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10 修道院の賓客の間2

 

 ■システィーナの視点



 長く太い石柱が列なる賓客の間。

 石造りの広々とした間は大きな音は驚くほど反響させるけれど、ただの話し声は驚くほど静かに消えていく。石の重みで、声も重く沈んでなくなってしまうのかしら……



 その重い賓客の間にコックリの声が消えていったの。



「この地で起こっている怪異は、『ミサが関わる怪異』であり、ミサを行うことで『修道院内』限定で異変が起こる……」

「「な……!?」」



 そこにいた面々がさらに、さらに目を見開いて……口を開いて完全に固まった。司教様も、司祭長さんも修道僧長さんも、僧兵隊長さんも、アルシャーネさんも……



 え? この反応……え? そうなの?

 皆さん否定せず……ただただ驚きの表情でコックリを見つめて……

 コックリの言うとおりなの? 私もちょっとビックリ。……ミサが関わる怪異? で修道院内でのみ? ええ、何で!? 何でそう思ったんだろう? 私はコックリに問いかけた。



「コ、コックリ……ど、どうして? 説明して?」

「ああ、そうだな」 コックリは皆さんの様子を見てから 「いくつもある『矛盾』を紐解いていくとそうなってね」

「いくつもある矛盾?」

「ああ……一つ目は大聖堂の情報だ……」

「大聖堂の情報?」

「ああ」 コックリはアゴ髭を触ると 「宿屋の娘さんが『大聖堂は改修中で入れません』と言っていたよね」

「うん」

「でも、さっきアルシャーネ司祭が大聖堂から出てきた時、中が見えたんだが、まるで何も改修していなかった」

「ああっ! そういえばっ!」



 そういえばそうだった!

 巡礼者も「大聖堂が改修中らしくて修道院に入れなかったから残念」って言ってたけれど、アルシャーネ司祭が大聖堂から出てきた時、中が見えたけれど改修どころかもう荘厳の一言の大聖堂だった!



「次に大聖堂が何ともないのに、ミサが行われていない矛盾だ」

「え? ミサが行われていない?」 私は皆さんを見た。そうなの? と、そこに集まった皆さんは顔を青くして……え、ホントに? 何で分かるの? 「な、何で? 何でミサが行われていないって……何で分かるの?」

「それは聖地にたどり着くまでの旅路から分かった」

「聖地への旅路?」



 旅路のどこらへんだろう? もちろん私も一緒に旅しているんだから、分かるハズだ。私が考え込むと、コックリは司教様方に向き直った。



「ここから数十キロ離れた山あいの一画に、古戦場がありました」



 古戦場! うんうん、あそこのことか!

 そうね、あの古戦場を通った時、大変な思いをしたけれど……『あのこと』が『ミサに関わる怪異』ということにつながるのかしら?



「古戦場……ですか?」司教様が後ろを振り替えると、僧兵長が代わりに答えた。

「十年戦争時の戦場一つでしょうね」

「ええ、そうだと思います」 とコックリ



 十年戦争とは、百年近く前にフランシス王国とブリタニス王国とが十年に渡り戦争を繰り広げた戦争のことで……相当多くの人々がなくなったらしい。そう、コックリと私は聖地へ向かう街道に出るまでいろいろな道を通ってきて、ふとその場所へとたどり着いたの。



「その古戦場が何か……」 と司教様が口に出したとき、ハッとした。 「あ……ま……まさか!」

「その『まさか』です」 コックリは目を閉じて……たぶんあの時の光景を思い出してるんだろう。珍しく眉間にシワを寄せ、苦々しく言った。 「怨念が満ち、『汚冥界』と繋がっていました」

「「ああっ!!」」



 そう、その古戦場跡は怨念に包まれ、穢れた魂の世界『汚冥界』とつながっていた。

 汚冥界とは、生前悪行を働き魂が汚れた者が堕ちる魂の世界で、生者が住むこの物質界の下層に重なって存在する世界なの。いわゆる地獄と呼ばれる世界で、そこに堕ちた魂は、亡者として、成仏することもできず永遠に苦しみ続けることになるの……



 その魂の世界は、この物質界と『重なって』いるとはいえ、本来は別の世界だから『繋がる』ことはないんだけれど……ある特殊な条件下で繋がってしまう。



 その条件とは、『物質界に死者の怨念が満ちる場所』が存在すること。



 死んだ者が残した怨念は、浄化されないとその場にとどまり続けるの……

 その念はどんどん強く、濃くなっていって……

 それでも浄化されなかった場合……



 重なり合うけれど、決して繋がることのない物質界と汚冥界を……

 繋がらないハズの別々の世界を……



 別世界を繋げる『扉』となるの……



 そう、人魚の国に現れた亡者の船団がその例ね。

 怨念の宿った沈没船が人魚の国に流れ着いたことで、それを扉として亡者たちが汚冥界から物質界へと這い出てきて……亡者たちは生への執着から生きている者を襲うの。生きている者の体を奪おうとして……奪っても生き返ることはできないんだけれどね……



