超高速メリーゴーランド
「潜ったんです」不意に莉理香が言う。茉莉香の声とは違う一本真の通った声である。茉莉香が喋っているとは思えない。もちろんほかの探偵たちも茉莉香の突然の変わり身に気付いたようである。莉理香の声に耳を澄ませくそったれ魂がおうむ返しに尋ねる。「潜った?どういうことです?」すると、チラッと莉理香は視線をくそったれ魂に向け「簡単です。このメリーゴーランドは二階建てになっているんです。一階があたしたちがメリーゴーランドに乗った場所。そして今いるのが地下ですね」「ど、どうしてそんなことが言えるのですか?」「振動や回転を速くしてうまくごまかしていたけどあたしの目は節穴じゃないです。このメリーゴーランドは通常のメリーゴーランドとは違い螺旋状に回転するんです。だから乗っている時にエレベーターの中にいるような圧迫感を感じるんですよ。それは下に潜っているから感じる感覚だと思います」莉理香はそう言うとゆっくりとメリーゴーランドの上を歩き始める。電球色の明かりが辺りを照らし出している。莉理香が向かったのはルナルナ17の遺体のある場所である。ルナルナ17の遺体は首を切り取られているものの血がほとんど噴出していない。これが意味するのはただ一つ。死んでから首を切られたということである。しかしそんな時間がどこにあったのか判らない。さらに莉理香はルナルナ17が乗っていたメリーゴーランドの馬を見つめる。すると馬の胴体の部分に何やら窪みがありそれを押すと馬の胴体の中にものをしまえるようなスペースがあるのが判った。ここに何かを隠すのは可能である。次いで莉理香はルナルナ17の切り取られた首の断面を見つめ「見てください…」莉理香が言う。「首は比較的綺麗に切られています」「そ、そうですね…」と、くそったれ魂が答える。「鋭利な刃物を使ったのは間違いないでしょう」その後ムチ打ち男爵が言葉を引き取り「しかし誰がこんなことをしたんや?わいは凶器なんか持ってへんし。そうや凶器はどこにあるんや?」
そう。凶器を探さなければならない。
凶器という言葉に探偵たちは必死に界隈を見渡したがそれらしいものはない。
そんな時、ルールズがオドオドとした口調で言う。
「もしかしたら古典的な方法ですけどメリーゴーランドの速度を利用した殺人方法かもしれませんよ」
その言葉にくそったれ魂が反応する。
「どういうことです?」
「簡単です。たとえば固い鋼鉄線なんかを用意するんです。それをピンと伸ばした状態でメリーゴーランドの進行方向に設置しておく。メリーゴーランドの速度は通常では考えられないスピードでした。そのスピードで鋭利な鋼鉄線にぶつかれば鋼鉄線はあっさりと凶器に変わるでしょう。つまりはこういうことです。ゴールテープのように鋼鉄線を張りそこに異常なスピードで直撃する。すると、鋼鉄線が刃物に早変わりしルナルナ17さんの首を飛ばした」
ルールズの推理を聞きくそったれ魂が続ける。
「ルールズさんの推理に捕捉すると鋼鉄線をテープ状にするのではなく輪っかにしてルナルナ17さんの首にひっかけあとはメリーゴーランドのスピードを利用して首を切り落とす。かなりアクロバティックな方法ですけど不可能ではないと思います」
それを聞いたムチ打ち男爵が反論する。
「せ、せやけど当の凶器はどこにいったんやろか?これだけ短時間の間に殺人を犯し凶器を隠すというのは難しいと思うんやけど…」
確かに現場には凶器のようなものは残されていないように思える。しかしそれは一見した印象であって真実ではない。莉理香は黙り込みながらメリーゴーランドを見つめ始める。
そうこうしているとムチ打ち男爵がルナルナ17に触れ答える。
「変やな。遺体がカチカチや。死後硬直が始まってるで」
するとくそったれ魂は
「そんな馬鹿な!だって今死んだばかりなのに死後硬直が始まるなんて」
「確かに不可解やけどそれは後やで、今は凶器や殺害方法よりも一体誰がルナルナ17はんを殺したってことや?そっちのほうが謎やで」
その問いにルールズがふむふむと頷きながら答える。
「ええ、そうですね。私たち探偵が犯人でないとするともう残されたのは一人しかいません…」
探偵たちの視線が一斉にある人物に注がれる。それは言わずもがな黒弥撒である。黒弥撒に言われ探偵たちはメリーゴーランドに乗った。そしてそこで起きた謎の殺人。もはやこれは黒弥撒が計画した犯行としか思えない。推理するまでもない。
「黒弥撒さん…」くそったれ魂が震える声で言う。「あなたが犯人ですね!」
犯人だと指摘された黒弥撒は不気味にも仮面越しにニタニタと笑っているように思える。しばしの沈黙があった後黒弥撒が答える。
「僕が犯人?そんな証拠あるのかい?僕はこうしてメリーゴーランドの中心にいただけだよ。それなのに僕に殺人が犯せるとでもいうのかな」
黒弥撒はどこまでも余裕綽々の口調で言ってのける。彼の口調はどういうわけか先ほどの丁寧なものとは打って変わってフランクなものになった。
しかし黒弥撒の言うことも尤もである。メリーゴーランドが止まってから探偵たちは目を閉じたまま動けなかったが、その時間はわずかである。その時間を利用してルナルナ17を殺害するのは不可能であるように感じられる。特にこのメリーゴーランドは異様な速さで動くため動作中に乗り降りできるとは思えない。となると、やはり殺害方法は不可解である。探偵たちが黙り込むと辺りに沈黙が流れる。ただ不可解なのは黒弥撒の口調が少し変わっているということだろう。
莉理香はずっとメリーゴーランドを見つめている。メリーゴーランドは一つの大きなエレベーターのように見える。その大きな箱状のメリーゴーランドが螺旋状に下に降りていくのである。それもものすごい速さで。時速四〇キロ程度は出ていたであろう。そんなスピードで動くメリーゴーランドなんて聞いたことがない。それにあれだけの速さが出ていたのである。通常ならば馬にしがみつくであろう。そうしなければ振り落とされてしまうではないか。
「皆さん」莉理香が沈黙を破る。一斉に視線が莉理香に注がれる。「黒弥撒が別人のように思えるのですが」
「別人?」ムチ打ち男爵が答える。「確かに口調がちゃうような気もするけど」
すると、それを聞いたくそったれ魂が
