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ランクレス・レガリア  作者: 下朴公脩
1章:太陽は影を射さない
29/40

厄災 その1

(ひとつ殻を破れた…この人についていけば、俺は強くなれる…!)


 確かな手応えを噛み締めていた、その時だった。


「——ッ!?」


「——むッ!?」


 二人が同時に、空を見上げた。

 学園中を、おぞましいマナの波長が覆い尽くす感覚。吐き気を催すような、粘着質な悪意。

 学園長のマナデバイスに、緊急通信が入る。


『報告致します! 先ほど、研究区画へ搬入された護送中の聖遺物ですが……封印を開封したところ、中身がすり替わっています!』


「なんじゃと!?」


『さらに報告! 第一演習場にて、大規模なマナ反応を検知! 解析班によると、この波長は……護送中だった聖遺物のもので間違いありません! 推定脅威度SS!』


 学園長の表情が凍りつく。


「……チッ! してやられたか!」


 すぐに維へ避難を命じようと振り返る。


「小僧! 今すぐ……」


 いない。

 さっきまで維がいた場所に、彼の姿はない。

 学園長が慌てて演習場の出口を見ると、遥か先、校舎の方角へ全速力で走っていく維の背中が見えた。


「あんの馬鹿者め! 聞いておったのか!」


 学園長は舌打ちをし、その後を追う。


 ◇


 維は、痛む身体に鞭を打ち、第一演習場へと走っていた。


「なんだ、今の寒気は……!」


 聖遺物がすり替わっている? 大規模な反応?

 詳しいことは分からない。だが、場所が「第一演習場」だということだけは聞こえた。


「あそこには、三枝さんがいる。一華もいる!」


 復帰したばかりのいと。記憶を取り戻して不安定な一華。

 二人がいる場所で、何かが起きている。

 逃げ惑う生徒や職員たちの波を逆走し、維は震源地へと急ぐ。


「無事でいてくれッ!」


 演習場が見えてきた、その時だった。


「——が、ぁっ!?」


 足元の地面が割れ、巨大な荊のような蔦が飛び出した。

 反応する間もなく、維の身体は蔦に捕縛され、空中に吊り上げられる。


「ぐ、うぅ……っ!」


 弟子入り試験で限界を超えていた身体には、抵抗する力も残っていない。締め上げられ、骨が悲鳴を上げる。


「なんだこれ……植物……!?」


 蔦は意思を持った蛇のように、維を絞め殺そうと力を込める。

 意識が飛びかけた、その瞬間。

 鋭い風切り音と見えない刃が、維を捕らえていた蔦を根元から切断した。


「え……?」


 拘束が解け、空中に放り出される。


「うわっ、落ちる!」


 維は身構えて目を瞑るが、衝撃は来なかった。代わりに、ふわリとした浮遊感が身体を包む。

 恐る恐る目を開けると——。

 そこには、空中に浮遊しながら、維を「お姫様抱っこ」している、学園長の姿があった。


「……ま、導師(マスター)……?」


「……うむ、歯を食いしばれ」


「痛っ!?」


 学園長は、抱えたまま器用に維の頭に拳骨を落とした。


「生き急ぐなと言ったばかりじゃろうが、この大馬鹿者(たわけ)が!」


「す、すみません……」


「まったく……。まあ、そのボロ雑巾のような有様は、半分は儂のせいじゃから強くは言えんがの」


「……んん? 半分どころじゃない気が…」


 学園長はため息をつくと、ゆっくりと降下し、校舎の影の目立たない場所へと着地した。

 維をベンチに座らせると、彼女は右手をかざす。


「じっとしておれ」


 暖かいマナの光が、維を包み込む。すると、全身の激痛や疲労感が、みるみるうちに引いていった。


「すげぇ……回復魔法ですか?」


「そんな便利なものではないわ。高純度のマナを強制循環させて、おヌシの自然治癒力を爆発的に活性化させた」


 学園長は汗を拭う。


「いわば『体力の前借り』じゃ。後で反動(フィードバック)が来て、三日は動けなくなるから覚悟しておけ」


「……三日はキツいですね」


 維は苦笑しながら、校舎の影からそっと顔を出し、外の様子を覗き見た。

 第一演習場は、巨大な植物のドームに覆われていた。無数の蔦が、生き物のように蠢き、周囲の建物を侵食している。


導師(マスター)……あれは、なんなんですか?」


 学園長は、忌々しげにその名を告げた。


「——神律武装(レガリア)災厄の(カラミティ・)寄生木(ミストルティン)


「ミストルティン……!?」


「研究のために天秤(リブラ)から今日学園に搬入されていた『禁忌』の神律武装(レガリア)じゃ。……先刻の報告で確信した。保管庫の中身が偽物なら、本物は、あそこにあるとみて間違いないの」


「ちょっと待ってください」


 維は、自身の制服に付着していた、切断された蔦の切れ端を拾い上げた。

 手袋を外し、聖痕を押し当てる。


「……【模倣(イミテート)】」


 流れ込んでくる情報は、ドス黒い悪意。だが、その奥底に、微かだが——よく知る、太陽のような温かいマナの残滓を感じた。


「……やっぱり、そうです。この蔦、一華のマナが混じってます」


「嫌な予感は的中か」


 学園長は深く溜め息をつく。


「でも、おかしいですよ」


 維は疑問を口にする。


「適合者は、原則として一人につき一つの聖遺物としか適合できないはずじゃ……。一華はすでに【八咫鏡(ヤタノカガミ)】を持っています。なのに、別の神律武装(レガリア)を使えるなんて……」


「そこが、奴の厄介なところじゃ」


 学園長は、植物のドームを睨みつける。


「アレはな、学園の回収チームが発見した際、聖遺物としてではなく、すでに完成された神律武装(レガリア)の状態で見つかったのじゃ」


「えっ……? 最初から、神律武装(レガリア)だった?そんなこと、有り得るんですか?」


「基本は絶対に有り得ぬ。誰が造ったかも分からぬから、簡易研究で天秤(リブラ)に保管されておった。資料通りであれば、アレの特性は『寄生』。契約など関係ない。より強大なマナを持つ適合者を宿主として選定し、無理やり精神と肉体を乗っ取って一体化する」


「つまり……あの場所にいた中で、一番マナが強かった一華が……」


「食われた、ということじゃな」


 Sランクの強大なマナが、最悪の形で利用されている。

 学園長は、ギリ、と歯噛みした。

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