第15話 エストリアの悩み
雨の日に起きた倉庫内での出来事。オズワルドの取った行動について、エストリアはずっと悩んでいた。
あれ程の距離で、家族ではない男性と接触した事が今までに無かった。
ダンスの稽古では基本的に相手も女性であったし、男性が担当する時は必ずどちらかの兄が相手をしていた。
それにオズワルドの視線が、いつもと違う様に感じられた。エストリアには意味が理解出来なかったが、そこには熱く滾るものがあった。
「はぁ……何なのでしょう、この気持ちは?」
自室のベッドに寝ころんだエストリアは、自分の中に生まれた感覚が分からない。寝間着姿で胸元を両手で抑えながら、天井を見つめている。
そんなエストリアの疑問に答える者は誰も居ない。既に就寝時間となり、メイド達も室内から出て行った後だ。
悩める1人の乙女は、自分の感情と孤独に向き合っている。これまでに経験した事のない感情の動き。
弟が出来た様で嬉しかった筈が、どうにも調子が狂うのだ。ちゃんとオズワルドの目が見られなくなったり、妙に緊張してしまったり。
つい最近まで出来ていた筈の事が、急に出来なくなってしまった。
しかも決まって、やたらと心拍数が高くなるのだ。
「もしかして、何かの病気なのでしょうか?」
その予想はある意味では正解である。病と言えば病であり、普段通りのことが出来なくなるという症状が出る。
鼓動の高まりも含めてとある病の特徴であるのだが、それらしい経験が無かったエストリアは自覚する事が出来ない。
21年という人生の中で、将来お父様のお嫁さんになる! もしくはお兄様と結婚する! と言った幼いが故の思考ならばエストリアも経験している。
だがそれは、本来の結婚とは殆ど関係がない。言ってしまえば家族愛や友愛と言った感情に起因するものだ。婚姻との関わりが深い、恋心という感情とは違う。
「このドキドキする感覚……強敵を前にした時と同じもの?」
心拍数の上昇は、緊迫する戦いの中でも発生する。しかしそうではない、エストリアが感じている高鳴りは戦闘とは関係が無い。
争奪戦と言えばそうとも受け取れるが、それも武力を伴った物理的な命の奪い合いではない。
誰が一番早く想い人の心を奪ってみせるか、その競争なのだ。そんな事を知りもしないエストリアは、答えの出ない問答に頭を悩ませ続ける。
しかしエストリアはそもそも頭脳派ではないので、幾ら頭を使った所で事態が進展する事は無い。ただただ無駄に時間が過ぎていくだけだ。
「はっ!? このままでは眠れません……ワインでも少し飲みましょう」
埒が明かないと判断したエストリアは、自室を出てキッチンへと向かう。思考がグルグルとしてしまった時は、エストリアはいつもワインを頼っていた。
この国では16歳から飲酒が許されているが、それはあくまで嗜む程度の量。
酔いつぶれる様な飲み方は、健康に良くないと20歳を過ぎるまでは禁止されている。
エストリアはそんなにお酒に強くないので、1本も空け切る前に睡魔に襲われぐっすりと眠れる。
早く寝ようと足早にキッチンへとやって来たエストリア。辺境伯家に相応しい立派な調理場から、彼女はワインを1本拝借しようとした。
「エストリア、何をしているんだ?」
「オズワルド様!? ど、どうしてここに?」
「水を貰おうと思ったのだが……ふむ。そういう事なら俺も付き合おう」
オズワルドの事で悩んでいたのに、何故か彼とワインを飲む事になってしまった。
どうしてこうなったのだろうと困惑しながらも、エストリアはオズワルドと食堂に移動する。
薄暗い室内を、僅かなキャンドルの灯が2人の姿を照らし出す。僅かな明かりの中で、エストリアは手渡されたグラスを受け取る。
オズワルドの分も揃った所で、2人でワインを飲み始めた。こんな暗がりで2人きりだからか、それともアルコールのせいか。エストリアの鼓動はまた早くなって来ている。
やや赤らんだ顔になったエストリアは、意を決して直接訪ねてみる事にした。いざと言う時の思い切りが良い事は彼女の美点の1つである。
「オズワルド様、私……病気かも知れません」
「なっ!? ど、どういう事だ!? 何があった!?」
「それが、オズワルド様と居ると何故か鼓動が激しくなってしまうのです!」
「…………なるほど」
いきなりの病気宣言に大慌てだったオズワルドだが、続くエストリアの言葉で表情が変わる。
真顔になったオズワルドは、エストリアの正面から隣の席へと場所を移す。
悩みを打ち明けたエストリアは、不安そうにしながらオズワルドの言葉を待つ。そんなエストリアの左頬をオズワルドの右手が優しく添えられる。
目線の高さを合わせたオズワルドは、エストリアの瞳をじっと見つめる。
まさか病名でも分かったのかと、エストリアは恐々とオズワルドの瞳を見返す。見つめ合っていると、更にエストリアの鼓動は激しさを増していく。
「それは、俺と居る時だけか?」
「……はい。こんなの、初めてです」
「そうか……安心しろエストリア。それは病気ではない」
「そうなのですか?」
「もうすぐ俺は18歳になる。その日になったら、俺が答えを教えてやる」
そういうとオズワルドはゆっくりと、名残惜しそうに手をエストリアの頬から手を離すと彼女から距離を取る。
また明日とだけ告げて、オズワルドは自室へと帰って行った。
安心して良いと言う事だけは分かったけれど、エストリアにとっては謎のままである。
とりあえず良く分からないけど、寝てしまおうと考えたエストリアは片付けをして自室のベッドに戻った。




