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演繹城への招待


     †


 日曜日―

 茉莉香は両親に演繹城のチケットが送られてきたのでそこに行ってくると言うとあっさりと受理される。茉莉香の父も母も探偵として有名になった茉莉香をただの金づるだと思っている。雑誌や新聞にインタビューを受けたりテレビに出たりすればその分収入に繋がる。茉莉香はまだ子供だということで本来自分の収入であるはずの出演料などはほとんどすべて両親に持っていかれるのである。自分の将来のために銀行に預けるなんて殊勝なことは一切してくれない。

 そんな傍から見れば悲しい人生を送る茉莉香であったが、当の本人はそれほど事態を悲観してはいない。なぜなら莉理香という存在がいたからである。茉莉香にとって莉理香という別人格は親友や親以上の意味を持つ。自分の悩みや考えをすべて受け入れ精神のバランスを取ってくれる。すなわち、莉理香は茉莉香にとっての天然のトランキライザー(精神安定剤)なのである。

 往復の交通費だけは何とか貰う。ネグレクトを受けているためお金はほとんどもらえないが、探偵に関することだと言うと少なからず貰えるのである。格好は学生服姿である。茉莉香はほとんど私服を持っていない。「中学生は学生服を着るから私服なんていらないでしょ」というのが両親の考え方である。自分たちは茉莉香の稼いだ金でいい服を着ているというのに茉莉香にはほとんど服を買ってくれないのだ。別にそれでもよかった。年頃の女の子といえばファッションやコスメなどに興味を持つが、茉莉香にはそんな傾向が一切ない。手に入れたいのは自由。虐待や束縛からの圧倒的な解放。

 高校生になったら寮のある学校へ進学するかそれか一人暮らしをしてそこで暮らしたいと考えているのである。否、もっと過激な考えとしては中卒で探偵になってしまうということだ。十五歳で社会人というのはやはり早いだろう。戦前ではないのだ。今時そんなことをする人間はほとんどいない。今や大学に進学する人間が大多数を占める。莉理香も中卒で働くのはやめたほうがいいと危惧しているが、茉莉香は早く自立したいと考えている。

 時刻は午前八時半―

 手紙に書かれていた集合時間は午前十時である。オタオタしていると遅れてしまうかもしれない。

 日曜の午前中ということで本来賑やかであるはずの商店街もそして駅前も静かである。人通りは少ない。切符売り場でお台場までの切符を一気に買い自動改札をくぐっても駅のホームは閑散としている。ホーム上にあるベンチに腰をおろし茉莉香は電車が来るのを待つ。秋も深まり、時折吹く風は少し冷たい。電車を五分ほど待っているとようやく電車はやって来た。電車内もあまり混雑していない。平日のラッシュが嘘のように席は空いていた。空いた席にちょこんと座り茉莉香は学生鞄の中から本を取り出しそれを読みふける。

 田中芳樹先生の『摩天楼』である。薬師寺涼子シリーズの第一作目だ。茉莉香は薬師寺涼子が好きで何度も繰り返し読んでいる。莉理香からは探偵なんだから欧米の推理小説を読んだ方がいいと言われエラリー・クイーンやアガサ・クリスティー、ディクスン・カーなどの著名な作品を読んではみたがちんぷんかんぷんで頭に入らなかったのである。

 そんな時見つけたのが薬師寺涼子シリーズだ。破天荒な主人公である涼子がずばずばと行動するさまは茉莉香を虜にさせた。読むとすっきりする作品はなかなかない。涼子は探偵ではなく警察官である。それも東大出のキャリアで頭がよく知識が豊富なだけでなく運動神経も抜群なのだ。一度は茉莉香も薬師寺涼子のような警察官になりたいと考えていたのだが、調べてみて直ぐに断念した。

 キャリアという警察官僚になるには東京大学や京都大学といった一流大学を出ていなければならない。茉莉香は探偵であり一見すると知能指数が高いように思われるが、そんなことはない。成績は中の下でいつも赤点ギリギリのラインをさ迷っている。とてもではないが、東大にいけるような成績ではない。莉理香曰く東大や京大に行くような連中はいつもテストで百点を取っているのだという。

 テストで百点。小学生…それも低学年以来取っていない点数である。いくら勉強したところで百点が取れるとは思わなかった。だから茉莉香は警察官ではなく探偵になろうと考えている。探偵なら学歴はそんなに関係ないと思えたのだ。それも偏見で大手の探偵社の社員は大抵が大卒である。中卒なんて一人もいない。茉莉香の行く先には暗雲が立ち込めている。

 ふと、茉莉香は車窓から外の風景を眺める。景色といってもいいものではない。ビルばかり見えて面白くないのだ。ただ、これから向かう演繹城について思いを馳せる。一体どんなところなのであろうか?演繹城というからにはアトラクションのすべては推理によって解かなければならないのだろうか?

