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22

 地下室から肉切れを持ってきて、朝食をどうしようかと考えていたら、ヘレンも起きてきた。

「あ、ヘレン、おはよう」

「よかった」

「え?」

「だって目が覚めてみたら、ベッドにはわたし一人だけだったもの」

「あ、うん。ちょっと早起きしちゃったから、ヘレンを起こすのも悪いと思って」

 でも、きのうのことを思うと、一言でもなにか声をかけてるべきだったかな?

「心配かけちゃったかな?」

「いいの、あまり気にしないで」

「今度からは声をかけるようにするよ」

「ところで、朝食の用意をしてくれていたの?」

「うん。だけど、どう料理したらいいかなって、ただ焼くだけだと味気ない気がして」

「それなら、ちょっと待ってて」

 そう言ってヘレンは庭へ出て行く。

 なにか考えがあるんだろうな。ちょっと見てみてみると、植物が生っているところでしゃがみこんでいる。

 とにかく、かまどの火も起こさないといけないし、肉の塊も少し切り分けよう。

 そうして準備を進めていると、ヘレンがなにか手に持って戻ってきた。薬草? 薬味というやつとかかな? 

「これを入れるといいかもしれないわ。一緒に調理すれば、少しはちゃんとした料理らしくなるから」

「うん、ありがとう」

 それで朝食をとるあいだは、ほとんど会話はなかった。


***


「もう一度、地下室の奥へ行ってみようと思う。それで、もしも前みたいに玄関から出られそうなら、ぼくを置いて出るんだ」

「わたしひとりで? でもハンクは?」

「ぼくは……分からない」

「そんなんの、わたしのこと守りたいって言っていたのに、ハンクはここに残ったままでいるつもり? 一緒にいてよ!」

「うん……ごめん。わかった。でも、ただもう一回、もう一回だけ、同じようなことになるか確かめたいんだ」

 しばらく、ヘレンは黙り込んだ。それから口を開いた。

「そうよね……ハンクの考えることも、分かるような気がするけど、でもほんとうにこれで最後にして。一人で過ごすのは嫌だけれど、わたしは待っているから、ちゃんと戻ってきて」

 でもぼくは、黙って頷くだけしかできなかった。


***


 もうこうなったら、少し自棄みたいなものだ。魔物でもなんでも出てきたときには、刺し違えてでも倒してやる。

 そんな意気込みをかかえて、ぼくは地下室の奥へ向かって進んだ。

 松明が燃え尽きてしまうまで進みつづけた。今度は光もなにも、感じなかった。ただ闇が広がっているだけだった。それでも行き止まりは見えなかった。

 また壁沿いに進んでいたから、真っ暗闇でも戻ることはできる。

 今回はなにも感じなかった。それで松明も尽きて、何も見えない以上は進めない。分かったことは、広大でまだ終わりが見えない空間があるということだけ。

 ひたすら壁に手を当てて歩き続けて戻る。気をつけないと、平衡感覚がおかしくなりそう。少しだけ後悔した。もう少し、冷静に考えて行動するべきだったのかもしれない。

 とにかく歩き続けて、そうしていると微かに明かりが見えた。階段の上から差している光だ。

 ようやく戻ってきた。そして階段をあがって廊下へ出ると、ヘレンの後ろ姿があった。

「戻ったよ!」

 そして振り向いたヘレンは、不思議そうな顔をしていた。

「ハンク?」

「ヘレン、だめだったの? 外には出られなかったの?」

「ハンク、どうしたの?」

「え?」

「なにかあったの?」

「ヘレン、どういう意味?」

「だってハンク、まだ……さっき出発したばかりじゃない?」

「え?」

 ヘレンの言っていることがよく分からない。

「ヘレン……さっきって、どういうこと」

「ついさっきよ」

「まってよ、ぼくは何時間も歩き続けて、松明も燃え尽きて、それから壁伝いに暗闇の中を戻ってきたんだ」

「うそでしょ……ハンク、わたしにはあなたが地下室に下りて、またすぐに戻ってきたみたいに思えたのだけど」

「ほんとうに?」

「ほんとうよ!」

 わけが分からなかった。この前のときは、外では二日近くも時間が過ぎていたのに、今はほんの一瞬みたいな時間しか経っていないってこと?

 ヘレンはまだ困惑しているみたいな視線をぼくに向けている。

 なぜだか分からないけど、なんだか恐怖みたいなものを感じた。嘘つき、あるいは臆病者……ヘレンがぼくのことをそんなふうに思っているんじゃないかって、そんな気がした。

「ヘレン、ほんとうだよ。本当なんだ。ぼくはあの地下の、あの奥へまた行って戻ってきたんだ」

 ぼくはヘレンの前に跪いた。

「噓じゃない。誓って」

 魔物と遭遇することなんかよりも、ヘレンにぼくが噓つきだとか臆病者だとか思われてしまうことのほうが、よっぽど恐ろしいことのように思えた。

「ハンク、落ち着いて。わたしは、あなたが嘘を言っているなんて思わない」

「ぼくのこと、信じてくれる?」

「信じるわ。たぶん、屋敷そのものなのか、地下に潜んでいるかもしれない魔物のせいなのか、それは分からないけど、……もしかすると、わたしたちのことをもてあそんでいるのかもしれない」

「だとしたら、それに屈してはいけないような気がする」

「ハンク、無理しないで。まるでやつれた顔をしているわ」

 その言葉に、ヘレンの困惑していた理由が分かったような気がする。

「もう出口が見つからなくたっていい。ハンクがずっとそばにいてくれるなら、屋敷に囚われたままここで暮らすことになったっても、それならそれで受け入れようと思う」

「ヘレン……」

 そんなことを言うなんて、思いもしなかった。

「でもぼくは、まだあきらめたくない」

「わたしのそばにいて、いっしょにいてくれるなら、ほかのことはどうだっていい」

「もうヘレンを置いたままで、どこかに行くようなことなんて、絶対にしないよ」

「それと、地下室の探検はもうしないって約束して、心身を振り回されるようなことにはなりたくないから」

「分かった」


***


 あるいは、自ら命を絶てば、逃げ出すことができるかもしれない。それでぜんぶ終わりだ。死ぬことで終わらせることができる……

 そんな考えが浮かんできた。だけど、ちょっと待って? これはめちゃくちゃなアイデアだ。

 つまり、ヘレンと二人で心中? いっしょに命を絶つ、死ぬ。でもそれは、ほんとうに、どうしようもなくなったときの最後の手段にするべきかもしれない。

 それに、まだ死にたくない。この屋敷からは生きて出ていく。そのために、まだなにか見逃していることがある気がする。

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