第08話『静まる孤独のジム』
※ラビットは、しばらくそこに座りこんでいた…
「…っ…──ぐすっ…」
──…シぃーン…
このようにジムには、彼女の他に誰もなく、ただただ音も立たずに静まり返っていた。
先程のこともあって憂鬱な気分に苛まれるラビットはただ、目に涙を湛えながら鼻をすすっていた。
「っ…うぁ…」
こんな時、彼を頼れたならば…──ラビットは内心思いつつも、彼を避けたのは自分であることに違いはないのだ。不本意ではあるのだが。
「ずっ…──…はぁ…」
涙を拭って鼻をすすり終え、どうにか泣き止んだ。
「もう…やめにしなくては…」
ラビットは立ち上がり、ジムを出るためにドアへと向かう。
すると…──
──カァーンッ!
そんな音が、ジム全体に響き渡る。
「ッ!」
バッ!と音が立つほどに、ラビットは驚きの反射神経で振り返る。
だがそこでは、壁に立てられていた箒が倒れていた。
だがラビットは、安心などしていなかった。
空気中に漂う不安の臭気が、彼女の鼻を絶えず燻った。
「…!」
過去にもこういった経験はあった。
ラビットが一人でいると、いつでもこうなる。今日の朝もその一例であった。
彼女は一度、その不安の実態に目をつけられたことがあった。
あの時のことはもう思い出したくもないが、あの時に見たその恐怖の実態は、瞼の裏にべったりと張り付いて剥がれることはない。
「…」
ラビットは足を忍ばすようにしてジムを出るため歩き出した。
ドアを開けると、そこは螺旋階段だ。心なしかいつも以上に仄暗く感じる。
ゆっくりとドアを閉めて、ついにその階段を望んだ。
「…」
息を殺してゆっくりと、神社仏閣のでは効かぬ段数のそれを登っていく。
「…は…っ…ぐ」
涼しいはずが、ラビットの汗は絶えなかった。
…だがその緊張も、あと少しで必要なくなる。
あともう少しで登り終えるというところだ。
だが、そこで異変が訪れる。
ガチャ…
階段の上にあるドアが開いた音だ。
「っ…!」
階段の上にいる何かが、こちらに下りてくるのがわかる。
「に…逃げ場がない…!どうすれば…」
もし下りてくるのが危険なものであれば、このままでは追い詰められ袋の鼠だ。
「はぁ…っ──はあ…」
何をすることもできず、ただ呼吸のみ荒くなって、そこに目を閉じて踊り場に蹲り、ひたすらに無事を祈ることしか出来なかった。
──コツ…コツ…、と足音が近くなっても、動けはしなかった。
カツッ…!
そしてその足音が、ラビットのすぐそばで止まった。
「…ッ!」
「──…ットさん…ラビットさんっ──ちょっと…どうしたの」
「…ッ!」
聞き覚えのある声…──肩を揺すられた。
恐る恐るそこを見ると…。
「…せ…グンメティ…先生」
そこにいたのは、長髪の女教師。
名をグンメティと呼んだラビットは、胸を撫で下ろす。「通りかかったカリンさんに、ここにいるって聞いて来たんだけど、…ホントにどうしたの?」
ラビットの表情に強く刻まれた恐怖も、全てはこのグンメティによって消えた。
彼女は2組担当の教師で、最近ラビットとも話す機会も多くなった。
「昨日と同様、今日も付き合ってもらいますよ」
「は…はい」
またかと思いつつも、なぜか安心していた。
──コツ…コツ…
「…?」
2人の静寂に、何か音が差し込んだ。
階段の下の方からか、何やら足音が…──
「ッ!」
「?…──ラビットさん…?」
恐怖に震えるラビットの表情。
ただこちらに、早く逃げなければと訴えるようだ。
「…何かいるの?下に…」
「…!」
その何気ない言葉に、ラビットは震えながら頷く。
「上がって…来てます…!逃げないと…」
グンメティはそれを確かめにいこうとはしなかった。
今は、ラビットの恐怖を深刻にせぬことと、グンメティ側の用事が最優先だ。
「じゃあ、すぐにここを離れますよ…付いてきてください」
ラビットは階段の後方を見ないように、グンメティについていくのだった。