42:毒犬使いの魔女
標的の魔女を倒すため、まずリリーとディアナは里を出て森の中に入った。
森は里の中以上に霧が濃く、2m足らずの先になると完全に見えなくなっている。
「予想以上の濃霧ですね。どうやって魔女を探しましょうか・・・。」
表にした左手の人差し指と中指を口に付けてリリーは考える。
「う~んっとね・・・。おっ!」
リリーは近くにいた細長い5cmくらいの甲虫を捕まえた。
「こんなとこにもいたんだね~。」
「何ですか、その虫?」
「ハッコウコメツキっていうんだ。これね、身体が光る虫なんだよ。この子に魔女まで案内させてもらう。」
リリーは混獣術の楔を出して、虫の傍に近づける。
「サルチ・マギア。」
リリーが唱えるとハッコウコメツキは黄緑色に光り、森の奥に向かって飛んだ。
「あの子にこれに付いてた魔法の臭いを覚えさせた。付いてこ。」
リリーとディアナの歩調に合わせて、ハッコウコメツキは止まったりまた飛んだりを繰り返す。
「魔法の痕跡を辿るには概装天使と深い関係を築く必要があるのに・・・魔法を代わりに使うとは考えましたね。」
思ってもない薄い褒め言葉を言ってリリーをおだてるディアナ。
その時が来るまで油断させようとする魂胆だ。
「えへへ♪ママにたくさん教えてもらったおかげだよ~。」
裏があるとは露知らず、リリーはディアナの言葉に素直に喜ぶ。
「ママ・・・ジャンヌですか?」
「うん!みんなは怖がってるけどさ、ママそんなにおっかなくないよ?普段の生活に役立つ魔法一杯教えてくれるから。」
「本当に何も知らない可哀想な子。」とディアナは心の中でリリーをけなす。
教会に関わる人間ならば、ジャンヌがこの国にもたらした厄災を多く知っている。
ジャンヌがその気になれば、この国を滅ぼすことなど造作もない。
そうならなかったのは、単なる彼女の気まぐれに過ぎないのだ。
「ディアナのママは、どんな人?」
リリーからの逆質問に、ディアナは戸惑った。
ミカエル家は女尊男卑な家柄であり、天使の血を次代に繋ぐ役目を持った本家筋の女性は嫁いできた当主以上の権力がある。
故にその性格は傲慢不遜。
実子にも容赦のない、拷問まがいの英才教育を施す。
ディアナは母親との思い出がまるでない。
フタをした・・・と言った方が正しいか?
ディアナの動悸が徐々に激しくなり、地面の枯れ葉を踏む音だけが耳の中で反響しだす。
それは彼女の心のざわめきを表わしているみたいだ。
まだらになりつつも脳髄に叩き込まれた、母との恐ろしい思い出が掘り起こされる恐れに対する・・・。
「・・・・・・ナ。ディアナ!」
リリーの強い呼びかけに、ディアナはハッと我に返った。
「汗すごいよ?やっぱ具合悪いんじゃ・・・。」
「だっ、大丈夫です。初めて魔女を相手にするのに、緊張してしまって・・・。」
「そっか。心配しなくてもここの魔女は大したヤツじゃないよ!なんたってボクにでも解ける魔法しか使えないんだから!!」
未だ動機が治まりきらないディアナの肩を、リリーがバンバン叩いて励ます。
「そっ、そうですか・・・。」
「ママの魔法見たらディアナとってもビックリするよ!!」
「あなたが言うのであれば説得力、ありますね・・・。」
「また会ったら、そん時はディアナのことも紹介してあげる!言ってやるんだ~。❝学校で友達できたぞ!!❞って。」
・・・・・・・。
・・・・・・・。
「虫の後、追わなくていいのですか?」
「おおっと忘れてた!急げ急げ!」
今のリリーの言葉に、ディアナは秘かに好感を覚えた。
リリーの計らいでジャンヌと会ったら、もしかすれば彼女に感じている恐れや偏見が無くなるかもしれない。
なんて異端審問官の名家の娘にあるまじき、淡い幻想を抱いて・・・。
気付かぬ内に二人は森の結構深部に踏み込んだらしく、生い茂る草木で歩くのも困難になってきていた。
「ん?これって・・・。」
繁茂する藪を通った先に、ぽっかりと開いている風穴が現れた。
ハッコウコメツキは、その入口をぐるぐると飛んでいる。
「ここ・・・みたいだね。」
入口まで近づくと、奥の方から微かな明かりが見えた。
鼻が曲がりそうな腐臭とともに。
「うっ・・・!?何ですかこの悪臭!!」
「動物の腐る臭いだね。結構数が多い。」
ここに来るまでの道中で小鳥すらも見かけなかった理由の見当がついたようだ。
「ボクの後ろに。ピッタリくっついて。」
暗殺対象の背中に張り付けるのはまたとない機会だったが、今のディアナにはそれを喜ぶ余裕などない。
固唾を飲み、ディアナがリリーの背後にくっつくと二人はゆっくりと風穴に足を踏み入れた。
奥に進むにつれて、肉の腐るどぎつい酸味の臭いが濃くなっていく。
「誰か・・・住んでるのですか?」
曲がり角の向こうにソファと棚の影が見える。
リリーはディアナに息を殺して待つように指示をし、岩陰からゆっくりと覗いた。
「なっ・・・。」
風穴の奥には、まだ家主が滞在していた。
テーブルに座って、フォークでこげ茶色の何の動物か分からない肉を貪って、カビまみれになったボトルから直に酒を飲む、ロッキードッグの毛皮をあしらった服を着たざんばら髪の女が。
奥には混獣術でコモチチドクトカゲの特性を混ぜられた彼女の飼い犬が十匹、山積みになったウサギや山鳥の死骸に群がっている。
「おいおいマズいよこれ・・・あ!」
あまりの光景に後退りした拍子にリリーは物音を立ててしまった。
「人様の生活を覗き見するなんて・・・しつけのなってねぇガキだなぁ。」
ガリガリに痩せた三十半ばの女が、犬の目みたいに茶色く濁った瞳孔をギラつかせてリリーを睨んだ。
毒犬使いの魔女は、家に忍び込んで愛犬との食事を覗いた小娘たちのせいでご機嫌斜めの様子だ。




