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33 ミシェリア大聖堂

本年もよろしくどうぞ

 

 ■コックリの視点



 静かだ。


 磨きあげられた白と黒の大理石の床。

 整然と並ぶ光沢のある美しい長椅子。

 大樹のごとく天に延び上がる壮麗な石柱。

 自然と頭(こうべ)を垂れ敬虔な心持ちにさせる厳かな祭壇。



 ここが聖地モン・サン・ミシェリアの大聖堂か。

 祭壇の中空には金色の縁を持つ楕円形の鏡が大聖堂内を見渡している。聖鏡『 ルシェリア 』。世界に数枚存在する『 霊妙な力と心 』を持った魔法の鏡の一つだ。

 思えば魔法の鏡を見るのはこれで三枚目か。一枚目は子供の頃法王庁のサン・ピエストロ大聖堂の聖鏡『 ピエタリス 』を見て、二枚目はついこの間光る海で『 ラルフィール 』を見た。結構、見ているんだなあ。他にも世界には数枚あるんだが、それはまた追々。

 見上げる俺とシスに、ルシェリアが語りかけてきた。



 “神殿騎士殿、森の娘御。やっとお会い出来ましたね“



 優しく光る聖鏡。シスが感動の面持ちで聖鏡を見つめる。くく、ラルフィールと光る海を思い出しているのかもな。



「遅くなり申し訳ございません。怪異にかかりきりで遅くなりました」

「はぁ。初めまして。お会い出来て光栄です」 と胸いっぱいそうなシス。


 “ふふ。私は二人には初めて会った気がしませんがね“


「「え?」」


 “この世に在する聖鏡はそれぞれが繋がっています。『 光る海 』のラルフィールからあなた方のことを共有していますよ“


「「え!?」」 俺とシスは顔を見合わせた。「「ええええ!?」」



 それは初耳だ! そんなことが!? 今まで聖鏡同士、それを隠していたのか?



 “あなた方の愛情……私も見届けられて光栄です“


「え!? み、見届けた!?」 え、俺たちの!?

「みみ見届けっ、ひゃあっひゃああああああ!?」 シスは完熟トマトよりも真っ赤になって俺の後ろに隠れた。

「とすると、他の聖鏡にも……」 俺も顔が熱くなり始めた。


 “いえ。ラルフィールもあなた方の場合は、慈愛の聖鏡たる私だけに覗かせてくれました“


「そうですか……」 俺はホッとした。


 “聖鏡同士のことは教団関係者にも、他の者にも秘密ですよ“


「はい、もちろんです」



 それがバレたら、ラルフィールのいる場所がわかってしまう可能性が高い。それは避けたい。あそこは俺たちの想い出の場所でもあるから……。そうか、だからこそ俺たちを信じて秘密を教えてくれたのか……



 “さてあなた方が私の元に来た理由は、何か進展があったからですか?“


「そうです。怪異の原因が分かったのですが……その後の展開が予測できず、いざという時に聖鏡の力も借りられれば……と」


 “なるほど。私にできることがあるなら力になりましょう“


「ありがとうございます」



 そうしていると、アルシャーネ司祭が大聖堂へとやってきた。その後ろには、クラウディーア隊長を先頭に、ベッドを運ぶ僧兵たちが続く。そのベッドの上には一人の少女が横たわっている。

 サマラだ。



 “その子が……?“


「そうです」



 ベッドを祭壇の前に置く。その間もサマラは薄目を開けたたま眠っているだけだった。とその時、大修道院長と修道僧長、司祭長が慌てた様子で入ってきた。



「し、神殿騎士様、怪異の原因が分かったと!?」

「本当に!?」



 走ってきたのだろう、息を切らせながら口々に質問する修道院長たちに、俺はまずサマラにたどり着いた経緯を説明した。



「なるほど。怨念以外のモノを探していたと」

「ミノタウロスの被害者……確かにこの少女の可能性がありますね……」

「この少女が鍵を握っている……」


 “なるほど……“



 大修道院長たちとともに、聖鏡もなぜこの少女に行き着いたかは理解できたようだ。と大修道院長が一早く質問を投げかけてきた。



「それで、アルシャーネ司祭がこの少女を元に戻せば、怪異が解決されるんですか?」



 その言葉に修道僧長たちだけでなく、シスやアルシャーネ司祭も食い入るように見つめてきた。実はジェヴォーダンの獣の件で、シスたちに詳しく話すタイミングを逸してしまい、まだ話せていない。シスたちも早く結論を聞きたくて仕方がないようだ。



