09 修道院の賓客の間
やっと掲載できました
■システィーナの視点
立派な石柱が並ぶ広い空間……
重厚で冷涼な石造りの空間……
扉の横に置かれた簡素な椅子に座り、見るとはなしに天を見上げて、ふと思う。
ああ……凄いなあ……
太い太い石柱が、石床からそびえたっているわ……
堅牢な石柱は、二本ずつ並んで部屋の奥まで列なっているの……
石柱を見上げていくと、天井付近でなめらかに広がって……
まるでパラソルみたい……
アーチ状に曲線を描く天井……
なめらかな……優美な湾曲……
すごく、すごく繊細で……美しくて……
石で……石だけで……
あの美しいラインを作っているのよね……
天井を支える柱と壁は、伸び上がるように高くて高くて……
全てが……全てが……石……
全てが、石で作られたモン・サン・ミシェリアの室内……
コックリと私が通されたのは、石造りの控えの間……高さが十メートル以上ある立派な間……。こんなに広い空間に通されるとは思わなかったなあ。コックリ曰く、貴族や高位の教団関係者が訪問した際、一般の巡礼者と遭遇しないようにする、特別な間なんだって……でも本当にこんな広い空間に通されるとは思わなかったなあ……
アルシャーネ司祭は私たちを控えの間に案内すると、すぐに出ていってしまって……恐らく高位の方に報せに行ったんじゃないかしら……
まだ、来ないよね……出ていったばかりだもんね……
私は見事な美しさと好奇心に負けて広い広い控えの間を、高い石柱の列の間を歩きたくなってしまって……私は席を立った。
「あまり遠くに行かないようにね」 と歩き始めた私に釘をさすコックリ
は~い、分かってま~す。
うふふ、室内だというのに遠くへ行くなって……そうなの、ここはそれだけ広いの……たぶん、奥行きが三十メートルくらいあるかしら? パーティーができるくらい広くって。貴族の従者も含めて休むところだから、もうただただ広くって……声が適度に反射するわ。
全てが石造りだから、ちょっと肌寒さを感じるけれど……
ああ、壁際に木で作られた質素な椅子が並べられていて……たぶん、従者たちが腰かけるモノね。石造りの建屋に似合うシックな造り。病療修道院であることから、華美なものではないけれど、落ち着いた純朴な仕上がりの椅子……
壁には縦に長い馬蹄形の窓。
派手すぎない装飾の窓。
壁に綺麗に並ぶ美しい窓。ああ石床に、光る窓の形がクッキリと映る……いいなあ、素敵だなあ……
窓の外には薄い青空と白いうろこ雲が見えて……ここは大聖堂を囲う城壁のような居住区の上層にある特別な空間なんだとか……
ああ私は……
海から見た、あの驚異の建物の……その中に……
私はいるんだ。
ああ、本当に……
本当に、コックリと観光でこれたならどれだけ良かっただろう……慈愛に満ち溢れた大きな大きな力に包まれながら、その力に身を委ねて……巡礼者たちの活気を感じながら、この地で暮らす人々の生活に合わせて、二人で過ごして……
きっと……
きっと……忘れない想い出になると思う。
彼と過ごす慈愛の聖霊の聖地……きっと、数十年、数百年、千数百年……色褪せずに刻まれるであろう彼との想い出……
けれど……残念……
はぁ……残念……
怪異で訪れるなんて……
「はぁ……」
私は思わずため息をついた。小さな小さなため息を……
窓の外には、岩山のふもとにひしめく色とりどりの屋根。竜の鱗を模した屋根が岩山のふもとを覆っていて……ああ、まるで竜がとぐろを巻いて寝そべっているみたい……
目を凝らすと……
うふふ、猫が屋根の上で何匹も丸まってゴロゴロしているわ……そうよね、道で寝るより屋根で寝た方が良いよね。家々が狭い空間に密集しているから道は薄暗くて寒いし、巡礼者が多いから落ち着かないよね……うふふ、猫たちが頬と頬を擦り合わせて可愛い……うふふ、寄り添って……コックリの育った教会の屋根で逢い引きした私たちみたい……
はぁ……本当に怪異じゃなければなぁ……
はぁ……
はぁ…………
「大丈夫?」
「はわぁっ!?」
窓の外を見てため息をついていたら……いつの間にかコックリが近くにいて、心配そうな顔で私を見ていたのっ!
「体調……悪いの?」 コックリは心配そうな顔で覗き込んで来てっ! 「何度もため息をついて……」
はわわっ何度も!?
何度もついちゃってた!? だから心配になって来たんだ!?
しっしまったあぁっ!!
