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ランクレス・レガリア  作者: 下朴公脩
1章:太陽は影を射さない
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再会 その3

 一華は、嵐のように騒がしく現れ、嵐のように取り巻きたちに連れられて去っていった。

 ……残されたのは、最悪の空気だった。


(命の恩人って……)


(あいつ、いったい何者なんだ……?)


(合宿にもいなかったくせに、なんで首席と……)


 クラスメイトたちの噂話が、さっきまでの「戸惑い」から、明確な「勘繰り」へと変わっていく。維は、再び始まる「普通」ではない日々に、頭を抱えるしかなかった。

 その時だった。


「……あ、あの……」


 隣の席から、蚊の鳴くような、小さな声が聞こえた。


「……天束、くん……」


 維が顔を上げると、一人の女生徒が、怯えた小動物のような瞳でこちらを見ていた。

 背は低く、小柄な身体。二つ結びのおさげが、庇護欲を掻き立てる。一華の太陽のような華やかさとは違う、月のように儚げな、しかし目を引く優れた容姿をしていた。


「……あ、ごめん。呼んだかな?……えっと…」


「わ、私、三枝(さえぐさ) いと、です! あの、お隣の席なので……よ、よろしくお願いします!」


 彼女はそう言うと、椅子に座ったまま、不器用なほど深々と頭を下げた。誰に対しても、敬語で話すタイプのようだった。

 維は、クラス中が自分を遠巻きに見ている中、勇気を出して話しかけてくれた彼女に、少しだけ警戒を解いた。


「……天束 維です。こちらこそ、よろしく。三枝さん」


「は、はい!」


 いとは、それだけで心底嬉しそうに顔をほころばせた。彼女は、維にとって、この学園での「初めての友人」と呼べる存在になった。


「あの……さっきの、東雲さん……すごかったですね」


「そうだな。ニュースとかにも取り上げられてるし、歴代の主席合格者の中でも、群を抜いて有名なんじゃないか?」


「あんな風に、堂々としてて……入学式の挨拶も…『義務を果たす』って。私には、とても……」


 いとは、自分の手元を見つめ、俯いてしまう。


「三枝さんは、違うのか?」


「私……本当は、記念受験だったんです。友だちの付き添いだったんですけど……その子は落ちて、私だけ受かってしまって……」


 その境遇は、維の胸をチクリと刺した。


「適合者としての責務とか、義務とか……私なんかに、本当に果たせるかどうか、不安で……。だから、東雲さんみたいに、ハッキリした意識を持った人が、羨ましいなって……」


「……俺も、同感だ」


 維も彼女の姿を思い出し、素直に同意した。

「でも」と維は続ける。


「必ずしも、適合者全員が前線で戦わなくちゃいけないわけじゃない、だろ?」


「……え?」


神律武装(レガリア)にも、色々種類があるはずだ。ほら、担任の観月先生のだって、サポート系だって聞いた事あるし。要は、使い方なんじゃないか?」


 それは、半年間の地獄の訓練で、維が嫌というほど学んだことでもあった。

 その言葉に、いとはハッと顔を上げた。


「……そっか。使い方……」


「天束くん……すごいです。なんだか、すごく説得力があります」


「はは……まぁね」


 いとは、素直な尊敬の眼差しを維に向ける。


「そうですよね。私にも、私にできる『使い方』があるかもしれません……!」


 彼女は、胸の前で、小さな両手をぎゅっと握りしめた。


「私、頑張ってみます!」


 その姿は、小動物が精一杯威嚇しているようで、少し可愛かった。



 ◇



 嵐のような再会から、約一ヶ月が経過した。

 維が望んだ「普通の学園生活」は、予想とは少し違う形で、しかし確実に始まっていた。


(……それにしても)


 維は、教室の入り口——ではなく、窓の外に視線をやった。

 特進クラスであるA組の校舎が、ここB組の校舎の向かい側に見える。


(……来ないな、今日は)


「——ふぅ」


 昼休み。

 維が、珍しく「嵐」が来ないことに安堵しつつ、購買のパンでも買いに行こうかと席を立つ。いとも、お弁当を取り出していた。

 その時だった。


 バァン!!と、B組の教室のドアが、凄まじい勢いで開かれた。


「まーにあったー! 維くーん! 学食行こー!」


 そこに立っていたのは、息を切らせた東雲 一華だった。どうやらA組の授業が長引いていたらしい。

 その瞬間、B組の教室が水を打ったように静まり返った。

 クラス全員の視線が、驚愕、好奇、そしていくつかの嫉妬の色を帯びて、維一人に突き刺さった。


(……結局、来るのかよ)


 維は、頭をガシガシと掻いた。

 確かに、《天秤(リブラ)》の目は怖い。目立つのは避けたい。だが、あの時、自分を庇って血を流した「命の恩人」を、無下に邪険にするのは、維の誠意が許さなかった。


「……またか、毎度ご苦労なこって」


「あ、ひっどーい!そんな事言うから、顔はいいのにモテないんだよ!」


 余計なお世話だ。


「それよりほら、早く行かないと人気メニュー無くなっちゃう!」


 一華が、グイグイと維の腕を引っ張る。


「あ、待てって。……三枝さん」


 湊は、固まったままのお弁当を持ったいとを振り返った。


「よかったら、三枝さんも一緒にどう? ……こいつ、うるさいけど」


「へ!?」


 いとが、鳩が豆鉄砲を食ったような顔で、維と一華を交互に見る。


「わ、私なんかが、東雲さんと……!?」


「いいじゃん、いいじゃん! 大賛成!」


 維の提案に、一華は満面の笑みでいとの手を取った。


「私、東雲 一華! よろしくね、えーっと……」


「さ、三枝 いと、です!」


「いとちゃんね! オッケー! よし三人で行こう!」


 いとは、Sランクの嵐のようなカリスマに巻き込まれ、訳が分からないまま、維と共に学食へ連行されることになった。

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