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ランクレス・レガリア  作者: 下朴公脩
1章:太陽は影を射さない
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亀裂 その1

 数日後。一般クラスの生徒たちは、第一演習場に集められていた。

 観月が、ざわついている生徒たちに緊張した面持ちで告げる。


「いいわね。いよいよ、今日から初めての神律武装(レガリア)の実装訓練よ。半年の合宿で器は鍛えたはず。自分の演算領域の限界を見極めながら、決して無理はしないこと。いいわね?」


「はい!」


 生徒たちの興奮した声が響く。

 維も、隣に並ぶいとが、ゴクリと唾を飲む音を聞いていた。


(……三枝さん、顔色が悪いな)


 ここ最近、彼女が何かに焦っていることに、維は気づいていた。


「まずは、自分の武装を安定して実装(インストール)させ、10秒間維持するだけ。……じゃあ、三枝さんから」


「は、はいっ!」


 いとが、演習場の中央に立つ。

 クラスメイトたちの視線。観月先生の視線。そして頭のどこかで、いるはずもない一華や維の顔がチラつく。


(……見られてる)


(私だって、Cランクだって、「できる」って証明しないと……!)


 その強迫観念が、彼女の判断を狂わせた。

 彼女は、本来「10」までしか安全に処理できない演算領域で、無理やり「50」……いや「100」の力を引き出そうとした。


「——実装(インストール)——【因果の織糸(ネクサス・スレッド)】!」


 観月の10秒間維持という指示を、彼女は無視した。

 こんなものじゃない。私だってできると証明するために、彼女は起動と同時に、マナの糸を複雑な形状に編み上げようと、演算領域の出力を最大にした。

 彼女の指先から、目に見えないはずのマナの糸が、Cランクの演算領域が処理できる限界を遥かに超えた奔流となって溢れ出した。


「うおっ……!?」


「なんだ、あのマナの量……! あれがCランク……!?」


 演習場の隅で見学していた一般クラスの生徒たちが、いとから発せられる異常なマナのプレッシャーに気づき、ざわめき始める。


「あ……!」


 観月が「待ちなさい! 出力を下げて!」と叫ぶより早く、暴走が始まった。


「きゃあああああああっ!」


 溢れ出した因果の糸は、制御を失い、いと自身に絡みつく。それは物理的な拘束ではない。彼女の聖遺物の核と演算領域が、強制的に直結させられ、膨大な因果の情報が、彼女の貧弱な脳に逆流していく。


「やめ……! やめて……! 脳が……焼ける……!」


「——これは…! 皆さん、即時退避して下さい!」


 観月が、教師としての鋭い声で叫んだ。


「これは訓練じゃありません! 暴走です! 早く演習場の外へ!」


 その怒号で、先ほどまで「何だ?」とざわめいていた生徒たちも、我に返ってパニックになり、我先にと出口へ殺到し始めた。


「観月先生!どうにか出来ませんか!?」


「ダメ! 私の【遍く視る眼(オムニサイト)】は観測系よ! 物理的に止められない!」


(くそっ……!)


 学園長の「実装禁止」の命令が頭をよぎる。

 これを使えば、《天秤》に目をつけられる。学園長との約束を破ることになる。

 だが、目の前で「脳が焼ける」と叫んでいる友人を、見捨てることなどできるはずがなかった。


「構うものか!」


「ダメです!戻りなさい、天束君!」


 このままでは、いとの演算領域が焼き切れる。廃人になってしまう。

 半年間の地獄の訓練が、いとのマナの流れが最悪のパターンに陥っていることを、維に理解させていた。


「——【模倣(イミテート)】!」


 半年ぶりに、その右手の聖痕が起動する。

 狙うは、いとの聖遺物の核——!


「三枝さん! 俺が君の神律武装(レガリア)のマナを吸い取る! 抵抗しちゃダメだ!」


 維は、地獄の特訓で得た制御技術を使い、いとの暴走するマナの余剰分だけを、自らの右腕に吸い上げようと試みた。


「ぐ……っ!」


 流れ込んでくる、凄まじい情報の奔流。だが、耐えられる。器は鍛えた。このまま余剰分を全て抜き取れば——!

 だが、維は甘く見ていた。

 いとの「焦り」と「嫉妬」が、彼女の演算領域のリミッターを完全に破壊していた。

 マナの奔流は、維の「余剰分だけ吸い取る」という精密な制御を許さず、いとの聖遺物から無限に溢れ出し続けた。


「ぐ……おおおおおっ!?」


 維の模倣のキャパシティが限界を超える。


(ダメだ……! 吸収しきれない……!)


 維の右腕が、いとから奪ったマナでパンパンに膨れ上がり、黒い稲妻を散らし始める。


「あ、天束くん……!?」


「くそ……! 止まらねえ……!」


 二人分の暴走エネルギーが、今、維の右腕で連結し、臨界点に達しようとしていた。

 このままでは、二人とも吹き飛ぶ。

 朦朧とする意識の中、いとはそれを見た。

 自分のために必死にマナを吸い上げ、苦悶に顔を歪める維の姿を。黒い稲妻が、彼の腕を蝕んでいるのを。


(違う……天束くんは、私を助けようと……!)


(私のせいだ。私が…彼を巻き込んだ……!)


「いや……っ!」


 自分を助けようとした維が、自分のせいで危険に陥っている。

 彼女は、最後の力を振り絞り、パニックのままに叫んだ。


「——離れてっ!」


 いとは、その小さな身体で、マナの奔流に繋がれた維の身体を突き飛ばした。

 その瞬間。

 模倣によるマナの接続が、強制的に切断された。

 行き場を失った、維が吸収しきれなかった膨大なマナの奔流は——暴発した。


「————っ!」


 凄まじい衝撃波。

 エネルギーの逆流をまともに食らったのは、突き飛ばした張本人である、いとだった。

 彼女の華奢な身体は、まるで紙切れのように吹き飛ばされ、ビシャッ、と。派手な音を立てて演習場の壁に叩きつけられた。


「……あ……」


 突き飛ばされ、尻餅をついた維は、目の前で起きた惨状を理解できなかった。

 右手に宿っていた《模倣》の力は、霧のように消えている。

 そして、壁際でぐったりと動かなくなった、いとの姿。


「……さ、三枝さん!」


「医務室へ! 急いで! 高度医療センターへ! ポッドの準備を、絶対に死なせないで!」


「……おい、見たかよ、今……」


「……ああ。天束が、いきなり手をかざして……」


 クラスメイトたちの視線が、もう嫉妬や好奇の色ではなかった。

 それは、得体の知れない「化け物」を見る目。


「あいつが、三枝を……?」


「暴走してたのは三枝さんだけど、最後にあいつがやったのは、攻撃じゃないのか……?」


 クラスメイトたちには、真相など分かるはずもなかった。

 彼らから見えたのは、維が手をかざした途端エネルギーが臨界に達する中、抵抗したいとが維を必死に突き飛ばし、いとだけが吹き飛ぶという最悪の光景だけだ。


「間違いない……あいつがやったんだ」


「試験にもいなかった、序列外のくせに……!」


 その一言が、決定打だった。

 学園の序列にすら存在しない男——「序列外(ランクレス)」。

 それは、この瞬間から、天束 維を指し示す、ただ一つの蔑称となった。

 維は「違う!」と叫びたかった。

 助けようとしたんだ。

 だが、右手がビリビリと痺れているこの感覚と、壁際で倒れているいとの姿が、「お前がやった」という動かぬ証拠として、維に突き刺さっていた。

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