「彼が別人だとしても今はそれを議論している場合じゃありません。ルナルナ17さんが殺害されたんですから」
「では」言葉を引き取ったのは莉理香だ。「皆さん、メリーゴーランドに乗っていた時どういう格好でしたか?」
「格好?」
と、ルールズが聞く。
「はい、格好です。まさか競馬の騎手みたいに立ち乗りしていたわけではないでしょう?皆さんしがみついていたんじゃないですか?そうしないと振り落とされるとは思いませんでしたか?」
「そりゃ私だってしがみついていたわよ。もういい歳だしね。ルナルナ17さんの遺体を見た時は大声を出してしまったけど遊具に乗ってキャーキャー言うようなことはしないし何よりもスピードが速かったからねぇ。老体にはこの乗り物は少しきついわよ」
と、ルールズが言った後横にいたくそったれ魂がメリーゴーランドを見つめながら口を開く。
「僕もしがみついていました。そうしないと振り落とされるような気がしましたから。でも、皆さんそうじゃないのですか?周りを見る余裕がなかったから判りませんが。ムチ打ち男爵さんはどうですか?」
話はくそったれ魂からムチ打ち男爵に移る。ムチ打ち男爵は一呼吸置くとすぐに答える。
「わいも同じやな。しがみついとったで。この体型で恥ずかしいんやけど」
すべての探偵の話を聞いた後、莉理香が言う。電球色の明かりが莉理香の顔面を照らし影を長く作っている。
「ということは皆自分のことに必死で周りを見る余裕がなかったということになります。つまり、あたしたちは犯人じゃないんです」
犯人ではない。このセリフは探偵たちを一安心させたようである。とはいうもののすべては探偵たちの証言だけなので嘘をついているという可能性も否めない。だが、あれだけのスピードが出ていたメリーゴーランドから一旦降りて凶器をセッティングし再び馬に乗るなんて芸当はなかなかできそうにない。
「ちょっと待ってよ」不意に黒弥撒が言う。「僕はずっとメリーゴーランドの中心にいただけさ。とてもではないけどルナルナ17君を殺害する時間的な余裕はなかったと思うけど」
黒弥撒の言うことは果たして正しいのであろうか?メリーゴーランドの馬に乗っていた人物は茉莉香=莉理香、ルールズ、くそったれ魂、ムチ打ち男爵、この四名である。黒弥撒は馬には乗らず中央で立っていたが動くのは可能だったかもしれない。またメリーゴーランドの横に執事であるアンチエースキラーが立っていたが、今はここにはいない。
「仕方ありませんね…」
唐突にルールズが言う。
皆の視線がルールズに飛ぶ。ルールズはゆったりとしている上着のポケットから数珠を取り出しそれを手首にはめる。
「何をするんですか?」
意味が判らないといった表情でくそったれ魂が尋ねる。
数珠を取り出したということはルナルナ17の躯を弔うつもりなのであろうか?それにしては準備がよすぎるように思える。莉理香は訝しい視線をルールズに送りながら状況を見守った。ルールズはというと探偵たちの視線を浴びながら呪文を唱える準備をしている。そしてくそったれ魂の放った質問に答える。
「私の力をお見せしましょう」
「力?」
と、くそったれ魂が形のいい眉毛を八の字に曲げながら言う。
すると、ルールズはにやりと笑みを浮かべなら
「そうです。私は占いによって犯人を当てるという特殊な力があるのです」
何というオカルト的な力であろう。莉理香は言葉を失いルールズのほうを見つめる。犯人を当てることのできる力。探偵としてはどこまでも都合のいい力のように思える。
「そんな力があるのですね。確か中部地方の暴力系の殺人事件の多くはルールズさんが解いたという話を聞いたことがあります。それはその力を使って解決してきたのですか?」
と、くそったれ魂が問うとルールズはにっこりと笑みを浮かべて
「特殊な力といえば聞こえはいいですけど実は違うんです。私は長い間占い師として生計を立ててきました。今はすでに還暦を超えているので四〇年は占いをしてきましたね。占いは人の未来を見るのが仕事ですが、同時に人のことをよく見るようにもなります。長い年月かけて私は占いに来た方たちが嘘をついているのか真実を言っているのか判るようになったのです。その千里眼を発展させたのが私の犯人的中の力です」
「長年の経験が能力として発現したわけですか」
「警察の方にも似たような力を持つ方がいます。彼らも多くの事件を担当することで人を見る目が肥えているのです。人を見る千里眼と科学捜査が渾然一体となれば怖いものはありません。犯人をたちどころに捕まえられます」
ルールズはそう言うと静かに目を閉じて何やら念じ始める。どうやら彼女の言っていることは嘘ではないようである。確かに歴戦の刑事が瞬時に犯人を見抜くというのはありえない話ではない。人事部の面接担当が受験者の考えを見抜いてしまうのと同じことだろう。莉理香はそう考え占いを始めるルールズを見守る。
時間にして三分ほどでルールズの占いは終わる。通常、占いというと水晶玉をなで回しそこから未来を探るということが一般的であるように思えるが、それは人々の創造が作り出した虚像である。実際に占いで水晶玉を使う占い師は少ない。占術に水晶玉は不要なのである。さて、ルールズはというと数珠をガチャガチャとこすり合わせながら付近にいる人間たちを見つめる。
そして、数珠をこする音がある人物の前で止まる。その人物とは探偵たちが想像した通り黒弥撒である。得体の知れない仮面をかぶった謎の人物。不気味に明かりが黒弥撒を照らし出し異様な雰囲気を醸し出すのに一役買っているように思える。
「おかしいです…」ルールズはズバリと言う。「占いでは黒弥撒さんが犯人ではないと言っています」
しんと静まり返った空間の中ルールズの甲高い声がこだまする。黒弥撒とはいうと仮面をかぶっているのでどんな表情をしているのか判らないが、さほど慌てているようには思えない。どこまでも冷静に状況を見守っている。
「そんな馬鹿な!この状況で彼以外の犯人などありえないですよ」
と、くそったれ魂。
「しかし私の占いでは」
慌てふためきながらルールズが言う。彼女もこんな経験は初めてのようである。
そんな様子を見ていたくそったれ魂は再び
「ルールズさんの占いは一旦置いておきましょう。ここはやはり現実的に考えて黒弥撒さん以外が犯人という説はありえません」
