祭りでの再会 後編
落ち着いたオーガは、バルバートアから離れ、アーネベルアへ礼を言う。
「べルア様、有難うございます。ハルト義兄上にも、他の方々にも、御礼を言いいたのですが…他に誰が、これを計画したのですか?」
「エニアとファム、フレアムとウェール、それとレニアだね。
お礼を言うのは、祭りが終わってからで良いと思うよ。特にエニアは、祭りを楽しみたいと思っている様だし…ね。」
今日のエニアバルグの様子を思い出し、そう告げるアーネベルアにオーガも、今日の彼の行動を思い浮かべて笑い出し、そうしますと承諾の言葉をアーネベルアに告げる。
それを受けた彼は、頷き、
「バートを案内役兼、お目付け役に残しておくから、祭りを楽しんでおいで。」
とオーガへ言葉を掛ける。
これを聞いたオーガは、目を見開いて二人を交互に見る。視線を合わせた彼等は、頷き、バルバトーアが口を開く。
「オーガ…じゃない、オルディは、この祭りは初めてだよね。
べルアの仮の姿のアルディが君の兄だから、バート義兄上と君が呼ぶ事は出来ないけど、親戚の兄の扱いで、バート兄さんと呼んで欲しいな。」
自分の希望を言うバルバートアに、視線を向け、驚いたままの顔で告げる。
「え…という事は、祭りの間中、バート義兄上…バート兄さんと一緒なの?」
徐々に、嬉しそうな顔へと変化するオーガ(オルディ仮名)は、年相応の顔になる。何時もの、背伸びしたような作り笑いが消え、無邪気で嬉しそうな顔に変った。
その彼の頭を、バルバートアは優しく撫でて、彼と目線を合わす。
「今日一日中歩き回って、疲れたんじゃあないのかな?
シャワーを浴びて、着替えておいで。話は後からでも、ゆっくり出来るよ。
ついでに食事も、下で一緒に摂ろうね。」
「着替えは、部屋に用意してあるよ。
湯に浸かれたら浸かって、ゆっくりしておいで。」
二人の兄に言われ、彼は部屋にある浴室へと消えて行った。
それを確認した二人は、話を始めた。
「べルア、あの子は…本当に嬉しそうだったね。急に私が王宮からいなくなって、余程、寂しかったんだね。」
しみじみと言うバルバートアに、アーネベルアも頷いた。
何時もの、作り笑いで無く、心の底から喜んでいると判る表情。
バルバートアを本当の兄として、慕っていると判る行動。
見惚れそうになりながらも、微笑ましく思える先程の遣り取りを、彼は思い出していた。ふと、今日耳にした話が脳裏に浮かび、バルバートアに声を掛ける。
「バートの耳にも、入れておいた方が良いと思うのだけど、街中で妙な噂が流れているんだよ。知っているかい?」
「…あの悍ましき、ディエアカルク国の貴族が、集まっているって事かな?」
優しそうな微笑が消え、嫌悪感が浮かぶバルバートア。
珍しい表情に、アーネベルアも真剣な顔になって頷き、今日聞いた事を彼に話す。
「私の知り合いからの情報では、彼等は、その国の生き残りの王族を捜しているらしい。
如何やら、君の義理の兄弟が、彼等だと思われるんだが…。」
「べルア、残念だけど、それはあの子じゃあない。
あの子は、精霊を強制的に交えた、穢れた血筋じゃあないよ。」
即答するバルバートアに苦笑しながら、アーネベルアは、イエットルスから仕入れた情報を話した。
「私もそう思うのだけど、その知り合いの処で、その王族の名を知ったんだよ。
オルトガーリニア・デエルト・ガルア・フェム・デェアルクと、エレディラレムニア・ダルトア・アリア・フェム・デェアクル。
愛称は、オーガとエレラ。彼等と同じだったんだ。
彼等が名乗ったファナムールも、そこの貴族で騎士の…伯爵だったんだよ。」
「オーガとエレラ?偶然の一致ではないのかい?」
「私もそう思った。だが、あの子が話した精霊剣の事も、全く同じだったんだ。
ここまで一緒だと、疑う余地が無いよ。
それに、この事を知ったあの子は、随分と驚いていたし…ね。」
