18 回廊と薬草園(アルシャーネ)
大聖堂の後方に、庭園がある
岩山の上とは思えない、長方形の奥行きのある庭園
庭園には緑があふれ、風が吹き抜ける
柔らかな芝生、色とりどりの草花、背の低い樹木
庭園は四方を屋根付きの通路『回廊』によって囲まれ、隔絶されている
弱者への無償の労りで日々を過ごす修道僧たちが、唯一心と体を休められる場所
その回廊に、純白の法衣を纏った黒髪の美しい少女と、銀色の鎧にサーコートを纏った大柄な騎士、頭から首元まで精緻な柄のストールを纏った美しい少女が訪れる
■アルシャーネの視点
堅く閉ざされた扉を開け、回廊に足を踏み入れた瞬間、後ろから可愛らしいため息が聞こえてきました。
「はぁぁ……」
私が振り返りますと、システィーナさんの可愛らしい表情が……翡翠色の大きな瞳がうるうると美しく輝き、きめの細かい頬が紅潮して、感動の面持ちを隠しきれずにいます。
「見事な回廊ですね」
一方、神殿騎士様は冷静で穏やかな表情で感想を述べました。
体が大きいことも相まって、本当にどっしりとした落ち着き方ですね。ああ、システィーナさんは感動のあまりか、神殿騎士様の腕をしっかりと抱きしめ、離しません。彼女が感動してしまうのも無理ありません。この回廊は、本当に驚異的な美しさなのですから……
回廊の角にいる私たちを起点に、左右に廊下が伸びています。艶やかに磨かれた数百本の柱群によって支えられた、美しい、壮麗な通路が、左右に。それはまるで鳥が羽を広げるような美しさなのです。柱の間からは緑に映える美しい庭園と、林立する向こう側の回廊の柱と屋根が見え、その屋根の上には大聖堂の建屋が見え、白いうろこ雲が浮かぶ青空が見えて……
「……素敵……柱も……交互で……不思議……」
そうなのです。
他の修道院の回廊を見たことはないのですが、この修道院の回廊は特に珍しい造りになっているようで、庭園側の柱が二列に、互い違いに配置されているのです。そのため、見る場所によって柱が一本に重なり、そこから少しずつ柱同士がずれていって……規則正しくずれていって……それが繰り返されることで無限とも思える模様が広がっていきます。
その規則正しい回廊は、屋根があることで少し薄暗く、ひんやりとして……まるで時が止まったかのよう。ですが美しく林立する柱の間からは、明るい陽の光に包まれた庭園が望めます。陽の光を燦々と浴び、生きる喜びに満ち溢れた緑輝く庭園が……
この回廊の美しさとは……
仄暗くも規則正しく林立する壮麗な回廊と、明るく躍動感あふれる緑の庭園の調和。自然と人工、光と闇、暖かさと冷たさの調和。それがこの回廊の美しさなのでしょう。
「歩くともっと凄いんですよ」
私はため息をつくシスティーナさんの手を取ると、歩き始めました。歩き始めると……ほどなく、システィーナさんから何度目か分からない感嘆のため息が聞こえてきました。林立する回廊の柱は、互い違いに配置されていますので、歩くことで柱が後ろに流れていくように見えるのです。その、後ろに流れていく様がリズミカルで、リズミカルで……柱と緑色に輝く庭園が、交互に、テンポよく流れて行きます。一年のほとんどを修道院で過ごす修道僧が、運動不足にならないよういつまでも歩いていられる工夫がされているのです。
「はぁぁ……」
システィーナさんは強い想いが心に押し寄せているんでしょう。抑えた口元から抑えきれないため息がこぼれてきます。ああ、その表情と仕草の可愛らしいこと可愛らしいこと……本当にこの妖精は、反則的な可愛らしさです。
一方、神殿騎士様は、回廊ではなくシスティーナさんを見つめています。ああ、なんて……なんて優しい目差しなんでしょうか。とても慈愛に満ちた表情です。優しさとは対極にあるような、筋肉質の戦闘向きな体をしていますので怖い印象を受けるのですが、この優しい表情なら修道僧も入所者も怖がらないかもしれませんね。
とその時、神殿騎士様の表情が凛々しいものに変わりました。そして庭園の一部を指して言いました。
「あの区画が薬草園ですね?」
「はい、その通りです」
「そしてその薬草をすぐに調合できるように、調合室がこの回廊にあると……」
「はい、調合室はあちらになります」
私は、回廊の一画を指し示しました。
回廊の壁にはいくつかの扉と窓がついています。ここには調合室の他にも図書室や瞑想室、談話室など、修道僧たちが癒しと安らぎを得られるような設備が備わっています。
「修道僧のための回廊と設備……」
「はい、そうです」
「むう……」
神殿騎士様は一言唸ると、考え込んでしまいました。はて、どうしたことでしょう? 私とシスティーナさんは顔を見合わせました。ああ、私たちの息はぴったりですね。
「コックリ?」
「ん、ああすまん。ではアルシャーネ様、調合室へ案内いただけますか?」
「はい」
何か気になる様子を残しながらも私は調合室へと向かいました。しばらく歩くと、錠前のかかった樫の扉が見えてきました。
「あちらが調合室です」
「ほう……施錠しているんですね」
「はい。薬品がありますので、念のため施錠しています」
「鍵はどなたが管理しているんですか?」
「薬草師のフェルメーテと他の薬草師が管理しています」
「では、中には入れませんか?」
「いえ、そろそろ他の薬草師が来るはずですが……」
「鍵……?」 システィーナさんは考え込みました。「コックリ、鍵がかかっているなら、モリアーネさんやメイさんは、この調合室に入れないよね……とすると、この調合室で汚冥界に堕ちたわけじゃない……なら、この調合室を調べても意味がない?」
あ、そういえば。
フェルメーテの行動ばかりに考えがいっていましたが、他の被害者がこの調合室に入ることはありません。さらに思い出しましたが、そもそもこの回廊は修道僧だけが入れる特別な場所。この回廊に入所者のメイが入ること自体できませんので、その点からもここに来る意味が……
ない……?
