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ランクレス・レガリア  作者: 下朴公脩
1章:太陽は影を射さない
28/40

誰かが泣いてしまうその前に その2

「……まだ、終わって……ない……!」


「……ッ!」


 学園長のこめかみに青筋が浮かぶ。


「しつこいぞ、小僧ッ!!」


 彼女は踵を返し、一瞬で維の目の前に移動する。

 扇子で殴り、蹴り飛ばし、マナで吹き飛ばす。

 二度と立ち上がれないような攻撃を、何度も、何度も叩き込む。


「なぜじゃ! なぜ倒れん! なぜ諦めん!」


 学園長は叫びながら、ボロボロの維を殴りつける。


「おヌシは弱い! 才能もない、技術もない、ただの落ちこぼれじゃ! おとなしく守られておれば良いものを!」


「……嫌、だ……」


 維は、血の泡を吐きながら、それでも学園長を睨みつけた。


「何が嫌じゃ! 特別な力を手にして、自分に酔っておるのか? おヌシはただの子供! 英雄気取りで死に急ぐな!なぜ、そこまでして急いで強くなる必要がある!?」


 学園長は、激情のままに、手に持った扇子を凶器として振り上げた。


「答えろォッ!!」


 振り下ろされる、鉄扇の一撃。

 維の頭蓋を砕きかねないその一撃を——。

 維の左手が、掴み止めた。


「——なっ!?」


 学園長が目を見開く。

 動かない。相当数のマナで練り上げた膂力で振り下ろした扇子が、ビクともしない。

 維は、血に塗れた顔を上げ、学園長の問いに答えた。


「……待ってたら……手遅れになるんだ……ッ!」


 その言葉に込められた熱量が、演習場の空気を震わせる。


「俺がウジウジ悩んでる間に、あいつらは傷つく! 俺が準備万端になるまで、世界は待ってくれない!」


 いとの事故。一華の涙。

 救えなかった後悔が、守れなかった笑顔が、維の魂を燃え上がらせる。


「ヒーローが遅れてやってくるなんて、物語(フィクション)の中だけで十分だ! 俺は……俺はッ! 誰かが泣いてしまう、その瞬間に間に合う強さが欲しいんだよ!!」


 その叫びを聞いた学園長は、一瞬呆気にとられ——次の瞬間、獰猛に口角を吊り上げた。


「……生意気言いおって……!」


 彼女は扇子を引き抜こうとする。だが、抜けない。


「なんじゃ、この馬鹿力は……!?」


「ようやく……捕まえたぞ……!」


 維の左手から、蒸気が噴き出していた。

 ——身体強化(フィジカルブースト)

 全身に分散させていたマナの全てを、防御すら捨てて、ただ一点、「左手の握力」のみに集中させていたのだ。

 骨が砕けるほどの負荷。だが、その代償に、維は目の前にいる最強(チャンス)を捕縛した。


「甘いわッ!!」


 学園長は即座に切り替える。

 右手が塞がっているなら、左手がある。

 彼女の左手に、超高密度のマナ弾が収束する。距離はゼロ。回避は不可能。


「終わりじゃ、小僧ッ!!」


 学園長が、維の鳩尾に掌を突き出す。

 維は、その瞬間を待っていた。


「うおおおおおおおおおおおッ!!」


 思いの丈を叫びながら、維は自身の右手を、学園長の左手に向けて突き出した。

 吸収? 違う。

 防御? 違う!


(イメージしろ! あの人のマナの波長! 性質! 流れ!同じものをぶつけて——消滅させるために!)


「——【模倣(イミテート)】ォォォォッ!!」


 維の右手から、学園長のマナと完全に同質のエネルギーが噴出する。

 二つのマナが衝突し、光も熱も生まず、互いに食らい合って消滅した。


「な、に……!?」


 学園長が驚愕に目を見開く。


(相殺!? 儂の魔導を、技術を、この土壇場でモノにしたとでもいうのか!?)


