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親心(ラッセン陛下視点)

シエルには敵だらけではなく意外なところに愛してくれる家族がいた・・・という話と、ボンクラ皇太子の親は常識人という設定です。


どうしてもラッセン陛下の心情書きたかったので、書いちゃいました。





今日、正式に私の養女に迎えたシエルが側近であるガイウスと挙式する。


所々にレースと真珠をふんだんにあしらった純白のウェディングドレスに身を包み、長いヴェールが春風に揺れている。親の贔屓目なくても美しい花嫁だと思う。


シエルの容姿は国中の男がひれ伏すだろう圧倒的なにあふれていた。


傾国の美女とはシエルのような娘を言うのであろう。ただシエル本人は世界中の男に愛の言葉を囁かれようとも、たった一人に愛されればそれでよいらしい。


むしろただ一人のために咲き誇るような花となったといっても過言ではない。


せめて苦労を掛けた分、シエルには幸せになってほしいものだ。


シエルを幸福に出来る人間を伴侶にと、何度も身辺調査を行い、その結果ガイウスならばとシエルに伝えた時のことは、一生忘れられないだろう。


あれほど喜んだ姿を見たことはない。生まれた時からシエルを知っている私でさえ予想だにしなかった。



初めて「お義父様、ありがとうございます。」と・・・、父と呼ばれてこそばゆい気分になった。



思えば亡き皇后の忘れ形見だからと息子のラウルを甘やかして、そして私は育て間違えた。いつしかラウルは人を見下すことが当たり前の高慢にして愚かな男へと成り下がってしまった。


幼いころは少し我が儘ではあったものの素直で優しい子供だったと思う。しかし、成長につれて少しずつラウルは変わり始めてしまった。


子は親の背中を見て育つという。そして親は子の成長を通して実の親子になれるのだとも・・・。


だが私は戦に明け暮れてラウルとともに過ごす時間をないがしろにした。そのツケが回ってきたのだろう。


それくらい我が国は常に近隣の国から豊かな資源を求めて頻繁に侵攻を繰り返されていた。


妻である皇后も父親である私が戦また戦で王宮を留守がちにしていたために、ラウルに強く出れなかったらしい。我が儘に育ったラウルだが、その后もラウルが7歳を迎えたころ、隣国の差し向けた暗殺者に毒を盛られ亡くなってしまった。


自分を純粋に慈しみ愛してくれる存在を失った息子が何を思い、あのような変化を遂げてしまったのか今となっては知る術はない。


「天下に轟くボンクラ皇太子」と呼ばれるまでになった時、もう切り捨てるしか方法がなくなってしまっていたのだ。


親として毅然として接していればあるいは立ち直ってくれるのではないかと願った時期もある。今にしてみれば甘い考えだったのだ。


だから、あのような最後をラウルが迎えたことも受け入れねばならい。



結果的に姪のシエルが養女として自分のもとへ来たことで、少なからず私は救われたのだろうと思う。


だがシエルには可哀そうなことをした。


皇太子妃教育のために王宮に訪れるシエルの姿を秘かに見ていたが、いつも寝不足の様子で眠い目を必死にこするたびにマナーの教師に怒られていた。


聞けばラウルと同じで勉学は得意ではないらしい。将来の皇太子妃としてどうかと思うが、まだこの段階ではラウルのこともあるからと、私自身は成長と共に徐々に皇太子妃らしくなればと楽観視していた。


しかし弟は違ったのだ。


昔から隙あらば皇帝の地位を狙っていたことを知らぬわけではない。さすがに大病を患ってからは、別人のように家臣として私に忠誠を誓うようになったが・・・。


影からの情報によると弟夫妻は私に似ているというだけでシエルを冷遇していたらしい。


そのことを知ったのは、貴族たちが通う学園へラウルと一緒に同い年のシエルが入学して間もなくのこと。


以前から国境沿いに位置する鉱山の所有権をめぐってトラブルの絶えなかった隣国と、本格的に戦が始まるという時だった。


その当時すでにボンクラ皇太子などという不名誉な異名が付けられていたラウルが皇族に課された戦役を拒絶して、わざと腕を骨折した上に「この腕では戦えないし学業に専念したいから戦にはいかない」と宣った事件が引き金となった。