それに続きムチ打ち男爵も口を開く。
「そうやな。ここは黒弥撒はんが犯人ということで話を進めた方がええやろ。それで黒弥撒はんが犯人ちゅうことは次に探すべきなのはやはり凶器やろか?凶器を探し出す特殊な力を持った探偵がおればええんやけどね…」
乾いた笑いを浮かべるムチ打ち男爵。流石にそこまで都合のよい力を持った人間はいない。いつの間にか黒弥撒が犯人であることが確定している。今まで占いの力で犯人を突き止めてきたルールズの力は通じなかったのだろうか?ルールズは納得がいかない表情を浮かべていたが、そう感じたのはルールズだけではない。莉理香も疑問を感じている。
だが莉理香は黒弥撒が犯人なのだがこの黒弥撒ではないという超絶的な推理を温めている。それでもまだ情報が少ない。そのため莉理香は何も言わない。くそったれ魂やムチ打ち男爵たちの言うことも一理ある。しかし何より証拠がないのである。絶対的にデータが不足している。ルールズの占いは外れたように思われたが、ここは黒弥撒を犯人であると仮定して推理を進めた方が事件を解くためには確実であるように感じられる。
「確かに私の占い推理は違うと示しましたが…」ルールズが静かに言う。「この状況ではあなた以外犯人はいません。認めてください」
そう言われた黒弥撒であったが、依然として余裕綽々である。仮面をはめているのでどんな顔をしているのかは判らないが、どこか笑っているようにも思える。そんな中、黒弥撒は探偵たちを見つめる。
「ルールズって言ったよね。君の推理ってなんかこう超絶的だよね。理論も何もかもすべてすっ飛ばして犯人を指摘する。外れたみたいけだけど面白い方法だ。君たちは僕を犯人だというけど僕が犯人だという証拠は何一つないよ。あてずっぽうでいいのなら誰でも犯人を指し示すことができるしね」
黒弥撒はそう言うとくすくすと笑う。どこまでも不気味な笑い声だ。不可思議な仮面をかぶっているためより一層不気味さを助長させる。そんな中、くそったれ魂が言葉を引き取り声を発する。
「ルールズさんの占い推理は外れたみたいですが、今残されたメンバーの中で最も怪しいのは黒弥撒さんあなたです。第一、僕たち探偵にはルナルナ17さんを殺す動機がありません。動機がない殺人を人が起こすとは思えません。まぁ快楽殺人者がいるとすれば話は別になりますが」
すると、再び黒弥撒が言葉を返す。馬の周りをグルグルと回る黒弥撒。靴の踵の音が界隈に鳴り響く。
「僕にだって動機はないよ。何しろ、僕は初めて君たち探偵に会ったんだからね。まぁ君たちを試してやりたいって気持ちはあるけど、それ以外のことは別に何もないなぁ…」
あっさりと言ってのける黒弥撒。ルナルナ17が殺害されてから刻一刻と時間は流れている。いくら考えたところでルナルナ17が復活することはないのだ。ここは悠長に推理を展開している場合ではなくもっと他のことを行わなければならないだろう。
「とりあえず…」ムチ打ち男爵が言う。「警察を呼ばなあかんで。司法解剖すれば何か判るかもしれへんし。ここでこうして話しとっても仕方ないやろ。携帯が繋がる場所まで戻って連絡せぇへんと」
ルールズ、くそったれ魂、莉理香の三人は警察を呼ぶということに賛同する。その姿が見ていた黒弥撒はフンと鼻を鳴らした後
「確かここが地下だって言い当てた人がいるよね。ええと、トランキライザー莉理香っていう探偵だっけ?」
莉理香は黒弥撒のほうを向く。表情は判らないが推し量るような口調である。
「確かにここが地下だと言ったのはあたしだけどそれがどうかしたのかしら?」
莉理香は黒弥撒に対しては強気な口調で語る。これは黒弥撒に対しどこか似たようなものを感じているからである。
「どうしてここが地下だということが判ったのかい?」
「さっきも言った通りたとえて言うのならこのメリーゴーランドは大きなエレベーターのようなものなのよ。螺旋状に回ることによってドリルで穴を掘るみたいに地下に潜れるんじゃないかしら。スピードが速いのはたぶん地下に潜る際の圧力を隠すためだと思うわ。このメリーゴーランドは何よりも速度が速い。馬にしがみついているだけでは何が起こったのかは判りにくいからね」
「ふ〜ん。メリーゴーランドに乗っていた時間は一〇分も満たない僅かなものだった。その時間でここまで判るなんてやっぱり君は凄いなぁ。流石は天才中学生探偵のトランキライザー莉理香ちゃんだ。…それでええと警察を呼ぶんだったね。一旦地上に戻ろうか。探偵諸君。ついてきたまえ」
そう言い残すと黒弥撒はコツコツと歩き始める。メリーゴーランドの中央の円柱部分に向かっている。ついて行くと直ぐにどこに向かっていくのかが判った。メリーゴーランドの中央の円柱部分の裏側には色が同化したトビラがありそこを開けると階段が見える。メリーゴーランドの内部に広がる螺旋状の階段である。
鉄で出てきている階段は歩くと「カンカン」と音が鳴る。黒弥撒や探偵たちの足音がこだまし界隈に鳴り響く。階段はメリーゴーランドを一周巻き込んでいるためかなりの距離がある。ゆっくりと時間をかけて階段を上って行くと鉄製のトビラが見える。円状に湾曲した不思議なトビラである。黒弥撒がそこを開けると薄暗い階段のなかにサッと光が差し込んだ。
眩しい。莉理香が手で日差しを遮っていると前方を歩く黒弥撒がトビラの外に出たようである。その後に莉理香、くそったれ魂、ルールズ、ムチ打ち男爵が続く。
莉理香の想像した通りトビラの外は地上である。辺りを見渡すとメリーゴーランドがあった場所には何もなくなっている。ただ、地面に大きな魔法陣のようなものができていると確認できる。恐らく、メリーゴーランドの屋根であろう。莉理香の言う通りメリーゴーランドが地下に潜ったというのは確かなようである。
しばらく探偵たちが立ち尽くしていると執事姿のアンチエースキラーが謎の二名の人物を引き連れてやって来る。莉理香の目が細くなる。なぜなら莉理香はアンチエースキラーが引き連れて来た二人の人物のうち一人に心当たりがあったからだ。一七〇㎝くらいのやせぎすの男性。背がそれほど高くないのに黒のトレンチコートを着ている。何というかコートに着られているという印象を受ける。
