第18話 訓練場にて
要塞都市アルマーにある騎士団の訓練場。そこではいつもの様に騎士達が訓練している。
あちことから剣戟の音が聞こえて来るが、その一角では静かに向かい合う2人の男性が居た。
片やこの領地で一番の実力を誇る筆頭騎士、エストリアと同じ真っ赤な髪を持つ彼女の兄。ルーカスは真剣な表情で対面に居る相手を見ている。
相対するのはこの国の第3王子である、先日18歳になったばかりのオズワルドだ。そんな2人をエストリアが見守っている。
「頑張って、オズワルド!」
「ああ!」
「さあ、行きますよ王子!!」
ルーカスは一気に距離を詰めてオズワルドに向かって剣を振り下ろす。決して手加減はされていない一撃を、どうにかオズワルドは受け止めて見せた。
訓練用の刃を潰した剣とは言え、鉄で出来ている事に変わりはない。結構な衝撃がオズワルドに襲い掛かる。
オズワルドは剣の達人という程は強くはない。弱いとまでは言わないまでも、平均よりはやや上と言った程度。
戦闘勘の良さが王族にしてはかなり優れているが、腕前自体は平凡である。
筋が良いとエストリアが評価したのは、その辺りが起因している。軍師には向いているが、前線で騎士を引っ張る役はこなせない。
「まだまだ行きますよ!」
「ああ、頼む!」
「はぁっ!!」
何故オズワルドがこんな事をしているかと言えば、オーレルム家に婿入りするからには鍛えようと考えたからだ。
領地は豊かで領民が穏やかでも、危険な地域である事は間違いない。だから今の自分に甘えるのではなく、更なる高みを目指す事に決めた。
オズワルドは天才型の人間ではない。しっかりと努力を重ねるタイプであり、剣術に関してもこれまでに鍛錬を続けて来た。
王族が強くある必要はないが、オズワルドはそれを良しとしなかった。護衛達の足を引っ張る様な王子では居たくなかった。
料理を習得した様に、彼は努力して技術を身につける事が好きだった。
「オズワルド! 右ですよ!」
「クッ!?」
「ほぉ、まだ耐えますか」
ルーカスとしては、妹の結婚は非常に辛い。どうしても認めたくはないが、しかし決まった事は変えられない。
嬉しそうにしている妹を見て、物凄く複雑な気分になったが今は落ち着いている。
当日こそは涙を流しながら抗議したが、最終的にはヴェロニカに回収されてお説教行きとなった。
とは言えルーカスは陰湿な男ではなく、わりとサッパリとしている人物だ。妹が絡むと少しおかしくなってしまうだけで。
そんなルーカスは今、稽古を自ら希望して来たオズワルドに好感を持ち始めている。
妹の事についてはともかくとして、王子でありながら強くなろうとする姿勢はルーカス好みである。
「俺はまだ……やれますよ」
「なるほど、確かに筋は良い」
「はっ!!」
オズワルドの剣技はどこまでも平凡である。レアル王国で習う事が出来るごく普通のもの。
誰もが驚く様な必殺剣などはなく、愚直に基礎を積み重ねただけのもの。
彼はルーカスやエストリアの様に、優れた肉体を持っているのではない。
冷静に判断出来る頭脳と、生まれ持った天性の勘。そして何よりも、その粘り強さがオズワルドの武器だ。
諦めないという強い意思は、戦いにおいて何よりも価値がある。生死を分ける、その根源的な要因だ。
ルーカスもエストリアも、そんなオズワルドの良い所を高く評価していた。
だからと言っていきなりから急に強くなれる筈もない。必死で戦ったオズワルドは、体力の限界が来て地面に倒れ込んだ。
「ふむ、一旦は休憩にしましょうか」
「…………ルーカス殿、付き合って貰い、感謝する」
「こ、これで認めたという訳ではありませんからね!」
そんな小悪党の捨て台詞の様なモノを言い残して、ルーカスは訓練場を出て行く。入れ替わる様に観戦していたエストリアが、オズワルドの側にやって来る。
砂埃で汚れるのも厭わず、エストリアは地面に膝をついた。オズワルドの頭を優しく持ち上げて、彼女は自分の膝の上に載せた。
エストリアは今回、一度も彼を止めようとはしなかった。それはオズワルドの戦闘力を評価していたからでもあるが、一番の理由はそこではない。
エストリアは察していたからだ。何故オズワルドがこんな事をやり始めたのか、その本当の意味を。
「ありがとうございます、オズワルド」
「一体、何の事だ?」
「お兄様と向き合って下さったのでしょう?」
妹の婚約を素直には受け入れられないルーカスの、その兄としての気持ちを尊重した。これから家族になるのだから、義弟としてきちんと向き合った。
そんなオズワルドの優しさが、エストリアは感じ取る事が出来た。オズワルドと出会ってから、これまでの付き合いでそういう人だとエストリアは理解している。
本来王子であるオズワルドが婿入りしようと言うのだ、そんな事をわざわざやらなくても良い。
身分差を考えれば、受け入れなければならないのはルーカスの方である。それでもオズワルドは、分かり合う道を選んだ。それがエストリアには嬉しかった。
「エストリアの家族なんだ、当然だろう?」
良い雰囲気で微笑み合う若い2人を、周囲の騎士達は温かく見守っていた。
途中で戻って来たルーカスが、膝枕なんて兄でもされた事はないと騒ぎ立てたが即座に排除されていた。




