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平民聖女の政略結婚  作者: 海野はな


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14 コンサートのお誘い

 それから二度、同じようにエルマーとお茶を飲んだ。

 教会まで馬車で迎えに来てくれ、エルマーの離宮に行き、あたりさわりのない会話をした。黄色いマカロンはなかったけれど、他の焼き菓子を出してくれた。今度こそ食べるぞと意気込んでいたフローラは、一番取りやすい位置にあったジャム入りクッキーをエルマーの様子を伺いながら一つ取って食べた。美味しかった。

 三度目のお茶の時にはいろんな種類のジャム入りクッキーが並んでいた。一番手に取りやすい位置にあったクッキーを取った。たぶんブルーベリージャムのクッキーだ。美味しかった。


 エルマーは相変わらず丁寧で、修道女たちの言う男性像とはまるで違う。拍子抜けしているのと同時に、つい警戒心が薄れてしまう。いくら丁寧に接してくれていようとも、王子と平民の差は天と地だ。時折フローラは自分に力を入れるように背筋を伸ばした。


 そしてその三度目に、次は音楽でも聴きにいきませんか、と誘われた。オーケストラのコンサートらしい。

 フローラはコンサートというものには行ったことがなかった。王子に誘われたからには拒否権はないから、というのは建前で、純粋に行ってみたいと思った。「楽しみにしています」と返事をした。


 だけど少々問題があった。



「クラウディアさん、助けて」

「どうなさったの?」


 教会でいつものようにバシャバシャと洗濯しつつ、やってきたクラウディアにすがりつく。そしてコンサートに行くことになった経緯を説明した。


「私、王子殿下と一緒にコンサートに行くための服、なんてもの、持ってないんですよ。しかもどんな服なら許されるのか全くわかりません」

「あら……」


 修道女のクラウディアは元侯爵令嬢だ。婚約者だった公爵令息に婚約を一方的に破棄されてここに来たという経歴を持つ。

 貴族社会に疎いフローラにとって、頼れるお姉様の一人だ。


 フローラは今まで聖女の服でエルマーの離宮にお茶に行っていた。それは王子の婚約者はフローラ個人ではなく、大聖女だから。王家と大聖女という称号との結びつき。そういう思いから聖女として行動していたのだが、前回のお茶会でいつもその服なのかと聞かれた。

 たぶんただの興味だったのだと思う。だけど行く場所がコンサートだし、そこで聖女の服だと目立ってしまうだろうとフローラは思った。


「王子殿下と一緒にコンサートに行くための服、を持っている人なんてそうそういないと思うけれど、事情はわかったわ。断ってしまえばよいのではなくて?」

「王子の誘いを断るなんてできませんよ」

「というわりには乗り気なようだけど? ふふ、まぁいいわ。それならば、せっかくだから素敵な服を仕立ててもらいましょうよ」


 クラウディアが悪い顔をする。敬虔な修道女の微笑みではない。

 フローラは見なかったことにして、続きを聞いた。


「それって、どのくらいのお値段します?」


 フローラは聖女としてお給料をもらっているが、だからといって資金が潤沢なわけではない。普通に生活するには困らないけれど、貴族基準となると話が違ってくる。


 フローラの様子にクラウディアが察したらしく、黒い微笑みを取り去ってハァと溜息をついた。


「エルマー殿下も気が利かないこと」


 王族批判は危険だが、修道院の中では言いたい放題である。


 この場合フローラは、コンサートには行きたいけれど着ていく服がありませんので、と一度断りを入れてみるのがよかったそうだ。貴族女性であれば、服までねだるなんて傲慢な、と思われかねないが、フローラの場合は本気でないものはないのだ。その事情はさすがにわかるはずなので、殿下が気付けば贈ってもらえたはずとクラウディアは言う。

 そんな難しいこと、フローラにわかるはずがない。


「街に着ていけるような私服はもっていらっしゃるの?」

「あるといえばありますけど、コンサートに着て行ける服ではないですし、ましてやそれで殿下と歩くわけにはいかないですね」


 フローラはほとんどを聖女の服で過ごしているが、私用で外出するときはその限りではない。一応私服も持ってはいる。だけどあくまで平民が街を歩いていてもおかしくない服というだけだ。


「殿下に恥をかかせない程度の服って、一体どんなのでしょう?」

「わたくしが貸せればよかったのですけれど」


 クラウディアはたくさんの服を持っていたそうだが、修道院には持ち込んでいない。

 仕立てるほどのお金もなく、仕立てる時間もなかったことから、結局イゾルデに一式を借りることになった。そしてそれをクラウディアがフローラの体型に合うように直してくれた。


 当日の朝。クラウディアに助けてもらいながら、そのふわっとした水色のワンピースに袖を通す。


「すごい、ぴったり」

「でしょう。ふふん。貴族令嬢にとって裁縫は嗜みなのよ」


 素材がいいのだろう、軽くて肌触りが柔らかい。今までにそのような服は着たことがなくて、どこか不思議な感覚だ。そしてクラウディアはフローラの髪も整え、髪飾りをつけた。薄い化粧まで施してくれた。