トレンチコートの男性も莉理香のことに気付いたようである。莉理香を見つけるなりパッと花が咲いたように笑顔になる。
「お!莉理香ちゃんじゃないか。また会ったね。君がここにいるということはまた事件が起こったってことだね」
トレンチコートの男性は莉理香の前に行くなりそう言う。莉理香以外の探偵は当然この人物に心当たりがないので妙に馴れ馴れしい中年男性に訝しむ視線を送る。
そんな中黒弥撒が口を開く。
「君たちが警察を呼ぶと騒ぐから呼んでおいたよ。この人は警視庁捜査一課のオール乱歩さん、隣にいるのが六郎ピラミッドさん」
オール乱歩と言われた人間が先ほど莉理香に馴れ馴れしく挨拶した人間である。オール乱歩は莉理香を嘗め回すように見つめた後再び言う。
「そう、俺はこう見えても警部で偉いんだぞ。それで莉理香ちゃん、今回も殺人事件なの?」
莉理香はオール乱歩の鬱陶しい視線を取り払うように答える。
「そうです。殺人事件だと思われます。でもオール乱歩さん、横に立っている長身の方は誰なんですか?」
「こんな奴の紹介は後々!でも莉理香ちゃんの周りにいる人たちは誰?」
オール乱歩の言葉を聞いた探偵たちがそれぞれの名前を名乗る。オール乱歩はふむふむと頷きながら名前と顔を把握していくと視線は彼の隣にいる人物に移る。オール乱歩の横には長身の男が立っている。端正な顔立ちでいわゆるイケメンの部類に属するであろう。莉理香は今までたくさんの事件を経験してきたが、この人物と出会うのは初めてである。
「僕は…」長身の人物が言う。「今年刑事部に入った六郎ピラミッド、二二歳です。東大卒のキャリアなんですよ。今は警部補ですが、来年には警部になってとんとん拍子に昇進していきます。あ、莉理香ちゃんですよね。あなたの噂は新聞やニュースで知っています。なんでも天才中学生探偵だって。署内でもあなたの噂は凄いですよ」
キャリアという言葉を聞いて莉理香は眼を輝かせる。莉理香の主人格である茉莉香は警察官僚に憧れているのである。この場に茉莉香がいればさぞ六郎ピラミッドを気に入ったであろう。
オール乱歩はというと横に立つ現段階では部下の六郎ピラミッドをじっくりと睨み付けた後肘で腹部を小突く。
「キャリアはなノンキャリアにいびられるために存在しているんだ。自己紹介なんてしなくてもいい!それに今回は気絶するなよな」
「それは言わないって約束じゃないですか!」
どうやらキャリアである六郎ピラミッドは気を失いやすい性質らしい。漫画のような人物である。そんな体質を持っているのに警察の…それも刑事部にいて大丈夫なのであろうか?彼の場合、キャリアであるからそれほど長い間滞在するわけではないだろうが。
そんなことは露ほども知らず六郎ピラミッドは言葉を続ける。
「それで莉理香ちゃん、今回の事件ってどんな事件ですか?」
「首切り事件です」
莉理香の言葉に歴戦の警部オール乱歩も面を食らったように固まる。首切り事件というのは推理小説の世界ではポピュラーなものであっても現実世界ではそうはいかない。首を切るのは大ごとだし生きたまま切れば血は吹き出る。何より厄介なのである。
辺りを沈黙の空気が覆っていく。何秒ほどだろうか?静まり返っているとオール乱歩がその沈黙を破る。
「それで遺体はどこにあるんだ?この付近には何もないようだけど…」
すると、今までのやり取りを聞いていたムチ打ち男爵が口を開く。
「警部はん。遺体はこの地下にあるんや。早速行ってみるで」
「地下?」オール乱歩は驚きながら「地下で殺人、それも首切りとは妙な話だね。それにこの仮面の人間は誰なのさ?」
黒弥撒は答えない。もちろん仮面を取り外そうともしない。冷静さを保ちながら探偵たちと刑事二人を交互に見定めている。
「犯人です!」ビシッとルールズが言う。「この仮面の人間が首切り殺人の犯人なんですよ」
「何!じゃあこいつを逮捕しなきゃダメじゃねぇか。おい六郎ピラミッド、仮面の野郎を捕まえるんだ!」
しかし六郎ピラミッドは手鏡を持ちくるくると前髪を弄りながら
「え、僕がやるんですか?そういう仕事はオール乱歩さんがやってくださいよ。僕はエリート官僚でわざわざ自分の手を汚さないんですからぁ」
「馬鹿野郎、上司の俺が命令してるんだぞ。さっさと仕事をしろ」
やや間抜けな声でオール乱歩が言うと「ちぇ」と小さく舌打ちした六郎ピラミッドが手錠を取り出し黒弥撒を逮捕しようと試みる。
二人のやり取りがあまりに滑稽であるため辺りに漂っていた緊迫感が一気に削がれ変な空気が流れ始める。黒弥撒は依然として慌てる素振りを見せない。ただ淡々と状況を見守っているだけだ。それにしてもこんなに急に逮捕できるものなのだろうか?普通、逮捕令状なんかがいるものだと莉理香は察していたが、あまり細かいことを言っても仕方ない。オール乱歩にはその辺のことが通じないのである。
オール乱歩と莉理香は数年来の付き合いである。彼女が生み出されるきっかけとなった事件からその後の事件のすべてをオール乱歩が担当している。切っても切れない不思議な関係。それが莉理香とオール乱歩の関係である。それに、執拗なまでオール乱歩がくっついてくるのには理由があるのだ。それはオール乱歩がロリコンだということだろう。
刑事としてはあるまじき悪癖。すべてのロリコンが悪いわけではないが、世間的にロリコンは白い目で見られる傾向がある。ロリコンと言っても単に年下が好きというわけではない。オール乱歩の場合、中学生以下でなければならないのだ。それでいて小学生の五年生以上。つまり、小学五年生から中学三年生までの五年間を過ごす少女でなければならないのだ。
これをオール乱歩は格好つけて『絶対時間』と呼んでいる。第二次成長期を迎える少女だけが過ごすことのできる僅かな期間である。そんな絶対時間の中に莉理香はいるのである。これは真実かどうか確かめようがないが、オール乱歩は絶対時間の中にいる少女といるとその推理力や捜査力がアップするという不思議な特性を持ち合わせているのである。
その証拠としてオール乱歩は莉理香と共に事件を解決していくうちにトントン拍子に昇進していった。ノンキャリアであるオール乱歩は現在三〇歳。刑事部に所属してから八年目と日は浅いが既に警部という階級まできている。これはノンキャリアとしては異例のスピードである。ここまでスピード出世できたのには莉理香の力も大きい。同時に、ノンキャリアの星として崇められ多少のロリコンであってもなかったことにされているのである。
