穢れた血筋の野望 前編
隣の部屋へ行くと、案の定、エニアバルグが不貞腐れた顔になっていて、ファムトリアに説教をされていた。日常のそれを見て、ほらねと、オルデファナが言う。
後ろでは二人の兄が頷き、薄茶の髪の兄が口を開いた。
「遅くなって、済まないね。ちょっと話が弾んでね。君達も、汗を流したのかな?」
「はい、バートさん。聞いて下さいよ。
エニアったら、適当に浴びて、ちゃんと髪を拭かないんですよ。」
「だって、いつもの事じゃないか。目くじら立てないでも…。」
言い終る前に、部屋へ掛け込んだオルデファナに、新しい布を被せられ、半ば強引に拭かれる。
「折角、綺麗な髪なのに、勿体ないよ。
それにちゃんと拭かないと、風邪を引いて、祭りどころじゃあなくなるよ。」
拭きながら言われた事に、納得したエニアバルグは、そのまま大人しく拭かれている。一通り拭き終え、布を外すと、エニアバルグの目に何かが映った。
「…オルディ…その髪の後ろにあるのは…何だ?」
彼に訊かれて、後ろにある髪を前に出すと…何時の間にか、薄紫の太目のリボンが着いている。髪を拭いてくれたのは、バルバートアであった為、これを付けた犯人は直ぐに判った。
じと目で彼を見つめ、不機嫌な声を出す。
「バート兄さん、これ…着けたでしょう…。僕は女の子じゃあないよ。」
「済まないね、似合うと思って、つい…ね。
下の方にも着いてるって、気付いているかな?」
言われた言葉で、三つ網された髪の下の留め具を見ると…上より少し濃い目の紫で、細めのリボンが着いていた。
それを見て脱力する彼へ、バルバートアの声が聞こえる。
「オルディの髪の色が緑だから、リュース様の色を足してみたんだよ。あまり濃い色だと、髪色と同化するから、この色にしたんだ。
何時までも、オルディが幸せでいるようにってね。」
怒るに怒れない言い方をされて、オルデファナは諦めるしか、方法が見つからなかった。然も、周りから似合うと連呼され、反論が出来無かったのだ。
彼等の反応で快くしたのか、バルバートアが他の色のリボンを出してきた。
「ファムにはこの緑の物、エニアには…迷ったけど、虹色にしてみたよ。
それぞれ、リュース様、クリフラール様の色だよ。」
「…?クリフラール様の色って、黒と紺色、金と青じゃあないの?」
「オルディ、クリフラール様は、エアファン様が生まれる前まで、風の神を兼任していらっしゃったのですよ。だから、夕焼けの空色を持つエニアには、こちらの方が違和感が無いのです。」
夕焼け空の色と、風の色に近い銀色…となると、付足す色は風の虹色。
その色のリボンを手に取り、強引にエニアの横髪に着ける。
「これでお相子、エニアも着けたし…ファムは…自分で着けてる~。
ずる~い、僕が着けたかったのに~。」
子供らしい言葉使いに、まだまだ子供だなと、アルデナルの声も被り、三人して動きが止まる。
「もう、子供じゃあ、ありません!」
「子供じゃあねぇ!!」
二人分の反論が返る中、只一人だけ、呆然として二人を見ていた。一人だけ反応が遅れ、無言でいると、エニアバルグから声が掛る。
「……オルディ、アルディ兄貴の言い草に、怒って良いんだぞ。
子供扱いされるって事は、馬鹿にされてる事なんだぞ。」
「え?そうなの??僕はてっきり、年相応の扱いだと思ってた。
もしかして、このリボンも、子供扱いの一端なの?」
理由を聞かれ、素直にバルバートアは答える。
「これは、成人前の子供が、祭りの際に着ける物だよ。
13・4位までだから、君達位までの子が着けて良い物なんだ。無事成人出来ます様に、と願いが籠っているんだよ。」
「…確かに私達は、成人前でしたね。このような風習を、忘れていました。」
ファムトリアの言葉で、成人前の子供としての扱いに、納得したオルデファナは、自分のリボンの数が多い事に気が付いた。その理由を聞くと、初めての祭りだからと答えが返って来る。
不思議そうな顔をしていると、二人の兄から声が掛る。
「オルディは、この風習も初めてじゃあないのかな?
エニアやファムは、この街で育っているから、何回目かになると思うけど、君はそれが無い分、多いんだよ。」
「そうだ。俺とバートの分だ。髪が長いから、丁度いいし…な。」
一件落着した所で、彼等は宿屋の下の食堂へ向かい、食事を摂った。バルバートアは、アルデナルの親戚と紹介され、和気藹々(わきあいあい)と食事をした。
食事が終わった後、アルデナルの知り合いに彼等が成人前と知られ、3人ともリボンの数が多くなっていた。
特にエニアバルグは、黒や紺色、金と青と様々な色の物が増えて行く。
本人はウンザリとしていたが、空の神に因んでいると判っているので、文句が出なかったようだ。
かの神は剣豪であり、守護神の異名を持つ。
エニアバルグにとって、憧れ的存在であったらしく、内心誇らしく思っているようにも見えた。ファムトリアは別段気にしていなく、風習として受け入れ、オルデファナは何故か、リボンの数が他の二人より多い事に、頭を抱えていた。
恐らくは、彼が頼り無く見える事だろうと、想像出来たが、これから己が仕出かす事を思えば、素直に喜べない。
自分が災いを齎す者だという自覚があり、目の前の光景も絵空事と思えて、仕方が無い。所詮はまやかし、夢だと言い聞かせ、オルデファナいや、オーガは、彼等の戯言に付き合っていた。
そんな彼を、冷ややかに見つめる視線があった事は、誰も気が付かなかった。
アルデナルことアーネベルアと別れ、部屋に帰ったオルデファナこと、オーガは、昼間の疲れが出たのか、珍しく寝台へ直行していた。
寝台に体を預けると、速攻で眠りに落ちる。
安らかに眠るその姿に、バルバートアは優しい微笑を浮かべている。
急に離れる事となった義理の弟。
まだ幼さを残る彼を、放って置けない。出来る事なら、自分の手元に置いておきたいのだが、彼の気持ちを考えると、そうも出来無い。
王宮に上がっている実の姉を護りたい、その気持ちを無視したくない。
バルバートアも、オーガの立場であったなら、王宮へ残るであろう。この先、王宮が危険になると判れば、尚更の事、護る人の傍にいる事を望むと判る。
「…ス兄さん…。」
薄ら涙の滲むオーガの目尻に優しく触れ、それを拭ってやる。
名前は聞き取れなかったが、恐らく亡き兄を夢見て、発したであろう寝言は、バルバートアの心に重く圧し掛かった。
本当の兄では無い自分では、その悲しみは消してやれないのだろうか?
