亀裂 その2
学園内の医療施設。
ガラス越しに見える集中治療室のには、最新鋭のメディカルポッドが並んでいる。その中の一台に三枝いとが未だ意識不明のまま横たわっていた。演算領域の暴走による精神的ショック。及び、事故による全身打撲。再起不能一歩手前の重症だった。
「……すみません、観月先生」
ガラスに額をつけ、維は絞り出すように言った。
「俺が……余計なことをしたせいで……」
あの夜、学園長に助けられた時のように、自分なら【模倣】で助けられると、過信していた。
半年間の地獄の訓練で、器だけは強くなったと思い上がっていた。
その結果が、これだ。
「……天束君」
隣に立つ観月は、責めるでもなく、優しい笑みを浮かべた。
「君が、彼女を助けようとしてやったことなのは、私には分かっているわ」
「でも……!」
「君の気持ちは理解できる。……それに責任は、あの場で暴走の兆候を見抜けなかった私にもある」
観月は、教師として自省するように目を伏せた。
「それよりも……」
彼女は、憂いを帯びた目で維に向き直る。
「心配なのは、君の立場よ、天束君。あの事故は、目撃者が多すぎた。そして、残念ながら……事実は、かなり歪んで伝わってしまっている」
「……」
「今、学園での君の立ち位置は、かなり危ういものになっているわ。……気を強く持って」
「……俺は、大丈夫です」
維は、そう短く答えると、観月に一礼し、病室を後にした。いとに顔向けができなかった。
◇
教室に戻る最中、維は、世界から色が消えたような感覚を覚えていた。
すれ違う生徒たちが、自分を見て、あからさまにヒソヒソと噂話をし、道を避ける。
「おい、あれ……」
「今年の一般クラスの奴だろ……」
「マジかよ、なんで普通に歩いてんだ。事故にあった女の子、あいつのせいで意識不明なんだろ?」
野次が、背中に突き刺さる。
維は無表情でその全てを無視し、一般クラスの教室のドアを開けた。
ガヤガヤと騒がしかった教室が、維が足を踏み入れた瞬間、水を打ったように静まり返った。
昨日まで「ノート貸してくれよ」と笑いかけてきたクラスメイトたちが、まるで汚物でも見るかのように、サッと維から遠巻きになる。
維が、自分の席に無言で座る。
その重苦しい沈黙を破ったのは、一人の男子生徒だった。
「……おい、天束」
彼は、クラスの中心グループにいる男だった。
「お前、よくノコノコと学校に来れるよな。三枝がどうなったか、知ってんだろ?」
「……」
「テメェのせいで三枝は……!」
「——違う」
維は、低い声で遮った。
「違う!? どこがだ! みんな見てたんだぞ! お前が三枝さんに手をかざして、彼女が吹き飛んだのを!」
「俺は、助けようと……!」
「どこがだよ!」
男子生徒が、維の胸ぐらを掴もうと手を伸ばす。
その瞬間。
維は、シミュレーターで攻撃を避けていた時と全く同じ無意識の反射で、その腕を掴み捻り上げようとして——寸前で止めた。
「——っ!」
維が、ただ右手を振り翳した。
それだけだった。
「「「ひっ……!」」」
その動きは、半年の地獄を生き延びた戦闘用のそれだった。反射的だったのだ。
クラスメイトたちは、維が放った殺気とも呼べる圧に怯え、教室全体がどよめいた。
「……ほら、見ろよ……!」
堰を切ったように、恐怖と悪意が維を襲う。
「あいつ、やっぱりヤバいって!」
「そもそもお前、誰なんだよ! 半年間の合宿にいなかったよな!」
「それ! 俺、データ調べたんだよ! こいつのパーソナルデータ、聖遺物の欄が『アンノウン』で、序列だけ『E』なんだぜ! 意味わかんねぇ!」
「だよな…! 序列って、本人の素質だけじゃなく、神律武装に内包される聖遺物の情報で判別されるんだろ? データが欠けてる事態、異常だろ…!」
「聖遺物データも無いのに、ランクE? 裏口入学なんじゃねえの?」
「何もかもおかしいだろ! この序列だって正しいか分かったもんじゃないな!」
誰かが、言った。
「——『序列外』だ」
その一言が、全てだった。
学園の序列にすら存在する価値のない、Eランク以下の男。
序列外。序列外。序列外。その言葉が繰り返し維へ振り下ろされる。
「……っ!」
維は、たまらず教室を飛び出した。
「違う」という言葉は、もう誰にも届かない。
その様子を、一般クラスの教室から少し離れた廊下で、特進クラスの集団が遠巻きに見ていた。
その中心には、東雲一華の姿があった。
「……ご覧の通りです、東雲さん」
一華の取り巻きの一人が、冷ややかに言った。
「あの序列外が、三枝いとという女子生徒を襲い、意識不明の重体にさせた。これが、貴女が命の恩人と呼ぶ男の正体です」
「……」
「一般クラスで起きた、出来損ないの力が暴走した、不幸な事件。学園中が、その話題で持ちきりですよ」
「……その話」
一華は、それまで黙って俯いていたが、次の瞬間、取り巻きの胸ぐらを掴み上げていた。
「——詳しく聞かせて!!」
その気迫に、取り巻きが怯える。
(維くんが、いとちゃんを襲った……? 冗談じゃない。彼はそんな人じゃない。絶対に何かの間違い!)
一華は、教室を飛び出していった維の背中を、唇を噛み締めながら見つめていた。