もちろんその事実を莉理香は知っている。知っているが言っても仕方ないのであえて口には出さなかった。とりあえず口調や態度は刑事らしかぬオール乱歩であっても捜査や推理の方は割と優秀なのである程度の信頼はおいているのである。
「早く捕まえろ!」
と、オール乱歩が言うと仕方なく六郎ピラミッドが
「まだ少年だっていうのにこんなに危ない事件を起こすなんて地獄行きだぞ」
「莉理香ちゃん、こいつが犯人でいいんだよね?なんか犯人の臭いがあまりしないんだけど」
オール乱歩はそう莉理香に尋ねる。すると莉理香は
「まだ情報が少ないですが、その可能性が高いかと。しかし気になるのは…」
「何かあるのかい?莉理香ちゃん」
「いえ、まだ判りません。もう少し考えさせてください」
「莉理香ちゃんが迷うなんて珍しい。俺の勘は違うと言っているがこいつが犯人らしいな。少年犯罪が多いからな。こういう狂ったガキは早く捕まえないとならない」
莉理香とオール乱歩のやり取りを聞いていたルールズがここで口を挟む。
「刑事さん、犯人は黒弥撒さんで間違いないですよ。私の占い推理は外れたみたいですが、この人以外ありえません」
きっぱりとした口調でルールズは言う。
その言葉に答えたのはオール乱歩。彼は燦々と降りしきる太陽の光をトレンチコートの襟で遮りながら
「君の力って何?それにね、俺はおばぁさんには興味はないんだよね」
くんくんと犬のように鼻を動かしオール乱歩はルールズに近づく。近づかれたルールズはどこまでも冷静にオール乱歩のことを見つめている。
ルールズは答えない。その代りムチ打ち男爵がルールズの素性を説明する。つまりルールズが探偵になる前長い間占いをして生計を立てていたということ、そして特殊な力を持っているということ。
「占い推理か…」オール乱歩は言う。「しかし気になるのがあんたの得意の占い推理が外れたってことだよ。俺の勘もよく当たるけど確かにこの仮面の子供が犯人って気がしないんだよね」
「しかし黒弥撒さん以外考えられません」
その答えを聞いたオール乱歩は首をロボットのように動かしにんまりとした笑顔で莉理香の方を向く。
「莉理香ちゃん、君はどう思う?天才中学生探偵の意見も聞きたいんだけどな」
莉理香の方に刑事や探偵たちの視線が飛ぶ。注目が一心に集まる中おもむろに莉理香は口を開く。
「あたしもそこに立っている黒弥撒が犯人である可能性が高いと考えています。ルナルナ17さんが殺された時、あたしたちは異常なスピードで回るメリーゴーランドに翻弄されとてもではないですが周りの状況に目を配れませんでした。しかし不可解なのは首を切ったというのに血がほとんど出ていないこと。これは生きたまま首を切られたのではなく死んでから首を切られたと意味しています。ただ、これだけ高速で回るメリーゴーランドの中で殺人をどうやって犯したのかが判りかねます」
「そんなに速く回っていたんですか?」六郎ピラミッドが難しそうな顔をして言う。「メリーゴーランドは通常は歩くスピードと同じかそれよりもやや早くなるのでせいぜい時速五キロ程度でしょう」
頼んでもいないのに六郎ピラミッドは無駄な知識を披露する。典型的な受験戦争を勝ち抜いてきた人種であるように思える。そんな六郎ピラミッドの言葉を聞いた後くそったれ魂が答える。
「時速五キロですか。いくらなんでもこのメリーゴーランドはそんな鈍足じゃないですよ。四〇キロくらい出ていたんじゃないですかね」
「四〇キロ!」
オール乱歩と六郎ピラミッドの声が奇妙にシンクロする。確かに驚くはずである。こんなに速く回るメリーゴーランドは古今東西を見渡してもここにしかないだろう。
六郎ピラミッドが顎に手を当て古き良き探偵のような仕草をとり声を出す。
「オール乱歩さん、時速四〇キロで回るメリーゴーランドはどう考えても安全上の問題があります。即刻業務停止ですよ」
「うるせぇなぁ。別に何キロで回ろうと俺はいいんだけどさ、とにかくここは犯人を捕まえるということから始めなきゃ駄目だな」
「犯人を捕まえるってこの仮面のチビじゃないんですか?」
あっけらかんとして六郎ピラミッドが言うとオール乱歩は背伸びして六郎ピラミッドの頭を小突く。
「そうだよ、天才探偵莉理香ちゃんがそう言っているんだからお前はさっさと奴を捕まえろ!」
いつの間にはチビと呼ばれている黒弥撒はカタカタと奇妙に動いている。よく観察すれば観察するほど黒弥撒の行動は不可解である。仮面越しとはいえ喋れるはずであるのに全くしゃべらない。そして自分が犯人であると言われているのに取り乱したりもしない。これはどう考えても奇々怪々である。
「ねぇ」莉理香が言う。「黒弥撒。仮面を取ってくれない?素顔をあたしたちに見せてほしいのよ。まさか某ロボットアニメのようにテロメアがどうとか言ってしわだらけってわけじゃないんでしょ」
テロメアという言葉が出た途端六郎ピラミッドが待ってましたと言わんばかりの声で「テロメアとは細胞の老化や不死化と呼ばれる現象に…云々」と言い出したところ漫才の突っ込みのごとくオール乱歩が脳天を引っ叩く。
莉理香は静かに黒弥撒に近づいて行く。すると、それまで冷静さを保っていた黒弥撒が小刻みに震え始める。この行動はどう考えても不可解である。くそったれ魂もムチ打ち男爵も不思議そうに状況を見つめている。
莉理香は黒弥撒の前に立つ。背丈は同じくらいであろう。そして、勢いよく仮面を引っぺがす。
重い仮面が取り払われ黒弥撒の姿が露わになる。同時にその場にいる全員が息を飲んだ。何しろ黒弥撒だと思われていた人物の素顔がルールズとそっくりだったからである。時を重ねたしわが見え青白い顔をしている。
「まさかホントにテロメア?」六郎ピラミッドが唖然としながら言う。「SFの世界限定のお話だと思っていましたよ」
「じ、じゃあこっちのルールズさんは一体誰なんでしょうか?」
と、くそったれ魂が言う。
仮面を持ったルールズは余裕綽々をしており仮面を持っていないルールズは青白い顔をしている。どちらが本物なのだろうか?
