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ランクレス・レガリア  作者: 下朴公脩
1章:太陽は影を射さない
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再会 その1

 半年間にわたる地獄の特訓が終わり、維は天照学園の入学式を迎えていた。

 会場は、数千人を収容できる巨大なドーム型講堂。

 バルコニー席まで埋め尽くす新入生たちの熱気と興奮に、維も少なからず影響されていた。


(……すげぇな、これが……)


 《天秤(リブラ)》に目をつけられ、未知の聖遺物という爆弾を抱えている。予断を許さない状況であることは分かっている。

 だが、あの地獄の日々を思えば、こうして「入学式」という日常のイベントに参加できていること自体が、妙にワクワクさせた。

 厳かな音楽と共に、式典が始まる。


「これより、天照学園、入学式を挙行いたします」


 凛とした司会進行の声が、ドームに響き渡る。


「……新入生総代、挨拶。総代、東雲一華」


 その声に、維はハッと顔を上げた。

 壇上に立ったのは、あの夕陽色の髪を揺らす、東雲一華だった。

 あの日、血だまりに倒れていた姿とはまるで違う。完璧に着こなした真新しい制服。首席合格者としての自信と希望に満ちた、凛とした佇まい。


「……私達は、力を手にしました。それは、多くの人々を守るための力です」


 彼女の声が、講堂に響き渡る。


「ですが、力には義務が伴います。私達がこれから歩む道は、決して平坦ではありません。それでも、私達には守るべき日常があります。その『義務』を果たすため、私達は今日、この場所に集いました」


 あの日、維に語った「義務」という言葉。だが、今の彼女の言葉には、絶望ではなく、未来への覚悟が満ちていた。


「新入生総代、東雲一華。皆、よろしくね!」


 最後に、彼女が首席の仮面を外したかのように、お茶目に笑った。


(……東雲…良かった、何事もなさそうで)


 維は、ただ、遠くなった彼女の背中を見つめていた。


「——続きまして、在校生代表、挨拶。生徒会長、月詠(つくよみ) (おぼろ)


 次に登壇したのは、息を呑むほど美しい、長い黒髪を持つ上級生だった。

 その整いすぎた顔立ちは、まるで精巧な人形のようで、感情というものが一切感じられない。


「……在校生代表、生徒会長の月詠 朧です」


 冷徹な、鈴の音のような声。


「天照学園は『秩序』です。聖遺物という混沌を制御し、世界を守るための『律法ルール』そのものです。皆さんも今日から、その『秩序』の一部となります」


 彼女の視線が、新入生全員を一瞥する。


「『秩序』を乱す者は、それが誰であれ、私が許しません。……イレギュラーは、この学園には不要ですから」


 その視線が、一瞬だけ維を捉えたような気がして、維は背筋が凍るのを感じた。

 今の言葉は、単なる一般論や新入生全体への警告ではない。

 まるで自分という一個人の存在をピンポイントで射抜くような、明確な『敵意』だ。地獄の訓練で研ぎ澄まされた直感がそう告げていた。

 《天秤(リブラ)》が放つ剥き出しの敵意とは違う、冷たく、秩序だった圧力。

 維は、新たな緊張に息を詰めた。


「……最後に、常世時子学園長より、式辞を賜ります」


 最後に登壇したのは、常世時子学園長だった。


「が、学園長……!?」


「ちっちゃ……!」


「おい、マジかよ……常世時子って、あの……?」


「……《始祖の魔導師(プライム・ソーサラー)》……!」


 講堂のあちこちから、畏怖の念のこもった囁きが漏れる。

 新入生たちが、そのゴスロリ少女の姿に、案の定ざわめく。


「静粛にせい、小僧ども!」


 マイクを通した一喝で、数千人の講堂が水を打ったように静まり返る。


「入学おめでとう。……じゃが、勘違いするな」


 学園長は、講堂に集う数千人の瞳を一人ひとり射抜くように見据える。


「おヌシらは、ただ『管理』されるためにここに来たのではない。ただの『聖遺物の付属品』として、戦うためだけに来たのでもない」


 その言葉に、維は息を呑む。


「この天照学園は、おヌシらが『なぜ戦うのか』、その意味を見つける場所じゃ」


 ゴスロリの幼い姿とは不釣り合いな覇気が、ドーム全体を震わせる。


「新入生総代が言ったように、人々を守る『義務』を果たす。それは適合者として、何よりも尊い覚悟じゃろう」


 学園長は、一華の言葉をまず肯定した。


「じゃが儂は、おヌシらにその『先』へ進んでほしいと願っておる」


「義務だから戦うのではない。おヌシら自身の『意思』で、守りたいもののために戦う。そんな本物の適合者を、儂らは待ち望んでいる!」


 その言葉は、あの解析室で「義務」と「意思」について叫んだ維に、強く響いた。

 学園長は、そこで一瞬、言葉を切り、講堂の片隅——維がいる方向を、見るともなく見やった。


「おヌシらのほとんどは、この学園の『秩序』の中で、人々を守る立派な適合者となるじゃろう。それは、とても尊いことじゃ。じゃが…」


 彼女は、イタズラっぽく笑う。


「もし、この中に、その『秩序』では到底測れんような、とんでもない『規格外』が紛れ込んでおるとしたら……」


 その言葉に、生徒会長の眉が、ピクリと動いた。


「その『規格外』こそが、この世界の凝り固まった『神話ルール』そのものを、変えてしまうやもしれん。——儂は、その『可能性』に期待しておる。心して励めよ、小僧ども。……以上じゃ」


 学園長はそれだけ言うと、あっさりと壇上から去っていった。

 新入生たちは、その圧倒的な存在感と演説の真意に、ただ呆然とするしかなかった。

 維だけが、最後の言葉が、地獄の特訓を乗り越えた自分だけに向けられた激励のメッセージであることを、確かに感じ取っていた。

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