 その怨念が古戦場にはびこり、亡者が蠢きながらこの物質界へと這い出てきていた……



「死者の怨念を鎮める唯一の方法は、『ミサ』を行うことですね」

「……」



 そう。人間たちは死者の怨念を鎮めるため、ミサを行う。

 ミサは魔法を使えない一般の人々が行える『集団法術』と言われていて、祈りの詞(ことば)と音階で、死者の怨念を鎮めるの。それは鎮魂歌と呼ばれ、ミサを行う場所を中心に、その周囲にはびこる死者の怨念を鎮魂するの……



 でも、ミサはあくまでも『鎮魂』が目的で……怨念を消すことはできない。怨念を消すこと……祓うことができるのは、聖職者の聖魔法『聖輝光』なんだって……。人数の少ない聖職者が、怨念がはびこる現場で祓うしかないから、世界から怨念をなくすことが進まず……ミサでできる限り怨念を抑え込むの……



「聖地ほどの地でミサが行われれば、あの古戦場跡にも祈りが届き、死者の怨念を鎮めることができるでしょう……が、実際は汚冥界が繋がるほどに怨念が濃くはびこっていた……」

「な、なるほど……」と私はうめいた。



 合点がいった。

 確かに古戦場跡のあの状況は、ミサが行われていないということを示している。



「ミサを行わないと、怨念がはびこる……汚冥界が繋がる……亡者が現世に蠢く……」 コックリは一呼吸おいてから続けた 「であるのに何故、ミサを行っていないのか……」



 うん……

 ありえないよね……

 大聖堂が壊れているならいざ知らず……

 ううん、大聖堂でなくてもミサはできるのに……

 例えば、この賓客の間でだってできるのに……



「ミサを行いたくても行えない理由がある……」

「……」

「聖地でミサが行えない状態で最も悪い状況は、『聖地が聖地でなくなった』という状態です」



 そうね。聖地が聖地でなくなったら、ミサを行うどころの騒ぎではない……コックリは本当に心配していた。

 だから、この聖地に足を踏み入れた瞬間に感じた清廉な力に安堵していた。



「その可能性は、この聖地に足を踏み入れた時になくなりました。これほどの清廉な気が、嘘であるはずがありません」

「……」

「次に考えたものが、『聖地でミサが開けない状態』ということでした」

「……」

「聖地でミサが開けない状態……いくつかあり、『修道院の崩壊』や『大聖堂の崩壊』でしたがその可能性はなくなりました」

「……」

「それでもミサを行えない……とすると」 とすると…… 「ミサを行うことで何か異変が起こってしまう……だからミサを行えない……」

「…………」



 なるほど……

 私は理解できた……

 ミサを行うことで何かが起こる……

 何かが……

 ううん……



 怪異が……



 司教様は大きく息をはいた。



「その……通りです……」 司教様は絞り出すように話した。「そう……神殿騎士殿のおっしゃる通りです……」



 他の面々もうなだれていた。



「この……この聖地で……この修道院で……怪異が起こっています……」

「やはり……」



 コックリと私は、当たってほしくない予想が当たり、残念に思いながらも司教の話の続きを待った。



「神殿騎士殿……おかしいのです……本当におかしいのです」

「そう、何故こんなことが……」「無茶苦茶よ……こんなことが……」「意味がわからない……本当におかしい……」



 皆さんが一斉に話し始めて……

 ああもう皆さん頭を抱えたり、天を仰いだり……これはまた相当不可解なことが起こっているんじゃないかしら……? あの水の都の時のような、矛盾しまくりの……



「落ち着いてください。私が必ず解決します。何があったのか、お話しいただけますか?」

「は、はい……」

「何がおかしいのですか?」



 その言葉に、司教様はコックリを見た。

 けれどその目は もう……何といっていいのか……

 すがるとも……呆然とするとも……何とも形容しがたい瞳で……



「おかしいのです……聖霊の力で護られた地に怪異が起こる事態おかしいのですが……それにもまして……あまりにも……非常識的で……」



 ええ……ええ、そうですよね……

 今まで経験した怪異は本当にどれもこれも非常識的だったわ。南国の海に氷山が流れ着いたりとかあったり……でもコックリはそれを解決してきたもの……大丈夫ですよ。



「非常識的……それはどのようなことですか?」

「はい……」 司教様はボソボソと話した 「……がるのです」

「え? 申し訳ございません。もう一度お願いします」

「……『繋がる』のです……」



 繋がる……?

 え、何が……

 って……え、繋がる……?

 繋がるって……え、今までの話からすると……

 え?

 まさか!?

 まさか!?



「つな……え、まさか!?」

「はい、繋がるのです!」



 司教様は握りこぶしを作って大きくうつむいた。



「聖地モン・サン・ミシェリア修道院が……! 穢れた魂の世界、『汚冥界』と……繋がるのです!」

「「ええ!?」」



 コックリと私は同時に声をあげた。

 そんな……

 そんなバカな……

 聖地でしょ!? ここ!

 こんなに聖霊の清廉な力が満ち溢れる地に、死者の怨念なんか存在するわけがないじゃない……!?



 でも、もっと驚くべきことが話されたの!



「清廉な力が充満した地で……怨念を鎮めるミサを行うことで……怨念が存在しない状態で……汚冥界が繋がって……!!」

「「……!!」」



「魂が堕ちる汚冥界に……生きたまま……人が堕ちるのです……」




2016年最後の投稿です

本年もありがとうございました

2017年もよろしくどうぞ

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