「恐らく」莉理香が言う。「信じられないけど黒弥撒の能力なのかもしれません。超絶的な変装ができるっていう能力。もちろん、まだ何か隠されていると思いますけど」
不気味に微笑む偽物だと言われたルールズは着ていたマントの中から新しい仮面を取り出してそれを顔面に装着した。そして…
「流石莉理香ちゃんだ。僕の能力に気づくとはね。僕は君であり君は僕だから当然か。まぁ今は詳しくは話せないけど僕には不思議な力がある。その能力を軽く使わせてもらったよ。ハハハ。とりあえず今は地下に戻るんだね。そうすれば何か判るかもしれないよ」
「なんでそんなことをしたの?」莉理香が刺すような視線を送り「それにどうしてルナルナ17さんを殺害したのよ?それも首切りなんて大それたことをして?」
翡翠で出来たような緑色の仮面をかぶった黒弥撒はたっぷりとした黒のマントの中から小型の爆弾のようなものを取出しそれを勢いよく地面に叩きつける。瞬く間に峻烈な閃光が界隈を襲う。探偵たちと刑事は自分の目を閉じその場にうずくまる。その間、黒弥撒の「あはははは」という少年のような高笑いだけが聞こえた。
しばし強烈な光を浴びた後莉里香はゆっくりと目を開く。タイプスリップでも場所を移動したわけでもない。日差しが降り注ぐ青空の下に立ちつくしていた。莉里香は直ぐに界隈にいる人物たちに視線を注ぐ。
くそったれ魂もムチ打ち男爵も眩しそうに眼を押さえているしルールズは茫然自失と立ちつくしている。刑事であるオール乱歩と六郎ピラミッドも両目を押さえて慌ただしく小刻みにい動いている。莉里香はすぐに異変に気が付く。そう、そこには黒弥撒がいないのである。恐らく閃光弾を地面に放ちその隙にどこかに行ってしまったようだ。行く場所はどこなのか?莉里香には皆目見当がつかなかったが、恐らくこの演繹城のどこかに潜んでいるのではないかと察せられる。
数分後、皆の目がようやく辺りの光に慣れた頃には黒弥撒がどこに行ったのかまたは隠れたのかさっぱり判らなくなっていた。莉里香の後に目を開いたオール乱歩は六郎ピラミッドを叱咤し直ぐに黒弥撒を探すように手配したが、六郎ピラミッドは生返事をするだけで積極的に動こうとはしない。
そうこうしているだけで時はいたずらに流れる。ルールズもようやく視界が戻ったようで小刻みに震えながら状況を見守っている。
「ルールズさん」くそったれ魂が言う。「本当にあなたは本物のルールズさんなのですか?」
その問いにルールズが答える。声はびくびくとしておりとても経験豊富な探偵には思えない。
「私は私です。本物のルールズです。ですが、驚くべきなのはどうして黒弥撒さんという人間が私そっくりに化けられたのか?これに尽きます。あれはもう変装というか変化したと形容したほうが正しいように思えます。莉理香ちゃんの言う通り黒弥撒さんの異能の力なのでしょうか?」
ルールズの言葉を聞いた莉理香が答える。
「確かに黒弥撒は変化しました。これは事実です。ただ、人間はそんなに簡単に変装できません。ですが、ルールズさんの言う通り先ほどの黒弥撒は変装したというよりも変化した感じでした。それでも、さっきも言った通りまだ何か秘密があるはずです。みなさん思い出してください。黒弥撒は最初に出て来た時の口調と次に出て来た時の口調が違っていました。それに髪型も違っているように見えました。まだ確定ではないですが、もしかすると黒弥撒は複数いるのかもしれません。だからこそルールズさんの占い推理やオール乱歩さんの鋭い勘が外れたのかもしれませんね」
その言葉を聞いたムチ打ち男爵が声を重ねる。
「あんな奴が複数おるとなると恐ろしい話ちゅうもんや。仮に奴が複数おるとしてもまず間違いなくルナルナ17はんを殺したのは黒弥撒はんで決まりやで」彼はぽっこりと出た肥満体のお腹を撫で回すようにさすった後「ルールズはん。あんたがルナルナ17はんを殺害したわけではないんやね?」
おっとりした口調であったが、確信をつくような鋭い声である。いささかのんびりとした空気が流れたが殺人は起きたのだ。ルナルナ17は決して蘇らない。ムチ打ち男爵の言葉で辺りの空気は一変する。暗黒世界に来てしまったような沈黙が流れ皆が黙っていると静寂に耐えられなくなったのかルールズが慌ただしく口を開く。
「わ、私はルナルナ17さんを殺害していません。あくまでも殺したのは黒弥撒さんです。天地神明に誓ってそう言えます」
ルールズは真剣にそう言う。その言葉には芯の強い響きがあるように感じられる。オール乱歩も六郎ピラミッドも眉根を寄せてルールズを見つめている。しかし、その視線は犯人を見定めるようなものではない。ルールズからは犯人であるという臭いがしなかった。恐らくオール乱歩もそう察しているだろう。ロリコンの風変りな刑事であるが、その辺の千里眼はあるのだ。その点だけは莉里香も認めている。
「とりあえず…」莉里香が沈黙を破る。「黒弥撒の言う通りもう一度ルナルナ17さんの許へ向かいましょう。何か判るかもしれませんし」
莉里香の言葉に誰も反対しない。確かにルナルナ17の遺体をあのまま放っておくのは忍びない。奇妙な死に方をしたのだから司法解剖にも回さなければならないし推理もしなくてはならない。この場に立ちつくしている時間などないのである。
先頭に莉里香が立ち彼女は再び地下に潜って行く。その後にムチ打ち男爵、くそったれ魂、ルールズ、オール乱歩、六郎ピラミッドと続く。地下は薄暗いが見えないというほどではない。螺旋状の階段を下りて行くとやがてメリーゴーランドが見えてくる。メリーゴーランドの床には変わり果てたルナルナ17の姿がある。首は切り取られ首から上が気味悪く転がっている。何度見たところで慣れる光景ではない。歴戦の刑事であるオール乱歩であっても顔をしかめるしかなかった。
「こりゃ酷いな。首切りだけじゃなく頭部にも激しい創傷があるな。それに既に死後硬直が始まってるな。正確なことは司法解剖しないと判らんが、恐らく死んでから数時間経っている」
オール乱歩が言うとそれにムチ打ち男爵が答える。