皇族が誰も戦場に赴かないのでは、アルテミス皇国軍に属する騎士団や末端の兵士たちの指揮に関わる。


ましてや皇太子が隠しているとはいえ、わざと怪我までして戦役逃れをする。当然ながら、王宮内部では上から下まで蜂の巣をつついたような騒ぎになった。


弟も身体が丈夫とは言えない。更にいうなれば弟は文官向きだ。甥のレックスも喘息もちで戦場での過酷な環境に耐えうる体ではない。


こんな状況では、私自ら出陣するしかないではないではないか。


だが皇后亡き今、私が動けば政治が回らなくなってしまう。どうしたものか・・・。私が戦に出ることが出来ていたのは、亡き皇后の涙ぐましい努力の賜物だったのだ。


皇后とはお飾りではない。皇帝である私が戦に出ていたにもかかわらず、政が滞りなく進められていたのは、いつも控えめにではあったが陰ひなたから自分を支えてくれる后あってのことだ。


そんな苦悩する私に「シエル様がいるではないですか」と悪魔のごとき囁きをしてきたのは、長年私に尽くしてきてくれた眼鏡の宰相であった。


「12歳で剣聖となったとか。シエル様ならばラッセン陛下の代わりも務まりましょう。」


どのみち皇太子としての資質に欠いたラウル殿下が出陣しても犬死するだけだと暗に言われ、返す言葉に詰まったことは今でもはっきり覚えている。



重苦しい空気が流れる中、戦場に出陣するよう促した私にシエルが条件として告げたのは、ラウルとの婚約破棄ではなく白紙撤回だった。


そこまでシエルは追い込まれていた。それはシエルの発言からも嫌というほど伝わってきた。


相変わらず、眠そうな顔をしながら「私はもう限界なのですわ。」と目の下の隈を指さしつつ自分の置かれた現状を訴えるシエルに、今更ながらに弟夫婦の心ない仕打ちの数々を知り、ふつふつと怒りが込み上げてきた。


何より、決して仲が良い兄弟ではないが兄である自分に似ただけで冷遇するとは何事だ。


その場でラウルとの婚約白紙が決まった。


シエルの覚悟は固く、もしかしたら他に好いた男がいるのではないか?とも思ったが、あえてその時は聞く事はなかった。



そして、シエルはトロイア砦をはじめとする要所へと皇族代表として出陣する事になったのだ。


一度戦場で怪我をしたと聞いた。だが発熱しながらも機転を利かせて、上手く窮地を乗り越えたと騎士団長から知らせが来た。


その時は本当に安堵した。


さすがに12歳で剣聖となった訳ではなかったのだろう。「アルテミスの戦女神」の名は国内にとどまらず、国外にも知れ渡っていった。


その一方で息子のラウルは、取り返しのつかない大馬鹿者に成長していった。


学園に入学してからは明らかに私を避けている様子が見られる。片親としては心中複雑だが思春期なのだから当たり前の反応とも言えた。


しかし戦役逃れは到底許されることではない。最後は私自身が決定したこととはいえ、ラウルの代わりにシエルが戦場に駆り出されることになったことも、皇帝として、そして父親としても腑に落ちない。


怪我さえ治れば、すぐさま戦場に送り出すつもりでいたが、ふとある深夜に宰相の言葉を思い出した。


ラウルは皇太子の資質に欠いていると。


ならば、どうすれば良いというのか?


とっさにシエルの顔が浮かんだ。だが今結論を出すべきではない。


何よりシエルには戦場から戻ったら、暫く休ませると約束していた。


あの睡眠を欲してやまない姪は「1日20時間寝るわ」と妙に高いテンションで睡眠の素晴らしさを熱く語っていた。



弟よ・・・。どんな生活送らせてきた?