あの時のオーガの様子を思い浮かべ、考え込みながら告げるアーネベルアに、バルバートアは尋ねる。
「で、あの子は、認めたのかい?」
「いや、否定はしているが、肯定は…していないな。
…否定しか、していないとなると…。」
「偶然の一致だと思うよ。あの子があの王族と思えないのは、あの子の態度と…とある情報を得ているからなんだ。
まだ其方の方の情報は、集めている最中だから、真偽は問えないけど…。」
「バートの直感では、そちらが真実だと。」
頷く彼に、その情報を聞きたいと思い、話を続ける。
「それで、その情報って、集め難いのかい?」
「集め難いと言えば、言えるのだけど…べルア、君の所に精霊がいたよね。
彼等に御願いしたい事があるのだけど、頼めるかな?」
精霊と言われ、不思議に思い、バルバートアの方を向く。
何時もの微笑が戻っている彼は、先を続ける。
「風の精霊騎士か、闇の精霊騎士…確か、エアレアって方か、アレストって方に繋ぎを付けて、確認を取りたいんだ。
この情報は、精霊の吟遊詩人や剣士達…冒険者達から仕入れた物で、彼等では、その方達に繋ぎが取れないんだよ。」
「…え…エアレア様とアレスト様かい?!何故、そんな御方に?」
精霊騎士と言えば、神々に仕える精霊剣士の総称で、今聞いた名前の騎士は、その中でも古参で最強を誇る者達。
然もアーネベルアに仕える精霊でも、繋ぎを取るのは難しい相手だ。
如何しても必要なんだという、バルバートアの意見を考え込んだ末、彼が出したのは意外な答えだった。
「恐らく、私の傍にいる精霊でも、繋ぎが取れないと思うよ。
その方々は、仕える神に最も近き精霊…神々の側近中の側近だからね。だけど、方法が無い訳じゃあない、私なら連絡が付くよ。」
「…あ…そうか…べルアは、炎の神・フレイリー様に祝福された者…だったね。
忘れていたよ。」
一番目立つ上に尚且つ、重要視される事柄を、目の前の友人は、忘れているの一言で済ませてしまう。
それが彼の良い所であり、アーネベルアが心を許す起因である。
常日頃、彼に付いて回るそれ等を気にも掛けず、彼自身を見てくれる友人。
そんな友人は本来の人柄故、無理な頼みは強引に進めない。出来ればと付足す彼に、紅の騎士は承諾の返事をする。
「今は忙しいから、無理だけど、暇を見つけたら、フレイリー様に話してみるよ。
フレィ様なら、彼等に話が行くと思うよ。」
突破口が見つかり、安堵の笑みを浮かべ、頼むよと話を締め括る。
すると、丁度シャワーから、オーガが出て来た。
何食わぬ顔で彼等を見て、バルバートアの姿がここにある事を確かめる。
兄の存在を見つけ、思わず安堵の微笑を浮かべる。その様子で、彼等の話は、水音で聞こえなかったと思われたが、オーガは、しっかりと聞いていた。
己の真実が暴かれる…その事で、今の計画を早める再決心をしたのだ。
しかし、今は、バルバートアが傍にいる。
優しい兄の存在を感じるのは、これで最後と決め、彼の暖かな気配を思いっ切り感じようと、考えたのだ。
この為、シャワーを終えて着替えると、直ぐに彼の許へ赴く。
「バート兄さんは、ここに泊まるの?」
半ば寂しそうな顔で尋ねられ、バルバートアは優しい微笑のまま答える。
「そうだよ。祭りの間は、オルディと一緒だよ。ほら、まだ髪が濡れているよ。
良く拭いかないと、風邪引くよ。」
そう言って、新しい布を出して来て、オルディの髪を拭く。彼の気持ちが現れたかのような優しい拭き方に、アルディは苦笑する。
バルバートアの弟溺愛が見える行動に、悪戯な指摘をする。
「バート、一応、今は、俺の弟のオルディだ。…余り、構って欲しくないな。」
「その言葉は、聞けないよ。親戚とは言え、オルディは、私の弟みたいなものだよ。
だから、遠慮なしに、構わせて貰うよ。」
アルデナルの言葉を受け、親戚の兄的存在として、受けて立つバルバートア。
彼等を交互に見つつ、オルデファナを演じる。
「アルディ兄さんも、バード兄さんも、喧嘩しない!
