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伝えたいことがあるんだ

「そう言えばさ、あの女はどうなったの?」


「おじいちゃんの話だと死んだってさ」


「そっか」


「気になる?」


「まぁね。あれでも僕を作った人だし。子宮外だけど」


 外に出て、僕らは買い物をしていた。


 お金は僕持ち―――にしたかったんだけど、リナがどうしてもというので、祖父のお金で食料品を買うことにした。


 かごはすぐに一杯になって、スーパーから出てきて、僕は買い物袋を大きめの二輪車に詰め込みながらリナの話に耳を傾けた。


「あの時、お兄ちゃん撃たれたよね」


「うん……あの後、リナが無事だったのが不思議で」


「あの後ね、あの女を、後ろにいた黒服の人たちが取り押さえたの」


 ああ、僕が突き飛ばした二人か。


 僕は買い物袋をトランクに詰め込むと、合点がいったように小さく頷いて見せた。


「それでね、その後すぐにお兄ちゃん病院に行って、私も同行して―――私の血で輸血して、それで集中治療室に入って……」


「……リナ、ごめんね思い出させて」


「―――ううん、生きてるのがうれしいのお兄ちゃんっ」


 リナは涙をぬぐい、満面の笑顔を浮かべて僕を見上げる。


 幼くでも健気に微笑むその姿は、僕にとっては胸をわしづかみにされる思いで、僕はそっとリナを抱き寄せるとなだめるように彼女の背中をさすった。


 トクントクンと妹の心音が聞こえる。


 僕の鼓動が妹に伝わる。


 どんどんと高鳴っていって、僕の息遣いが緊張に上がっていく―――


「……お兄ちゃん、興奮してる?」


「――――リナが傍にいるからね」


「……じゃあ毎日いていい?」


「ダぁメ。あんまり一緒にいるとあの家に帰れない。ずるずるとあのアパートに居座るつもりはないんだ」


「ぶぅ……」


 不満げに頬を膨らませる妹の頭にヘルメットを載せると、僕は同じくヘルメットをかぶり、大型二輪車に跨り立ちつく彼女を促した。


「行こうっ。これが終わったら連れて行きたい場所があるんだ」


「―――メール毎日していい?電話毎日していい?一週間に一度ぐらいだったらいい?」


「いいよ。僕もリナに会いたい」


「うんっ」


「行こう」


 連れていきたい場所―――別に大層な場所じゃないけど、妹と一緒に見たい景色があった。


 この大きな二人乗りのバイクを買ってから、いつも考えていた―――小さな浜辺へ、行きたかった。






 冬の海は意外と暖かい。


 昔勉強したけど、夏の海は冷たく冬の海は逆に暖かいらしい。


 まぁそれでも脚をつければやっぱりひんやりするし、何より潮風が肌にあたって少し寒い。


 冬の始まりということで人は少なくて、周りもさびれていて本当に何もない。


 こんなところに、しかも妹を連れてくるなんて僕はどうかしているのだろう。本当ならもっと暖かいところで話をしてもよかったと今でも思ってる。


 でもここで言いたかった。


 人気も少なくて、海が見えて、空が蒼くて―――この場所で僕は言いたかった。


 だから―――


(……バカだな僕)