「うっ、ううんっ! ち、違うのっ! な、なんでもないのっ!」
「……怪しい。そんなに慌てて……」 コックリは少し不機嫌そうに 「シスはすぐに我慢するからな……」
「ほ、本当に、なんでもないの~~!」
ああもう、ああもう~~……
私はますます慌ててしまって~~……うう~、コックリはこれから怪異捜査の任に当たるから、こんなことで気を遣わせたくないのに……
そう、彼は過去の記憶から、私が体調不良を起こしたと思ってしまったようなの。ヴェネリアでもローマリアでも、体調を悪くしたものだから……私は人工物が多いところとか、人が多いところに行くと体調不良を起こすことが多くって……コックリは、私のこぼしたため息をそれと誤解したんだ!
本当に体調不良なら私も正直に言えるけれど……「観光で来たかった!」なんてため息……言えるわけないっ!
「これから怪異に当たるんだ。ちょっとの体調不良も命取りになる可能性がある。俺のパートナーなら分かるよな?」
「う、うん、うん分かってる~~。ほ、本当に違うの~~」
「じゃあ何で何度もため息なんか……?」
「あの……そのね」 ああ~、どうしよう?
「うん」
「あの……その……」 あ、そうだ! 「か、感嘆のため息だったの!」
「感嘆の?」
「う、うん……」 私は最初に思ったことを口にした 「海上で見たあの修道院にいるんだなあって……中も凄い建物だなあって……」
「ああー……ああ、そうか……そうだよな……」
「でしょう? 石だけで、凄いものを作るんだなあって……」
「ああー……」 コックリはグルリと室内を見て 「ふふ……本当……凄いな……」
「でしょっ!?」
「うん、じゃあ本当に体調不良じゃないんだね?」
「うんっ!」 私は本当に元気一杯だから、彼を安心させるために両手でガッツポーズを作った。「元気満タン!」
「……」 彼は目をパチクリして……あれ? 力強く見えないかな? でもその後、相好を崩して 「ふふふ、そっか……満タンなんだね、ふふふ」
コックリは屈託なく笑った。
その笑顔の可愛いこと可愛いこと……くう~、少年っぽくて可愛い~~、くうぅ~、か、可愛い~~~!
「ふふふ……さあ、そろそろ戻ろう」
「うふふ、うん」
私はコックリの笑顔が見れてニコニコしちゃった……マズイマズイ……
二人で柱の列を歩いて待合スペースへ戻って……
コックリと私は再び椅子に腰かけて待っていると、扉の向こうから足音が聞こえてきた。何人もの足音が……
ええ? 何人来たんだろう?
コックリが椅子から立ち上がったので私も立って待つと、賓客の間の扉が叩かれて……両開きの扉が開け放たれた。
おお……そこにいたのは五名の女性だった。そして開け放たれた瞬間、堂々たる体躯の騎士を見て、口々に感嘆のため息を漏らす。
「おお……神殿騎士殿……」「ああ何て立派な……」「ほぉぉ……想像通り……」
コックリを見た皆さんは、挨拶もしないうちに口々に話し始めて……
皆一様に、ある表情を見せている。
安堵の表情を。
すると、中央にいた中年女性が胸の前で聖霊の印を結んだ。
年の頃は六十代といったところかしら……飾り気のない白い法衣をまとっているんだけれど……品があって……ああ、頭には……白い円柱形の帽子カミラフカを被っていて……立ち居振舞いが高位の人のそれに見える……
たぶんこの方が……
とコックリが胸に手をあてて頭を垂れる。
「法王庁の神殿騎士コークリットです。聖霊の啓示によりただいま参上しました。こちらは私のパートナーのシスティーナです」
「初めまして。パートナーのシスティーナです」
コックリが私を紹介してくれたので、私も彼にならって胸に手を当てて挨拶した。うふふ、私もこの挨拶が板についてきたんじゃないかしら?
