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ランクレス・レガリア  作者: 下朴公脩
1章:太陽は影を射さない
30/40

厄災 その2

「それにしても、解せぬ」


「何がですか?」


「搬入ルートの警備は、儂が構築した最高レベルの結界と、厳選されたスタッフしかおらんかった。外部からのすり替えなど不可能のはずじゃ」


 学園長の瞳が、冷たく細められる。


「それを知られずに中身をすり替え、あろうことか生徒が集まる演習場のど真ん中に解放したとなれば……」


 維もまた、その意味を悟り、背筋が凍るのを感じた。


「……手引きした奴がいる、って言いたいんですか?」


「ああ。それも、この搬入計画を知り、学園内へのアクセス権を持ち、生徒に近づける立場にいる人間がな」


 明確な悪意を持った何者かが、学園の中に潜んでいる。

 だが、今は犯人探しをしている時間はない。


「……犯人が誰であれ、今は一華と三枝さんたちを助けるのが先です」


「うむ。東雲 一華があの植物の宿主となった以上、被害は学園内だけでは済まんぞ。なんとしても止めねばならんが……」


 その時、学園長のデバイスに、オペレーターからの悲痛な報告が入った。


『緊急連絡! 第一演習場のセーフティロックが作動! 内部に、多数の生徒が取り残されています!』


『バイタルデータ受信……ッ! 少数ですが、危険値を示している生徒もいます! 一刻を争う状況です!』


「なんじゃと……!?」


『ロックはシステムごと蔦に侵食されており、演習場外部からの強制解除を受け付けません!』


「……ッ!」


 維の顔色が変わる。中には三枝さんがいるはずだ。他にも、逃げ遅れたB組やA組の生徒たちが。


導師(マスター)。……俺に行かせてください」


 維は即座に立ち上がる。


「ならん!」


 だが、学園長は冷徹に一喝した。


「おヌシが行ってどうする。さっき蔦に捕まった時、手も足も出んかったじゃろうが」


「それは……!」


「試験での結果は、あくまで『一撃入れる』というルールの中での話じゃ。これは実戦。しかも相手は規格外の厄災じゃぞ。しくじれば、待っているのは『死』のみ」


 学園長は、維の肩を強く掴む。


「みすみす弟子を死地に送るなど、教育者として認められん」


 その時だった。


『——いいえ、彼に来てもらわないと困ります、学園長』


 オープンチャットの回線に、凛とした女性の声が割り込んだ。


「この声……観月先生!?」


『ええ。天束君、聞こえる?』


 ノイズ交じりの音声の向こうから、爆発音と指示を飛ばす声が聞こえる。


『私は今、演習場の中にいるわ。状況は概ね、学園長の予想通りよ。東雲さんが核となり、無差別に周囲を攻撃している』


「観月、無事か!」


『生徒たちを守りながらですから、じきにジリ貧ですが……。ロックの制御盤には辿り着きました。内側からなら、私の【遍く視る眼(オムニサイト)】で解除可能です』


「でかした!」


 学園長が叫ぶ。だが、すぐに表情を曇らせた。


「じゃが、ロックを外したところで、出口はあの蔦の防壁に塞がれておる。生徒を連れて強行突破など不可能じゃぞ」


「だから、俺が行くんです」


 維が、強い意志を込めて言った。


導師(マスター)。俺は、あの化け物と戦いに行くんじゃありません。これは『人命救助』の作戦です」


「……策があると言うのか?」


「あります。俺にしか思いつかない、最悪で最高の方法が」


 維は、校舎の影から、演習場を覆う巨大な植物を見据え、作戦を告げた。


「あの神律武装(レガリア)の特性を、逆に利用するんですよ」


 ◇


 数秒後。

 全員のデバイスが、学園の作戦回線でリンクされた。


『回線構築完了。全メンバー、及び周辺の防衛部隊、リンクしました。リアルタイムでバックアップします』


 オペレーターの声が、緊張と共に響く。


「……作戦を伝えます」


 維の声が、回線を通じて全員に届く。


「現在、演習場の中枢にある本体は沈黙している。この隙に、観月先生は生存している全生徒を、突入ルート上にある『第3ゲート』へ誘導してください」


『了解。……セキュリティの解析終了。ゲートのロック解除まで、あと120秒』


 観月が即答する。


「ゲートが開いた瞬間が勝負です。俺が外側からゲートへ走り、出てきた生徒たちを安全地帯まで誘導・搬送します」


「待て小僧」


 学園長が口を挟む。


「理屈は分かるが、ゲートが開けば、当然あの蔦も殺到するぞ? 生徒もろとも串刺しじゃ」


「ええ。だから……『囮』が必要なんです」


 維は、ニヤリと悪戯っぽく笑った。


「【災厄の(カラミティ・)寄生木(ミストルティン)】は、より強いマナを求めて寄生する。今は一華が宿主ですが……もし、それよりも遥かに強大で美味しそうなマナを持った存在が、急に現れたらどうしますか?」


 学園長は、ハッとして——そして、凶悪な笑みを浮かべた。


「……なるほど。より上質な宿主を求めて、中身を捨ててでも喰らいに来る、か」


「その役目を、あなたにお願いできませんか、導師(マスター)


「クックッ……! 良い度胸じゃ。儂を餌にするとはな! よかろう!」


 学園長は、バサリとドレスを翻し、上空へと浮上していく。


「手順はこうです。観月先生がゲートを開くのと同時に、導師(マスター)がマナを解放して蔦を引きつける。蔦の包囲が薄くなった一瞬を突いて、俺が避難する生徒たちを誘導。……全員の避難が完了次第、形成された侵入経路から学園の部隊が突入し、騒動を鎮圧してください」


『第3ゲート前、生徒の誘導完了しました! ロック解除まで、あと10秒!』


 観月の緊迫した声。


「よし……配置につけ!」


 学園長が上空で構える。

 維は、スタートラインとなる校舎の角で、いつでも駆け出せる体勢をとる。


『カウント……3、2、1……』


「——アンロック!!」


 演習場の重厚なゲートが、強制開放される。

 それと同時に。


「——来い、植物風情が!!」


 上空の学園長が、リミッターを外し、超高密度のマナを解放した。

 大気が震え、空間が歪む。

 それは、挑発というにはあまりにも巨大すぎる、王者の覇気。


「——ギギギギギギッ!!」


 反応は劇的だった。

 ゲートの隙間から溢れ出ようとしていた蔦の全てが、地上の生徒や維など目もくれず、上空の極上のエサを喰らおうと、一斉に鎌首をもたげ、殺到した。


「今だッ!!」


作戦開始(ミッション・スタート)!!』

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