 首筋を僅かに掠める潮風は相変わらず冷たくて、グリップを握り締めながら僕は気恥ずかしさに目を細め、バイクの向こうから流れる景色を睨みつけていた。


 そして海岸線を走りながら、山の間から海が見えてくる―――





「ついたっ」


「ふわぁ……ヘルメット汗臭いぃ……」


「ごめんね予備のヘルメット僕の汗がしみついてるから。今度新しいの買うね」


「ん……別に、いいかな。好きだからお兄ちゃんの汗のにおい」


「リナちゃん変態ぃ」


「うるさいっ」


 蹴飛ばされるままに僕は浜辺の近くガードレールに横づけた大型二輪車から降りて、ヘルメットを座席に置き、目の前の砂浜を見下ろした。


 誰もいない砂浜。


 海岸線が弧を描いて広がり、水平線がまっすぐに太平洋を真横に横切っていた。


 日差しは強く海にそそぎ、寄せるさざ波が白い泡を立て返って行きながら、優しい音色を誰もいない砂浜に奏でる。


 ズムリ……


 浜辺に沈む僕の足音が耳に聞こえ、程なくして飛び降りるままに後ろから小気味よく砂を踏む足音が近づいてくる。


 フワリと風に漂う、少し甘い匂い。


 目を閉じながら風の中に、歩いてくる彼女の小さな息遣いが聞こえる。


 ギュッと僕の腕にほっそりとした腕が絡む―――


「お兄ちゃん?」


 彼女の鼓動は優しく耳に響き、僕を引っ張る手の熱に、僕は目を開けると、照れくさくてぎこちなく笑って彼女と共に浜辺の小波へと足を運んだ。


 そして脚を波のしぶきに浸すままに、僕は水平線を見つめる。


 妹と一緒にこの海を見つめ、大きく息を吸い込み、潮風を胸一杯に収める―――


「……広いねぇ」


「うんっ」


「あの向こうにはアメリカがあるんだろうね」


「その前にハワイだよ」


「ハワイはアメリカだよ、まぁ殆ど自治国みたいな扱いだけどね」


「お兄ちゃん物知りぃ」


「前にバーに来てくれたアメリカ人のお客さんが話してくれたんだ」


「女の人……?」


「格好いい男の人。ダンディーな初老のアメリカ人だよ。毎回ワインとビールと日本酒を頼んでいて、いつも楽しそうに喋る明るい人だよ」


「ふ、ふぅん……」


「いつかリナも来てほしいな。僕まだカウンターには入れないけど、きっとちゃんとリナに接客はできると思う」


「私まだ十四」


「僕もまだ十九」


 ―――ザァアアアア……


 クスクスと互いに笑い声が零れて、そんな声が小波にさらわれてゆっくりと海の向こうへと風に乗っていく。


 優しく海風が頬を撫でていく。


 僕は僅かに後ずさるままに砂浜に腰を下ろすと、妹と共に並に足先を浸しながら、片膝を抱え海を見つめる。


 そんな僕の肩に、リナはコツリと顔をこすりつける。


 ぷにぷにのほっぺたが肩に当たり、僕はそれだけで頬がほころぶ―――


「リナのほっぺた柔らかいなぁ……」


「……。本当?」


「うんっ」


「……毎日、化粧水とか使ってるから……」


「そうなの?」


「うん……お兄ちゃんいつも私のほっぺた触ってくれるから、いつも柔らかくして触ってほしくて……」


「じゃあこれから毎日触るね」


「う、うん……私も、頑張ってお兄ちゃんの好きなほっぺた目指すから」


「リナは優しいね―――僕のわがままに、ずっと付き合ってくれて……」


 リナは何も言わず海を見つめグリグリと頬をこすりつけるままに、華奢な身体をしなだれかけた。


 僕は僅かに視線を落とすと、つま先をかすめる波を見つめ、小さくため息をこぼす――


「……僕ね、この一年半、頑張ってきて―――少しわかったことがあったんだ」


「……何?」


「一つは、僕は一人では何もできないということ」


「……」


「僕は、独りじゃ何もできない。上司や同僚、いろんな人たちに支えられて、守られて、ようやく自分の地位が保てているにすぎないんだって」


「お兄ちゃん……」


「お金だって、自分で稼いでいるって言いながら、結局他人からもらっているのをやりくりしているにすぎない」


「……」


「結局、僕は一年半前は……今もだけどまだ子供なんだなって思った。どれだけ頑張ろうとしても結局他人に頼ることしかできない弱い人間なんだって」


 少し愚痴になってしまって、僕は苦笑いを浮かべるままに、リナの方へと振り返った。


 リナは難しそうに眉をひそめるままに、首をすぼめると無言のままぐりぐりと僕の方にすり寄っては、立てた片膝の上に置いた僕の手に、自分の手を重ねる。


 暖かい……。


 とても冷たい潮風が頬を撫でる中、火のように暖かくて、僕は彼女の手を握り返した。


 そして項垂れるリナを見下ろし、口ごもる―――


「でもね……でも、もうひとつわかったこともあったんだ……」


「……何?」


「僕は、いろんな人に支えられている。リナにも支えられているんだって、ようやくわかった」


「―――私?」


「うん、リナが傍にいて、リナがいつも僕と一緒に笑ってくれて、怒って、泣いて、それで一緒に手を繋いでくれて」


「う、うん……」


「それで、僕はそれだけで幸せだった。……僕はリナにずっと支えられていた。支えていたと思っていたけど、実は逆なんだってわかったんだ」


「―――-『人』の字、だね……」


「うん……多分、これからも僕はリナのことが必要になる。僕はリナがいないと駄目な人間だから」


「……」


 ――言おう。


 ちゃんと言うんだ、リナに―――僕の気持ちを……!