「ミノタウロスに襲われたという状況から、恐怖による心神喪失ということでしょう? それをアルシャーネが『 戻せ 』ば良いのですよね?」と今度は司祭長。

「ええ。しかし一筋縄ではいかないと思います」

「魔法を使っても……ですか?」

「ええ。私の考えでは魔法を使っても元には戻りませんので」

「「!!??」」



 大修道院長を始め、その場に集まった全ての面々が混乱した表情になった。



 “魔法でも治らない? そんなことがあるのですか?“


「ええ。彼女の状況から、ある仮説が導き出せます。それは魔法でも治せません」


 “仮説……“


「アルシャーネ司祭、一〜二点確認があります」

「は、はい何でしょう?」

「サマラは入所した当初は、意識はあり、徘徊したりしていたんですよね?」

「はい、そうです」

「今はどうですか?」

「今はほとんど寝たきりのようです」

「意識は?」

「ほぼございません」



 そうか。かなり悪化しているのかもしれない……猶予はないかもしれない……



「ではアルシャーネ司祭。早速仮説の検証を始めたいと思います。まずは貴女の霊力で包み込んでいただけますか?」

「は、はい!」



 アルシャーネ司祭は困惑しながらも、気持ちを切り替えたように真剣な表情で寝かされているサマラの頭と足に手を回し優しく抱っこした。たぶんシスなら分かるだろう、圧倒的な癒やしの霊力がサマラを包み込んでいると。俺はサマラの表情やその他の変化を見逃さぬよう、五感を強化して見る。しばらくの間、アルシャーネ司祭は圧倒的な霊力で包み込み、頭を撫でたり声をかけたりしているが……



「変化はない……」



 ジャック氏の場合はこれで癒され、回復した。がサマラは意識を回復することもなければ、何らかの反応を示すこともなく、眠り続けている。集まった面々が困惑の表情で俺を見つめる中、俺は第二の確認に移った。



「では一旦寝かせて、癒やしの魔法を使いましょう」

「はい」



 アルシャーネ司祭はサマラを再び寝台に寝かすと、癒しの魔法をかけた。途端に黄金色の優しい光がサマラを包み込み、大聖堂内が光に包まれる。おお、やはり聖女の再来と謳われるにふさわしい、圧倒的な癒しの魔法だ。近くにいるだけで、魔物との戦いで疲れた体が癒やされて行く。

