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第44話 エストリアと王妃教育

 早速始まったエストリアの王妃教育だが、現在王妃のエメラダは息子のやらかしで処理に追われているので顔を出す余裕もない。

 どのみち国王はまだ回復し切っていないので、彼女は国王に代わって公務もせねばならない。

 そして今回講師として任命されたのは、第1王子アランの婚約者であるオーバーン公爵家の令嬢レティシアであった。


 少々プライドが高い所が玉に瑕だが、王妃教育の成績は抜群である。能力だけなら確かであり、年齢も近いので採用された。

 入室して来たレティシアの鮮やかな金色の髪が、ボリュームのある縦ロールに巻かれている。彼女の象徴として、その動きに合わせて跳ねていた。


「ふんっ! この(わたくし)が田舎者の貴女に教えて差し上げるのだから感謝なさい!」


「貴女はあの時の。宜しくお願いします」


「な、生意気なのか殊勝なのか、良く分からない方ですわね」


 婚約式の時は次期王妃である自分よりも、エストリアが目立っていて少し気に障っただけだ。

 レティシアの高いプライドが邪魔をしただけで、本来はそこまで人格が破綻している女性ではない。

 それに婚約者が浮気をするわ王位からは下されるわで、もう十分過ぎる程に打ちのめされた後だ。


 彼女は今更エストリアをいびるつもりはない。そんな事をしても自分が惨めなだけである。その程度の常識は持ち合わせているのだ。

 実際自分が無知だったが故に、恥を晒したと反省しているのもある。今のレティシアにはエストリアに対して思う所はない。


「先ずはお茶会での所作についてから始めますわよ!」


「お茶会ですか……あまり得意ではないのですが……」


「貴女……それで良くやって来られましたわね?」


 レティシアからすれば有り得ない発言である。貴族の女性にとってお茶会は主戦場だ。

 情報収集や派閥の形成、横に縦にと繋がりを築く為に様々な努力をする。また高位貴族の場合は、如何にその地位に相応しい女性であるか権威を示す場でもある。


 辺境伯家は十分高い地位にある家庭であり、お茶会が苦手など有り得ない話だ。

 てっきり何か理由があって、社交界に姿を見せないのかと思っていたレティシアだが予想とは違った。

 一抹の不安を覚えたレティシアだが、とりあえず様子見にとエストリアにお茶を飲ませてみる。


「姿勢は悪くありませんわね」


「あっ……このカップ、随分柔らかいのですね」


「何をどうやったら持ち手が折れますの!?」


 陶器で出来た花柄のカップは、エストリアの握力に耐え切れず持ち手が折れてしまった。

 試験の様な形であった為、つい緊張していつもより強く摘まんでしまったのだ。

 通常の製品でしかない普通のカップでは、強度が足りていなかった。


 これはあまり知られていない事だが、オーレルム家の食器類は全て特注品である。

 何故ならばフィジカルに振り切っているオーレルム家直系の者達が、普通の製品ではすぐ壊すからだ。

 なおその特注品であってもたまに破壊している。幼い頃のエストリアも、何度かやってしまっている。

 大人になって加減を覚えたが、緊張していて別の事に意識が行くとすぐコレだ。


「少し肩の力を抜きますね」


「お茶会に肩の力って、何の関係がありますのよ……」


「……ふう、では今度こそ」


 一度両肩を軽く回したエストリアは、メイドが交換してくれた新しいカップで再挑戦する。

 頭を抱えながらも母親のソフィアが幼い頃から教え続けただけあって、基本的な動作に大きな問題は無い。

 ただ王妃として恥ずかしくない程の、洗練された美しさがあるかと言われたらノーである。


 貴族女性としては合格、高位貴族としては不合格寄りである。姿勢が良くて綺麗ではあるが、男性の動きに近い。

 これは昔から兄達の真似をしていた影響である。女性らしい柔らかな動きが欠けているのだ。

 出立前のソフィアとヴェロニカの付け焼刃はやはり効果が薄かった。


「貴女、動作が男性みたいですわよ?」


「ええ、母や義姉に良く言われます」


「なら直そうとしないさいな……」


 まだ知り合って以来まともな会話をして来なかったレティシアだが、目の前の辺境伯家のご令嬢が少しずつ分かって来た。

 確かにエストリアは美しいし、背が高いから少々動きが男性っぽくても様になってしまうのだ。

 婚約式のパーティーについては、殆どの人間が初めて見た目新しさで誤魔化せていただけだ。


 こうしてちゃんとした場で、王妃教育という観点から見るとマイナス点は見つかる。

 辺境伯家の令嬢という立場であれば、気にはならない範疇だ。しかしこれからエストリアが目指すのは王妃である。このままにしておく訳にはいかない。


「カップを持つ時は左手を添える様に」


「こうでしょうか?」


「ちょっと失礼しますわよ……左手はこうです」


 何だかんだ言って、結構面倒見は良いのがレティシアという女性だ。やや高慢に見えるだけで、本来は優しい女性である。

 ちょっと面倒くさい所はあるけれど、付き合ってみると案外良い人だと分かるのだ。第1王子の婚約者に選ばれるに相応しい人格を持ち合わせている。


 少々アランの悪影響を受けていただけで、恋という魔法が解けてしまえばこの通りだ。

 次期王妃としてはどうにもチグハグなエストリアに、根気よくレティシアは付き合い続けた。

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