影を照らす日輪 その1
「……っ!?」
暗闇の天井に亀裂が走る。
そこから差し込んだのは、目が眩むほどに鮮烈な「光」だった。
『東雲さーん!! 戻ってきてくださぁぁぁい!!』
いとの声も聞こえる。
そして、光の中心から、傷だらけの手が差し伸べられた。
「——一華ッ!!」
維だ。
彼は、闇を切り裂き、一華の目の前まで降りてきた。
「迎えに来たぞ! 帰ろう、一華!」
維が手を伸ばす。
だが——一華は、その手を取れなかった。
ビクリと身体を震わせ、後ずさる。
「……だめ」
「一華?」
「来ないで……。私は、貴方を傷つけた。貴方を親衛隊に襲わせて傷つけて、いとちゃんも巻き込んで……」
一華は、ボロボロと涙をこぼしながら首を振る。
「あゆみちゃんの事も忘れて、のうのうと生きてた……。私には、その手を取る資格なんてない!」
罪の意識が、彼女を縛り付ける。
こんな汚れた自分が、光の中に戻っていいはずがない。
維は、そんな一華を真っ直ぐに見据え、静かに言った。
「……資格なんて、俺にもないさ」
「え……?」
「俺も三枝さんを傷つけた。守れなかった。俺たちは二人とも失敗して、傷つけて、泥だらけだ」
維は、差し出した手を引っ込めない。
「でも……俺は知ってる。お前が、あの入試の日、俺を庇って倒れたことを。恐怖を押し殺して、俺を助けてくれた事を」
「……ッ!」
「一華が俺を助けてくれたから、今の俺がいる。……それだけは、絶対に変わらない事実なんだ!」
維の言葉が、一華の心の殻を砕いていく。
一華の目から、大粒の涙が溢れ出す。
「……ごめん、なさい……! 私、酷いこと言って……貴方を傷つけて……!」
一華は、精一杯の謝罪を叫んだ。
すると、光の中の維は、ニカっと笑った。
「謝罪なんて要らない。あぁ…そうだ、言い忘れていた事があったんだ」
維は差し出した手と反対の手で頭を掻きながら、真っ直ぐに一華を見据えた。
「あの時、みんなを……俺を助けてくれてありがとう、一華」
過去がどうであれ、罪がどうであれ。
今、目の前にいる少年は、私を必要としてくれている。
「一華。俺一人じゃ、世界は暗すぎる」
維は、ニカっと笑った。あの日、三人でいる時に見せたような、悪戯っぽく、けれど何よりも頼もしい笑顔で。
「お前という『太陽』がいてくれないと、俺は戦えない。……頼む、俺を助けてくれ」
助けてあげる、ではない。
助けてくれ、と彼は言った。
その言葉が、一華の背中を押す最後の一撃となった。
(私も、戦いたい。貴方の隣で。……今度こそ、誰も見捨てない理想の私になるために!)
一華は、涙を拭った。
そして、泥だらけの手を、力いっぱい伸ばした。
「——うんッ!!」
一華が手を伸ばす。
その瞬間、暗闇の世界が、天岩戸が開くように、眩い白光によって完全に塗り替えられた。
◇
維は、光り輝く左手を、怪物の中枢に叩きつけたまま静止していた。
「——バカなッ!!」
ローブの男が、半狂乱になって叫ぶ。
「聖遺物と完全に一体化した者を分離させるなど……それは神を否定するに等しい所業! 人ならざる行いだ! 身の程を弁えるのです!!」
男は必死に否定する。
「東雲 一華は戻らない! 彼女は既に吸収され、消えたのです! 死んだのです!!」
「——死んでなんかいませんッ!!」
いとが、血を吐くような声で叫び返した。
彼女の聖痕の光は、もう消えかかっている。限界を超えている。それでも、彼女は信じていた。
「私の友達二人は……不可能を可能にする、最高の友達なんです!!」
その叫びに呼応するように。
怪物の中枢に、亀裂が走った。
『——ありがと! いとちゃん!!』
一華の声が響き渡る。
次の瞬間、ガラスが割れるような甲高い音と共に、核が粉砕された。
「ギ、ギャアアアアアアアアアッ!?」
【災厄の寄生木】の断末魔の中、溢れ出したオレンジ色のマナの光に乗って、二つの影が舞い降りる。
地面に着地したのは、維と——彼に手を引かれた、東雲一華だった。
「……はぁ、はぁ……やったぞ!」
「……へへ。戻れたね……」
二人は、しっかりと手を繋いでいた。
それを見たいとは、涙でぐしゃぐしゃになった顔で、満面の笑みを浮かべ——そして、指差した。
「……あぁ! お二人とも! それ、ちょっとダメじゃないですか!?」
「ん?」
「手! 手を繋いでます! なんでっ! 抜け駆……じゃないっ! むぅぅぅっ!」
いとの悲痛な叫びに、維は慌てて手を離そうとするが、一華は逆にギュッと握り返した。
「へへーん! 役得、役得〜!」
「もうっ! 今日だけですからねっ!?」
三人の間に、いつもの空気が戻る。
背後では、核を失った【災厄の寄生木】の巨大な植物本体が、急速に枯死し、収縮していく。
「……チッ。潮時ですね……ですが、大変興味深い見世物でした」
それを見たローブの男は、興味を失ったように呟いた。
「私のシナリオを壊してくれたあなた方を、私は絶対に許しません。……必ずまた相見えましょう、イレギュラーたちよ」
男の姿が陽炎のように揺らぎ、風に溶けるように消え失せた。
「……逃げたか」
維は舌打ちするが、追う余力はない。
一華は、維といとに向き直り、深く頭を下げた。
「……維くん、いとちゃん。本当に、ありがとう……! 二人の声、ちゃんと聞こえたよ!」
これで、終わった。
誰もがそう安堵した、その時だった。
『——気を抜くな、馬鹿弟子がッ!!』
復活した通信機から、学園長の怒声が響いた。




