03 山の道
■システィーナの視点
斜面から斜めに生える大きな樹木。
どっしりとした大きな太い根を、斜面に食い込ませて伸びる。
斜めに伸びるのは重い雪が降るからかしら……真上に伸びても、雪の重さに圧されて。
でもそんな自然にも負けず、強く生きる樹木たち。
太い根に触れれば、導管を力強く流れる水が感じられるよう。
斜面にはそんな樹木がたくさん茂り、見事な樹のトンネルを作り上げる。
美しい色彩……ううん光彩かな?
トンネルの色は鮮やかだ。
黄色いトンネル、紅いトンネル、緑のトンネル……太陽の光を透かして美しく輝く。
前を行くコックリの大きな大きな体に、まだらの光りを落とす。
温かな色。
耳を澄ませば谷側から吹き上がる風に揺れ、枝葉が美しい音を奏でる。
サワサワサワ……常緑の樹木は湿り気を帯びた音
カサカサカサ……紅葉の始まった樹木は少し乾いた音
賑やかな山の音。
私はそんな山を見て、ある疑念が浮かんできたの。
「コックリ?」
「んー?」 エリーゼを先導して前を行くコックリは、首を巡らして横目で私を見る。「どした?」
「うん。これから向かう地で、本当に怪異が起ってるのかな?」
「んー……」
コックリは頭をボリボリと掻いた。
こんなに癒やされる自然豊かな世界で、本当に怪異が起っているのかな? にわかには信じられなくて……でも先日起こった『あの出来事』は、紛れもなく異変が起こっている証拠だ。でも、それでも、どうしても信じられなくて……
「聖霊の『啓示』からすると、な……」
そう、彼は聖霊から啓示を受けたの。ある場所へ行けって……
神殿騎士に、聖霊が啓示で場所を示す場合、その地で怪異が起っていることを意味するんだって……
王都ローマリアで束の間の休日を満喫していた私たちは、取るものもとりあえず、旅路へと急いだの。半信半疑で。そしてつい先日、目的の場所からほど遠いある場所で恐るべき怪異があって。もし、聖霊が示した目的の地に問題がなければ、当然その場所も問題が起こるはずがないんだけれども……
「まあ、聖霊の啓示も色々な受け取り方があるからな……」
「受け取り方……」
どういうことかしら?
私は彼の言葉の真意を考えながら、なだらかな山道を下る。
うう~ん、どういうことかしら?
樹木のトンネルをしばらくそのままで降りて行って……はぁ、ふぅ……山の下りで太ももや膝がガクガクしてきたわ。そうよね、山って登りよりも下りが大変なのよね。普段使っていない筋肉を使うんだもん。
とその時……
「お、シス! 下の方! 木立の隙間から旅人の姿が見えたぞ」
「おぉ~、じゃあ街道に出られそうね」
私は肩と首に巻いていたストールを頭からかぶって耳を隠した。
耳を隠さないとエルフだと分かってしまって……いつも私がエルフだと知った人々は、私の元に押し寄せて大変なことになるの。だから人前では耳を隠しているんだ。エルフ女性が人間の世界にいるのって、本当に珍しいらしくて……
コックリ曰く、特に私はとても可愛らしいエルフだから、花に誘われる蜂のように惹かれてしまうんだろうって。うふふ、コックリにそう言われると嬉しい……。ちなみにエルフ男性なら結構人間の世界にもいるようで、実はついこの間、王都ローマリアのなかで会ったことがあるんだけどね。まあその話はまた今度。
コックリと私は、色づく樹木のトンネルのような山道を下りて行って……
ああ~、黄色に色づく木立の間から、下の街道の様子がチラチラと見えてきて……おお~、結構な人が街道を歩いているな。耳を澄ませば、往来する人々の話し声や馬車の音が聞こえてくる。
ああ、街道は川と並走するように伸びているようで、川もまた木立からチラチラと見える。チラチラと見える限りでは、流れがとても緩やかそうな川だ。この山々は水分をたっぷり含んでいそうだから、きっと大きな川なんだろうなあ~。
と思いながら、ひときわ大きいブナの樹の横を通り抜けると、細い山道は平坦になって……
広い街道につながって……
突然、目の前が開けて……
そこで、コックリと私は歓声を上げてしまった!
「おおぉーーーっ!!」「ほわああああ~~っ!」
な、何これ!?
もう本当に感動してしまって……!
私は思わずコックリの腕を抱きしめてしまった!
「な……何て……何て綺麗な景色なの……?」
そうなの!
私たちの目の前には、美しい大河が流れていて……どちらに流れているかさえ分からないほど、穏やかで静けさに包まれた水面の大河が……
大河は向こう側の岸辺が本当に遠くて……
その対岸の岸辺には、紅や黄色、オレンジ色に染まった樹木が延々と続いていて……山々も紅や黄色に色づいていて……流れのない大河の水面は鏡のように鮮やかな紅葉を映し出しているの……
ううん。映し出しているのは紅葉だけじゃない……
空も映し出している……
見上げる空には、天の高い秋の薄い青空が広がっていて……そこには規則正しいうろこ雲がどこまでも連なって埋め尽くされていて……
そう、鏡のような大河は、青い空と白いうろこ雲、そして岸辺を彩る鮮やかな森と山々を映し出していたの……
それはまるで合わせ鏡……
上下で分けられた合わせ鏡のよう……河のなかにも、ひとつの世界が存在していて……
「な……何て……何て綺麗なの……?」
「ああ……ああ……」
ああ……
コックリとこの景色を見られて……
良かった……
2017年8月25日に若干修正しました