さいごの3
さいごの3
久留亜に声を掛けたのは、背の低い女の子だった。
ピンク色の髪に整った顔つき。その幼い顔つきにはどこか見覚えがあった。
「アイドルのノアちゃん!?」
「イエイ!」
華奢な体をくねらせてポーズを決める。いつもと違い赤いブレザーの制服を着ているが、間違いなくゲーマーアイドルのノアちゃんだ。
彼女は仔猫のような笑みを浮かべると、顔を近づけてきた。
「うわぁ、感激! いちゲーマーとして〔納豆巻き〕とお話ししちゃった!」
久留亜は頭が真っ白になり、大きく首を振った。
「な、なにか勘違いしてるんじゃないかな? 何の話か分からないよ」
ノアはニョホホホみたいな含みのある笑いを浮かべる。
「大喝祭、あたしのデザインしたスキン、購入してくれたよね」
「え、あ、うん。そうかも」
「ただの立体映像と勘違いしちゃったみたいだけど、わぁびっくり! 本物のノアちゃんでした! ってやってるの。アイドルとしての仕事がそんなにねェからな」
渋い表情を浮かべ腕を組む。
「大喝祭は初めてだろ。あそこちゃんとブロックしてねェとゲーム内ネームが表示されんだよ。ゲームセンターだとよくある仕様だぜ」
そして、可愛らしい女の子に不釣り合いな勇ましい笑みを久留亜に向けた。
「にしてもな、一緒にいた女にフラれたみたいじゃねェか」
「そ、その口調・・・」
「へッ、見る目のねェ女だな! 俺は一目でただもんじャねェッて見抜いたぜ! こッちは雪賊の頭やッてんだ、質の悪いクソ野郎を見ぬけにャバンディットなんぞできねェからな」
「武☆吉か!?」
あのバイキングの大男が、アイドルのノアちゃん!?
さすがに驚きのあまり久留亜も言葉を失ってしまう。
「助かッたぜ、おかげでこッちは大儲けだ! 誰が裏切者か、誰が裏切るのか、わかッたもんじャなかッたからな、因縁つけて抜けさせてもらッた。どうだ、いい働きだったろ?」
「あ、ああ。お前の懐が潤えば、こちらも助かるからな」
クランの中で唯一戦い慣れしていると見て、どうにか彼と共に二人三脚で戦えれば戦争に勝てる確信があったのは間違いない。
「〔納豆巻き〕の奇跡、間近で見させてもらッたゼ。なるほどこりャ、不思議なもんだ。あんたと居ると勇気が湧いてくる。すべて奪われようッてんのに、楽しくてしョうがなかッた」
「やめてよ、僕はそんな立派なもんじゃない」
久留亜は、大きくため息をついた。
ゲームで勇者でも、現実は好きだった女子におもっくそ間抜けなフラれ方をしたダサい男でしかない。
「ほんとか? そりゃよかった。お前の良さを知ってるのはあたしだけで十分」
彼女は強引に手を握ってきた。
「あたしと、結婚しよう!」
「はぁ!?」
声を上げたのは、傍まで来たのだが何となく声をかけづらく立っていた涼華だった。
涼華は久留亜とノアの間に割って入ってきた。
「あ、あああ、あなた! いきなりなんと破廉恥なことを!」
「あ? なんだ胸糞悪いの女じャねェか。テメーにャもう関係ねェ話だろ」
ノアはするりと涼華の横を通り抜け、仔猫のように久留亜の腕にしがみついた。
「あたしは一目見たときらからこの人だって決めてたの。あなたには関係ないでしょ?」
「あ、ああなたは、アイドルなのでしょう! 恋愛はご法度のはずです!」
「何世紀前の話よ。それに、問題だっていうなら辞めてもいいし、アイドル。別に売れてるわけじゃねぇし、未来の夫のためならわけねぇな」
ねぇねぇアイドル続けた方がいい? それとも独占欲強い方? どっちでもいいよ? と甘い声を上げてくるノアに、ちょっと待ってほしいと久留亜は身を剥がした。
「何か勘違いしているかもしれないけど! 僕は本当に全然ダメな人間なんだ!」
あまりの剣幕に驚くノア。
「現実の僕はゲームとは違うんだ! なんかこう、いっぱい考えても失敗ばかりのどうしようもない奴なんだよ!」
そういうと、久留亜は一目散に校舎を走って学校を抜けて行った。
その本気の逃亡に、ノアと涼華は呆然と見送るしかなかった。
「たッくよォ、リアルも面倒くせェ性格みてェだな」
そう言って、隣に立つ涼華を睨みつける。
「匂うゼ。あ? てめェあいつの正体、知ッてンな?」
「・・・」
あなたに教える必要はありませんというように、つんと涼華は口を閉ざした。
はんっとノアは鼻を鳴らす。
「テメェみたいなクソッたれな女にャにあいつは重めェ。惨めな結末になるのが嫌なら身を引くことだな」
ドスを利かせた脅しにも似た忠告を前に、涼華は驚いたように目を丸くした。
そして、満面の笑みを浮かべる。
「そうですね、私はクソったれな女です。あなたが思っている以上にね」
ふふーんと涼華は自慢げに言い返した。
ここまで読んでくださった方、お疲れさまでした。