誰かが泣いてしまうその前に その1
弟子入り試験でコテンパンにされた後、維は一人、第三演習場の片隅で最終調整を行っていた。
「……ふぅーっ……」
深く息を吐き、体内のマナを循環させる。
筋肉を締め、骨格を補強し、皮膚を硬質化させる。——身体硬化。
今の自分にできる、唯一の対抗策。
ふと、演習場の入り口付近から、ヒソヒソとした話し声が聞こえた。
いつの間にか、数人の生徒たちが休憩のために通りかかっていたようだ。
「うわ、見ろよあれ。B組の『序列外』じゃねえか?」
「一人で何やってんだ? …って、アイツじゃ何も出来ねぇか!」
クスクスという嘲笑。維は無視して集中を続けるが、その会話の内容が耳に留まった。
「……そういえば聞いたか? B組の三枝、今日から復帰だってよ」
「マジ? あの怪我した子だろ? よく戻ってこれたな。満足に神律武装とか使えんのかよ?」
「なんでも、新しいカウンセラーの御巫先生ってのが凄腕らしいぜ。メンタルケアも完璧なんだと」
「へえ、いい先生なんだな」
(三枝さん……復帰できたんだな)
維の胸に、安堵が広がる。御巫という先生が何者かは知らないが、彼女を救ってくれたのなら感謝しかない。
これで、彼女がまた笑って過ごせるなら——。
「じゃあ、急ごうぜ。この後の『合同実技演習』、準備しねえと」
「ああ、今日はA組と合同だからな。東雲 一華もいるし、気合い入れて、いいとこ見せねえと!」
生徒たちは去っていった。
(合同演習か……。一華と、三枝さんが……)
脳裏に、記憶を取り戻して錯乱していた一華の姿がよぎる。彼女は大丈夫だろうか。いとと顔を合わせても、平気だろうか。
胸騒ぎがする。今すぐにでも様子を見に行きたい衝動に駆られる。
だが、維は首を振った。
(……今は、弟子入り試験に集中しないと)
中途半端なまま会いに行っても、何も解決しない。
強くなって、胸を張って二人の前に立つ。それが、今の自分がすべき「ケジメ」だ。
意を決して演習場を出て、学園長を探しに廊下へ出たところで、維は観月千里と鉢合わせた。
「……天束君」
観月は維の姿を見ると、痛ましげに眉を寄せた。
「その身体……。また、無理をしているのね」
「観月先生。……いえ、これは俺が選んだことですから」
「ごめんなさい。担任なのに、君を庇ってあげられなくて……」
「滅相もないです。それに、先生には感謝してるんですよ?」
維は首を横に振る。
「俺は、俺のやるべきことをやるだけです」
「……強いのね、君は」
観月は寂しげに微笑むと、切り替えるように言った。
「そういえば、三枝さんが今日から復帰できることになったわ。これからの合同演習にも参加するそうよ」
「はい、さっき人づてに聞きました。……よかったです、本当に」
「君は、どうするの? 演習には……」
「俺は…弟子入り試験があるので。そちらを優先させてください」
「そう……」
観月は何かを察したように頷いた。
「分かったわ。……終わったら、必ず三枝さんに会いに行ってあげてね。彼女、君のことを気にしていたから」
「はい。必ず」
「学園長なら地下の『第一特別演習場』にいるわ。……無茶はしないでね」
「行ってきます!」
◇
地下深く、関係者以外立ち入り禁止の第一特別演習場。
重厚な扉を開けると、広大なフィールドの中央で、学園長が誰かと通信をしていた。
「……うむ。搬入は予定通りか? ……ああ、構わん。結界のセキュリティを一時的に緩めておけ」
不穏な単語が聞こえる。だが、維にはそれが何を意味するのか分からなかった。
(搬入……? 教材か何かか?)
維が近づくと、学園長はこちらに気づき、通信を切った。
「おっと、すまぬ。来客のようじゃ。……すぐに戻るからの」
彼女はマナデバイスをしまうと、不敵な笑みで維を見下ろした。
「来たか、小僧。逃げずに戻ってきたことは褒めてやる」
「逃げるわけないでしょう。……あんたに一発入れて、文句なしに弟子にしてもらうまでは」
「フン。口だけは達者になりおって」
学園長は、パチンと扇子を閉じた。
「制限時間は残りわずか、これが最後じゃ……死ぬ気で来い!!」
「——おおおおおおおッ!」
維は雄叫びと共に、全身のマナを「硬化」に回して突っ込んだ。
防御を捨てた、耐久特化の突撃。
「芸がないのぉ!」
不可視のマナ弾が直撃する。
「ぐ、ぅ……ッ!」
骨が軋む。だが、吹き飛ばされない。強引に耐え、足を止めずに距離を詰める。
「ほう、硬いの。マナ運用効率も悪くない。この短時間でよくここまで仕上げた。……じゃが!」
学園長の指先が踊る。
二発、三発、四発。
雨あられのようなマナの砲撃が、維の身体をサンドバッグのように打ち据える。
「が、ぁ……はッ……!」
耐久の限界。膝が折れ、無様に地面に転がる。
「終わりか? その程度で『世界を変える』などと大口を叩きおったのか?」
学園長の声には、明確な苛立ちが混じっていた。
「期待外れじゃったな。半年間、何を見てきた? 浅知恵で闇雲に突っ込めば道が開くとでも思ったか?」
「……まだ、だ……ッ!」
維は這いつくばりながら、学園長の足首を掴もうとする。
だが、その手は無慈悲に踏みつけられた。
「諦めろ。おヌシには、素養はあっても、才能がない。……これ以上、儂を失望させるでない」
学園長は、冷たい目で維の腹部に掌を向けた。
「——もう寝ておるがよい」
最大出力の衝撃波。
維の身体は、ボールのように遥か後方へ弾き飛ばされ、壁に激突して崩れ落ちた。
ピクリとも動かない。完全に、意識を断たれたように見えた。
「……フン」
学園長は、倒れ伏す維を一瞥し、興味を失ったように背を向けた。
「儂の見る目も堕ちたものじゃな。……戻るか」
彼女が演習場の出口へ向かおうとした、その時。
ズルッ……と、背後で小石が擦れる音がした。
学園長が足を止める。まさか、と振り返る。
そこには——血だらけになりながら、よろめき、それでも立ち上がろうとする維の姿があった。