 よくミステリ小説の愛好家が集まり擬似殺人事件を体験し実際に推理せよというイベントがあるが、そのテーマパーク版なのであろうか?だが、一回謎を解いてしまえば次回から期待半減である。演繹城というからには常に新しい事件を起こさなければならないだろう。莉理香が言うには真に優れた推理小説というものはそのトリックが判ったところで面白さが半減するものじゃないのだという。例えトリックが判っても犯人が判っても読んで面白いのが本物の作品だというのが莉理香の意見である。

 確かに薬師寺涼子シリーズは犯人が判っても面白い。話は破天荒であるが、茉莉香もこういう事件なら解いてみたいと考えるのである。電車はやがて新橋駅に到着する。サラリーマンの街新橋。普段こんなところでは絶対に降りないし近寄りもしない。同じ車両からは数十名の乗客が降りたが、皆大人である。茉莉香のような子供は一人もいない。新橋駅は流石はサラリーマンの街ということで仕事中のサラリーマンがちらほらと見受けられた。

 日曜日だというのに働いているのだろうか?休日出勤なのか日曜日が仕事日なのか判らないが、スーツを着て慌しく歩き回っている。おじさんだけではない。若い人もいるし女性もいる。茉莉香はそんな姿を見つめながら乗り換え先であるゆりかもめへ向かう。

 駅で時刻を確認するともうすぐ十時というところである。もしかすると集合時間に遅刻してしまうかもしれない。焦る茉莉香は素早く改札へ向かう。ゆりかもめ周辺は一転して混雑している。やはり日曜日なのだからだろう。家族連れやカップルが多い。こんなに朝早くからどこかへ行くのか。そんな姿を見て茉莉香はフンとため息をつく。

 自分は家族でどこかへ行くなどほとんどしたことがない。父も母も自分のことに夢中で全く茉莉香に興味を持とうとしない。解離性同一性障害という複雑な病気と診断されてもほとんど知らんぷりである。その内治るでしょと楽観視しているのだ。

 家族連れを見ていると羨ましさを感じさせるしカップルを見ると自分の制服姿が情けなく感じる。自分は制服しか持っていない。となれば、当然男の子と一緒に外を歩けない。片方が私服で片方が制服のデートなんてちょっとおかしい。遠い目をしながら茉莉香はそんなことを考えている。

 改札をくぐりゆりかもめに乗る。ゆりかもめに乗るのは初めてだ。乗務員がいないゆりかもめ。新橋駅は始発駅だが座れずに莉理香は吊革を掴み立つ。フジテレビアナウンサーの声が放送に乗って聞えてくる。粋な演出だ。ここからだとフジテレビも近い。莉理香がぼんやりと車内の様子を見渡していると突然声をかけられる。

「あなた、類巣茉莉香…いや、トランキライザー莉理香ちゃんでしょ?」

 茉莉香は勢いよく声のしたほうを向く。混雑した車内の中声をかけてきたのは二十代後半くらいの女性である。すらりと背が高くモデルのような体型で服装は出来る女らしく細身のパンツスーツをビシッと着ている。色はグレーでうっすらとストライプが走っていてスタイリッシュだ。なんとなく高級そうな印象を覚える。髪の毛は肩まで伸びるボブスタイルでダークブラウンの髪がつやつやと光っている。切れ長の瞳に長い手足。美人である。

 しかし、茉莉香にはこの女性がどこの誰であるかさっぱり判らない。否、どこかでチラッと見たことのあるような気もしたが、思い出せない。眉間にしわを寄せ茉莉香は女性を見つめ

「あたしは確かにトランキライザー莉理香ですけど…ええと、一体何の用ですか?」

 茉莉香は探偵をする際はトランキライザー莉理香と名乗っているのであえて自分を莉理香と呼んだ。

 混雑した車内がぐらっと揺れる。美人の女性はニヤッと笑みを浮かべた後次のように言う。

「やっぱりあなたも招待されていたのね。まぁ当然か、世間を賑わす中学生探偵だもんね。呼ばれないわけがないわ」

 呼ばれた。というのは確実に演繹城のことを言っているのであろう。演繹城はオープン前のテーマパークであるが、情報は非公開というわけじゃない。知っている人がいてもおかしくはないのだ。しかし、こんな時間に一人でゆりかもめに乗っている時点で少し変だ。ゆりかもめに乗る男性の視線を一心に浴びている女性を見て茉莉香は訝しそうに目を細めた。

 可能性は一つしかない。きっとこの人も演繹城に呼ばれたのだろう。演繹城に呼ばれた人間は手紙から察するに皆探偵なのだという。つまり、この美人さんも探偵ということになる。だから、どこかで見たことがあるような気がしたのだ。茉莉香が雑誌や新聞でインタビューされたようにこの女性もインタビューされているのである。それをどこかで茉莉香も見たのだ。

