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ランクレス・レガリア  作者: 下朴公脩
1章:太陽は影を射さない
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厄災 その3

 オペレーターの号令と共に、維は地面を蹴った。

 目指すは開かれたゲート。

 仲間を救い、因縁を断ち切るための、最速の救助劇が幕を開けた。

 轟音と共に、演習場のゲートが強制開放される。


「開いたぞ! 急げ!」


「逃げろ! 早く!」


 中から雪崩のように押し寄せてきたのは、パニックに陥った生徒たちだった。

 維は、逆流する人の波をかき分け、避難誘導をしていた観月のもとへ辿り着いた。


「観月先生!」


「天束くん! 無事だったのね!」


 観月は、結界を展開しながら生徒を守り抜いていたようで、疲労の色が濃い。だが、維の姿を見ると、すぐに厳しい顔に戻った。

 だが、安堵も束の間。

 逃げ惑う生徒たち——特にA組の親衛隊たちが、維の姿を認めるなり、血走った目で詰め寄ってきた。


「——おい! また貴様か!」


「お前のせいで、またこんなことになったんじゃないのか!?」


「何をしたんだ! 東雲さんをどうした!?」


 恐怖と混乱が、最も手近な「異物」への攻撃性に変わる。

 胸ぐらを掴まれ、揉みくちゃにされる維。


「違う! 俺は助けに……!」


「黙れよ! 序列外(ランクレス)の分際で!」


「——いい加減にしなさい!!」


 その場を制したのは、観月の一喝だった。


「今はそんな事を言っている場合ではありません! この場からの避難が最優先です! 文句があるなら生き残ってから言いなさい!」


 教師の剣幕に、生徒たちがたじろぐ。

 その隙に、維は周囲を見渡した。

 避難してくる生徒の群れ。だが、その中に——一番心配していた友人の姿が…小柄な少女の姿がない。


「先生! 三枝さんは!?」


「え……?」


 観月がハッとして振り返る。


「そんな…!?さっきまで、私の後ろにいたはずなのに……! 嘘、どこに……!」


「……くそっ!」


 維は迷わず、踵を返した。

 開かれたゲート。その奥、植物の地獄と化した演習場の深部へ。


「天束君!?」


「先生は皆を連れて逃げてください! 俺は三枝さんを探してきます!」


「はぁ!? あいつ、正気かよ!?」


 すれ違いざま、男子生徒の嘲笑が背中に投げつけられる。


「お前なんかに何が出来るんだよ、序列外(ランクレス)!」


「自殺志願者か? 死にたいなら一人で死ねよ! 俺たちを巻き込むな!」


「……あなたたち、いい加減に…!」


 雑音だ。

 維の足は止まらない。脳裏によぎるのは、あの入学試験の日の出来事。そして、自分の未熟さでいとを傷つけてしまった時の無力感。


「……ああ、そうだな。お前らの言う通りだよ…俺には何も出来ないかもしれない」


 維は、振り返らずに叫んだ。


「けどな……! 『出来ない』で諦めて、見殺しにするのは……もう沢山なんだッ!!」


 その咆哮は、嘲笑っていた生徒たちを黙らせるほどの気迫に満ちていた。

 理屈じゃない。可能性でもない。

 ただ、二度と同じ後悔をしたくないという、魂の悲鳴。

 維がゲートの奥へと姿を消した、その直後だった。


「きゃあああっ!?」


 大地が震え、ゲートの入り口に巨大な蔦が殺到した。

 まるで、獲物が袋小路に入ったのを見計らったかのように、脱出路が植物の壁で完全に封鎖される。


「しまった……誘われた!?」


 観月は、完全に閉ざされたゲートを前に愕然とする。


「学園長! 聞こえますか! ゲートが封鎖されました! 天束君と、数名の生徒が中に……!」


 ◇


 一方、上空。


『……ゲートが封鎖されました!』


 観月からの悲痛な通信を受け、導師(マスター)——常世時子は、ギリっと歯噛みした。


「勝手な真似をしおって……! 後で仕置きじゃな、馬鹿弟子が!」


 悪態をつきながらも、その目は鋭く演習場を見据えている。

 この規模の蔦の防壁、外からこじ開けるには、中の生徒ごと吹き飛ばす覚悟の出力が必要になる。


「ええい、加減が難しいわ!」


 学園長が、精密な魔導砲撃で一点突破を図ろうと構えた、その時だった。


「……む?」


 彼女の知覚が、異質な気配を捉えた。

 演習場ではない。その背後。

 学園本校舎の屋上に、一つの人影が佇んでいる。


「……あんな所に…」


 避難誘導中の生徒ではない。

 灰色のローブを深々と被り、この惨状を特等席で眺めるように見下ろしている。

 その姿から漂うのは、生物的な気配ではなく、希薄な「影」のような不気味さ。


「観月! おヌシは生徒の安全確保を第一に考えろ! 通信切るぞ!」


『えっ、学園長!?』


 学園長は一方的に通信を切ると、空中で身を翻し、一瞬で校舎の屋上へと肉薄した。


「——何者じゃ」


 着地と同時に、殺気を叩きつける。

 だが、ローブの人物は動じない。フードの奥から、性別の判別できない低い声が響く。


「……やはり、気づきましたか。《始祖の魔導師(プライム・ソーサラー)》」


「ローブを取れ。顔を見せろ」


 問答無用。

 学園長の指先から、不可視のマナ弾が放たれる。

 維を苦しめた一撃よりも遥かに鋭く、速い。直撃すれば頭部が弾け飛ぶ威力。

 だが。

 マナ弾は、ローブの人物の身体を——まるで蜃気楼かホログラムのように、素通りした。

 背後の貯水タンクが破裂し、水しぶきが上がる。


「む……ッ!?」


「物理干渉無効、およびマナ透過。……貴女の魔導でも、ここにいない私は捉えられませんよ」


 影のような存在。

 実体を持たず、ただそこに「映像」として存在しているかのような。


外律(ヘレティック)の類か……!)


「……機は、熟しました」


 ローブの人物が、演習場の方角——巨大な植物のドームを指差す。


「種は芽吹き、太陽を蝕み、新たな神話の苗床となる。……貴女の可愛い生徒が、どうあがくか見ものです」


「貴様……! あの小僧に手出ししてみろ、地の果てまで追い詰めて殺すぞ!」


「フフ……。期待していますよ」


 言うが早いか、ローブの輪郭が揺らぎ、溶けるように大気に霧散していく。


「待てッ!!」


 学園長が手を伸ばすが、そこにはもう、風が吹くだけだった。


「……クソッ! 逃げ足だけは速い!」


 学園長は拳を握りしめ、眼下の演習場を見下ろす。

 あのローブの言葉が正しければ、事態は最悪のフェーズに移行しつつある。


「……死ぬなよ、小僧ども」


 最強の師匠ですら手出しできない、隔離された戦場。

 ここから先は、彼ら自身の力で切り開くしかない。

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