。
だがその殺気は、大柄な身体から垂れ流される覇気に針の穴一本作ることすらできずはじき返され、沙耶子は苦しげに眉をひそめてグッと首をすぼめる。
そして闇の中から顔を出す『影』を見上げ、タラリと汗をにじませる―――
「――-取ってやれ。最期に声ぐらいは聞きたい」
寂しげに語りながら、その語気は、殺人鬼のソレよりはるかに冷たく、そして深い。
やがて暗闇の中、どこからともなく黒服の男たちが数人、沙耶子の周りに集まってきては、ガサゴソと口元の布を剥がして持って行った。
そして暗闇に再び消えていく黒服の男たちを横目に、沙耶子は目の前の『闇』を見上げる。
深く恐ろしい、覗けば一瞬でバラバラにされてしまうほどに、黒い『闇』を―――
「……なんでよ……」
「なんでじゃと思う?」
闇は姿を現し、形を作り、そして人の姿となった。
冬村豪天―――フユムラ一族の頭目であり、彼女の父親に当たる人物だった。
その大柄な姿はまるで野山の尾小熊の如く大きく、はだけた着物の胸元から大きな切り傷や弾痕、縫合跡を覗かせ、その体はフランケンシュタインのような容貌だった。
顔は堀が深く皴をにじませながら、白い髪をなびかせ、長い杖を肩に担ぐままに、ゆっくりと振りおろす。
コツリと沙耶子の肩に下ろして、スゥと老人は長く白い眉の奥の瞳を細め、白い歯をむき出して笑みをにじませる―――
「沙耶子……お前は少しやり過ぎた。わかるな」
「何のことよ……あの子たちを連れ戻せって言ったのはあなたよ?」
「殺そうとしただろ」
―――老人の笑みが深まる。
ガキッ
握りしめるままに爪が杖の柄にめり込んでいき、ビクリと沙耶子は顔をひきつらせると、身をよじって後ずさった。
「……そんなことないわよ。あの子が抵抗したから銃を抜いただけよ」
「抜くな、とワシはお前にきつく言ったはずじゃ」
「……」
「銃は社会に合わぬ。例えそれで人を従わせても、後が続かん。……人の心は離れていくばかりじゃ。だから言った、銃は決して抜くな。そのうえで銃を渡した」
「それは必要な時に撃てって事じゃない」
―――宵闇を引き裂く鋭い風。
スパンッ
振り薙いだ杖は沙耶子の頬をたたくままに、沙耶子は僅かに身体を傾けると、横っ面を腫らしながら、肩に杖を担ぐ老人の顔をキッと睨みつけた。
ニィと老人は嬉しそうに笑い、沙耶子の方に再び杖を置く―――
「あの子は銃を持っていなかった。……その理屈をワシに見せるときは、自分が同じ武器で殺されそうになった時にするんじゃな」
「だから何よ……私はあなたのしてほしいことをしただけよ」
「ルールを破って為したことに何の意味がある?あの子は直にワシのもとを離れるだろう。もしかしたら帰ってこないかもしれない」
「知った事じゃないわよ。あんたがやれって言ったんじゃない!」
「木偶人形ならいくらでも雇っている。……ワシはワシの跡を継ぐ人間が欲しいのじゃよ」
再び振りおろした杖は、今度は女の頭を叩き、勢いよく沙耶子は枯れ葉に顔を突っ伏した。
ゴンッ
そのまま足元に突っ伏す女の後頭部に、老人はニィと笑みを深めながら、杖の先端を食い込ませては、興奮に鼻息を荒くする。
「なのに、お前たち二人はどうだ。……夫はワシの金を使い放題してカジノで金を散らす、お前はお前でホストの男に入れ込んで金を使い込む」
「ぐぐっ……」
「人間は自分を愛す。それはいいことだ。……だがそんな事はな、誰もができて当たり前なことだ。大凡褒められたものではない。わかるか出来損ないが」
「知らない―――」
「喋るな豚が」
ゴンッ
後頭部がへこむほどに、大きく足を踏み込むと、女は枯れ葉が敷き詰められた地面に深く頭をめり込ませる。
そして老人は鼻息も荒く、軽く女の背中を杖でつつきながら、ドスンドスンと何度も女の頭を踏みつけ、そして嬉しそうに口の端をゆがめる。
「他者を愛するものが欲しいのじゃ。他者の為に命を尽くし、愛する人間が欲しい――他者の痛みがわからねば、人の心を動かす事は出来んのじゃ、人の上にはたてんのじゃ」
「が……やめ……」
「その点で、お前たち屑はよくもまぁ立派な不適合者じゃったよ。似た者同士寄り集まってたかりよって、ハイエナが人の皮を着るというのは可笑しな話じゃて」
「あんただって……同じ……でしょうが……!」
「お前の父親じゃ、当然じゃて」
そう言って踏みつけていた女の髪をひっつかむと、老人は再び女の上体を起き上がらせ、嬉しそうに眼を細めながら、血と泥に塗れた自らの娘の顔を覗きこんだ。