「ああ、実は俺もそう考えた」
「そうなの? あ! 今さっきと謁見の間での微妙な間はそれだったの?」
「ああ」
なるほど、そうだったんですね。
何か微妙な間があったので、不思議に思っていましたが……ではこの調合室に来ても意味がないのでは? なぜここに来たのでしょう?
「じゃあ調合室に来なくても……」 とシスティーナさんは考え込みました。「わざわざ来たということは、やっぱり何かあるの?」
「ああ、もしフェルメーテが直前にこの調合室に来ていたら……有用な情報を得られるかもしれなくてな」
「有用な情報?」
とその時、急ぎ足で一人の修道僧がやってきました。
フェルメーテ以外の薬草師のマリアーレです。手の空いている薬草師を呼んでおいたのです。マリアーレは私を見ると小走りになり……そうになって固まりました。神殿騎士様を見て、「ひっ」と言い、硬直しました。
「…………」
「コ、コックリ……大丈夫だから……ね?」
システィーナさんが必死にフォローしています。
ああ、神殿騎士様は怒られた少年のようにシュンとしてしまって……結構可愛いですね。やはり神殿騎士といえど妙齢の男性……女性に怖がられるのは辛いようですね。ここは女子修道院ですので、男性自体にも見慣れていない上、これほど立派な体躯の方は本当に免疫がなくて。
「マリアーレ、安心してください。こちらは法王庁からお見えになった神殿騎士様です」
「し、神殿……」 マリアーレは少しだけホッとした様子になりました。
「マリアーレ。これから調合室の調査をしたいのだけれど、いいかしら?」
「はい、大丈夫です」
彼女はそういうと、腰紐に括り付けていた鍵を取り出し、錠前を外すと「どうぞ」と扉を開けました。扉を開けると、薬草や薬品の独特なにおいが私たちのもとに流れてきました。
「では失礼します」
神殿騎士様を先頭に、システィーナさんが続いて室内へ入ります。
するとシスティーナさんが、驚きの声を上げました。
「ほわあ~、凄い!」
少し薄暗い室内には、壁全面に棚が設けられています。多いところでは二十段くらいあるでしょうか。その棚には大小さまざまな瓶が置かれ、瓶の中には木の実や葉、鉱物や液状の物体が入っています。
「さすが病療修道院ですね。様々な素材がある」
「うん、ホント。エルフの里でも珍しい薬草があるわ」
システィーナさんが感心しています。うふふ、嬉しいです。マリアーレが「え? エルフの里?」とつぶやきました。ああ、後で教えてあげましょう。
「コックリ、この中からセプトの月の三日以前に入ってきた薬品を調べたりするの? 瓶だけでも数百個ありそうだけど……中身まで調べたらもう」
そうですね。これを一つずつ調べるなんて、ちょっと……
「ああ、モリアーネやメイがこの部屋に入ったんなら調べるところだったけどな」
「あ、そっか」
「マリアーレ修道僧。この部屋には怪異で行方不明になったモリアーネやメイは入っていましたか?」
「は、はひ」 突然神殿騎士様に問いかけられ、マリアーレは私の後ろに隠れると声をうわずらせた。「あ、あのあの」
「マリアーレさん、怖くないですよー」 とシスティーナさんが明るい笑顔で神殿騎士様の前に立ちました。「鍵もかかってますし……入ってないですよね?」
「は、はいそうです。入っていないと思います」
システィーナさんの笑顔は朗らかで本当に可愛い。長い睫毛の切れ長の目が優しく垂れて胸がキュウっと来ます。声も透き通っていて心に染み込んで来るようで本当に癒されます。おかげでマリアーレは恐怖感や緊張感が解けたようです。やはりシスティーナさんには癒されますよね。
「では……薬品使用簿などはありますか?」
「薬品使用簿……?」 マリアーレはシスティーナさんを見て言いました。
「何月何日に、誰にどんな薬を使った、というような記録簿なら何でも構いません」
「ああ、いえ……そういうのはありません。すいません」
「では、入所者ごとのカルテなどはあったりしますか?」
「あ、はい。それならあります」
「見せていただけますか?」
「はい、こちらの棚の中です」
マリアーレは別の棚を指し示しました。
そこには、床から天井まで届くような本棚があり、分厚い本が所狭しと収められています。本……と言いましても、一枚一枚不揃いの紙が束ねられた冊子のような状態で、背表紙がなく、木の板が表紙と裏表紙の役割を果たしています。紙束は、端に穴が開けられ、紐を通され縛られています。
とシスティーナさんが手をポンと叩きました。
「あ! そうかコックリ」 システィーナさんが輝くような笑顔になりました。「フェルメーテが行方不明になったその日、誰に薬を投与しようとしていたかが分かるから、どこに向かったか分かる……その向かった場所に例のモノがないか、捜索しようってことね」
なるほど! システィーナさんも結構鋭いですね。さすが神殿騎士様のパートナーです。
「ああ、その通り。手分けして探そう」
2017年9月12日にちょっと短くしました