 黄金色の光がサマラの体内に染み込み、吸収されて行くと、あまり血色の良くなかったサマラの肌が、子供らしい健康的なそれに変わっていった。



「サマラちゃん、起きてサマラちゃん……」



 耳元で優しく囁く。皆が「起きるはずだ」という表情でサマラを見る。が……



「サマラちゃん。サマラちゃん?」 アルシャーネ司祭がわずかに狼狽する。

「サマラちゃん?」 シスも声をかける。

「え? 本当に?」

「め、目覚めない!?」



 やはり変化は見られず、少女は眠り続けているだけだった。大修道院長たちが口々に囁く。



「そんな……魔法でも治らない?」

「そんな馬鹿な!」

「どういうこと?」

「生まれながらに意識のない少女ということ?」



 そう魔法でも治らない場合、生まれながらに持っている病や体質などが疑われる。が、少女はついこの間まで意識はあったというから、生まれながらの病であることはない。



 とすると、やはり俺の考えた仮説の可能性は高まる。



「コックリ! 目覚めないよ!?」

「神殿騎士様のおっしゃる通りです!」

「仮説とは一体!?」



 皆が落ち着くのを待って俺は考えを述べた。



「まずは一つ、過去の事例を説明させてください」

「過去の事例?」

「どうぞ教えてくださいませ」

「はい。私は過去一度だけ魔法でも意識が戻らない方を診たことがあります」

「本当に?」

「それはどういう方だったんです?」

「その方は事故で頭部を損傷し、以来眠り続けているという方でした」

「事故で頭部を……」

「肉体的には心臓が動いていましたが、頭部が半ば以上粉砕していて生きているのが不思議なくらいでした」

「なるほど」

「癒しの魔法をかけましたが、傷自体は癒えたものの粉砕した頭部が復元することはなく、また意識を回復することもなく、数週間後息を引き取りました」



 そう、魔法をかけても意識を取り戻すことなく、その人物は死んでしまった。と司祭長が思い出したように話した。



「そういえばかなり昔、この修道院でもそういった怪我の方を預かったことがありました。魔法で癒したところ、やはり意識を回復しませんでした」司祭長が答えた。どうやら数十年前のようだ。「なぜ目覚めないかは分かりませんで……しばらくすると亡くなってしまいました……」

「なぜ目覚めないか、考えたことは?」

「え?」司祭長は困惑した。「天命だったとしか……」

「そうですね。天命だった」 俺は言い換えた。「こう考えられませんか? その人は死んでいた、と」

「「えっ!?」」

「「はっ!?」」

「心臓は動いていたけれど、死んでいたんです」

「「はあっ!?」」



 皆が混乱すると、俺は唐突に話しを変えた。



「……人の『 死 』とはどこからでしょうか?」

「え?」

「人の死?」

「どこから?」



 突然の問いかけに、皆の表情に困惑の色が見えた。たまらずシスが皆の気持ちを代弁する。



「コックリ、話しが見えないよ?」

「ああ、だが大事なところだ。その人物は、肉体的には心臓が動き、呼吸もし、排泄もしていました。肉体は生きていました」

「肉体は生きて……」

「肉体は(・)?」

「そう、肉体は(・)。ですが『 内面 』は違っていた……」

「内面!?」

「内面!?」

「そう内面です」

「それって……内臓?」

「いや……」 俺はちょっと困った。「『 魂 』と『 霊 』です」

「「魂と霊!」」



 そう、魂と霊。合わせて霊魂ともいう。

 魂は意志と生命力を生み出し、霊は心と魔法力の根源となる。そして肉体は頑健さと体力を持ち、内に存在する魂と霊を守る役割を担う。それはまさに三位一体(トリニティ)だ。



「つまりその人物は、肉体は頑健であり生きていたものの、内に存在する魂や霊は破壊され、消滅……つまり内面は死んでいたんです」

「「ええっ!?」」


"魂や霊が……消滅……そんなことが……"


「稀有な事例でしょう。普通なら、魂・霊・肉体と三位一体ゆえに、同時に失われます……完全な死です。が私は別の怪異で、霊だけ植物に憑依し、百年生きていた女を見ています」

「「!!」」



 一人シスだけが頷いた。



「生への執念、若さへの執念……不完全な『 人 』という種は自然の摂理も聖霊の理(ことわり)も越えることがあるのかもしれない」

「「聖霊の理を……」」

「霊だけ生きる……ならば肉体だけ生きるということも、魂だけ死ぬことも『 絶対にない 』とは言えない」

「「……」」



 皆が沈黙する。



「聖魔法を用いても意識取り戻さなかったならば、失われたものは意識を司るもの」

「意識を司るもの……」

「消失したものは……『 意志 』の根源」

「意志は……意志とは……『 魂 』」

「魂の消失……」

「だから……」 シスが恐る恐る答えた。「死んじゃったって……言ってたのね」

「ああ、そう……死だ。肉体的には心臓が動いているけれど……だね」



 聖魔法でも意識を回復しないのは肉体の内部が死んでいたから。

 沈黙の後、アルシャーネ司祭が呟いた。



「そう考えると、神殿騎士様が質問された『 人の死 』がどこからとは……」 皆がハッとしてアルシャーネ司祭を見た。「魂が失われた時」

「そんな!」

「何を言うのです! 生きているではないですか!」

「聖女の再来とも謳われる貴女が何を!」



 大修道院長たちが口々に否定する。それはそうだろう、彼女たちは病療修道院の従事者として、人々を生かすために存在する。心臓が動き、呼吸している者を死者と言うなど認められないはずだ。



