影を照らす日輪 その2
『マナの反応が消えておらん! むしろ圧縮されておる! 奴はまだ生きておるぞ!』
「え……?」
三人が振り返る。
枯れ落ちたと思われた植物の残骸が、一箇所に渦を巻いて収束していく。
その中心に立っていたのは、演習場に保管されていた「自律起動型対人戦闘訓練用アンドロイド」。
だが、その姿は異様だった。
装甲の隙間から無数の蔦が溢れ出し、全身を筋肉繊維のように覆っている。
【災厄の寄生木】は、一華という宿主を失った直後、近くにあった無機質な器へと乗り移ったのだ。
「ヴォォォォォォォォォン……!!」
蔦人間のようになったアンドロイドが、狂気的な咆哮を上げる。
先程とは違う鋭い殺意の圧力が、三人を襲う。
『緊急警報! 緊急警報!』
維の通信機に、オペレーターの悲鳴が重なる。
『学園内の全アンドロイドに異常発生! 一斉に暴走を始めました! その数、およそ3000体!!』
「なっ……!?」
『外部制御に切り替えよ!!』
『……駄目です! コントロールを受け付けません!』
目の前の異常個体を母体として、ネットワークを通じて学園中のアンドロイドをハッキングしたのだ。
演習場の外周から、爆発音と悲鳴が聞こえ始める。
「天束くん…!」
「維くん、私たちで…!」
三人は頷きあう。
維は、目の前のアンドロイドを睨みつけ、通信機に向かって叫んだ。
「——導師! 外の奴らは、お願いしてもいいですか!」
『なに?』
「目の前にいるこの元凶は……俺たち三人が止めます!!」
『……フン、抜かしおって』
学園長は、通信の向こうで、少し見ぬ間に変わった弟子の声を聞き、口角を吊り上げた。
隣で「いけません学園長! 危険すぎます!」と叫ぶ観月を、手で制する。
「好きにやらせてやれ、観月。……あやつらの『喧嘩』じゃ」
学園長は通信を切ると、校舎の屋上に立ち、眼下を埋め尽くす3000体の暴走アンドロイド軍団を見下ろした。
「さて……」
彼女は、ボキボキと首を鳴らす。
「さっきまでは、ただの囮でマナを垂れ流すだけじゃったからな。少々、鬱憤が溜まっておるのじゃ」
小さな身体から、神話級のマナが噴き上がる。
夜空が、彼女のマナの色に染まる。
「始祖の魔導師の恐怖……とくとご覧に入れようか」
最強の幼女は、怖い顔でニヤリと笑うと、両手に破滅的な魔導の光を灯し、敵の大軍へと飛び込んでいった。
◇
「ヴォォォォォォォォォン……!!」
蔦人間のようになったアンドロイドが、無機質な咆哮を上げる。
全身の蔦が鞭のようにうねり、周囲の空間を削り取るような音を立てていた。
「……はぁ、はぁ」
維は、いとを抱えて後退する。二人とも、マナは底を尽きかけていた。
(クソ……! あの異常なまでの再生能力が厄介すぎる……!)
維の「不可視のマナ弾」で吹き飛ばしても、蔦が瞬時に再生し、傷を塞いでしまう。
先程からそのイタチごっこであった。
「ははハ、排除……すスす、スル、るルるルる……!」
アンドロイドの胸部装甲が展開し、高密度のマナを収束させた砲口が、動けない維といとに向けられる。
相当数のマナを使用した極大ビーム。直撃すれば、塵も残らないだろう。
「——させないよッ!!」
閃光が走った。
二人の前に、夕陽色の髪をなびかせた一華が滑り込む。
「一華!?」
「下がってて、維くん!いとちゃん!」
一華は、迫りくる極大ビームに対して、一歩も退かずに右手をかざした。
「——【八咫・日輪返し】!!」
展開された【八咫鏡】が、ビームの奔流を真正面から受け止める。
鏡面が赤熱し、受け止めたエネルギーを瞬時に「太陽の熱量」へと変換。倍以上の威力の熱線として、アンドロイドへ撃ち返した。
「ギ、ガァァァッ!?」
アンドロイドが吹き飛ぶ。
だが、倒せない。熱線で溶けた装甲の下から、無数の蔦が湧き出し、瞬く間に機体を修復していく。
「……っ、また!?」
一華は唇を噛む。
鏡だけでは、この悪意は払えない。護ることはできても、終わらせることはできない。
「ど、どうしましょう……!」
背後で、いとが焦りの声を上げる。
「あんなの、どうやって倒せば……! このままじゃ、一華さんのマナも…!」
一華もまた、焦燥に駆られていた。
(攻め手が欲しい……! でも、私にはこれしか……)
「——一華ッ! 諦めるな!」
その時、維の叫び声が響いた。
「え……?」
「決めつけんな! お前の力は、そんな『護るだけ』のものじゃないはずだろ!」
維は、黒い手袋を嵌めた右手を握りしめていた。
さきほど、蔦越しに一華のマナに【模倣】試みた時、そして精神世界で彼女と繋がった時、維は感じていたのだ。
彼女の神律武装の奥底には、温かい太陽の光だけではない——もっと鋭く、攻撃的な極光の「刃」の気配が眠っていることを。
「俺は見た! お前の奥には、まだとんでもない力が眠ってる!」
維は、アンドロイドを見据えたまま叫ぶ。
「思い出せ! お前は護るために、震える足で前に出た! 恐怖を断ち切って踏み出したその『勇気』は……護るための盾か!?」
「……っ!」
一華の心臓が跳ねる。
違う。
あの時、私が抱いたのは「護りたい」という願いだけじゃない。
理不尽な暴力を、友達を傷つける悪意を、この手で叩き斬りたいという——強烈な「怒り」と「戦意」だ。
「お前の中に宿る、恐怖を切り裂くその意志は……『剣』を形取る筈だ!!」
維の声が、最後の鍵を砕く。
「自分を信じろ、一華! お前の中にある、本当の強さを引きずり出せ!!」
「……うんッ!!」
一華の迷いが消し飛ぶ。
(そうだ。私の力は、ただ護るだけじゃない)
彼女の心臓が、激しく脈打つ。
(暗闇を照らし、邪悪なものを焼き払う、浄化の炎!)
その覚悟に呼応するように。
『——祓え。我が愛し子よ』
内なる声が、彼女に新たな神具の名を告げる。
「……来るよ。……私の新しい…ううん、本当の力」
一華は、虚空に左手を突き出した。
そこにあるのは、鏡ではない。敵を討ち滅ぼすための、神の刃。
「——実装!!」
一華の手の中に、燃え盛る炎と雷を纏った、巨大な影が出現した。
それは、彼女の背丈よりも遥かに大きい、神々しい大太刀。
刀身そのものが揺らめく炎で形成され、鍔元には雷鳴が轟いている。
——第二神器、【草那藝ノ太刀】。
「凄ぇ……」
維が息を呑む。
一華は、その巨大な太刀を、マナで強化した腕力で軽々と振るってみせた。
ブンッ!! と空気が爆ぜる音が響く。
一華は、炎の刃をアンドロイドに向け、凛として告げた。
「——神託の刻だよ……!祓い清めてみせる…貴方のその、歪んだ悪意を!」




