30 街道警護兵団駐屯地
■システィーナの視点
聖地モン・サン・ミシェリアに最も近い陸地。
海岸に沿って伸びる街道と、陸地の奥へと進む街道の交差する地点に、大きな町が築きあげられている。三階建て四階建ての高くて横長の町並み。灰色の石で造られた堅牢な町並み。海岸沿いに来た巡礼者や陸地の奥から来た巡礼者で賑わう町。
そこは宿場町。修道院のふもとの町にも勝るとも劣らない、巡礼者たちに人気の宿場町なんだって。
そうなの、巡礼者によっては聖地のふもとの町に宿泊するよりも、聖地全体を見られるこの陸地の町の方が好きだという人がいるみたい。
だってここからなら朝陽に輝く修道院や、鏡面に浮かび上がる修道院、夕陽に染まる修道院や、月夜に光る修道院を眺められるからって……うん、私もそっちの方が好きかも。怪異が解決したら、ここで数日間過ごしたいな。
広い通りには老若男女さまざまな巡礼者が賑わい、そこかしこから肉の焼ける香ばしい香りが漂っている。
ああ、ずっと歩きっぱなしだったから、お腹すいたなあ。食事をしていないなあ。宿の一階に併設されたオステリア(食堂)には、聖地の手前までやってきたという高揚感に包まれた巡礼者たちが溢れ、笑いあい、語らいあいながら肉にかぶりついたり、ピザを頬張ったり、エールを飲んだり……ああ、小さな子を連れた巡礼者までいるのね。四~五歳の子供でも、チュニック(筒状の服を着て、腰当たりを紐で縛る)を着るんだ。いいなあ、私もコックリやアルシャーネさんたちと高揚感を分かち合いたい。
後ろ髪を引かれながらも喧騒の町を歩いていくと、そのはずれに円柱型の大きな塔がそびえたっているのが見えてくる。周囲を高い塀に囲まれた物々しくも広々とした施設が。
そこがノンマルディー地方の街道を警護する警護兵団の本部駐屯地なんだって。
コックリと私、アルシャーネさんとクラウディーアさんは、牧畜の村を後にして警護兵団の本部へとやってきたの。魔物に襲われた被害者の情報を調べるために。
塀の中は広々とした訓練場になっていて、百人以上の兵士たちが実戦形式の訓練を行っている。威勢の良い声と共に、刃をつぶした剣が盾に当たる甲高い音が響き渡る様子は打楽器を無秩序に叩きまくっているみたい。ああ、塀際には厩舎がズラッと並んでいて、いつでも遠くまで駆けつけられる体制になっているのね。
その激しい訓練場を見渡せる塔の一室。
塔の中であることを再認識させるような緩やかに湾曲した壁と、兵団内であることを強調するような、大きな大きな兵団旗が貼られている部屋に、私たちはいる。
そう、ここはノンマルディー地方の警護を担当する警護兵団の団長室なの。
突然お邪魔しちゃった上に、アルシャーネさんが来たということで塔内にいた兵士たちが慌ただしく動き回っていて。おとなしく待っていると、コックリほどの体躯をした壮年の男性と、若い兵士が入ってきたの。
「お待たせしましたな。おお、聖女様、クラウディーア様。お変わりなく。お久しぶりです」
四十代と思しき立派な鎧を纏った壮年の男性が開口一番そう話した。ああ大きなよく通る声だ。眉間や目じりに皺が出始めているんだけれども、浅黒い肌はつやが良くて、眼光が鋭い。口ひげがまたカッコいいかも。この方が護兵団の団長マルクスさんだ。アルシャーネさんが立ち上がってお辞儀をした。
「はい、マルクス団長もお変わりないようで」
「どうぞどうぞお掛け下され。いつ以来か……オークとゴブリンの軍団を掃討した時以来ですかな?」
「そうですね。一年ぶりでしょうか」 とクラウディーアさん。
「今日はいかがなされた?街道で死傷者が出た事件について知りたいと聞きましたが」
ああマルクスさんは眼光は鋭いけれど、二人と話す様子は優しげで。
コックリもこのくらいの年齢になったら、こんな感じになるのかしら? 今はアゴ髭だけれども口髭も生やすかな? でもキスしてきたらモジャモジャくすぐったいかな? 生命力に満ち溢れた若々しいコックリも良いけれど、落ち着いた壮年の魅力を持ったコックリもまた良さそう。コックリは素敵なおじ様になってほしいな。とマルクスさんがコックリと私を見た。
「そちらの騎士殿と美しい御嬢さんは?」とコックリが立ち上がったので私も立ち上がった。
「初めまして。私は法王庁の神殿騎士コークリット、この者は私のパートナーのシスティーナです」
コックリの言葉に従って礼をして顔を上げると、そこには少しびっくりした表情のマルクスさんがいた。
「なんと神殿騎士殿か。初めて実在の騎士殿に会いました。さらにこれほど美しい御嬢さんをお連れとは……」 とコックリと私をシゲシゲと見た後、表情を曇らせた。「神殿騎士殿が聖女様らと共にいるということは、まさか……聖地で怪異が?」
「はい」
コックリは頷くと、ここに至るまでの経緯を話した。村長さんには身分さえも明かさなかったけれども兵団の方には隠さずに話せるもんね。説明を聞いていると不可思議すぎて、外から響く訓練の音が何だか遠くから聞こえてくるような変な感覚がした。
