04 聖地への旅
■システィーナの視点
うろこ雲が流れる空に、リズミカルな音が消えていく。
カッポ……カッポ……カッポ……カッポ……
独特な空洞感のある音色。
私が腰かけるエリーゼの足音。
エリーゼが進む幅広い街道は、大河に沿って大きく蛇行して、少し先の方は大きく右へ曲がっていく。蛇行する大河の川岸を彩るのは紅や黄に染まる樹木たち。温かな色彩の川岸。
鏡のように静かな水面は、美しい樹木たちを映し、うろこ雲の流れる空を映し出す。
美しい秋の景色。
「良い時期ですなあ」
「秋ですねえ」
街道を歩む旅人たちもまた、この美しい景色に心癒やされ、疲れを癒やされているみたい。
同じ方向に向かう旅人、向かっている方からやってくる旅人……皆一様に、丈が長いゆったりとしたチュニック(筒型の衣服を腰あたりで紐で縛った服)を着て、ツバの広い帽子をかぶって、コートを着たり、長い杖を持って歩いていたり……色は汚れが目立たない黒っぽいものが多いかな……
それは正装……『 巡礼 』のための正装だという。
そう、この街道は『 聖地 』に続いているの。人々は生涯に一度は聖地を訪れ、罪や過ちを悔い改め、許しを請うんだって。
そう、私たちは今、聖地へ向かっているの。
向こうから訪れる旅人、『 巡礼者 』たちは老若男女様々で……一人で黙々と歩む巡礼者もいれば、複数で会話を楽しみながら歩む巡礼者もいて……でもその表情は、皆一様に満足げで、晴れやかなもので……ふふ、巡礼者たちはすれ違う際にお互い会釈をして…………ああ少し前を歩いていた巡礼者たちが立ち止まって、向こうからやってきた巡礼者と話し始めたわ。
「いかがでしたか、聖地は?」
「はい、心が洗われるようでした……」
「そうですか、そうですか」
「もう、聖地が見えた瞬間から、優しくて清廉な力で満たされましてね」
「おお……早く見てみたい、早く行ってみたいですな」
感動の面持ちで話す巡礼者たちの横を通りながら、交わす会話を聞くとはなしに聞く。
ほほ~、聖地は優しくて清廉な力に満たされているのかぁ~……そうだよね、聖地っていうくらいだし……と、エリーゼの手綱を引きながら、ゆっくりと歩むコックリが呟いた。
「ふーむ……なるほど……」
「え?」 突然のことだから私は何だろうと思った。「どうしたの?」
「ん…………いや……何でもない……」
何かしら? 何か気になる感じではあるけれど……。でも聖地……聖地かあ~……
どんなところなんだろう? 何か人間にとって大切な凄い場所なんだろうけれど……実は私、何も知らないの。どれぐらい凄いのかな? 私はエリーゼと共に歩くコックリに聞いてみた。
「ねえコックリ。聖地って人間にとって大切な地なんだと思うんだけれど、実際聖地ってどんなところなの?」
エルフの里から人間の世界へ出て二年。
彼と離れたくなくて、彼のあとについて様々な地へと訪れたんだけれど、聖地と呼ばれるところは初めてだよ。王都ローマリア内にある神殿騎士隊の総本山ヴァチカニアでさえ、聖地と呼ばれていないのに……ああ、コックリは「そういえば言ってなかったなー」という表情になった。
「そうだな……聖地とは、一つの奇跡が起こった場所をさすんだ」
「一つの奇跡が起こった場所?え? たった一つなんだ?」
「ああ。でもその奇跡が非常に起こり難い」
「へえ~そうなんだ……どんな奇跡なの?」
「ああ。『聖霊が舞い降りる』という奇跡だ」
「聖霊が舞い降りる!?」
私はビックリした。
だって聖霊は心と魔法力の塊……圧倒的な霊威、御霊の存在で、それゆえに肉体の世界であるこの『 物質界 』には存在できないのに……
「そう、ある条件を満たせば聖霊は物質界に舞い降りれるんだが、一度でも聖霊が舞い降りた地には、聖霊の清廉で霊妙な奇跡の力が宿り、魔を祓う安息の地になる。またその聖地は、清廉な力で人々の犯した罪や過ち、穢れを清めてくれる。だから人々は聖地へ巡礼して許しを請うんだ」
「そうなんだ! 清廉な力が宿る地……! 魔を祓い、人々の犯した罪や過ちを清める……!」
何て凄い地なんだろう。まさに聖なる力を持つ奇跡の地……聖地……
でも、ちょっと待てよ……? おかしいぞ?