「それが謎なんですわ。ルナルナ17はんはついさっきメリーゴーランドで殺されたんやから。死後硬直が始まるわけないんやけど」
「しかしなぁ、首を切られているから何とも言えんが、確実に死後硬直が始まっている。まぁ死後硬直っていうのは著しい肉体疲労や精神的衝撃を受けた後に殺されると瞬時に始まるという話も聞く。いずれにしてもこの場では判断できねぇな」
そこで莉理香はルナルナ17の切られた首元に触れてみる。するとオール乱歩やムチ打ち男爵の言う通り既に死後硬直が始まっている。高速で回るメリーゴーランドで殺されたばかりなのに死後硬直が始まっておりカチコチになっている。おまけに立ったまま死んだかのように足首が直角に曲がっている。
無論死後硬直が始まるまでの時間はさまざまな条件で異なる。被害者の病気の有無や殺害現場の外気温の変化などで死後硬直が始まる時間が短くなるケースはあるのだ。
「それで凶器はなんだ?」
ふとオール乱歩が言う。
その問いに答えたのはくそったれ魂である。
「僕たちは細くて鋭利な鋼鉄線を使ったと推理しているのですが」
「鋼鉄線…あぁ鋭いピアノ線みたいなものか。そんなんで人を殺せるのか?第一首が切り取られているんだぞ。何のためにそんなことをしたんだよ」
「さぁ、理由は判りません。探偵小説では首を切り取られることが多々ありますが、それを模倣した可能性はあります」くそったれ魂はそう言うと一旦口を閉ざし一呼吸置いたのち再び喋り始める。「さらに僕たちはこう推理しています。メリーゴーランドは推定時速四〇キロという恐ろしい速さで回転していました。そのスピードを利用して鋼鉄線をルナルナ17さんの首に引っ掛け首を切り落としたというものです。あれだけの速度が出ていれば鋼鉄線でも首を切り落とすことは可能だと思うのですが。それに頭部の激しい創傷も鋼鉄線に巻き込まれた時に起こったものと推察できますよ」
ルールズの意見を参考にしながらくそったれ魂は独自の推理を話す。やはりトリック崩しのくそったれ魂と言われるだけあって超絶的な推理を展開する。
その後、六郎ピラミッドがハンカチで口元を押さえながらルナルナ17の遺体を見つめる。首元からは僅かに血が流れ出ており見るだけで吐き気を催す状況である。六郎ピラミッドの端正な顔がみるみると歪んでいく。
「六郎ピラミッド、どうかしたのか?」
と、オール乱歩が問うと六郎ピラミッドは立ったまま動かない。
どうやら立ったまま気絶したようだ。オール乱歩が言った通り気絶しやすい体質なのかもしれない。オール乱歩はやれやれと言わんばかりの態度で六郎ピラミッドに近づくと彼のお腹をドスッと殴る。すると六郎ピラミッドは我に返ったかのように目を覚ます。
「あれ?僕は一体何をしていたんだっけ?」
と、六郎ピラミッドが言うとオール乱歩が鋭く
「お前は首切り遺体を見て気を失ったんだよ。刑事部にいるんだからそろそろ慣れろよ」
「すみません。だってこんな遺体見るの初めてなんですから…でももう大丈夫です。でもどうやって首を切ったんですかね?」
「探偵たちは鋼鉄線を巻き付けてメリーゴーランドの速度を利用して切り落としたと推理しているが果たしてそんなことが可能かどうか」
ようやく遺体に慣れたのか六郎ピラミッドはルナルナ17の首元を指さしながら
「オール乱歩さん、鋼鉄線の推理はもしかしすると正しいかもしれませんよ」
「正しいだと?どういうことだよ?」
「ですから鋼鉄線とメリーゴーランドのスピードを利用した殺害方法ですよ。首は非常に綺麗に切断されていますが、何かが食い込み一気に断ち切られたようになっています。普通の刃物じゃこういった切り口にはならないのではないでしょうか?」
冷静沈着に六郎ピラミッドは言い放つ。流石はキャリアというところであろうか。一応の観察眼はあるようである。莉里香が納得の表情を浮かべ
「でもオール乱歩さん、どこに凶器である鋼鉄線を設置したんでしょうか?それが不可解ですよね」
「う~む」オール乱歩は唸る。「首を切り落とすわけだからメリーゴーランドの進行方向とは逆なんじゃないのか?そうしないと首を切れないしなぁ。おい六郎ピラミッド、お前はどう思う?」
六郎ピラミッドは天井を見つめながら
「さぁ、今のところは判りませんよ。無差別に殺したんですかね?それともルナルナ17さんを殺害するという確固たる理由があったのか?それさえも謎ですからね。第一、ルナルナ17さんと黒弥撒って人の関係はなんなんですか?黒弥撒の声を聞く限りまだ変声期前の少年のようだったじゃないですか。それにルナルナ17さんは二〇代後半。親子とは言い難いですし恋人っていう線もあり得ないでしょう。となると、無差別に殺したという線が一番適格かと思われるんですが」
「まぁいい、とにかく一旦署に連絡だ。このままここで話し合っていても仕方がない」
と、オール乱歩が告げるとそれを聞いたムチ打ち男爵が静かに言う。
「刑事はん、このテーマパークって実は圏外なんですわ。せやから電話するには一旦ここから出ないとあきまへん」
「何!圏外だと」オール乱歩は驚きの表情を浮かべながら「今時そんな場所あるのかよ。ちっまぁいい。おい六郎ピラミッド、お前一旦車に戻って電話かけてこい」
その命令に六郎ピラミッドは露骨に嫌な顔を浮かべたが、数年で部下になるが今は上司であるオール乱歩の命令には逆らえず素早く階段を上って行く。
「それにしても莉里香ちゃん」オール乱歩が声をかける。「またとんでもない事件に巻き込まれたね。君は本当に事件に愛されているというか引き寄せるというか。何か損な役回りだよねぇ」
莉里香はフッとほくそ笑んだ後
「あたし事件を引き寄せる不思議な力があるんです。オール乱歩さんが犯人を見抜く力があるように。でもそれも今日で終わりです」
「今日で終わり?」