「あ、あなたも…」茉莉香はオドオドと言う。「探偵さんなんですね。ええと、ごめんなさい名前は知らないんですけど」

 茉莉香の言葉を受けて女性はにっこりと笑いルイ・ヴィトンのハンドバッグの中から一枚の名刺を取り出した。

「別に構わないわ。私はあなたほど有名じゃないものね。これ、受け取ってくれる?」

 女性は茉莉香に名刺を渡す。白地に所属探偵事務所名、連絡先、そして名前が印刷されたシンプルな名刺である。

『誰よりも速く動きます

ルナルナ17探偵事務所

 北海道札幌市中央区○○○○

 探偵 ルナルナ17

 090‐○○○○‐○○○○』

 名刺を受け取った茉莉香はまじまじと名刺を見つめる。僅かながら香水のいい香りがする。大人の女性だなぁと思いながら茉莉香は視線を上げる。

「ルナルナ17さんですか。あたしはトランキライザー莉理香です。よろしくお願いします」

 と、茉莉香は深々と挨拶をする。

 その姿を見たルナルナ17は手を差し伸べ握手を求める。茉莉香は手を制服でこしこしと拭いた後ルナルナ17の手を握り締める。体温が通いそれでいて柔らかい手だ。

「私のことはルナルナ17でいいわよ。その代わり私もあなたのことは莉理香って呼ぶけど構わないわよね?」

「は、はい大丈夫です。ルナルナ17さんも演繹城に呼ばれたんですよね?」

「もちろん。探偵なんだから当然よね。それもただの探偵じゃない。私は東北や北海道を主な拠点としているけど地域ではナンバーワンよ」

「そうなんですか。ル、ルナルナ17さんは探偵一本だけで生活しているんですか?」

「探偵以外にも生活の手段はあるわ。私の実家は牧場なの。馬がたくさんいてね。小さい頃から馬に乗っていた。私、こう見えても乗馬が上手いのよ。馬ってね、毎日世話をしてくれる人には慣れて優しくなるから可愛くて堪らない。あなたも今度来てみるといいわ。私が招待する」

 とは言うものの茉莉香には馬に乗りたい気持ちなど微塵もない。乾いた笑いを浮かべているとルナルナ17は続けて言う。

「探偵としての仕事もしてるわ。あなたと同じように殺人事件を解決したこともある。そんなに数は多くないけどね」

 殺人事件を解決したという台詞は茉莉香をグッと固まらせる。殺人事件に遭遇する可能性は0.001%程度であるが、茉莉香はその昔、事件に遭遇してしまった。その時生み出したのが莉理香という人格でありそれ以来茉莉香はたくさんの殺人事件に遭遇し事件を解いてきた。だからこそ中学生という若年でここまで有名になったのである。

 但し、事件を解いたのは正確に言えば茉莉香ではない。体は茉莉香だが人格は莉理香なのである。だから茉莉香は自分が探偵だと言われてもいまいちピンとこない。

 ゆりかもめはやがてお台場に辿り着く。人が一斉に降りその後を茉莉香とルナルナ17が続く。流されるようにして改札を出ると秋の柔らかい日差しが一心に降り注いでいるのが判った。日差しをたっぷりと受けながら茉莉香は大きく伸びをする。視線を海の方に向けると埋立地に大きなお城が建っているのが見える。お台場という現代的な都市に立つ古風な城。見るだけで異様である。

「あれが…」ルナルナ17が言う。「演繹城。演繹ビッグバンという資産家が莫大な金を使って埋立地を作りそこに建設したらしいわよ」

 茉莉香は城に視線を注ぐ。古風な城の周りにはテーマパークらしく観覧車やジェットコースターなどの遊具が見える。何というか普通の遊園地の焼き増しのように見えるが他とどう違うのであろうか?茉莉香が生唾をごくりと飲み込むと隣にいたルナルナ17が颯爽と歩き始める。慌てて茉莉香もそのあとに続く。

 海が近いということで海風がびゅんびゅんと吹いている。風は少し冷たいが心地よい。どことなく潮の香りも漂っている。歩いていると前方に異様な形をした車が停まっているのが見える。茉莉香も当然視線を注ぐがその車が何という車なのかまでは判らなかった。しかし、ルナルナ17はすぐに車の正体を見抜いたようである。

「デューセンバーグね」

 と、ルナルナ17は言う。

それを聞いた茉莉香はサッと視線をルナルナ17に移す。ルナルナ17は眼を細めデューセンバーグという車を見つめている。デューセンバーグといっても茉莉香にはそれがどんな車なのかさっぱり判らない。ただ、現代的な車ではなくヴィンテージ感が漂う古い車だなということは見て取れる。

「デューセンバーグって何なんですか?」

 おもむろに茉莉香は尋ねる。

すると、ルナルナ17はフンと嘆息しながら

「茉莉香ちゃんは推理小説とか読む?」

「読んだんですけど断念しました。ちょっと難しくてあたしにはちんぷんかんぷんだったんです」

「へえ、世紀の名探偵と呼ばれるあなたが推理小説の愛好家ではないなんて意外ね」

「はい、でも田中芳樹先生は大好きです」

「彼は推理作家というよりも伝奇やファンタジーでしょ。まぁいいわ。説明してあげる。デューセンバーグっていうのはね、エラリー・クイーンが書いた小説の中に出てくる名探偵エラリーが乗っている車のことよ。古い車でね。愛好家たちの中では人気よ。でも、完全にオープンカーだし、ガソリンは食うし、維持費なんかは大変だろうけどね」