「コックリ……コックリは聖霊の『 啓示 』で聖地に行くことになったのよね?」
「……ああ」
「聖霊の力が満ち溢れる奇跡の地でも怪異って起こるの!?」
「……」
コックリは黙り込んだ。
そうなの、コックリは聖霊から啓示を受けて聖地へ行くところなんだけれど、そもそも神殿騎士への啓示とは、『 今まさに怪異が起っている場所 』を指し示すことなんだという。
つまり聖地で怪異が起こっているってこと?
魔を祓い、罪や穢れを清める清廉な聖霊の力を持つ地で、邪悪な存在が起こす怪異が起こっているの!?
そんなことってあるの!?
「いくつか仮説は考えられるが……まあ聖地が見えてきたら……だな」
そう、そうなんだ……
コックリがそう言うんなら、今は聞くのをやめておこう。たぶん話せる段階にないのかもしれない。その時が来たら、聞かせてもらおう。
街道を進んでいくと、大河のほとりに円柱形の塔が見えてきた。
四角い石を円形に、筒状に組んでいった、砦とかについている物見の塔と同じもので、家一軒入りそうなくらい大きくて堅牢そうだ。街道を進んでいて気づいたけれど、数キロごとにこういった塔があったなあ。結構な兵士さんが詰めているようで、塔の上では兵士さんが街道の様子を見ているし、塔の脇には槍を持った兵士さんたちが立っている。
兵士さんの駐屯施設なんだって。
「森には野生の獣も魔物も、野盗もいるからね。異変があったら狼煙で連絡しあうようだ」
とコックリ。
なるほどね~、そうよね。巡礼に行くなんて、まとまった路銀がないと行けないだろうから、野盗や山賊は巡礼者を狙って来るだろうし……森のなかを通ったり山を通ったりで、魔物とかに襲われることもあるだろうし……。そういえば街道を進んでいると、十名くらいの兵士隊が街道を往き来しているのに頻繁に出くわしたな。見回りも兼ねて、塔と塔との間を巡回しているんだって。実際、この近辺でスキュラ(上半身が人間の女性で下半身が六頭の犬)やオーガー(巨人の一種で人を喰らう)が現れて巡礼者を襲ったんだとか……おお怖い。
私たちは大河に沿って進んでいく。
だんだんと山が小さくなって……森だけになって……ああ、大河の上をトンボたちが飛び交っているんだけれど……うふふ、ハート形につながったトンボや一直線につながったトンボたちがそこかしこに見えて、うろこ雲を映した穏やかな河面にポツンポツンと波紋を作っている。
うふふ、次の世代をつなぐための美しい営み……
ああ……私はトンボたちの営みを見て……
ここ数ヶ月のことを思い出して……
赤くなってしまった。
コックリと私は、レスター孤児院で一ヶ月ほど過ごした後、王都ローマリアに行って王都のなかにあるコックリの借家で一ヶ月半過ごしたの。ローマリアのなかはもう右も左も石造りの人工物すぎて、人々も多すぎて、私はまた体調を崩して……正直まいってしまったんだけれど……
でも……彼は私を護るように、傍にいてくれて……
ずっと優しく、包みこんでくれて……
彼が私の体調を戻してくれて……
一ヶ月半ずっと傍にいてくれて…………
ずっと……寄り添って……二人きりで過ごしてくれて……
彼の香りに包まれて……大好きな……彼の……
そして彼は私に……彼の想いを……刻みつけてくれて……
消えることのない……想いを……心と体に刻み付けてくれて……
彼の想いに包まれて……
もう満たされて、満たされて……もう……もう……
私は心がジンジン熱くなって、顔がゆでだこのようになったのを感じた。とその時……
「どうしたの?」
「はわっ!?」
はわあぁ、いつの間にかコックリが私を見つめていて……
「顔がとろけてるよ?」
「はわわわっ!?」
はわあぁ、と、とろけてる!?
私は慌てて顔を押さえつけて……はわあぁあ、とと、とろけてる!? それどんな状態!? と、コックリは意地悪そうな笑顔で私を見ていて……はわああっ!
「何……何想い出してたの?」
「~~~~っっっ!!?」
い、意地悪! うう~~~っっっ!!! コ、コックリの……バカァ! わ、分かってるくせにっ! この笑みの時は、全て分かってるときの笑みだもの!!
私はストールで顔を隠した後、さらにフードを目深にかぶって顔を隠した。ううう~~~っっ!!
