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ランクレス・レガリア  作者: 下朴公脩
1章:太陽は影を射さない
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太陽は影を射さない その2

 世界が、白く反転する。

 音も、痛みも、重圧も消えた。

 気づけば、維はあの時——力を手に入れた時と同じ、深い闇の中に立っていた。


『——やあ。また会ったね』


 暗闇の底から、あの優しい声が響く。

 維は、迷うことなく闇を睨みつけた。


「……頼みがあるんだ」


『おや、せっかちだね』


「今、ここで! あいつを……一華を救える力をくれ!! 対価ならいくらでも払う! 命だってくれてやる!だから……!!」


 必死の懇願。ここがどこで、目の前にいる奴が誰で、なぜ何などは今、どうでもいい。

 すると、声の主は、くすくすと楽しそうに、けれど少しだけ冷ややかに笑った。


『あはは。必死だね。そんなに彼女が大事なの?……それに、勘違いしていないかい?』


『キミの右手(それ)。【模倣(イミテート)】は、あるがままの世界を受け入れ、学び、真似る力だ。それは「肯定」の力。……だから、すでに「終わってし(カラミティ・)まった結末(ミストルティン)」すらも、肯定してしまう』


「っ……!」


『受け入れたら、救えないよ。彼女の結末()も、世界の理不尽も』


 声が、維の核心を突く。

 そうだ。模倣するだけじゃダメだ。今の現実をなぞるだけじゃ、この最悪なシナリオは覆せない。


『思い出してごらん。今日、あの弟子入り試験の時。キミは、最強の魔導師に対して、何をした?』


 脳裏に蘇る、あの一瞬。

 マナを相殺し、懐に飛び込み、それでも届かないと悟った瞬間。

 湧き上がったのは、「勝ちたい」という欲望。

 そして、「理不尽な強さをひっくり返したい」という、強烈な反骨心。


『キミは、()()()はずだ。理不尽を認めず、現実をねじ曲げてでも、自分の信念を叩き込んだ。もうキミは、すでにその力の片鱗に触れている』


 闇の中から、白い指先が現れ、維の左手を指差した。


『それが、キミのもう一つの力。あの時、器が足りなくて渡せなかった、最後のピースだ』


 維の左手が、熱く脈動する。

 黒き【模倣(イミテート)】とは対をなす、白き輝き。

 それは、現実を拒絶し、己のエゴで上書きする力。


『その力の名は【再構築(リビルド)】。……否定と創生の権能』


『器は今ここに定まった。さあ、今一度、問おうか。天束 維(あまつか ゆい)


 声の主が、試すように囁く。


『キミは、この確定した絶望的なシナリオを、どうしたい?』


 維は、拳を握りしめた。

 迷いなど、最初からなかった。答えは、あの時と変わらない。


「……気に入らない」


『うん?』


「友達が傷つき、誰も救われない……こんなクソみたいなシナリオは、俺は認めたくない!」


 維は、闇に向かって咆哮した。


「ぶっ壊して、創り変えてやる!! 俺の手で!! 俺たちの望む、最高の結末にッ!!」


 その言葉を待っていたかのように。

 闇が、歓喜に震えた。


『——うん、それでいい。それが「適合者(キミ)」の資格だ。さあ、行っておいで。……この理不尽な世界を、否定するために』


 闇が砕け散る。

 維の意識が、現実へと還る。


 ◇


「——おおおおおおおおおおッ!!」


 維の咆哮と共に、彼の左手の甲に白き聖痕が刻まれた。

 そして、全身から溢れ出したオレンジ色のマナが、押し寄せていた蔦の奔流を、物理的な衝撃波となって反対方向へ弾き飛ばした。


「な……ッ!?」


 ローブの男が、初めて驚愕に目を見開く。


「植物の質量を……マナの放出だけで押し返しただと!?」


 土煙が晴れる。

 そこには、オレンジ色の温かいオーラに包まれた維が立っていた。

 そして——。


「……え?」


 いとが、信じられないものを見るように声を漏らす。

 維が突き出した両手の前に、一つの「鏡」が浮かんでいた。

 太陽を模した円形の鏡。神代の文字が刻まれた黄金の縁。

 それは、幻影ではない。

 維が、一華のマナを【模倣(イミテート)】し、その本質を【再構築(リビルド)】してこの場に顕現させた、悪神を焼き尽くす太陽の化神。


「——神律武装(レガリア)、【八咫鏡(ヤタノカガミ)】」


 奇跡が形を成して、そこにはあった。

 維は、鏡越しにローブの男を睨みつける。


「さあ、神託の刻だ。続きを始めようぜ。……お前の腐った神話(シナリオ)は、俺たちが書き換える!」


 いとは、倒れ伏したまま、目の前に立つ維の背中を見上げていた。

 一華の神律武装(レガリア)であるはずの【八咫鏡(ヤタノカガミ)】を実装(インストール)させたことにも度肝を抜かれた。だが、いとの視線は、それよりも維の左手に釘付けになっていた。


「……二つ目の…聖痕?」


 維の右手の甲には、黒い聖痕。

 そして今、左手の甲には、白く輝く聖痕が刻まれている。

 適合できる神律武装(レガリア)は、一人につき一つ。

 これは、適合者にとっての常識であり、絶対のルールだ。あの最強と謳われる学園長ですら、その理からは外れていない。

 即ち、聖痕は一人の魂につき一つしか宿らないはずなのだ。


(なのに、どうして……天束くんには……)


 白と黒。二つの輝きを宿す彼は、本当に「規格外(イレギュラー)」なのだと、いとは戦慄と共に理解させられた。彼もまた、特別なのだと。

 維の意識は、かつてないほど澄み渡っていた。

 脳の血管一本一本にまで、マナと酸素が十全に行き渡り、世界がスローモーションに見える。


「……分かる、理解できる。これが、俺の神律武装(レガリア)の本当の力…!」


 維は、自身の左手を見つめた。

 誰に教わったわけでもない。だが、この力が「何」であり、「どう使うべきか」が、本能レベルで理解できている。


「……ッ、巫山戯るのも大概になさい……!!」


 頭上から、焦りと苛立ちの混じった声が降ってくる。

 ローブの男だ。彼は、自身のシナリオを破壊されたことに激昂していた。


「この土壇場で奇跡を起こしたとでも言うのですか!? なんだその力は!? 何故、聖痕を二つ持っているのです!」


 男が手を振り上げる。


「貴様は……一体、なんなのだ!?」


「——ギギギギギッ!!」


 男の怒りに呼応し、【災厄の(カラミティ・)寄生木(ミストルティン)】が暴れだす。

 四方八方から、数百の蔦が槍となって維に殺到した。回避不能の全方位攻撃。

 だが、維は動じない。


「……俺か?」


 維は、迫りくる死の群れを前に、フッと笑った。


「俺はただの、『序列外(ランクレス)』さ」

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