 エラリー・クイーンなら聞いたことがある。否、というよりも莉理香に勧められて読んだことがあるのだ。あれは確か…『ローマ帽子の謎』という本だ。まぁ途中で断念してしまったのであるが。

 再び茉莉香はデューセンバーグに視線を注いだ。当然だが左側にある運転席には運転手が座っている。白い髪の毛がちらほらと混ざった初老の男性である。初老の男性はエンジンを切るとゆっくりと立ち上がり車の外に出て茉莉香とルナルナ17のいる場所まで歩いてくるではないか。

 初老の男性はオールバックの髪型だが全体的に表情の起伏が乏しい。

 格好は黒のスリーピースを着て顎鬚を生やしているのが見える。英国紳士のような雰囲気を醸し出している。中に着ている白いシャツの襟はこれでもかと言わんばかりに糊が聞いていてビシッと金属のように立っている。革靴の音をこつこつと鳴らせ初老の男性は近づいてくる。辺りにいた人間たちが物珍しさにデューセンバーグに近寄りスマートフォンで写真を撮るなどしている。

「類巣茉莉香…いやトランキライザー莉理香様とルナルナ17様でございますね」

 渋い重鎮な声で初老の男性は告げる。

 それに対し茉莉香の前に立つルナルナ17が物憂げな表情を浮かべて答える。

「そうだけどあなたは誰?ちょっと風変わりなようだけど」

 茉莉香たちの周りの空気だけが切り取られたかのようにひっそりとしている。初老の男性はにっこりとほほ笑みながら視線を茉莉香とルナルナ17に注いでいる。茉莉香は何も言えずにただ黙り込み状況を見守っている。傍から見るとこの状況は結構恥ずかしい。デューセンバーグという異様な車の前で時代錯誤も甚だしい紳士風の男性に声をかけられている。これほど奇妙なことはない。

 しばしの沈黙があった後初老の男性が声を出す。

「申し遅れました。私、演繹城の主黒弥撒様の執事をしておりますアンチエースキラーと申す者です。この度は遠方はるばるお越し頂きありがとうございます。黒弥撒様も非常にお喜びになられております」

 黒弥撒というヘンテコ名前を持つ人間がどうやら演繹城に探偵たちを呼んだ人間のようである。名前の響きからしておかしいが、恐らく演繹城を建てた演繹ビッグバンと繋がりがあるのだろう。そうでなければこの土地にテーマパークなど作れない。

 普段お金には全く縁のない茉莉香は恨めしそうにアンチエースキラーを見つめて彼とルナルナ17の反応を待つ。茉莉香がしばし口を閉ざし待っているとルナルナ17が再び質問を飛ばす。

「演繹城の主の執事さんが直々に何の用なの?」

「はい、すでに他の探偵の皆さまは到着しておりましてあとはあなた方二人だけとなっております。また集合時間は既に過ぎておりますのでそれ故に私がお迎えに伺うという役目を仰せつかったのです。さて、立ち話も疲れるでしょう。どうぞ車にお乗りください。演繹城までご案内致します」

 と、アンチエースキラーは言うとにっこりとほほ笑み踵を返した後、デューセンバーグのトビラを開く。デューセンバーグは前列に二人、後部席に三人が乗れるようになっており座席は革張りのしっかりしたものになっている。車内の装飾も木製で統一されておりきらきらと光り宝石のように思わせる。茉莉香は当然こんな車には乗ったことがない。たぶんこの先も乗ることはないであろう。後部席に乗り込み奥の方に座ると隣にルナルナ17が座る。

 茉莉香とルナルナ17が座ったのを見るなりアンチエースキラーはトビラを閉め自身は運転席に向かう。そしてプップーとクラクションを鳴らし辺りに集まってきたやじ馬たちを蹴散らすとゆっくりとデューセンバーグを発進させる。デューセンバーグはヴィンテージカーなので値段は高額であるが、現在の高級車と比べればその能力はかなり劣る。一般道を走ってもガタガタと音を上げるし音も大きい。それでいてオープンカーなのであまり高速で走ると風がびゅんびゅんと顔面に当たり会話もできない。

 秋風を一身に受けながらデューセンバーグは進んで行く。

 車はどんどんと演繹城に近づいて行く。大きくなっていく演繹城。城内を取り囲む鋭利な黒の柵越しにメリーゴーランドが見える。茉莉香はメリーゴーランドに乗ったことはないが、その存在は知っている。幼い時は乗ってみたいと思い何度も両親に懇願したが、その願いは決して聞き届けられなかった。茉莉香はそんな切ない記憶を思い出しながらメリーゴーランドを見つめる。

 オープン前のテーマパークなので当然メリーゴーランドは動いていない。白馬が列をなし円状に設置されている。今にも動き出しそうな気配を持つメリーゴーランド。屋根がついており雨の日でも乗れそうだ。茉莉香がそんなことを考えていると横に座っていたルナルナ17が静かに口を開く。