「だからね、リナ―――もし家を買うことができたら……」


「できたら……?」


「できたら……また一緒に暮らしてほしい、兄妹として、ずっと一緒にリナとあの家で暮らしたいんだっ。戻ってきてほしいんだ、僕のところに」


「―---」


「リナ、僕は―――」


「バカぁ!」


「ごぼぉ!」


 ごっついストレートmkⅡ―――進化した拳が僕の顔にめり込むままに、僕は砂浜をまるでクルクルと縦に転がる十円玉の如く転がっていった。


 そしてズサーと土煙をあげながら、吹き飛ばされた身体が止まり、僕は砂浜に身体を横たえる。


 すっごい痛いです……。


「り、リナちゃん……?」


「バカ、バカ!どんなことを行ってくれるのかと思ったら当たり前のことばっかり言って……言ってぇ!」


 ドスンッ


 地響きと共にめり込む小さな足。


 鬼神の如き気配と怒気が小さな背中から立ち上り、腫れあがった頬をさすり身体を起こす僕を、リナは蒼い瞳をぎらつかせて睨みつける。


 それはまさに飢えた獣のような―――


「もっと……もっとなんかないの!?」


「もっとって……うーん……」


「僕の子供を産んでくださいとか、子供たくさん作って幸せな家庭を作ろうとか、二人でえっちは一日三回までとか、そういうのが聞きたいの!」


「ええええ!?」


「一年半待ったんだよ!私ずっとお兄ちゃんのこと待っていたの!」


 目尻に溢れる涙。


 リナは幼い顔を涙でくしゃくしゃにしながら、僕の襟首をつかむままに立ちあがらせて、惚ける僕を睨みつけた。


「私、ずっとお兄ちゃんのこと考えてた。誰も話しかけてこないあの家で、毎日お兄ちゃんのこと考えてたっ。今日何ご飯食べてどんな格好で寝るのとか。お風呂どれくらいは言ってるのとか、汗臭いシャツの匂いとかパンツの匂いとかっ狭い部屋の匂いのこととか!」


「リナちゃんすごい匂いふぇち……」


「汗臭いお兄ちゃんが悪いの!お兄ちゃんが汗臭いから私もお兄ちゃんの匂い好きになったんだから!」


「はい……すんません……」


 ―――なんで僕怒られているんだろう。


 首をかしげる僕をよそに、リナは僕の胸元に爪を食い込ませんばかりにくしゃくしゃに掴むと、僕に叫んだ。


「お兄ちゃんがどんな顔で笑ってくれるか、このテレビ見たら一緒に笑ってくれるとか、一緒に怖がってくれるとか、一緒に泣いてくれるとかずっと考えてた。誰もいない部屋でずっと考えてた!」


「……ごめん、一人にさせて」


「一人は仕方ないの……お兄ちゃんにもやることがあるのはわかる、でも連絡は全然よこさないし、こっちに顔も出さないし、どれだけ悶々としてたかわかる!?」


「うう……」


「仕方ないからそこらへんの黒服の人たちサンドバッグにしても飽き足らないから爺に腹パンして、お兄ちゃんのパンツ盗んできてもらって匂い一杯嗅いでそれで漸く眠れるんだから!」


「最近下着が少ないと思ったら……」


「脱ぎたてじゃないと駄目なの!お兄ちゃん本体を抱き枕にして寝たいの!」


「……」


「お兄ちゃんのプニプニのお腹が好きだったのにこんなに減らして、帰ったら一杯食べて太ってもらうんだから!ぷにぷにのお腹にして私だけのお兄ちゃんになってもらうんだから!」


「……汗臭くなるからなぁ。前はリナ嫌いって言ってたし」


「ずっと好きだったの!アレで一日何回お、オナニーしないと……私身体が変になるのぉおお!」


「は、はい……」


「お兄ちゃんの写真とかパンツとか……お兄ちゃんが傍にいないとお兄ちゃんの匂いかがないと私へんになるの。お兄ちゃんが傍にいないと私、私胸がバクバクするの!」


「う、うん……」


「お兄ちゃんがいつも寝てるとき、私お兄ちゃんのベッドにもぐりこんでいたずらしたりした、お兄ちゃんが好きでお兄ちゃんと一緒になりたくて一杯いたずらしたの!」


「い、いたずら?一緒にいるときは別にそんな事された覚えが……」


「お兄ちゃんが好きなの、本当は同じベッドで一緒に寝たい、一緒にお風呂入りたい、一緒に学校に手を繋いで、お兄ちゃんが好きですってみんなにいたい、お兄ちゃんが恋人だって皆に言いたいの!}


