厄災 その3
オペレーターの号令と共に、維は地面を蹴った。
目指すは開かれたゲート。
仲間を救い、因縁を断ち切るための、最速の救助劇が幕を開けた。
轟音と共に、演習場のゲートが強制開放される。
「開いたぞ! 急げ!」
「逃げろ! 早く!」
中から雪崩のように押し寄せてきたのは、パニックに陥った生徒たちだった。
維は、逆流する人の波をかき分け、避難誘導をしていた観月のもとへ辿り着いた。
「観月先生!」
「天束くん! 無事だったのね!」
観月は、結界を展開しながら生徒を守り抜いていたようで、疲労の色が濃い。だが、維の姿を見ると、すぐに厳しい顔に戻った。
だが、安堵も束の間。
逃げ惑う生徒たち——特にA組の親衛隊たちが、維の姿を認めるなり、血走った目で詰め寄ってきた。
「——おい! また貴様か!」
「お前のせいで、またこんなことになったんじゃないのか!?」
「何をしたんだ! 東雲さんをどうした!?」
恐怖と混乱が、最も手近な「異物」への攻撃性に変わる。
胸ぐらを掴まれ、揉みくちゃにされる維。
「違う! 俺は助けに……!」
「黙れよ! 序列外の分際で!」
「——いい加減にしなさい!!」
その場を制したのは、観月の一喝だった。
「今はそんな事を言っている場合ではありません! この場からの避難が最優先です! 文句があるなら生き残ってから言いなさい!」
教師の剣幕に、生徒たちがたじろぐ。
その隙に、維は周囲を見渡した。
避難してくる生徒の群れ。だが、その中に——一番心配していた友人の姿が…小柄な少女の姿がない。
「先生! 三枝さんは!?」
「え……?」
観月がハッとして振り返る。
「そんな…!?さっきまで、私の後ろにいたはずなのに……! 嘘、どこに……!」
「……くそっ!」
維は迷わず、踵を返した。
開かれたゲート。その奥、植物の地獄と化した演習場の深部へ。
「天束君!?」
「先生は皆を連れて逃げてください! 俺は三枝さんを探してきます!」
「はぁ!? あいつ、正気かよ!?」
すれ違いざま、男子生徒の嘲笑が背中に投げつけられる。
「お前なんかに何が出来るんだよ、序列外!」
「自殺志願者か? 死にたいなら一人で死ねよ! 俺たちを巻き込むな!」
「……あなたたち、いい加減に…!」
雑音だ。
維の足は止まらない。脳裏によぎるのは、あの入学試験の日の出来事。そして、自分の未熟さでいとを傷つけてしまった時の無力感。
「……ああ、そうだな。お前らの言う通りだよ…俺には何も出来ないかもしれない」
維は、振り返らずに叫んだ。
「けどな……! 『出来ない』で諦めて、見殺しにするのは……もう沢山なんだッ!!」
その咆哮は、嘲笑っていた生徒たちを黙らせるほどの気迫に満ちていた。
理屈じゃない。可能性でもない。
ただ、二度と同じ後悔をしたくないという、魂の悲鳴。
維がゲートの奥へと姿を消した、その直後だった。
「きゃあああっ!?」
大地が震え、ゲートの入り口に巨大な蔦が殺到した。
まるで、獲物が袋小路に入ったのを見計らったかのように、脱出路が植物の壁で完全に封鎖される。
「しまった……誘われた!?」
観月は、完全に閉ざされたゲートを前に愕然とする。
「学園長! 聞こえますか! ゲートが封鎖されました! 天束君と、数名の生徒が中に……!」
◇
一方、上空。
『……ゲートが封鎖されました!』
観月からの悲痛な通信を受け、導師——常世時子は、ギリっと歯噛みした。
「勝手な真似をしおって……! 後で仕置きじゃな、馬鹿弟子が!」
悪態をつきながらも、その目は鋭く演習場を見据えている。
この規模の蔦の防壁、外からこじ開けるには、中の生徒ごと吹き飛ばす覚悟の出力が必要になる。
「ええい、加減が難しいわ!」
学園長が、精密な魔導砲撃で一点突破を図ろうと構えた、その時だった。
「……む?」
彼女の知覚が、異質な気配を捉えた。
演習場ではない。その背後。
学園本校舎の屋上に、一つの人影が佇んでいる。
「……あんな所に…」
避難誘導中の生徒ではない。
灰色のローブを深々と被り、この惨状を特等席で眺めるように見下ろしている。
その姿から漂うのは、生物的な気配ではなく、希薄な「影」のような不気味さ。
「観月! おヌシは生徒の安全確保を第一に考えろ! 通信切るぞ!」
『えっ、学園長!?』
学園長は一方的に通信を切ると、空中で身を翻し、一瞬で校舎の屋上へと肉薄した。
「——何者じゃ」
着地と同時に、殺気を叩きつける。
だが、ローブの人物は動じない。フードの奥から、性別の判別できない低い声が響く。
「……やはり、気づきましたか。《始祖の魔導師》」
「ローブを取れ。顔を見せろ」
問答無用。
学園長の指先から、不可視のマナ弾が放たれる。
維を苦しめた一撃よりも遥かに鋭く、速い。直撃すれば頭部が弾け飛ぶ威力。
だが。
マナ弾は、ローブの人物の身体を——まるで蜃気楼かホログラムのように、素通りした。
背後の貯水タンクが破裂し、水しぶきが上がる。
「む……ッ!?」
「物理干渉無効、およびマナ透過。……貴女の魔導でも、ここにいない私は捉えられませんよ」
影のような存在。
実体を持たず、ただそこに「映像」として存在しているかのような。
(外律の類か……!)
「……機は、熟しました」
ローブの人物が、演習場の方角——巨大な植物のドームを指差す。
「種は芽吹き、太陽を蝕み、新たな神話の苗床となる。……貴女の可愛い生徒が、どうあがくか見ものです」
「貴様……! あの小僧に手出ししてみろ、地の果てまで追い詰めて殺すぞ!」
「フフ……。期待していますよ」
言うが早いか、ローブの輪郭が揺らぎ、溶けるように大気に霧散していく。
「待てッ!!」
学園長が手を伸ばすが、そこにはもう、風が吹くだけだった。
「……クソッ! 逃げ足だけは速い!」
学園長は拳を握りしめ、眼下の演習場を見下ろす。
あのローブの言葉が正しければ、事態は最悪のフェーズに移行しつつある。
「……死ぬなよ、小僧ども」
最強の師匠ですら手出しできない、隔離された戦場。
ここから先は、彼ら自身の力で切り開くしかない。