「怪異を解決したら……」 コックリは私の太ももに手を置いて 「また抱くから」
「~~~~~っっっっ!!!!」
い、言わないで~~っっ!!
私はもう、私はもう心臓がバクバクして、体が熱くなってしまって……外套を脱いでしまいたかったけれど……ういい~~!!
コックリはそのまま歩き出して……その後も普通に「出店があるよ」とか「巡礼者が増えたね」とか言ってたけれど……私は……私はずっとフードを目深にかぶって必死に心を抑えていたの。どれぐらいフードで顔を隠して、下を向いていたか分からないけれど……気がつくと、森の木々の揺れ動く音がなくなっていて、変わりに人々の声が多くなっていて……
人々が感嘆のため息が聞こえて……潮の香りがしていたの。
あれ? と思っていると……
「シス。そろそろフードを下して見てごらん」
というコックリの言葉に、私は逡巡してしまった。
私の夢想が……コックリにばれていた羞恥心が……うう~、穴があったら入りたい~! コックリは「私が期待してること」が分かってるんだもの~! フードを下せない~!
「シス、頼むよ。ここからでしか見られない光景なんだ……だからシスと見たいんだ……」
「~~~っっ!!」
ここからでしか見られない光景!
私と見たい景色!
それはきっと、千年以上続く私の寿命の中で、決して忘れることのない光景になるような気がする!
確信がある!
彼との、決して消えない想い出の光景になる確信がある!
だって、周囲にいる巡礼者たちの感動の声が凄いんだもの……
それを……たったこれっぽっちの羞恥心で……それをなくしてしまうの?
私は羞恥心よりも、その景色を彼と一緒に分かち合いたい心が……二人の記憶として残したいという想いが勝った。
私はフードを下すと……明るくて、まぶしくて……
目が慣れるまで時間がかかったけれど……なるほど、今私たちは大河から離れて内陸の方にいるみたい。周囲はもう、森もない草原地帯になっていて、緑の牧草がとてもきれい。起伏の穏やかな草原地帯のようで、横を見てみると草原の彼方まで、ポツンポツンと石造りの納屋が見える。後ろを振り返ると、森と山々はだいぶ奥まった場所にあって……ああ~ずいぶん来たのねえ……
「くく。一緒に見てほしい景色は、横でも後ろでもないよー」
意地悪そうな笑顔! もう! 分かってるもん!
だって……だって前にコックリがいて、恥ずかしくてあなたの顔が見られなかったの! ああ~道幅はとても広くて、馬車が二台すれ違っても余裕があるほど広くて、いつの間にか平たい石を敷き詰めた道路になってる。
街道に沿って視線を上げていくと、多くの巡礼者の皆さんが街道を歩いていて……
街道は、海までつながっている。
その海の近くの小高い丘の上に町があって……
海が……
「!?」 私はビクッとした
「ふふ」
「ほわ!?」 私は目をゴシゴシした
「ふふ」
「ほわあああああ~!!!」
私は思わず叫んでしまった。
私の声に反応して、道行く巡礼者たちが何人も振り返って……いつもだったら恥ずかしくなっていたけれど、もうそんなこと忘れるくらいビックリしてしまって……
だって、だって……
信じられない光景が、海の上にあったんだもの……
波のない遠浅の湾……凪ぐこともなく、鏡のように空の青と白いうろこ雲を映していて……
その静けさに包まれた湾に鎮座する岩山……美しいなだらかな曲線を描く優美な岩山が海からそびえていて……
その岩山に建つ……おごそかで……しとやかな……ゴシック調の修道院……
「は、はわわわわ……」
天の高い秋の空に、どこまでも広がる規則正しいうろこ雲……
水平線の彼方まで穏やかな遠浅の海に、荘厳な姿で鎮座する岩山とゴシック調の修道院……
自然と人為の、完璧に融合した姿……
その完璧な美しさを寸分たがわず映し出す、鏡のような海……
「な……なんて……なんて……美しいの……」
私は、震えていた……
あまりの美しさに……
私は、震えていた……
美しさのあまりに……
感動して体が震えることなど、四百年生きて初めてのことだった。
私の太ももに手を置いたコックリは、言葉もなく目の前の光景を見つめる私に、語った。
「世界には数ヶ所だけ、聖霊が舞い降りた地がある」 コックリは言った 「あそこがその一つ……聖地『 モン・サン・ミシェリア修道院 』だよ」
2017年8月25日にだいぶ修正しました
2017年9月08日にちょっと修正しました