「ねぇアンチエースキラーさん。少し聞いてもいいかしら?」

 問われたアンチエースキラーは前を見据え運転したまま答える。

「何でしょうか?」

「一体あなたの主黒弥撒という人間は何が目的なの?どうして私たちのような探偵を呼んだのよ」

 ほっそりとした足を組み替えながらルナルナ17が言う。隣で聞いていた茉莉香も当然の疑問だなと思った。普通、オープン前のテーマパークに呼ばれるのは何らかの関係者じゃないのだろうか?茉莉香もルナルナ17も探偵であるが、演繹城には何の関係もない。強いて関係性を述べるのだとすれば演繹城はミステリをテーマとしたテーマパークで茉莉香たちは実際に事件を解いてきた探偵ということであろう。そんな風に茉莉香が考えていると運転を続けるアンチエースキラーが質問に答える。

「その質問には我が主黒弥撒様がお答えになるかと思います。もうしばらくお待ちください。あと三分ほどで演繹城の前に辿りつきます。探偵の皆さまが集まればそこで黒弥撒様が何らかの説明をしてくださるでしょう」

「黒弥撒。聞いたことない名前だけど何者なの?このテーマパークを建てたのは演繹ビッグバンという話だけど知り合いか何かなのかしら?それなりの地位があるのかもしれないけど探偵を呼ぶ意味はさっぱり判らないわね。お金を持っているだろうから考え方が変わっているのかもしれないけど」

 ルナルナ17の言葉にアンチエースキラーは反応したが、口を閉ざし淡々と運転を続ける。道路はさほど混雑していなかったので宣言通り三分で演繹城前に辿り着く。ここで車を降ろされるのかと思ったがそんなことにはならずのろのろとデューセンバーグは進んで行く。やがて車はメリーゴーランド前に着きそこで停止する。メリーゴーランドの前には数人の人間たちが立っている。

 颯爽とアンチエースキラーがデューセンバーグから降りると後部席のほうに回りトビラを開ける。まずはルナルナ17が降りその後茉莉香が降りる。冷たい風が茉莉香の頬に当たりひんやりとさせる。茉莉香はメリーゴーランド前にいる人間たちを見つめる。

 そこに立っているのは新聞や雑誌で見たことのある人物ばかりである。茉莉香はすぐに集まっている人物が探偵であるということを見抜く。同時にルナルナ17もそのことに気付いたようである。にんまりと笑みを浮かべ探偵の集団を見つめている。

「あらあら皆集まっているってことね」

 と、ルナルナ17は誰に言うでもなく呟く。すると、長身のグレーのスーツを着た男性が一歩前に踏み出し声を出す。短く整えられた黒色の髪の毛が僅かに風に乗ってなびいている。

「東北の探偵、ルナルナ17ですか?それにしても遅れて悠々と登場とはいい身分ですね。誰よりも速く事件現場に駆けつけるというのが代名詞。そんなあなたが遅れるとは珍しいこともありますね。しかしいつも通りの勝負服を着ていますね。何度か雑誌やテレビで見たことがあります」

 若干の皮肉交じりの言葉だがルナルナ17は特に気にする素振りも見せずただにっこりと笑い

「あなたたちが早すぎるのよ。私だって遅れる日があるわ。それに私の勝負服をよく知っていたわね。まぁ雑誌で話したこともあるから知っていてもおかしくはないか。そう、これが私の勝負服なのよ。ええと、あなたは確か九州地方を主な活動拠点としているくそったれ魂ね。へぇ雑誌でしか見たことがないけどなかなかいい男じゃないの。たしかあらゆるトリックが使われた事件を専門的に解決している技巧派の探偵ね」

 そう、くそったれ魂が解決しているのは異様な物理トリックが行われている事件である。今まで数多くのトリックを経験しており警察署内ではトリック崩しのくそったれ魂と呼ばれている。

「そんなことはどうでもいいですがね」くそったれ魂はそう言うと今度は茉莉香のほうを見つめる。「それにルナルナ17の隣に立っているのは確か中学生探偵のトランキライザー莉理香ですね。意外と小さいのですね。それに休日でも学生服を着てるとは珍しい。面白い人だ」

 くそったれ魂は見下すような乾いた笑いを浮かべ茉莉香を見下ろしている。茉莉香は気分が悪くなったが、それを声に出すことはせずだんまりを決め込んだ。

 時刻は午前一〇時一〇分。

 集合時間を少し回ったが、全員が揃ったところを見計らったかのように突然メリーゴーランドが動き始める。ダミアが歌う『暗い日曜日』のようなおどろおどろしい曲が流れ始める。メリーゴーランドの曲としては全く相応しくないだろう。集まった探偵たちは皆メリーゴーランドのほうへ一斉に視線を注ぐ。メリーゴーランドの中央部分には垂れ幕がしてあるのだが、それをアンチエースキラーが退けると中にいたのは仮面をつけ靴が隠れるほど長い大きなマントを羽織った謎の人物である。仮面からはみ出る髪の毛はルナルナ17のような髪型である。