シエルの生い立ちを知れば知るほど腹が立って仕方ない。


どうせなら、レックスという跡取りがグランフィールド公爵家にはいることだし、ラウルとの縁組みが無理なら私の養女にしてしまおうか。


きっとガイウスとかいう黒騎士の青年を私の側近に引き抜けば、シエルも懐いているそうだし、何とかなるだろう。


プラチナブロンドの髪と性別さえ除けば自分ソックリのシエルが、何だかんだで私は可愛いのだ。

最近は影からの報告が楽しみでならない。



だからこそラウルがシエルを断罪しようとしたとき、ようやく自らのとるべき道が分かった気がした。



皇后よ・・・。不甲斐ない父親ですまない。



断腸の思いで私は本当にラウルを切り捨てる覚悟を決めた。





弟はグランフィールド公爵家から新たな女皇王がでると喜んだが、レックスを切り捨てる事には難色を示した。


想定内だったため、今まで調べさせた数々のシエルに対する仕打ちを問い詰めると、あっさり手の平をかえした。


アルテミスの戦女神と呼ばれるまでになった実の娘を冷遇していたと知れれば、軍の強者共やシエルに救われた民たちからの非難は避けられないだろうな?と釘をさしたことも大きかろう。


あの子は実力でグランフィールド公爵家から出ることに成功したのだ。


だが私はシエルに嘘をついた。


あの子は休みたがっていた。きっと・・・あの幼い華奢な身体に不似合いな大きな羽の休める場所が、正確にはシエルは欲しかったものなのだろう。


自由を与えると言ったのに・・・。


なのに自分は皇太女として、次代のアルテミス女皇帝としての道を歩ませることとなる。


まるで籠の鳥のようだ。


ならば、せめてもの償いとしてシエルには最愛と思える伴侶を与えようではないか。それが罪滅ぼしとなろう。





挙式前のシエルの視線の先を辿れば、赤毛の大男が嫌でも目に入る。こんな男が息子だったなら、どんなにかよかっただろう。内心思うラッセンであった。


ラウルとは何もかもが違い過ぎた。女のために最後は身を滅ぼしたバカ息子。まるで正反対だ。


好いた女のために難関の王宮官吏職の試験に最年少で合格して、さらには戦場まで守りについて行くとか普通あり得んだろう・・・。


いや、しかしもう今日から義理の息子になるわけか。


笑みが自然と浮かぶ。


次の瞬間にシエルの弾ける笑顔が視界いっぱいに飛び込んでくる。


幸せそうなシエルの花嫁姿を前に、どうしてか死んでいったラウルの姿が重なる。目の前が微かににじむように霞んだ。



ラウルとシエル。私の可愛い子ども達。



願わくば2人の結婚式を見てみたかった。孫を抱いてみたかった。幸せな未来を夢見たかった。


ラウルにしろミラという女と共に幸せに暮らしてくれれば、どんなによかっただろう。自分は今でもラウルの父親だ。


その夢が叶わなかったからこそ、私はシエルの為に神に祈ろう。



「末永く幸せに。」



涙ぐんだラッセン陛下の呟いた言葉を拾う者は神以外いなかった。








シエル皇太女とガイウスが婚姻を結んだ姿を見届けて、正式に政からも身を引いて数年後のこと。



アルテミス皇国皇帝ラッセンは静かに病で息を引き取ることとなる。



最後は穏やかな表情で娘夫婦の間に生まれた孫息子ラウルと孫娘達を愛おしそうに抱きしめながら、亡き皇后と息子のもとへ逝ったという。



戦乱の続く時代に金獅子と呼ばれ戦場を駆け回り、また私情のみに走らず民を導き続けたアルテミス皇国皇帝ラッセンは賢帝としても名高く、長く歴史に刻まれた「アルテミスの戦女神」と呼ばれた無敵の女皇帝シエルと共に後世に語り継がれることになるのであった。




そのラッセンについて、戦乱の世を終わらせただけでなく、アルテミス皇国を大国に一代で築き上げ、天下無敵の女剣聖と呼ばれた女皇帝シエルは後にこう語っている。


『良くも悪くも人として、皇帝として、あるいは父として情の深い人であった。』
















シエルは最後までラッセン陛下を本当の意味で嫌いになりたくてもなれませんでした。


ボンクラ皇太子ことラウルの遺骨を廃嫡事件のきっかけになったミラの分も含めて、後日ひっそりと引き取ってラッセン陛下に渡していたりします。


ラッセン陛下はラウルが平民に身分を落とし国外追放になっても生き延びてくれることを、亡くなった知らせが届くまで親として祈っていました。

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