「おお……神殿騎士殿……システィーナ様……お目にかかれて光栄です。私はこの聖地を統括する司教のルクルーゼです」
ああ、やっぱりこの人がこの地で最も偉い司教様……
瞳の色がグレーで、穏やかな声が素敵……不思議に聞いているだけで、心がとても落ち着く……。この方のミサは凄く落ち着いた雰囲気でできるんじゃないかしら……
「さあ、ここで立ち話もなんです。そちらのテーブルで話しましょう」
司教様の言葉でテーブルに移動すると、コックリと私の目の前に司教様が座り、その両隣に二人の女性が座った。一人は司祭の法衣を纏い、一人は修道服に身を包んでいる。
「神殿騎士殿。こちらが司祭をまとめる司祭長のエフローラ、こちらは修道僧をまとめる修道僧長のイレーネです」
「お目にかかれて光栄です、神殿騎士殿」
「初めまして、神殿騎士殿」
司祭長も修道僧長も五十代というところかしら……司祭長は薄い金髪を少し小さなカミラフカに入れているわ。この司祭長も品があって素敵……そして修道僧長はグレーの修道服に、頭からウィンプルを被っていて……ああ、まさに修道女という感じ……コックリの育ての親のシスターみたい……
そして司祭長の後ろにはアルシャーネ司祭が立っていて、修道僧長の後ろには革鎧を装備した三十代くらいの女性兵士が立っている。司教様が、その女性兵士を僧兵隊の隊長クラウディーアだと紹介した。おお……兵の隊長まで女性なんだ……ああシュッとして凛として立っているから何だかディートリヒを思い出すなあ……元気かなあ……
と感慨に耽っていると、司教様が話し始めた。
「神殿騎士殿……貴殿は先ほど、聖霊の啓示により、この聖地へ来られたとおっしゃいましたね」
「はい、左様です」
「それはどのような啓示だったのですか?」
その場に集まった者が皆、コックリを見た。
ああその表情は……とても緊張した面持ちで……
その表情から読み取れる感情は、そうね……
恐れ……かしら……
彼女らが恐れを感じる理由が分かるわ。
聖魔法を使える者は、聖霊の声、御告げを聞くことができるのだという。それは自らが聖霊に問いかけて聞く場合と、突然聖霊から御告げがある場合に分けられるんだけれど……
聖霊によって御告げは異なるし、聖職者一人ひとり理解できる内容が異なるらしい。
皆さん、コックリに告げられた啓示が何なのか……
伝説的な逸話を残す神殿騎士の啓示が何なのか……
何を聞かされるのか……
何とも緊張した表情でコックリを見て……ああ聖霊の声を聞ける司祭長とアルシャーネ司祭も、硬い表情でコックリを見ていて……ああ、空気が重い……
その重い空気の中でコックリは答えた。
「その啓示は、『慈愛なる地』というものでした」
「慈愛なる地……」
司教様をはじめ、その場に集まった面々が相槌を打った。
そうなの、王都ローマリアの彼の自宅で休んでいた私たちは、この啓示を受けて……慈愛なる地なんてこの修道院をおいて他にないから、取るものもとりあえずこの聖地へと向かったの。
「して……その他には……?」
司教様は、コックリの目の奥を覗き込むようにして問いかけ……他の面々も恐る恐るコックリを見つめる中、彼は頭を振った。
「それだけです」
「ああ……」
その瞬間、はあぁ~っと皆が息を吐き出した。
ええ……? 何、そのため息……
さらにヒソヒソと……「やはり神殿騎士でも……」とか「司祭より少ない」とか……何か、言葉の端々から不満さが感じられて、ええまだヒソヒソと……
ええ? 何なの? 何なのそれ!
何だかコックリを侮辱されているみたいで! もう! 感じ悪いっ!
と、私は表情に出てしまったのか、コックリは困った表情で私を、司教様も眉間にシワを作りながらその場にいた面々をたしなめた。
「シス……ほっぺ……ほっぺ」
「え……」
「これ……! 失礼しました……申し訳ございません神殿騎士殿、システィーナ様……お気を悪くなさりませんよう……」
ああ、司祭長や修道僧長が申し訳なさそうな表情で……すいません、私も大人げなくって……
とコックリは頭を振って……
「構いません。この地で起こっていることを考えれば、当然の反応と思います」
「え!?」 その場にいた面々が慌てふためいて顔を見合わせ 「あ……あの……」「こ、この地の……」「あの……」
「はい、この地で起こっていることです」
司教様はコックリをマジマジと見て……
「ど…………」
「ど……?」
「……どうして……?」
ああそうか……
「慈愛なる地」という啓示を受けただけのコックリが、よもやこの地で怪異が起こっていると推察するとは思っていなかったんだろう……。そうよね、でも私もコックリに付いて何度となく怪異に悩まされている人たちを目の当たりにしたから、分かるわ。だって皆さん、同じような反応なんだもの……
と私は皆さんの「様子」から、この地で怪異が起きていると思ったんだけれど、コックリは違ったようなの。この後のコックリの言葉に、皆さんはもちろん、私も耳を疑ってしまったわ。
「この地で『怪異』が起こっている……聖地であるというのに怪異が起こっている……そして……」
「そ……そして……?」
コックリはゆっくりと、ゆっくりと続けた。
「そして、この地で起こっているその怪異は……おそらく『ミサが関わる怪異』であり、ミサを行うことで『修道院内』限定で異変が起こる……違いますか?」
「「っっ!!!!」」
その場が凍りついた……
転勤で九州から関西へ引っ越しまして。
関西での仕事は新たに覚えることが多く、小説を書く時間的余裕が……年内にあと何話か掲載したいですが……