 メリーゴーランドは回っているが、仮面の人物がいる場所は動いていない。ただぼんやりと立ち尽くしている。不可解なのは仮面の人物がほとんど微動だにしないことだろう。まるで死んでいるかのようである。やがてメリーゴーランドが止まり仮面の人物が声を出す。

「やぁ諸君待たせたな。本当はもっと格好良く登場したかったのだが、なかなかうまくいかなかったな。まぁいいか、私は演繹城の主を務める黒弥撒。君たちを呼んだのは私だ」

 黒弥撒と名乗る人物の声は機械的である。声質は男性のそれであるが変声器を使っている可能性も否めない。それにどこかにマイクが隠されていてそれで喋っているような不思議な感覚である。

 黒弥撒の発言を聞き探偵たちの間にざわっと衝撃が走る。

 黒弥撒と名乗る人間の背は低く。一六〇㎝程度であろう。男性にしてはかなり背が低い。恐らくこの場にいるルナルナ17と同じくらいの身長であると察せられる。髪型もルナルナ17に近い感じである。同時に、声は少し高く大人の男性のような声をしているが、どこか紳士的だ。仮面も謎だ。仮面舞踏会でも始めるのだろうか?茉莉香は黒弥撒を怪しむような目線で見つめている。黒弥撒はそれでも微動だにしない。仮面越しだから判らないが、一点を見つめているようにも思える。

「早速だが自己紹介してくれるかな。君たちはこれから仲間みたいなものになるわけだからね…」

 自己紹介と言われても…茉莉香はグッと唇を結び誰かが自己紹介をするのを待つ。するとこういう環境に慣れているからなのかルナルナ17が沈黙を破り声を出す。

「私はルナルナ17、北海道や東北で探偵をしているわ。今回は少し遅れてしまったけど誰よりも早く現場に駆けつける高速の探偵を呼ばれているの。私が着ているこのスーツは勝負服。これを着ると私の推理力が上がるの。どうぞ宜しく」

 東北の探偵、ルナルナ17。

 彼女の自己紹介が終わると今度はくそったれ魂が口を開く。

「僕はくそったれ魂、九州で探偵をしています。トリック崩しのくそったれ魂と呼ばれていますが、文字通り小賢しいトリックを使った犯罪を解くのに長けています。どんなトリックだって見破ってやる自信がありますね」

 九州の探偵、くそったれ魂。

 その後に続いたのは初老の女性である。背が小さく一見すると探偵というよりも占い師のような風貌をした人物である。イスラム教徒の女性のようにフードをかぶり長い薄紫のショールを纏っている。

「私はルールズ、主に中部、北信越を中心に探偵をしています。解決してきた事件は暴力殺人や怨恨殺人。物理的なトリックを解決することはあまりないですが、喧嘩や決闘、それに近い事件を数多く解決してきました。きっと、新聞やニュースで見たこともある人もいるのではないでしょうか?」

 中部地方の探偵、ルールズ。

 ルールズの自己紹介が終わると次に続いたのは太った中年男性だ。スキンヘッドでロングTシャツにイージーパンツを着ているが、無理やり既製服を着たようでお腹が張り裂けそうになっている。身長は普通で体重は軽く見積もっても一〇〇㎏は超えるだろう。自己紹介をする前だというのに「ぜぇはぁ」と苦しそうに息をしている。

「わいは関西で探偵をしておるムチ打ち男爵ちゅうもんや。わいの得意な事件は放火事件やね。放火は一度すると癖になる人間が多いんやからどんどん悪質になっていくんや。わいはそれを解くのを専門というか…得意にしとります。どうぞ宜しゅう」

 関西の探偵、ムチ打ち男爵。

 放火魔を中心に事件を解決しているムチ打ち男爵。それぞれの探偵に長所があり得意な事件がある。探偵にも色々あるのだなと茉莉香は考える。いずれにしても自分以外の自己紹介が終わったことになる。

 自己紹介が残された人物は茉莉香一人である。当然のごとく、自己紹介を終えた探偵たちの視線が一斉に茉莉香に突き刺さる。茉莉香は変に緊張しながらゆっくりと声を出す。

「あ、あたしはトランキライザー莉理香です。ええと…」

 その次に何を言おうか迷っていると黒弥撒が嬉しそうに口を開く。依然として遠くから聞こえるような不思議な声である。

「君が噂の中学生探偵の莉理香ちゃんか。雑誌とかテレビとかで見るよりも随分と小さいようだね。それに学生服を着ている。休みの日でも学生服なのかな?」

 どうやら問われているようである。茉莉香は少し困ったような素振りを見せながらもこくこくと頷き

「そうです。あたし、私服持ってないんですよ」

 その言葉に探偵たちの間から失笑が漏れる。気分を悪くした茉莉香であったが、口には出さずただ状況を見守る。

「なるほど、面白い子だ。君は東京で主に事件を担当しているね。これで全国で有名な探偵が全員揃ったようだ」

 東京の探偵、トランキライザー莉理香。

 確かに黒弥撒が言うように全員の自己紹介が終わる。皆それぞれの地方ではかなり有名な探偵である。その探偵たちが一堂に集められたのには何か理由があるのであろうか?