しかし、再会した時のこの子は、自分を慕っていると判る物だった。
「私では、君の本当の兄には…なれないのだろうか…。」
優しく、オーガの頭を撫でる、バルバートアの悲しい呟きは、部屋を満たす闇の中へ、静かに包まれて行った。
久し振りの眠りの中、オーガは再び、呼び声を聞いていた。
今は亡き、懐かしいリューレライの森の精霊…特に兄であるアンタレスの声が、強く大きく、耳に木霊する。
良く小言を言われ、眠る時は何時も、幼子と同じ様に抱き締められていた。
喪った事を改めて、夢で確認している彼の耳に、あの少女の声も聞こえる。
「オーガ…何処?可笑しいわ…何故、判らないの?
あれ程、繋がっていたのに…何故、途絶えているの?
私はここよ。オーガ、私を呼んで!もう一人の私…全てを分け合って、同時に生まれた…私の…半身…」
「?半身?それ、如何いう事?」
前と同じ様に聞き流そうとして、前と違う少女の言葉に、思わず反応して、尋ねてしまった。向こうに届いたらしく、返事が返る。
「オーガ?オーガなのね。そこは…何処か…判らないわ。
…でもいいわ、こうしてオーガと話せるなら、関係ないもの。
オーガの質問に答えてあげる。私とオーガは、双子の兄弟よ。
元々一人だったけど、お母様の体内で全てを分け合って、二人で生まれたの。だから…こうして声を…え?またなの?また、途絶えてしまうの?
オーガ、体に気を付けて。会える日を楽しみにしているわ……」
そう言って、彼女からの声は途絶えた。只、オーガの目に映ったのは、その少女の姿。初めて見るそれは、光髪とも受け取れる金色の髪と、空の瞳に見える澄んだ、優しい青い瞳。
自分とは掛け離れた容姿であった為、彼女の言った言葉は信用出来無かった。
オーガと双子の兄弟…元々一人であったのが、二人に分かれたという話は、彼等の違い過ぎる容姿故に、信じ難い物であった。嘘を吐くのも、良い加減にしろと思ったオーガは、寝返りを打とうとして、気が付いた。
優しい気配に包まれて、自分の体が動かせない。
恐る恐る目を開けると、そこには見慣れた顔があった。バルバートアの眠った顔…優しい光を宿す青の瞳は、閉じられ、眠っていると思われる。
辺りはやや薄暗く、夜明け前と感じて、バルバートアの眠りを妨げるのも、気が引けた。そう思っていると、突然声か聞こえた。
「オーガ…起きたのかい?」
ゆっくりと目を開けながら、声を主が目を覚ます。
「御免、バート兄さん。起こしちゃった?」
オルデファナの口調で返すと、今起きた所と返ってくる。優しい笑顔を向けられ、つい、嬉しさが表面に出てしまうが、この状況の説明が欲しくて、尋ねる。
「バート兄さん、僕、幼児じゃあないから、抱っこされなくても眠れるよ。」
「ああ…済まない、君が寂しそうだったから、こうすれば大丈夫かなと思ってね。
この様子だと、大丈夫だったようだね。」
「………僕は、幼子扱いなの………。」
諦めたような声を出すと、バルバートアは首を横に振り、
「そうじゃあないよ、君が…本当の兄君を…夢に見てたようで、呼んでいたから、私が代りに抱き締めただけだよ。」
と言われ、オーガは困惑した。確かに、アンタレスの夢は見ていた。
然も寝言で、その名を呼んでしまったらしい事実を聞いて、不機嫌な顔になった。
「僕、そんな寝言…言ったの?」
「言ったよ、名前は聞き取れなかったけど、兄さんってね。
だから、抱き締めたのだけど…君が離れなくなって、こうなっちゃったんだよ。」
一つの寝台に寝る羽目になった理由を知り、オーガは大きな溜息と共に、謝罪の言葉を告げる。構わないよと言うバルバートアへ、再び抱き付き、
「まだ、起きるのには早いよね。兄さん、このままでいて良い?」
とおねだりをしてみた。祭りが終わると、もう、包まれる事も、委ねる事も出来無くなるバルバートアの胸の中へ、顔を埋める。
甘える仕草をする彼へ、バルバートアは嬉しそうに告げる。
「良いよ、オーガが望むなら、もう少し、このままでいようね。
エニアとファムが起きてくるまで、一緒にいてあげるよ。」
腕の中の弟の存在に、優しい微笑を浮かべながら、兄は彼の望みを許した。
まるで、暫く会えなくなる弟に、思いっきり甘えさせるように……。