「髪結いも化粧も貴族女性の嗜みですか?」

「うーん、どちらかというとそれは侍女の役目だけど、毎日見ていればある程度はできるようになるものよ」

「私にはできそうにないです」

「そうも言っていられないんじゃなくて? ほら、できたわ」


 鏡を覗くと、いつものフローラじゃないフローラがいた。そしてその後ろでクラウディアが少し怖い顔をしている。


「とっても素敵だわ」

「……っていう顔してませんけど?」

「本当にそう思ってるのよ。我ながらいい出来だわ。でもだからこそ、充分気を付けるのよ。殿下に惚れられちゃうかも」

「まさか」

「だけど、惚れるのはもっと駄目よ。惚れたら負けだって忘れないで。でも、今日は楽しんできてね」


 勝ち負けの話ではないと思うのだが、修道女の話を聞いていると何とも言えない。フローラはただ頷くと共に、お礼を述べた。



 その姿で教会を歩くのはとても目立つ。視線を浴びながら外に出て、それからもまたフローラは目立っていた。エルマーが直接迎えに来てくれたからだ。

 教会前の馬車寄せにエルマーが現れると、どこからともなく声にならない溜息が聞こえてきた。視線が痛い。


 エルマーは馬車から下り、フローラを見て一瞬固まった。そしてハッとしたように側に来ると、いつものように声をかけた。


「待たせてしまいましたか?」

「いいえ、ちょうど来たところです。本日はお誘いありがとうございます」

「いえ。今日は、なんというか、その、……私服なんですね」


 後ろでオイゲンが残念なものを見る目をした。それには気付かず、エルマーは目のやり場に困るというような顔をする。別に露出のある服ではないのだが、変だったかなとフローラは自分の姿を見下ろした。


「コンサートに行くのに聖女の服では目立ちますので……。私には過ぎた格好ではありますが、どこかおかしいでしょうか?」

「いえとんでもない」


 エルマーはフローラを馬車に乗せて自分も乗り込んだ。

 馬車が動き出すと、ようやく刺さっていた視線から逃れられたフローラは一息つく。教会に戻ったらきっとまたあれやこれやといろいろ聞かれるのだろうが、今は考えずにおこう。


「どうかしましたか?」

「あ、いいえ。実は私、コンサートというものに行ったことがなくて。今日は楽しみにしていたのです」

「そうなのですか?」

「教会でアンサンブル程度の演奏なら聴いたことはあるのですが、本格的なのは初めてなのです。聖女になるための教養として勉強はしたのですが、楽器を奏でることもできません。殿下はなにか楽器は演奏されますか?」

「小さい頃から一通りやらされましたけど、あまり上達はしなかったですね。今はたまにピアノを弾く程度でしょうか」


 まだそう何度も話したことがあるわけではないが、意外と会話が続くようになった。いつの間にかコンサートホールに着いていた程度には、どうやらフローラも会話を楽しんだらしい。


 そして、コンサートは圧巻の一言だった。

 まず広いホールに目を丸くし、それから大勢の観客にも驚いた。楽器を持った多数の楽団員たちが壇上に並ぶ姿もすごい。そして演奏が始まると、その音の響きに迫力があって、フローラは終始ドキドキしていた。



 ◇



 コンサートが終わり、ホールに併設されたカフェで一杯だけお茶を飲んでからフローラを教会へ送り届け、エルマーは自室に戻ってきた。

 オイゲンがいつものようにいつものハーブティーを出す。


「殿下、フローラ様はいつもと違う雰囲気でいらっしゃいましたね」

「うん……」

「何か問題がありましたか?」

「いや、ない。ただ…………」


 エルマーはたっぷり黙ってから、「可愛かった」としみじみと言って顔を覆った。

 オイゲンは再び残念なものを見るような目をして、小さく息を吐いた。


「それをご本人におっしゃればいいのに」

「言えなかったんだよ……。だって大聖女様は大聖女様だから大聖女様だろう? それがまるで普通の女性みたいで、こう、ふわっとしてて、可愛らしくて、でも大聖女様だろう?」

「殿下、言ってることが要領を得ていませんよ」


 わかっている。エルマーだって混乱しているのだ。

 エルマーにとってフローラは崇拝対象といってもよかった。だけど何度か会っているうちに、普通の人間でもあるのだとわかってきた。もちろん尊敬しているところはかわらないのだけど、普通にクッキーをもぐもぐとしている様子は人なんだなと思った。


 今日は聖女の服ではない姿だった。ますます人間だ。そして隣でとても楽しそうにしていた。ホールで驚いている姿が可愛らしいと思った。シンバルがバーン! と大音量で鳴ってビクッとフローラが動いた時には、思わず落ち着いてもらわねばと肩を抱きそうになった。

 心の中の自分が、落ち着くのはお前だ! と叫んでくれなかったら危なかった。


「フローラ様は楽しんでいらっしゃったようですね」

「ああ、そうだな。行ってよかった。オイゲン、次はどうしたらいいと思う?」

「そうですね……。レストランでお食事されるのもいいかと思いますし、観劇なども面白いかもしれません。まずはフローラ様のお好みを聞いてみてはいかがでしょう?」


 今回は偶然よさそうなコンサートがあったので声をかけてみて、楽しんでもらえたので良かったけれど、フローラが何を好んでいるのかは今だによくわかっていない。


「ならばまたお茶に誘って、聞いてみるか」

「こちらにお招きして、天気が良ければお庭を散策されてもいいかもしれません。それから、贈り物でもされてみては? 婚約すると、頻繁に贈り合うようですよ」

「贈り物か。なるほど。何がいいのだろう。……あの人に聞いてみるか」

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