厄災 その1
(ひとつ殻を破れた…この人についていけば、俺は強くなれる…!)
確かな手応えを噛み締めていた、その時だった。
「——ッ!?」
「——むッ!?」
二人が同時に、空を見上げた。
学園中を、おぞましいマナの波長が覆い尽くす感覚。吐き気を催すような、粘着質な悪意。
学園長のマナデバイスに、緊急通信が入る。
『報告致します! 先ほど、研究区画へ搬入された護送中の聖遺物ですが……封印を開封したところ、中身がすり替わっています!』
「なんじゃと!?」
『さらに報告! 第一演習場にて、大規模なマナ反応を検知! 解析班によると、この波長は……護送中だった聖遺物のもので間違いありません! 推定脅威度SS!』
学園長の表情が凍りつく。
「……チッ! してやられたか!」
すぐに維へ避難を命じようと振り返る。
「小僧! 今すぐ……」
いない。
さっきまで維がいた場所に、彼の姿はない。
学園長が慌てて演習場の出口を見ると、遥か先、校舎の方角へ全速力で走っていく維の背中が見えた。
「あんの馬鹿者め! 聞いておったのか!」
学園長は舌打ちをし、その後を追う。
◇
維は、痛む身体に鞭を打ち、第一演習場へと走っていた。
「なんだ、今の寒気は……!」
聖遺物がすり替わっている? 大規模な反応?
詳しいことは分からない。だが、場所が「第一演習場」だということだけは聞こえた。
「あそこには、三枝さんがいる。一華もいる!」
復帰したばかりのいと。記憶を取り戻して不安定な一華。
二人がいる場所で、何かが起きている。
逃げ惑う生徒や職員たちの波を逆走し、維は震源地へと急ぐ。
「無事でいてくれッ!」
演習場が見えてきた、その時だった。
「——が、ぁっ!?」
足元の地面が割れ、巨大な荊のような蔦が飛び出した。
反応する間もなく、維の身体は蔦に捕縛され、空中に吊り上げられる。
「ぐ、うぅ……っ!」
弟子入り試験で限界を超えていた身体には、抵抗する力も残っていない。締め上げられ、骨が悲鳴を上げる。
「なんだこれ……植物……!?」
蔦は意思を持った蛇のように、維を絞め殺そうと力を込める。
意識が飛びかけた、その瞬間。
鋭い風切り音と見えない刃が、維を捕らえていた蔦を根元から切断した。
「え……?」
拘束が解け、空中に放り出される。
「うわっ、落ちる!」
維は身構えて目を瞑るが、衝撃は来なかった。代わりに、ふわリとした浮遊感が身体を包む。
恐る恐る目を開けると——。
そこには、空中に浮遊しながら、維を「お姫様抱っこ」している、学園長の姿があった。
「……ま、導師……?」
「……うむ、歯を食いしばれ」
「痛っ!?」
学園長は、抱えたまま器用に維の頭に拳骨を落とした。
「生き急ぐなと言ったばかりじゃろうが、この大馬鹿者が!」
「す、すみません……」
「まったく……。まあ、そのボロ雑巾のような有様は、半分は儂のせいじゃから強くは言えんがの」
「……んん? 半分どころじゃない気が…」
学園長はため息をつくと、ゆっくりと降下し、校舎の影の目立たない場所へと着地した。
維をベンチに座らせると、彼女は右手をかざす。
「じっとしておれ」
暖かいマナの光が、維を包み込む。すると、全身の激痛や疲労感が、みるみるうちに引いていった。
「すげぇ……回復魔法ですか?」
「そんな便利なものではないわ。高純度のマナを強制循環させて、おヌシの自然治癒力を爆発的に活性化させた」
学園長は汗を拭う。
「いわば『体力の前借り』じゃ。後で反動が来て、三日は動けなくなるから覚悟しておけ」
「……三日はキツいですね」
維は苦笑しながら、校舎の影からそっと顔を出し、外の様子を覗き見た。
第一演習場は、巨大な植物のドームに覆われていた。無数の蔦が、生き物のように蠢き、周囲の建物を侵食している。
「導師……あれは、なんなんですか?」
学園長は、忌々しげにその名を告げた。
「——神律武装、災厄の寄生木」
「ミストルティン……!?」
「研究のために天秤から今日学園に搬入されていた『禁忌』の神律武装じゃ。……先刻の報告で確信した。保管庫の中身が偽物なら、本物は、あそこにあるとみて間違いないの」
「ちょっと待ってください」
維は、自身の制服に付着していた、切断された蔦の切れ端を拾い上げた。
手袋を外し、聖痕を押し当てる。
「……【模倣】」
流れ込んでくる情報は、ドス黒い悪意。だが、その奥底に、微かだが——よく知る、太陽のような温かいマナの残滓を感じた。
「……やっぱり、そうです。この蔦、一華のマナが混じってます」
「嫌な予感は的中か」
学園長は深く溜め息をつく。
「でも、おかしいですよ」
維は疑問を口にする。
「適合者は、原則として一人につき一つの聖遺物としか適合できないはずじゃ……。一華はすでに【八咫鏡】を持っています。なのに、別の神律武装を使えるなんて……」
「そこが、奴の厄介なところじゃ」
学園長は、植物のドームを睨みつける。
「アレはな、学園の回収チームが発見した際、聖遺物としてではなく、すでに完成された神律武装の状態で見つかったのじゃ」
「えっ……? 最初から、神律武装だった?そんなこと、有り得るんですか?」
「基本は絶対に有り得ぬ。誰が造ったかも分からぬから、簡易研究で天秤に保管されておった。資料通りであれば、アレの特性は『寄生』。契約など関係ない。より強大なマナを持つ適合者を宿主として選定し、無理やり精神と肉体を乗っ取って一体化する」
「つまり……あの場所にいた中で、一番マナが強かった一華が……」
「食われた、ということじゃな」
Sランクの強大なマナが、最悪の形で利用されている。
学園長は、ギリ、と歯噛みした。