「なるほど。ミノタウロスが関連している可能性が」
「そうです。そこから聖地で発生した怪異に迫れるのではないか、と村人が襲われた事件を追ってきました」
「なるほど。よしルークス、日誌を」
「はっ」
と、ルークスと呼ばれた若い兵士は、脇に抱えていた羊皮紙の冊子をマルクスさんに渡した。
「こちらはノンマルディー地方の各駐屯地の日誌をまとめたものでしてな。あらかたこちらに書かれています。またこのルークスは事件に立ち会った兵士ですので、何なりとお聞き下され」
「ありがとうございます」
コックリは冊子を受け取ると羊皮紙の束をめくった。
と私もアルシャーネさんもクラウディーアさんも横から覗き込んだの。そこには何月何日に、どの駐屯地で何が行われたか細かに記載されていてね。なるほどこれは分かりやすい。とコックリがページをめくっていくと、オウガ(八月)の二十一日が記載されたページが出てきた。そうか、事件は二十日だったけれど、発見は翌朝だったもんね。そこにはこう書かれてあった。
・早朝の巡回時に、フロイ駐屯地(拠点の一つ)から五キロ北の木立の中にて横転した荷馬車と多数の死傷者発見
・遺体の損壊ひどく、直視が躊躇われる(頭部と胴体が分かれている者多数)
・死者五名。内訳は成人男性一名、成人女性二名、少年一名、少女一名
・生存者あり。成人男性一名、右腕が欠損した状態で見つかる
・意識を戻すも、泣き叫び要領を得ず
・街道の至る所に、巨大な人型の足跡あり
ああやはり六名なんだ。ローラン一家とは別に誰かがいたみたい。と、ここまで読んでコックリが質問した。
「先ほど近隣の村へ行き事情を伺ったところ、犠牲となった村人は四人家族だったらしいのです」
「ほう、四人。しかし被害者は……」
「ええ被害者は成人男性二名、成人女性二名、少年・少女で二名……被害にあった方々のうち、ローラン一家以外の残りの成人男性一名、女性一名の身元は分かりますか?」
「いえ、身元が分かるモノはありませんでしたが……おそらく……」と若い兵士さん。
「おそらく?」
「おそらくは巡礼者ではないかと」
「巡礼者?」
「ええ。生存していた者と死亡していた女性の内一名はチュニックを着ていたと記憶しています。実は聖地のふもとや陸地の宿場で宿に泊まれなかった巡礼者などが、知り合った町人や村人の自宅に招かれるということはあるようです」
「巡礼者が村人の自宅に」
そうか、巡礼者……ローラン一家は聖地で知り合った巡礼者を連れて自宅に戻る途中で魔物に襲われたのね。それなら村長さんでも知らない人たちがいた、というのも分かる。コックリはさらにページをめくった。
・二十一日、山狩りを行うも該当の魔物は発見できず
・街道から十キロ地点の森に、隆起した断層あり。断層に洞穴を発見
・比較的新しい洞穴なるも、魔物の姿なし。ただし、各種大型の獣の骨が散乱
「魔物の巣があったのですか?」
「ええ。ただ何もいませんでした」
「群れで生活していた様子は?」
「群れ……いや、大きさからすると単体の巣と思われます」
単体……普通オーガーは集団で生活するけれど、この巣は単体。一方オーガーとは異なり、ミノタウロスは常に単独で行動している。これはもしかして……
コックリはなおもページをめくる。けれども、あまりこの事件とかかわり合いそうな書き込みはなさそうね。どこそこで小競り合いがあったとか、迷子を見つけたとか、雨で水かさが増したとか……
「生き残った男性は、今どこにおられますか?」
「確か……サン・クラスト修道院へ収容したはず」
「アルシャーネ様。サン・クラスト修道院はどこでしょう?」
「はい、サン・クラスト修道院は、街道を北へ三十キロほど行った海岸沿いにある男子病療修道院です」
「三十キロ」
「行かれますか?」
「ええ、助かった男性に二つ確認しなくてはならないことがあります」
「二つ?」
二つ?何かしら?一つは襲ってきた魔物がミノタウロスだったか、ということだと思うけれども……もう一つは?
「私の考えでは、精神を病んだ彼から情報を聞き出すためにはアルシャーネ司祭の力が必要になります。が、聖地に戻れるのは深夜かもしれませんが……」
「ええ、かまいません。大修道院長に連絡をしておけば、ですが」
「マルクス団長。大変申し訳ございませんが、兵団の手が空いている方に、ミシェリア修道院へ行ってこの話をしていただけないでしょうか?」
「なるほど、承知した」
「また重ねて申し訳ございませんが、三十キロは遠く。馬車をお貸し願えませんか?」
「構いませんぞ。ルークス、お前も行け」
「はっ」
その言葉で皆が立ち上がった。
今は午後三時くらいだから、今からサン・クラスト修道院に行ったら、確かに聖地に戻るのは深夜になりそう。でも怪異の真相に近づいているのなら……
真相に近づいているのかしら?
近づいていてほしい!!
この時はそう願っていたんだけれども……
コックリがサン・クラスト修道院であんなことを言い出すなんて、この時は思ってもみなかったの。