「り、リナ……」


「お兄ちゃんが好き、大好き大好きなのぉおおお!わかってよぉ!」


「は、はい……理解、しました……僕」


 物言わせぬ覇気に、僕は何も言えず体を硬直させ、華奢な身体をよじるリナの言葉に耳を傾け続けた。


「どれだけ……どれだけ好きか……お兄ちゃんが考えてるよりもずっと私はお兄ちゃんが好き!大好きなんだから!」


「う、うん……」


「お兄ちゃんがいない生活なんてありえないの!私にはお兄ちゃんが全てなの!お兄ちゃんが私だけを支えてくれたらいいの!他の人なんてダメぇ!」


「リナ……」


「だから……お兄ちゃんが……お兄ちゃんと一緒に暮らすなんて当然なの!お兄ちゃんの子供産むとか、一生僕のお嫁さんでいてほしいとかそういうこと言わないと駄目なの!」


「――-今?」


「今!」


 ――目が本気だ。


 突然の要求に眉をひそめながらも、僕は睨まれるままに項垂れると、頭の中で新しく言葉を作り、そして目を閉じて大きく息を吸い込んだ。


 そして口を開く―――が声は出なかった。


 早々に言葉なんて浮かばない。


 さっきのアレだって前々から言おうと考えていたものだ。


 でも言わないと―――妹が求めていることを兄がせずして誰がする。


 僕は息を吐き出し、目を開き、リナを見下ろす。


 そして肩を上下させ、呼吸を整え高鳴る胸を抑え、緊張に声を震わせ、大切な妹に僕の言葉を告げる―――


「リナ……その……僕の……」


「うんっ……」


「……僕の……子供……産んでくださいっ」


「うんっ。四人ぐらいなら大丈夫だからっ。私お兄ちゃんの為に頑張るからっ」


「あ、人数指定なんだ……」


「次っ」


「う、うん―――それで……一生僕の……」


「うんっ」


「僕の―――お嫁さんになってください……僕、頑張るから」


「――-はいっ」


 潮風の中、リナは微笑んだ。


 多分、今まで見たことないくらい最高の笑顔だった。


 僕は嬉しくて、少しだけ滲んだ涙をぬぐうと、照れくさくてはにかんだ笑みを僅かに滲ませ、彼女の手を取った。


 ギュッと彼女は僕の手を握り返した。


 僕も強く彼女の手を握った。


 その手はとても熱かった―――


「……でもリナ」


「何お兄ちゃん?」


「……兄妹って結婚できないよね?」


「ずっと一緒にいられたら、私なんだっていい。お兄ちゃんの手は、私だけが握っていいの。お兄ちゃんのお腹は私だけが触っていいの。お兄ちゃんの匂いは私だけのもの」


「う、うん……」


「大丈夫、結婚だけが同棲のモデルケースじゃないし、いざとなったら私お兄ちゃんの為に何でもするからっ」


 難しいことを時々リナは言う。


 だけど後半は僕も一緒だ。


 僕もリナの為に、リナが一緒にいられるように、頑張ろう。


 目的は変わってしまったけど、だからこそ、あの家に帰ろう。


 あの家なら、僕らを受け入れてくれるだろうから―――


「―――リナ」


「お兄ちゃん何?」


「パンツは……洗いたてのでいい?」


「ダメっ」


「匂いふぇちなんだから……」


 頑固者な性格は相変わらずで、今後も苦労しそうだなと、僕はどこまでも続く水平線を見つめながらそう思った。


「……好きだよリナ」


「うんっ、大好きお兄ちゃんっ」


 そう言葉を交わして、僕らは軽くキスをした。


 熱っぽい吐息の零れるリナの唇はとても柔らかくて、暖かくて、僕は彼女を強く抱き寄せると、時間を忘れるくらいもっと唇を重ねて息を混じり合わせた。


 そのたびに少し甘い匂いがリナの体が上ってくる。


 僕はそれだけで少し頭がくらっとして、またリナに強く抱きついた。


(僕も……リナと同じくらい匂いふぇちなのかな?)


 長いキスを続けながら、僕はそう感じていた。

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