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ランクレス・レガリア  作者: 下朴公脩
1章:太陽は影を射さない
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異物 その3

 数日が経過し、維の身体もようやく動くようになった頃、医師から退院の許可が下りた。

 あの後、何度か一華の病室を訪ねようとしたが、彼女はSランク適合者ということもあり、厳重な警護が敷かれていて会うことは叶わなかった。


(せめて、一言お礼と……謝罪がしたかったんだが)


 そんなことを考えていると、医務室の出口で、見慣れた白衣の女性が待っていた。


「天束くん。退院おめでとう」


「あ、観月さん」


「これからの予定だけれど、一度、中央タワーであなたの能力の精密検査を受けてもらうわ。私と一緒に来てくれる?」


 彼女が指し示した先には、黒塗りの高級車が停まっていた。

 まるでVIPか、あるいは犯罪者でも護送するような物々しさに維が気圧されていると、観月さんは「大丈夫よ、取って食ったりしないから」と微笑んだ。


 車が静かに走り出す。窓の外を流れるのは、あの日病室から見た、白とガラスで統一された近未来都市の風景だ。


「ここは……本当に全部、学園の敷地なんですか?」


「そうよ。天照学園都市は、通称『象限クアドラントシステム』で区画分けされているの」


 観月さんは、教師の顔になって説明を始めた。


「私たちがさっきまでいたのは、第一象限ファースト・クアドラント。医療機関や、生徒たちの居住区がメインのエリア。そして今向かっているのは……」


 彼女が指差す先、都市のど真ん中に、天を突くようにそびえ立つ白亜の巨塔があった。


「中央管理タワー。学園の心臓部であり、最高機密の研究施設が集まる場所よ。あなたの能力の解析も、そこで行うわ」


 解析ルーム、と呼ばれた部屋は、だだっ広いドームのような空間だった。

 だが、そこに研究スタッフの姿は一人も見当たらない。

 部屋の中央で、ポツンと、あの日と同じゴスロリ姿の少女がキャンディを舐めながら待っていた。


「存外、健勝そうじゃの、小僧」


「……学園長、だけ?」


「うむ。通常の解析スタッフは全員外させた」


 学園長は、維の疑問に面倒くさそうに答える。


「未発見の新規聖遺物なんぞ、利権とトラブルの塊じゃ。解析データが外部に漏れでもしたら、おヌシは世界中の組織から解剖台ベッドのお誘いが来るぞ。それを防ぐためじゃ」


 維は、複雑な思いで解析装置の中心に立つ。

 スキャンが開始され、青白い光が維の身体を舐めるように走る。ガラスの向こう側で、観月が膨大なデータと格闘しているのが見えた。

 部屋の中央では、学園長が椅子の上で足をぶらつかせながら、手持ち無沙汰といった様子でキャンディを転がしている。


「小僧。どうせ暇じゃろうから、歴史の授業といくかの」


「歴史……ですか」


「うむ。そもそも、この世界がこうなった始まりの話じゃ」


 学園長は、まるで昨日のことのように、淡々と語り始めた。


「……全ては半世紀前、世界各地で《聖遺物》がほぼ同時に出土したことから始まった。聖遺物は、人類に未知のエネルギー『マナ』をもたらした。世に言う『マナ革命』じゃ。人類は新たなエネルギー源に狂喜し、世界は変わる……誰もがそう思っておった」


 維は黙って聞いている。受験勉強で習った知識だが、目の前の「少女」が語ると、妙な現実味があった。


「じゃが、光が強ければ、影もまた濃くなる。そのマナに呼応するかのように、奴ら——《歪象ノイズ》が出現するようになったのじゃ」


 維の表情が、友人を失った記憶で強張る。


「当然、人類は対抗しようとした。歪象(ノイズ)に対抗できるのは、マナの力だけじゃからな。先人たちは、出土した聖遺物をそのまま使おうと試みた」


「そのまま……」


「結果は、どうじゃったと思う?」


「……失敗、したんですよね」


「うむ。聖遺物という『天災』は、人間の手には過ぎたるものじゃった」


 学園長は、維の右手を指差す。


「聖遺物から奔流のように流れ込むマナの情報を、人間の『演算領域』が処理しきれん。適合しようとした者たちは、悉くその脳を焼き切られて、廃人となったわ」


 維は、あの日の自分の暴走を思い出し、息を呑んだ。自分も、一歩間違えればそうなっていたのだ。


「そこで開発されたのが、今のおヌシらを護っておる《神律武装(レガリア)》というわけじゃ」


「……制限、ですか」


「その通り、優秀な若者じゃな。聖遺物の出力を、人間の演算領域でも安全に運用できるよう、ガチガチにリミッターをかけ、制御システムを被せた『兵器』。それが《神律武装(レガリア)》の正体じゃ」


 学園長は、そこで言葉を切ると、スキャンが終わりつつある維を真っ直ぐに見据えた。


「おヌシの右手にある聖痕は、その武装の『待機状態』。そして『実装インストール』とは、それを表に出す『起動状態』のことじゃ。必ず、この二つの形態がある。……本来ならば、な」


