再会 その3
一華は、嵐のように騒がしく現れ、嵐のように取り巻きたちに連れられて去っていった。
……残されたのは、最悪の空気だった。
(命の恩人って……)
(あいつ、いったい何者なんだ……?)
(合宿にもいなかったくせに、なんで首席と……)
クラスメイトたちの噂話が、さっきまでの「戸惑い」から、明確な「勘繰り」へと変わっていく。維は、再び始まる「普通」ではない日々に、頭を抱えるしかなかった。
その時だった。
「……あ、あの……」
隣の席から、蚊の鳴くような、小さな声が聞こえた。
「……天束、くん……」
維が顔を上げると、一人の女生徒が、怯えた小動物のような瞳でこちらを見ていた。
背は低く、小柄な身体。二つ結びのおさげが、庇護欲を掻き立てる。一華の太陽のような華やかさとは違う、月のように儚げな、しかし目を引く優れた容姿をしていた。
「……あ、ごめん。呼んだかな?……えっと…」
「わ、私、三枝 いと、です! あの、お隣の席なので……よ、よろしくお願いします!」
彼女はそう言うと、椅子に座ったまま、不器用なほど深々と頭を下げた。誰に対しても、敬語で話すタイプのようだった。
維は、クラス中が自分を遠巻きに見ている中、勇気を出して話しかけてくれた彼女に、少しだけ警戒を解いた。
「……天束 維です。こちらこそ、よろしく。三枝さん」
「は、はい!」
いとは、それだけで心底嬉しそうに顔をほころばせた。彼女は、維にとって、この学園での「初めての友人」と呼べる存在になった。
「あの……さっきの、東雲さん……すごかったですね」
「そうだな。ニュースとかにも取り上げられてるし、歴代の主席合格者の中でも、群を抜いて有名なんじゃないか?」
「あんな風に、堂々としてて……入学式の挨拶も…『義務を果たす』って。私には、とても……」
いとは、自分の手元を見つめ、俯いてしまう。
「三枝さんは、違うのか?」
「私……本当は、記念受験だったんです。友だちの付き添いだったんですけど……その子は落ちて、私だけ受かってしまって……」
その境遇は、維の胸をチクリと刺した。
「適合者としての責務とか、義務とか……私なんかに、本当に果たせるかどうか、不安で……。だから、東雲さんみたいに、ハッキリした意識を持った人が、羨ましいなって……」
「……俺も、同感だ」
維も彼女の姿を思い出し、素直に同意した。
「でも」と維は続ける。
「必ずしも、適合者全員が前線で戦わなくちゃいけないわけじゃない、だろ?」
「……え?」
「神律武装にも、色々種類があるはずだ。ほら、担任の観月先生のだって、サポート系だって聞いた事あるし。要は、使い方なんじゃないか?」
それは、半年間の地獄の訓練で、維が嫌というほど学んだことでもあった。
その言葉に、いとはハッと顔を上げた。
「……そっか。使い方……」
「天束くん……すごいです。なんだか、すごく説得力があります」
「はは……まぁね」
いとは、素直な尊敬の眼差しを維に向ける。
「そうですよね。私にも、私にできる『使い方』があるかもしれません……!」
彼女は、胸の前で、小さな両手をぎゅっと握りしめた。
「私、頑張ってみます!」
その姿は、小動物が精一杯威嚇しているようで、少し可愛かった。
◇
嵐のような再会から、約一ヶ月が経過した。
維が望んだ「普通の学園生活」は、予想とは少し違う形で、しかし確実に始まっていた。
(……それにしても)
維は、教室の入り口——ではなく、窓の外に視線をやった。
特進クラスであるA組の校舎が、ここB組の校舎の向かい側に見える。
(……来ないな、今日は)
「——ふぅ」
昼休み。
維が、珍しく「嵐」が来ないことに安堵しつつ、購買のパンでも買いに行こうかと席を立つ。いとも、お弁当を取り出していた。
その時だった。
バァン!!と、B組の教室のドアが、凄まじい勢いで開かれた。
「まーにあったー! 維くーん! 学食行こー!」
そこに立っていたのは、息を切らせた東雲 一華だった。どうやらA組の授業が長引いていたらしい。
その瞬間、B組の教室が水を打ったように静まり返った。
クラス全員の視線が、驚愕、好奇、そしていくつかの嫉妬の色を帯びて、維一人に突き刺さった。
(……結局、来るのかよ)
維は、頭をガシガシと掻いた。
確かに、《天秤》の目は怖い。目立つのは避けたい。だが、あの時、自分を庇って血を流した「命の恩人」を、無下に邪険にするのは、維の誠意が許さなかった。
「……またか、毎度ご苦労なこって」
「あ、ひっどーい!そんな事言うから、顔はいいのにモテないんだよ!」
余計なお世話だ。
「それよりほら、早く行かないと人気メニュー無くなっちゃう!」
一華が、グイグイと維の腕を引っ張る。
「あ、待てって。……三枝さん」
湊は、固まったままのお弁当を持ったいとを振り返った。
「よかったら、三枝さんも一緒にどう? ……こいつ、うるさいけど」
「へ!?」
いとが、鳩が豆鉄砲を食ったような顔で、維と一華を交互に見る。
「わ、私なんかが、東雲さんと……!?」
「いいじゃん、いいじゃん! 大賛成!」
維の提案に、一華は満面の笑みでいとの手を取った。
「私、東雲 一華! よろしくね、えーっと……」
「さ、三枝 いと、です!」
「いとちゃんね! オッケー! よし三人で行こう!」
いとは、Sランクの嵐のようなカリスマに巻き込まれ、訳が分からないまま、維と共に学食へ連行されることになった。




