太陽は影を射さない その2
世界が、白く反転する。
音も、痛みも、重圧も消えた。
気づけば、維はあの時——力を手に入れた時と同じ、深い闇の中に立っていた。
『——やあ。また会ったね』
暗闇の底から、あの優しい声が響く。
維は、迷うことなく闇を睨みつけた。
「……頼みがあるんだ」
『おや、せっかちだね』
「今、ここで! あいつを……一華を救える力をくれ!! 対価ならいくらでも払う! 命だってくれてやる!だから……!!」
必死の懇願。ここがどこで、目の前にいる奴が誰で、なぜ何などは今、どうでもいい。
すると、声の主は、くすくすと楽しそうに、けれど少しだけ冷ややかに笑った。
『あはは。必死だね。そんなに彼女が大事なの?……それに、勘違いしていないかい?』
『キミの右手。【模倣】は、あるがままの世界を受け入れ、学び、真似る力だ。それは「肯定」の力。……だから、すでに「終わってしまった結末」すらも、肯定してしまう』
「っ……!」
『受け入れたら、救えないよ。彼女の結末も、世界の理不尽も』
声が、維の核心を突く。
そうだ。模倣するだけじゃダメだ。今の現実をなぞるだけじゃ、この最悪なシナリオは覆せない。
『思い出してごらん。今日、あの弟子入り試験の時。キミは、最強の魔導師に対して、何をした?』
脳裏に蘇る、あの一瞬。
マナを相殺し、懐に飛び込み、それでも届かないと悟った瞬間。
湧き上がったのは、「勝ちたい」という欲望。
そして、「理不尽な強さをひっくり返したい」という、強烈な反骨心。
『キミは、抗ったはずだ。理不尽を認めず、現実をねじ曲げてでも、自分の信念を叩き込んだ。もうキミは、すでにその力の片鱗に触れている』
闇の中から、白い指先が現れ、維の左手を指差した。
『それが、キミのもう一つの力。あの時、器が足りなくて渡せなかった、最後のピースだ』
維の左手が、熱く脈動する。
黒き【模倣】とは対をなす、白き輝き。
それは、現実を拒絶し、己のエゴで上書きする力。
『その力の名は【再構築】。……否定と創生の権能』
『器は今ここに定まった。さあ、今一度、問おうか。天束 維』
声の主が、試すように囁く。
『キミは、この確定した絶望的なシナリオを、どうしたい?』
維は、拳を握りしめた。
迷いなど、最初からなかった。答えは、あの時と変わらない。
「……気に入らない」
『うん?』
「友達が傷つき、誰も救われない……こんなクソみたいなシナリオは、俺は認めたくない!」
維は、闇に向かって咆哮した。
「ぶっ壊して、創り変えてやる!! 俺の手で!! 俺たちの望む、最高の結末にッ!!」
その言葉を待っていたかのように。
闇が、歓喜に震えた。
『——うん、それでいい。それが「適合者」の資格だ。さあ、行っておいで。……この理不尽な世界を、否定するために』
闇が砕け散る。
維の意識が、現実へと還る。
◇
「——おおおおおおおおおおッ!!」
維の咆哮と共に、彼の左手の甲に白き聖痕が刻まれた。
そして、全身から溢れ出したオレンジ色のマナが、押し寄せていた蔦の奔流を、物理的な衝撃波となって反対方向へ弾き飛ばした。
「な……ッ!?」
ローブの男が、初めて驚愕に目を見開く。
「植物の質量を……マナの放出だけで押し返しただと!?」
土煙が晴れる。
そこには、オレンジ色の温かいオーラに包まれた維が立っていた。
そして——。
「……え?」
いとが、信じられないものを見るように声を漏らす。
維が突き出した両手の前に、一つの「鏡」が浮かんでいた。
太陽を模した円形の鏡。神代の文字が刻まれた黄金の縁。
それは、幻影ではない。
維が、一華のマナを【模倣】し、その本質を【再構築】してこの場に顕現させた、悪神を焼き尽くす太陽の化神。
「——神律武装、【八咫鏡】」
奇跡が形を成して、そこにはあった。
維は、鏡越しにローブの男を睨みつける。
「さあ、神託の刻だ。続きを始めようぜ。……お前の腐った神話は、俺たちが書き換える!」
いとは、倒れ伏したまま、目の前に立つ維の背中を見上げていた。
一華の神律武装であるはずの【八咫鏡】を実装させたことにも度肝を抜かれた。だが、いとの視線は、それよりも維の左手に釘付けになっていた。
「……二つ目の…聖痕?」
維の右手の甲には、黒い聖痕。
そして今、左手の甲には、白く輝く聖痕が刻まれている。
適合できる神律武装は、一人につき一つ。
これは、適合者にとっての常識であり、絶対のルールだ。あの最強と謳われる学園長ですら、その理からは外れていない。
即ち、聖痕は一人の魂につき一つしか宿らないはずなのだ。
(なのに、どうして……天束くんには……)
白と黒。二つの輝きを宿す彼は、本当に「規格外」なのだと、いとは戦慄と共に理解させられた。彼もまた、特別なのだと。
維の意識は、かつてないほど澄み渡っていた。
脳の血管一本一本にまで、マナと酸素が十全に行き渡り、世界がスローモーションに見える。
「……分かる、理解できる。これが、俺の神律武装の本当の力…!」
維は、自身の左手を見つめた。
誰に教わったわけでもない。だが、この力が「何」であり、「どう使うべきか」が、本能レベルで理解できている。
「……ッ、巫山戯るのも大概になさい……!!」
頭上から、焦りと苛立ちの混じった声が降ってくる。
ローブの男だ。彼は、自身のシナリオを破壊されたことに激昂していた。
「この土壇場で奇跡を起こしたとでも言うのですか!? なんだその力は!? 何故、聖痕を二つ持っているのです!」
男が手を振り上げる。
「貴様は……一体、なんなのだ!?」
「——ギギギギギッ!!」
男の怒りに呼応し、【災厄の寄生木】が暴れだす。
四方八方から、数百の蔦が槍となって維に殺到した。回避不能の全方位攻撃。
だが、維は動じない。
「……俺か?」
維は、迫りくる死の群れを前に、フッと笑った。
「俺はただの、『序列外』さ」