 恐らく、この問いに正解はない。いや、人の数だけ存在するのかもしれない。



「私も信じたくありません。ですが、魔法でも意識を回復しないということは、意志の根源たる魂が存在しないから……という神殿騎士様の考えも理解できます」

「ですが!」 大修道院長たちがさらに反論をしようとしたところで、俺が割ってはいった。

「私の考えは、いくつもある定義のうちの一つだと思ってください。実際に肉体は生きている。体力の続く限り心臓も肺も動き続け、心たる霊が残っていれば、食事の後に笑みを浮かべることもあります。声をかけられれば笑みを浮かべることもあります。意志がないだけという……」


 “では、サマラは……?“



 聖鏡の言葉に皆が思い出したようだ。

 魔法でも意識を回復しなかったサマラのことを……



 聖魔法をかけても意識を回復しないサマラ。

 つまりそれはサマラの『 意志 』が存在しないということ。

 意志が存在しないということは……



 シスが絞り出すように声を出した。



「サマラちゃんの意識が戻らないのは……魂が存在しないから」



 大聖堂内に重い空気が流れた。皆が、薄目を開けて眠る少女を、沈痛な面持ちで見つめていた。サマラは規則正しい呼吸で、ただただ眠っている。



 頭部を破壊された人物の例に従えば、サマラは……

 体力が続く限りは心臓が動き続け、肺も動き続ける。規則正しく動き続ける。動き続けるけれども……シスが絞り出すように声を発した。



「サマラちゃんは死んでいる……魂は天に召されていて、もう……助けられない」



 皆が俺を見た。諦めの表情で、俺を見た。

 もうサマラは……息をしているだけ、心臓が動いているだけ、体力が尽きて死を待つだけ……


 もう生き還ることはない……

 もう蘇ることはない……


 話すことも、遊ぶことも、笑うことも、泣くことも……できない。できない。


 諦観、諦念、無念、悲哀。重苦しい空気が大聖堂を包む。


 いや、違う! 違うんだ!



「いや! 助けられる! サマラの場合は助けられる可能性がある!」

「「え!?」」

「サマラの場合!!?」



 皆が困惑の表情を浮かべた。

 そう、サマラの場合はまだ可能性がある!



「考えてください。サマラは以前、徘徊していた。曖昧ながら、意識もあった」

「は、はい。そういえば入所当初、名前を聞いたら自分の名前だけは呟くように答えていました! だから彼女の名前が分かったんです」

「そう、明らかに頭が破壊された人物とは違う!」

「ど、どういうことなの!?」



 シスが混乱しながら皆の心を代弁した。



「彼女は、わずかに魂と肉体が繋がっていたんだ!」

「え!? 魂と肉体が繋がっていた!?」

「そう、考えてくれ。聖霊の啓示を。『 戻せ 』を」

「戻せ!?」

「啓示!?」

「そう! 聖霊の啓示、『 戻せ 』は『 サマラの魂を肉体に戻せ 』ということ。死んでいるなら戻せなんて啓示は示されない! それゆえまだ戻せる。まだ魂と肉体は繋がっている!」

「あっ!」

「そ、そうか!」

「魂を肉体に『 戻せ 』!」

「既に死んでいるなら、そんな啓示は示されない!」

「そう、わずかな繋がりで、意識をかろうじて繋いでいた! だかこそ戻せる! だがそれは……!」

「「だがそれは!?」」

「……だがそれは『 繋がっているからこそ、堕ちる原因 』にもなっている」

「「あ!!」」

「そ、そうか……汚冥界に」



 シスは呆然しながら呟いた。どうやら皆、同じ考えに至ったようだ。



「現在報告されている常識……自然の摂理は『 現世と汚冥界は死者の残した怨念で繋がる 』です……でも今、ここに新たな事実が発見されたんです。極めて稀な例で」 俺はサマラを見た。「怨念以外の理由でも繋がるということが」

「怨念以外の理由……」



 皆が薄目を開けて眠るサマラを見た。


 “……ではサマラの魂が存在する場所は……“


「そう、汚冥界です」 俺は右手の人差し指と左手の人差し指を立て説明した。「サマラの肉体はこの現世に存在し、魂は汚冥界に存在する……そしてまだ繋がっている。現世にいながら汚冥界にもいて繋がっている極めて特殊な存在。その特殊な存在が二つの世界を繋げる『 扉 』になっている」



2018年1月21日に加筆修正しました。

その後もチョイチョイ軽く文言追加挿入したりしていまして申し訳ございません

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