「……解析、終わりました」


 スキャンを終えた観月が、コンソールから顔を上げた。その表情は、困惑と驚愕に染まっている。


「どうじゃった?」


「……学園長。これは……」


 観月が、メインスクリーンに解析結果を映し出す。


「まず、あり得ないことが一つ。天束くんの聖痕には、実装形態が存在しません」


「……なんじゃと?」


「聖遺物を核に人為的に造られた武装である以上、待機状態と起動状態は必ず一対のはず。でも、彼の聖痕は、それ自体が起動している……。この時点でおかしい。完全な例外です」


「実装形態が無いということは……」


「……はい。聖遺物の特定も不可能です。核が特定できません」


 観月は、別のグラフを映し出した。


「ですが、これを見てください。聖痕に内包されているマナの総量……これは、とんでもない数値です。申し上げにくいのですが、学園長。あなたと、ほぼ同等レベルです」


 シン、と部屋が静まり返る。

 観月も怪訝な顔を隠せない。


「聖遺物そのものと適合した前例が、全く無いわけではありません。ですが、その聖遺物そのものの解析が出来ないなど……前例がありません」


 学園長は、心底面倒くさそうに頭を掻くと、維に向き直った。


「……小僧。おヌシ、本当に何者じゃ?」


「普通の人間のつもりですけど……」


「分かっておるわ!」


 学園長は、ガリッとキャンディを噛み砕いた。


「もうよい。スキャンなんぞ時間の無駄じゃ。小僧、あの日のように、その力を実装させてみよ」


「え!?」


「何かあれば、儂が自ら止める。観月、おヌシ、実験台になれ」


「……承知しました」


 観月は覚悟を決めると、維の真正面に立ち、静かに息を吸った。


「——実装インストール——【遍く視る眼(オムニサイト)】」


 彼女の言葉がトリガーとなる。

 観月の演算領域から放出されたマナが、光の粒子となって彼女の目元へと集束していく。

 半透明の緑色をしたレンズが虚空から展開され、それを支えるスマートなフレームが瞬時に構築されていく。

 システムが起動し、レンズの表面に高速で明滅する幾何学模様とヘッドアップディスプレイが浮かび上がった。

 維は、その緑色のゴーグルを見つめながら、恐る恐る右手を構える。

 だが、ダメだ。指先がカタカタと震える。

 あの日の記憶が蘇る。一華の武装から力を奪い、暴走しかけた恐怖。友人を失った絶望。


「……はぁっ……!ひゅっ……!」


「小僧?」


「だ、ダメだ……また、暴走したら……!」


 維は過呼吸気味になり、その場に膝をつきそうになる。


「さっき、あなたが言ったじゃないか……! 神律武装(レガリア)には、安全に運用するためのリミッターがあるって……!」


 維は、自らの右手の聖痕を睨みつける。


「俺のには、そのリミッターが無いんでしょう!?あの時みたいに、また暴走したら……!」


 その時、学園長が維の肩を掴んだ。その小さな手には、見た目にそぐわない強い力が込められていた。


「……儂を信じろ、小僧」


「!」


「おヌシはあの時、儂の一撃で意識を失った。あの程度で沈むヌシが、儂の目の前で、二度も同じ轍を踏めると本気で思うておるのか?」


 真剣な瞳だった。


「……やれ」


 維は、意を決して観月に右手を突き出す。


「——【模倣(イミテート)】!」


 力が、流れ込む。だが、あの時のように荒れ狂う奔流ではない。

 学園長が維の右腕に自らの手を翳し、そのマナの流れを強引に、しかし精密に「調節」しているのだ。


「観月!今じゃ!解析せよ!」


「はい!……これは……!?」


 観月の神律武装(レガリア)が、制御されたマナの流れを高速で読み解いていく。


「——解析、終了しました!」


 観月が叫んだ途端、維の中で張り詰めていた緊張の糸が切れた。


「……はぁっ……はぁ……っ!」


 汗だくになってその場に膝をつく。だが、問題は終わっていなかった。


「……う……わ……!」


 維の右手には、制御を失った模倣のエネルギー——観月から奪った神聖なマナそのものが、黒い稲妻を散らしながら暴発寸前の塊となって漂っていた。


「これ、どうすれば……!?」


「儂に向かって放て」


「は!?」


 学園長が、こともなげに言う。


「そんなことしたら、あなたが……!」


「黙れ。適合したばかりの若造の、しかも借り物の力で、この儂が傷付けられるものか」


 学園長は心底呆れたように溜め息をつく。


「……最後に言うぞ、小僧。儂を信じろ」


 維は覚悟を決めた。


「うおおおおおおおおっ!」


 暴発寸前のマナの塊を、学園長に向かって全力で放つ。

 それは、あのSランクのノイズを消し飛ばした一撃と、ほぼ同等の熱量。

 しかし——。

 学園長は、一歩も動かなかった。

 ただ、手に持っていたキャンディの棒を、迫り来るエネルギーの奔流に、トン、と突き出した。

 次の瞬間。

 あれほどの破壊の力が、まるで水面に落ちたインクが拡散するように、音もなく霧散した。

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