…アルディ兄さんは若しかして、明日から仕事?」
残念そうな顔を作り、尋ねる弟へ、アルデナルは返事を返す。
「そうだよ、だからバートに頼むんだ。明日からまた、忙しくなるからな。
オルディ、バートの言う事を聞いて、大人しく…いや、大人しくするのは、お前の友達の方か。じゃあ、バートの言う事を聞いて、迷子になるなよ。」
「…兄さん…さり気~なく、子供扱いしていない?」
「子供だろう?」
「オルディは、まだまだ子供でしょう?」
二人分の返事が返り、オルデファナの顔が、少し不貞腐れた物になったと思われたが、拭かれていた布を外され出て来たのは、意外な顔であった。
少し悲しげな微笑…精霊の感覚で、オルデファナの年齢は幼子の歳。
失った昔を思い出し、浮かんだ表情に気が付いたオルデファナは、直ぐに慌てた顔に変わり、その結果…
「え…と、僕はまだ、子供でいいのかな?」
と、つい、意味不明な言葉が口から出てしまい、目下の二人の兄から笑われてしまったが、当の本人は、人間の感覚が判らない故の言葉だった。
しかし、バルバートアはその言葉で、先程アーネベルアに向けて言った、未確認の情報が真実であると確信した。
人間なら、この年の少年は、子供扱いを嫌がる。
すれば不機嫌になり、口を尖らせて文句を言う筈だが、先程のオルディの言葉で、彼が人間で無い事を認識出来た。
未確認の情報では、精霊の養い子であり、自らを精霊と思い込んでいる人物。
名は同じで、特徴も同じ様なのだが、如何せん、確認出来無いでいる。
その為、紅の騎士に情報を得た事だけを話し、頼んだのだ。バルバートアの耳にも、ディエアカルク国の生き残りでは無いかという噂は、届いていた。
しかし、彼は、様々な精霊達を捕え、強制的に配偶者にしていたかの国の王族と、人間の気配の薄い、目の前の義理の弟は違うと、直感で確信して辿り着いたのが、この情報だったのだ。
精霊達の間で流れる噂。
精霊騎士が、安否を知ろうとしている少年。
神々に仕える精霊騎士の話故に、その少年の事に信憑性があった。
知った切っ掛けは彼の上司であり、今の主でもあるエーベルライナスが、偶然、精霊の冒険者達と接触した事だった。
上司が何時も通り、市民の動向を知る為に街へ出かけた時、偶々(たまたま)精霊達に声を掛けられた。彼等は、冒険者のギルドへ向かう途中で、王宮に嫌な気配を感じ、貴族と思われたエーベルライナスに尋ねて来た。
道端で話す事では無かった為、彼等をエーベルライナスの仮住まいへ誘い、そこで今の王宮の状況を詳しく教えると、その精霊達から思わぬ名前が飛び出した。
リューレライの森の、木々の精霊達の養い子・オーガ。
その名にバルバトーアは驚き、詳細を尋ねた。かの精霊達から聞きだせたのは、風の騎士と黒の騎士、緑の騎士が捜している事と、彼等の名前だけ。
風の騎士・エアレアと闇の騎士アレスト、そして、緑の騎士・ランシェ。
アーネベルアの所にいるのは、炎の精霊の為、敢えて緑の騎士は外した。
炎の屋敷では、緑の騎士…木々の精霊は影響が強過ぎて、体に変調を来たす事を、彼はオーガで知っていたからだ。
風か闇の精霊なら、炎の影響は無い。
特に風の精霊騎士なら、逆に相性が良い位なのだ。
故に、彼等の名をアーネベルアに教えた。
まさか、彼自身が動いてくれるとは、思っていなかったが……。
バルバートアが考え込んでいる様子で、オルデファナは、己が判り過ぎていた彼の思考を、止めようとした。キョトンとした顔を作り、少し頭を傾け、彼へ尋ねる。
「バート兄さん、如何したの?」
本当の事は、答えてくれないと判っていても、問い掛ける事で不信感が減る。
然も可愛らしく映ったようで、真剣なバルバートアの顔が優しい表情になる。
再びオルデファナの頭を撫で、明日の事を考えていたと嘘を吐かれるが、返った言葉に微笑を返し、楽しみだねと返事をする。
今はそれでいい、そう考えたオルデファナは、バルバートアへある催促をした。
「バート兄さん、アルディ兄さん、食事はまだ?
早く、エニアやファムを誘って、下へ行こうよ。」
この可愛らしい提案に、二人は微笑み、そうだねと返す。
「エニアあたり、待ち切れなくて、文句言ってるかもね。ふふっ。」
その様子を想像して、吹き出したが、不自然では無かった。
他の2人も笑い出し、彼等は部屋を出た。
隣の部屋で待ち草臥れているだろう、二人の騎士達を想像しながら………。