「ちょっと質問があります」早速声を出したのはくそったれ魂である。「僕たちは何のためにここに集められたのですか?」

 その問いかけに黒弥撒は反応する。

「それは簡単だ。君たちにはこれから事件に遭遇してもらう。それで事件を解いて貰いたいのだよ」

 事件を解くとは穏やかなセリフではない。

 ここに集まった探偵が経験してきた事件というのは身辺調査や浮気調査などの探偵がよくやるものではない。殺人事件や強盗そのような凶悪な事件なのである。そのことを黒弥撒は知っているはずだ。そんな歴戦の探偵たちに事件を解いて貰うとは不可解なことである。まるでこの後何らかの殺人が起きることを予測しているかのようだ。

 しかしこれには大きな問題もある。オープン前のテーマパークで殺人が起きたとなれば集客力は激減するはずである。家族やカップルで楽しみたい場所であるのに殺人事件が起きたらたまらない。誰も行かなくなるだろう。まぁこの世にはたくさんの物好きがいるから集まるのかもしれないが…

 静まり返った空間の中ルールズが言う。

「事件が起きるというのは穏やかではありませんね。事件が起きればこのテーマパークの看板に傷がつくのではありませんか?」

しかし、黒弥撒は大して驚きもせず甲高い声で答える。

「別に構わない。演繹城というミステリのテーマパークなんだから殺人の一つや二つが起きてくれなくては困るだろう」

 彼の口調からはあまり本気さが感じられない。どこまで本気で言っているのだろうか?

「私たちに…」ルナルナ17が呟く。「事件を解かせるということね。エラリークイーンの読者への挑戦みたいでなんだか面白いじゃない。その挑戦乗ってあげるわ」

 高らかに宣言するルナルナ17。

 しかし茉莉香はあまり賛成できない。どうして休みの日にこんな得体の知れないテーマパークで殺人に巻き込まれなくてはならないのだろうか?それは運が悪いとしか言いようがない。数多くの事件を解決してきた茉莉香(事件を解決したのは別人格莉理香であるが)は決して事件が心地いいものであるとは思えない。

 殺人は悲しい事件だ。どんな動機があったにせよ人を殺してはならない。それだけは確かなのである。しかし、複雑な感情が入り混じり人は時として人を殺すことがあるのだ。それを黒弥撒は人工的に引き起こそうとしている。絶対に止めなければならない。そう決意した茉莉香であったが、彼女が何か言う前に黒弥撒が口を開く。

「さて、もう時間も過ぎた。早速行ってみようか?諸君、メリーゴーランドに乗りたまえ」

 訳も判らず探偵たちはメリーゴーランドに乗せられる。まだオープン前のメリーゴーランドということでどこかしら新品の香りがする。渋々メリーゴーランドに乗り込む探偵たち。全員が乗ったことが確認されるとゆっくりとメリーゴーランドが動き始める。そして、次第に速度を上げくるくると回る。普段遊園地には行かない茉莉香は不覚にも少し楽しいと思ってしまった。しかしその歓喜はすぐに絶望へ変わることになる。

「キィィィン」

 キリキリと軋るような音を上げメリーゴーランドは次第に速度を上げる。前述のとおり茉莉香はメリーゴーランドに乗ったことがないのであるが、現在乗っているメリーゴーランドのスピードは異様に速い。グルグルと回転する白馬。それに応じて背景はめまぐるしく変わる。スピードが速すぎるので景色をゆっくりと見ている暇はない。やがて景色は日中のテーマパークの景色から暗い洞窟のようなものへと変わる。地中深くに吸い込まれていく感覚が茉莉香を襲う。必死に目を開けて状況を見つめる茉莉香。

 しかしあまりにメリーゴーランドのスピードが速いので次第に目を開けるのが困難になる。とめどない恐怖が茉莉香を襲い彼女はキュッと目を閉じる。

 一体何が起きたのであろうか?メリーゴーランドのスピードが徐々に減速していく。それでもあまりに高速で動いていたため周りを見る余裕がない。恐怖に怯えながら茉莉香は必死に馬に掴まる。同時に意識が遠のいていく。人格が切り替わる感覚が広がっていく。人格が莉理香に切り替わる。

やはり、このメリーゴーランドはおかしい。今や公園の遊具で子供が怪我をするだけでニュースになる時代である。こんな異常なスピードを持つメリーゴーランドが万人受けするわけがない。というよりも事故が起きてあっさりと運転停止に追い込まれるだろう。

 メリーゴーランドの速度がゆっくりになる。しかしあまりに高速で動いていたため停止してからも目が回りあまり周りをみる余裕がない。これは全ての探偵たちが同じようである。くそったれ魂、ルールズ、ムチ打ち男爵らは馬にしがみついたまま目を開けることもままならず呆然としている。恐らく、数分の間があり各々の探偵たちの神経が徐々に正常に戻りつつあった時古典的な言い方をすれば絹を裂いたような声と表現するであろう。そんな常軌を逸した声が辺りに響き渡る。