 その驚愕が、彼女に致命的な一瞬の隙を生んだ。


「こやつ……どこま——…」


「——だらァッ!!」


 マナを相殺し、がら空きになった学園長の懐。

 維は、左手で掴んでいた扇子ごと学園長の体勢を崩し、勢いそのままに右手で彼女の小さな頭を鷲掴みにした。


「しまっ——」


 抵抗させる間も与えない。

 維は、残った全膂力を込めて、最強の師匠を地面へと叩きつけた。

 土煙が舞う。

 一撃。

 まごうことなき、渾身の一撃が、学園長の後頭部を打ち据えた。

 その瞬間、維の左手の甲で、白き光が微かに瞬いたことに気づいたのは、地面に組み伏せられた学園長だけだった。

 土煙が晴れていく。

 そこには、仰向けに倒れ込んだ学園長と、その上に馬乗りになる形で拳を突き立てたまま、力尽きて倒れ込んだ維の姿があった。


「……はぁ、はぁ……」


「……」


 静寂。

 そして、今の二人の体勢は、客観的に見れば非常に際どいものだった。

 少年の身体が、少女の小さな身体を押し倒し、覆い被さっている。


「……おい、小僧」


 学園長が、維の下からジト目で囁く。


「一矢報いたのは褒めてやるが……いつまで乗っておる? まさか、いたいけな女性を組み敷くような趣味があるのではなかろうな?」


「ッ!? ……す、すみません!」


 維は飛び退こうとして、身体が動かず、無様に横へ転がった。


「身体が……動かないですね……」


「無理もない。全身の骨にヒビが入っておるのではないか?」


 学園長は、パンパンと服の土を払いながら立ち上がる。

 そして、満身創痍の維を見下ろし——ふっと、優しく微笑んだ。


「……合格じゃ」


「!」


「正直、侮っておった。まさか、儂のマナを相殺し、力技でねじ伏せるとはな。……潔く負けを認めよう」


 彼女は、倒れている維に小さな手を差し伸べた。


「弟子入りを認める。天束 維。今日からおヌシは、儂の一番弟子じゃ」


「……はいッ!ありがとうございます!」


 維はその手を取り、痛みに顔を歪めながらも、嬉しさを隠せずに強く握り返した。


「これからは、生徒達が寝静まった後、就寝時間後に学園長室に来い。みっちりと稽古をつけてやる」


「お願いします、学園長……いえ」


 維は、居住まいを正した。


「……師匠」


「む、待て。その呼び方はありきたりでつまらん」


 学園長は、不満げに鼻を鳴らす。


「儂をそこらの者と同じにするでない。始祖の魔導師(プライム・ソーサラー)じゃぞ? もっとこう…特別感のある呼び方があるじゃろう」


 彼女は少し考え、悪戯っぽく告げた。


「よし、これからは儂のことは『導師(マスター)』と呼べ」


「……ますたー、ですか」


「うむ。迷えるおヌシを導くことのできる、唯一人の存在。悪くない響きじゃろう?」


「……分かりました。よろしくお願いします、導師(マスター)


 維が苦笑しながら答えると、学園長は満足げに頷き、そして少しだけ真面目な顔に戻った。


「……それと、すまなんだな」


「え?」


「おヌシには酷いことを言った。才能がないだの、諦めろだのな。……おヌシの本気を、限界を超えた力を見たかった故のことじゃ。本心ではないから、真に受けるな」


 最強の魔道使いが、弟子に対して見せた不器用な謝罪。心なしか、その顔は少し赤く見える。

 だが、維は首を横に振った。


「いいえ。仰った通りですから。俺は弱い。……だから、強くなる必要があるんです。俺も含めて、もう誰も、後悔しないために」


 その言葉を聞いて、学園長は目を細めた。


(……飲み込みが早く、根性があり、そして素直じゃ。これは、教えがいがあるのぉ)


 久しぶりに教鞭を振るえる事実に、彼女の胸に微かな喜びが灯る。

 維は、身体を起こし、懐から黒い手袋を取り出して右手にはめ、確かな成長を実感した。

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