23欲しかったもの
リフは構わず話し続けた。
「落ち着いて聞いて。この人がビョルドンを襲ってマデロスを殺した。工事現場でも暴れたんだ。それでオレ、逃げてきた」
「え、えっと。どういうこと? 詳しく教えて。とりあえず中に入って。あなたも」
アーシャはナベプタとリフを部屋に上げる。
女の子らしい部屋だな。よく整頓されていて、散らかっていない。ゴミも見当たらない。
床に三人で向き合うように座り、リフは夕方からさっきまでのことを説明した。ナベプタの知らなかったことも話した。
勇敢なるイビルスレイヤーが暴れた工事現場から衝動的に逃げ出した後、リフは行くあてもなく街を彷徨っていた。お金も無ければ頼るあてもアーシャくらいしかいない。
そこに、運悪く組織のボスであるビョルドンとその部下に出くわしたわけだ。奴隷のように働かされている債務者の中でも、子供のリフはビョルドンにとっても見覚えがあって、なんでここにいると見咎められて連れて行かれようとした。
ビョルドンの所には既に、工事現場の統率が取れなくなったことも知らせとして入っていたのだろう。
「そう。そんなことが……」
リフの語り口には、ナベプタへの感謝がこもっていた。今からどう生きていけばいいのか見当もつかないけど、とりあえず今の地獄からは抜け出せた。勇敢なるイビルスレイヤーがそうしてくれた。しかも二度も。本当に助かった。
けど、イビルスレイヤーがビョルドンに喧嘩を売ったのも事実。ビョルドンはプライドが高く、受けた屈辱を忘れない。必ず報復するだろう。だから、彼を助けてほしい。他に頼れる人はいない。リフはアーシャにそう頼んだ。
ナベプタは未だに、アーシャが何者なのかわからない。なんでリフが頼ろうとするのか。若い娘がなぜ、こんな高そうな物件で一人暮らしなのか。リフとはどんな関係なのか。
彼女の可憐さを見ていれば、そんなことは些事だとも思えてきたけれど。
リフの話を一通り聞き終わったアーシャは、驚きの表情をした後、少しだけ考えるような顔になってから、口元に笑みを浮かべた。
「そうなのね。大変だったわね。リフ、あなたのことはなんとかする。わたしにどれだけのことが出来るかは、わからないけど。ちゃんと逃してあげるわ」
リフの頭を撫でて、安心させるように語りかけた。それから彼女はナベプタを見た。
「はじめまして。アーシャです。……あなたが、勇敢なるイビルスレイヤーさんですか?」
「そ、そうだ」
緊張していた。それでも年上の男としての威厳を出すために、出来るだけ様になった返事をする。
声が震えてしまった。
けれどアーシャは気にする素振りも見せない。膝を崩してナベプタの方に寄ると、彼の手を取った。
また、心臓の鼓動が早くなる。女の子に手を握られるなんて初めてだ。
「本物なんですね! あの、噂はよく聞いています! 街を守る英雄だって! お会いできるなんて光栄です!」
手をぎゅっと握って、顔も近づけて。アーシャは興奮した様子で話している。
ああ。幸せだ。勇敢なるイビルスレイヤーの名前はしっかりと世間に響いていた。俺のやることの正しさは、ちゃんと伝わっている。
すぐに、俺は誰もが認める英雄になれると確信が持てた。さっきのクソガキは間違っている。きっと世間が勇敢なるイビルスレイヤーを持て囃す頃合いに、己の見識の甘さを恥じるのだろう。
そして俺は、アーシャのような可憐な女を手に入れる。
欲しいものが、ようやく手に入った気がした。
「イビルスレイヤーさん。あなたの本当の名前を教えてください」
「ナベプタ、です」
「素敵な名前! こっちの名前で活躍しても、みんなすぐに覚えるでしょうね」
「そ、そうかな。そうかも。でも、勇敢なるイビルスレイヤーの方が格好いいし、象徴的だし」
「たしかに! しっかり考えて活動されているんですね、ナベプタさんは」
「そうなんだ」
アーシャは俺の意見をちゃんと聞いてくれる。賢い子なんだ。
だからこそ、なおさら彼女が何者なのか気になった。
「でもナベプタさん。ビョルドンと対立するのは大変です。死んだマデロスも、ビョルドンの後継者候補でしたし、怒っているでしょう」
「なあ。あなたは何者なんだ?」
なんで裏の組織であるビョルドンたちに詳しい? リフとはどんな関係だ?
尋ねると、アーシャは困った顔をした。
「わたしは。その。ビョルドンとは個人的な知り合いと言いますか……」
説明が難しい。そんな顔だ。リフの方を見たけど、彼も困っていた。
「オレも詳しく知らないんだけど、知り合いなんだって。それでオレたちの仕事場によく顔を出して、食事を作ってくれたりする。仕事はキツいけど、アーシャさんのことはみんな大好き」
ビョルドンの組織で働かされている者の世話をしているのか。でも組織の一員ではない。ボスの個人的な知り合い。
ナベプタの頭に浮かんだ可能性は、ひとつだけ。
「情婦か」
愛人とか妾とか、言い方は他にもある。でも、そういうことだ。
アーシャはゆっくりと頷いた。
「父が、ビョルドンの仕事仲間だったんです。娘のわたしをそんな世界に入れたくないと父は考えていたのですが、若くして亡くなってしまい。そしてわたしはビョルドンの世話になるしかなかった。そして気に入られたんです。まだ、体を求められたことはありません。けど、おそらくもうすぐ……」
自分の体を抱きしめるアーシャ。その姿は弱々しくて、庇護欲をかけたてられた。
ひどい話だ。逃げられない女を囲って、成長したら手を出すなんて。しかもアーシャは、ビョルドンからすれば娘みたいな歳なのに。
許せない。