「キィヤァァァァァ」

 声を発した人物は老婆であるルールズ。老婆とは思えない甲高い声でルールズは叫んだ。ルールズの声に探偵たちが反応する。叫び声を聞く限りメリーゴーランドに興奮してあげた声であるとは到底思えない。辺りが薄暗くて判らないが、ルールズは何かを見たのであろう。

 当然、ルールズの声を莉理香も聞く。莉理香はすぐに辺りを見渡し何が起きたのかを把握しようと躍起になっている。メリーゴーランドが止まるとようやくルールズの叫びの正体が判る。ルールズは白馬に乗ったままある方向を指さしている。その方向を視線で追っていくとありえない光景にたどり着く。

 東北の探偵、ルナルナ17の姿がそこにある。高速で動くメリーゴーランドから振り落とされたのかメリーゴーランドの上に倒れている。しかし、通常の状態ではない。ルナルナ17の体の首から上がない。つまり、首が切り取られているのである。

 殺人事件に遭遇していた歴戦の探偵たちであってもルナルナ17の首切り遺体には度胆を抜かれる。つい先ほどまで一緒に喋っていた探偵が死んだのである。それも首を切られて…これはかなり不可解だ。それにルナルナ17の首から上はどこに行ったのであろうか?

 莉理香は高速で動いていたメリーゴーランドの影響でふらふらと体を揺らす。消える瞬間が近づいて来ているためなのか吐き気はこみあげてくるし頭痛もする。莉理香の事件を引き寄せるという特殊な力が働いているのだろうか?またしても茉莉香は殺人事件に巻き込まれてしまう。それも今まで経験してきた事件とはレベルが違う。何しろテーマパークの遊具に乗っている最中に事件が起きたかもしれないのだから。

 やがてごろごろと床を転がってくるものが見える。薄暗いので探偵たちはそのサッカーボール球位の物体がなんであるかすぐに把握出来ない。しかしくそったれ魂が体を屈めて口を開く。

「ルナルナ17さんの首だ…どうしてこんなことに」

 くそったれ魂のセリフにルールズは頭を抱えムチ打ち男爵は渋い顔を浮かべている。そうこうしていると首を失ったルナルナ17の遺体がぐらぐらと揺れやがて白馬がずり落ち大きな音を挙げ床に落ちる。「ドスン」という大きな音が鳴り響き莉理香は口元を押えながら遺体を見つめる。これはどう見ても夢や幻ではない。確かに現実で起きた事件だ。

 人の首は勝手に切り取られない。つまり、誰かが何らかの道具を使って切り落とした可能性が高いのである。しかし、何のためにこんなことをしたのであろうか?オープン前のテーマパークである演繹城。オープン前に殺人事件が起きた城に誰が行きたいと思うのだろうか?

「被害者はルナルナ17君だったね」メリーゴーランドの中心部にいる黒弥撒が徐に口を開く。「さぁ探偵諸君推理したまえ。事件が起きたのだからね」

 あっさりと言うが、悠長に推理などをしていていいのだろうか?まずは警察を呼ぶ。それが先決であるように思える。もちろん、そう思ったのは莉理香だけではない。

「警察を呼ばなあかんで…」

 重々しい声を発したのは関西の探偵、ムチ打ち男爵である。ムチ打ち男爵はズボンのポケットの中からスマートフォンを取り出し警察に連絡しようとしているのであるが、それを断念したようである。

「駄目や、ここは圏外やで。今時携帯が使えへんテーマパークなんてありえへんやろ」

 と、ムチ打ち男爵は呟く。

 辺りはどういうわけか薄暗い。まるで洞窟の中に足を踏み入れたという感じである。ここはどこなのであろうか?自分たちは演繹城のメリーゴーランドに乗っていたのではないのか?

「それよりも…」冷静さを取り戻しつつあるルールズが言う。「ここはどこなんでしょうか?一見すると洞窟の中のように見えますけど」

 その問いに答えたのはくそったれ魂である。

「メリーゴーランドがどこかに移動したのではないですか?でなければこんなに薄暗いのはおかしいです。あの黒弥撒さん。せめて電気をつけてくれてもいいでしょう」

 くそったれ魂が言うと黒弥撒は仮面越しにため息をついた後上着から小型のリモコンを取り出しそのスイッチを押す。すると、辺りに光が差し込む。薄暗い環境が一八〇度変わる。

「ここはどこなんでしょうか…」

 と、ルールズが誰に言うでもなく呟く。

 辺りは茶色い土壁に覆われている。どうやら洞窟のようである。それ以外の景色は見えず探偵たちを不安にさせる。

 前述の通りこの時茉莉香の中に住むもう一人の人格トランキライザー莉理香が目覚めていたのである。彼女は高速で回るメリーゴーランドで茉莉香が恐怖で怯えている時その窮地を察しこの世界に現れたのだ。

 莉理香は茉莉香の異変に気づきすぐに表の世界に現れる。しかし、あまり長く表の世界に出ることはできない。すでに莉理香という人格は風前の灯でいつ消えてもおかしくない状態である。しかし、今はそんなことを言っていられない。まずやらなければならないことはこの事件を解くことだ。

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