オール乱歩の目が細くなる。莉里香が何を言っているのか判らないといった感じだ。莉里香は茉莉香という少女が作り出した別人格であるということをオール乱歩が知っているかは判らない。もちろん、ここにいる探偵たちの誰もがその事実を把握していない。言う必要はないと思ったし言っても何のメリットもないと思えたからである。自分はやがて消える人格。莉里香はそんな風に考えている。莉里香がオール乱歩の返事に答えずにいると頭上から声が降り注いでくる。声の主は電話をしに行った六郎ピラミッドである。
「オール乱歩さ〜ん、トビラが開きませんよ」
「は?どういうことだ?」
堪らずオール乱歩が聞き返す。
依然として六郎ピラミッドは鉄の重々しいトビラをドンドンと叩いている。だが、全く開かないようである。外側から鍵を閉められてしまったようだ。このメリーゴーランドの奥に広がる洞窟という名の密室に閉じ込められてしまったのだろうか?莉里香が六郎ピラミッドの許へ向かう。六郎ピラミッドは上着のポケットの中からペンライトを取出しどうにかしてトビラを開ける方法がないか模索していたが、どうやら駄目のようである。莉里香と目が合いアメリカのホームドラマのように判りやすく肩を落とした。
「オール乱歩さ〜ん」六郎ピラミッドが大声で叫ぶ。「どうしますか?完全に閉じ込められたみたいですけど」
すると、オール乱歩が頭をボリボリと掻き毟りながら螺旋階段を上って来て
「閉じ込められたってんな馬鹿な話があるかよ。ここはメリーゴーランドの中なんだぞ。それに黒弥撒とかいう小僧はどこへ行ったんだ?人は煙じゃないぞ。だから消えるわけない」
「それはそうですけど例えば粒子化して…」
また六郎ピラミッドがわけの判らないことを呟き始めた時オール乱歩は六郎ピラミッドの脳天を一発叩く。
「とにかくこのトビラをさっさと開けろ。これは上司からの命令だ!」
鋭い口調に嫌々ながら応じる六郎ピラミッド。トビラのいたるところに触れ鍵穴でもないか探しているが、莉里香には無駄な努力のように思えた。自分たちは閉じ込められた。それが莉里香の導き出した答えである。
メリーゴーランド付近にいた探偵たちがゆっくりとメリーゴーランドの上にやって来る。なかなかトビラが開かないことに業を煮やしたのだろう。いつの間にかトビラの前に全員が集まり何とかしてトビラをこじ開けようと四苦八苦していた。
トビラは開かないため一行はメリーゴーランドから離れる。すると薄暗い洞窟が広がっているのが判った。現段階では洞窟がどんな形状をしているのか判らないが、洞窟の中心にエレベーター式のメリーゴーランドがありそこから円状に洞窟が広がっているように思える。
「トビラが閉まっているなら」くそったれ魂が言う。「少し洞窟内を進んでみますか?」
それを受けルールズは
「そうですね。ここにいても始まりませんし」
一行は洞窟の中を歩き始める。演繹城は出来たばかりの…否、オープン前のテーマパークである。にもかかわらずどうして地下に洞窟が広がっているのだろうか?これほど不可解なことはない。そこにいる誰もが不安で顔を歪め先頭を歩く六郎ピラミッドの後に続く。
「六郎ピラミッド!」オール乱歩が刺すような声で言う。「何がある?っていうかこれはどこに繋がっているんだ?」
「今調べてます」
と、六郎ピラミッドは小さなペンライトを片手に先頭を進む。洞窟内は薄暗いが石壁には人工的なライトがある。
ゆっくりと匍匐前進するようなスピードで一行が進んで行くとまるでそれを見計らったかの如く「ボ!」と明かりが灯る。メリーゴーランドを降りた先に広がる空間はどうやら幅二メートルほどの洞窟のようである。ただ洞窟の土壁には一定の間隔で燭台が設置されている。その燭台から放たれる灯りがうっすらと洞窟内を照らし出す。
「なんやこりゃ」
開いた口が塞がらないといった体でムチ打ち男爵が声を出す。彼の驚きは尤もである。なにしろ突然メリーゴーランドという遊具から得体の知れない洞窟に移動してしまったのだから。
「これ、どこなんですかね?」
と、くそったれ魂が誰に言うでもなく呟く。
一行はゆっくりと洞窟内を歩く。この洞窟は真っ直ぐではなくカーブを描いているようである。円状になっているとでも言えばいいのであろうか。
よく見ると洞窟の頭上にも灯りが設置されている。洞窟の大きさは人が一〇〇人は優に入れるほどであるが妙に細長い。メリーゴーランドを出ると細長い洞窟に出る。一体、この演繹城とやらはなんなのだろうか?とにかく不可解なことが多い。
洞窟はドーナツ型をしているようでやや細長い。一周ぐるりと回ってみたがよく判らない。薄暗いためあまり注意深く洞窟内を調査できない。そのため一行はとりあえず洞窟内を歩いて回る。
「一体どうなっているんですか?もうわけが判りません」
ルールズは言う。彼女の額からきらりと汗が流れ落ちる。
「閉じ込められたのかもしれませんね」
と、莉里香がボソッと言うとその場にいた誰もが不安な空気を感じ始める。
とにかくこのテーマパークは不可解なことばかりである。異常な速度で回るメリーゴーランド。そこで起きた首切り殺人。さらには上下にエレベーターのように移動もする。挙句の果てがこの謎の洞窟である。
「ルナルナ17はんの遺体どうなるんやろか?メリーゴーランドに置きっぱなしなんやけど」
不安そうな声でムチ打ち男爵が言うと時刻を確認したオール乱歩が
「そうだな。とりあえずメリーゴーランドのある場所まで戻ってみるか」
一行は洞窟の探索を諦め再びメリーゴーランドのある場所までやって来る。
判ったことがある。それはどうやらドーナツ型になっている洞窟の中央の空洞部分にエレベーター式のメリーぎゴーランドがあるということだ。
時刻は現在午前一一時半―。
すでに探偵たちが演繹城にやって来て九〇分が経っている。九〇分という僅かな時間でルナルナ17が死に警察が呼ばれさらには異様な洞窟に連れて来られた。
突然ブザーの「ブー」という音が響き渡る。演劇が始まる前の合図のようである。皆が体を硬直させメリーゴーランド上に視線を注ぐ。明かりはついておらずメリーゴーランドを把握できないが、ぼんやりと中央に誰かが立っているのが確認できる。驚いたオール乱歩だけだが、警察官らしからぬ様子で腰を抜かしその場にペタンと座り込んだ。