そして、白い歯をむき出しにして、女の目に指を近づける―――
「だからこそ、お前達を甘やかした、罪滅ぼしになるやもしれなんと―――だが結果は飼い犬に手を噛まれるだけになった」
「な、何を……」
「聞けば、子供たちを十年近く放っておいただけだそうな。お前はホストに熱を入れただけで金も愛情も子供たちには渡さぬ。あまつさえ殺そうとする……その欲望、醜い心根」
「が、がぁ……」
「ワシが金を入れるだけで、残った子供たちは二人だけで生きてきたそうじゃないか。それを以て母親など……よくほざけたものだ」
「ぎゃああああああああああああああ!」
「――-――これは子供たちの怒りだ」
ブチュ……
血しぶきが闇の中に飛び散る中、眼球の奥へと老人の指が二本、めりめりと音を立てて入っていき、悲鳴が野太い夜闇の中に響き渡って木々がざわめく。
その悲鳴を眼前で受けながら、老人はめり込ませていた指を二本、ゆっくりと引きずり出す。
そして糸を引いてせり出してくる眼球を一つ、ブチリと音を立ててひきぬく―――
「……ワシらに逆らい、子供たち見捨て、己の欲に走り、そして子供たちを手に掛けた―――仏でなくても、ワシが裁くには十分な理由じゃろうて」
「ぎぎぎ……痛い……くそがぁあああ……!」
「おお、そうじゃ。お前に見てほしいものがある。その片目でよく後ろを見るんじゃ」
そう言って老人は女の髪をひっつかんだまま、女を後ろに振り返らせる。
眼底から大量の血を流しながら、女は残った目玉で暗闇を見つめる―――
「……あ……あ」
―――暗闇に映る、生首。
見上げれば、そこにはぼこぼこに腫れあがった金髪の男の頭部だけが、黒服の男の一人につかまれていた。
その顔は女にとって、よく見知ったものだった―――
「うそ……なんで……」
「探偵を雇って調べたんじゃがな……その男、お前以外にたくさん女を作っていたそうじゃないか。お前もヒモにされていたわけじゃな」
「キサマぁ!」
ズボリッ
振りかえろうとする女の口に、大量の紙束が丸められて詰め込まれる。
暗闇に響く、低い笑い声。
老人は顔中のしわを寄せ嬉しそうに微笑みながら、口に報告書を咥えてのけぞる女を見下ろし、ゆっくりとその杖を水平に掲げては地面を強く踏み込んだ。
「さて……そろそろ時間だ」
「――-地獄に行ったら……殺してやる」
フワリ……
踏み込んだ脚から舞い上がる枯れ葉。
腰に据える長い木の杖。
強く柄を握るままに手の甲に血管が浮かび上がり、前のめりに老人は身体を傾け、口から紙束を吐き出す女に目を細め、ニィと笑みを浮かべる。
グッと指が鍔に掛かる―――
「安心せい。ワシもすぐにそっちに逝く。……達也がワシの跡をしっかり継いでくれたらな」
「……私は悪くない……」
「閻魔に聞いてこい。善悪など、所詮人の手には余るよ」
「私は―――」
―――風を切る鋭い音。
ザッ
闇の中で閃く刃。
振り薙いだ刀は、老人の手に握られるままに、やがてうっすらと女の首筋に僅かな斬痕が浮かび上がってジンワリを血が滲み始める。
フワリ……
翻す長い着物。
ヒュンッと刃をふるいこびりついた血を払い落すままに、腰に据えた鞘に刃を納めると、老人は女から背中を向けた。
ボトリと枯れ葉の敷き詰められた地面に転がる頭。
やがて崩れ落ちる女の動態を横目に、老人は小さく息を吐き出すと闇の中、疲れた表情で枝葉に隠れた夜空を見上げた。
「大老……」
「すまんな、老人の戯言につき合わせて……」
街の明かりに星は小さく消えかかり、それでも瞬いて闇を照らす。
明るく道を照らす―――
「……地獄はいずこ―――いずれまた会うことになるだろうさ」
小さなため息とともに、老人は長い杖を地面に着くと、歩き始めた。
暗闇広がる林の向こう、豪天が住まう大きな屋敷へ―――一歩を踏み出し、枯れ葉を踏みしめ、暗闇を歩いていく。
これでこの話は終わりだす。いかかでしたか?個人的には書きづらかった印象があります。これだけ長く書くんだったら使い慣れたwordちゃん使えばよかったとかなり後悔しています。それだったらもっと綺麗な文章が書けたでしょう。まぁ言ってもしかたないですけど(*´ω`*)そもそも私まだまだ文章クソですしおすし。とにかく読んでいただいてありがとうございます。
未読の方はよろしければ見てくださいね。pandiからのお願い(ノ)'瓜`(ヾ)