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海賊退治

 南の辺境の海には島が多数存在し、中には無人島もある。


 アーサーとジエルを乗せた帆船は無人島の1つに接近していた。島から3隻の船が出航するとジエル達を乗せた船に近付いてくる。3隻の船上にいる人々が、船体に取り付けられた大きなカギ爪の付いた太い網を抱えている姿を、アーサーは見る事ができた。


「海賊だな、あのカギ爪の付いた網で この船を捕らえて乗り移るつもりだ」


「ボクに皆殺しにされるとも知らずに馬鹿な海賊達だよ、探す手間が省けてツイている」


 青い全身鎧を身にまとっているジエルが揺れた。アーサーが舵を操作して船の進路を変えたのだ。


「海賊船を迂回してあの島へ上陸してそこで迎え撃つ。あのカギ爪付きの網を使われたら船が痛んでしまうからな。海賊は銃を持っているかもしれない、場合によっては銃弾は超常者に通用する、気を付けろ」


「言われなくても分かっているよ」


 3隻の海賊船はアーサーの船が逃げたと思って追いかけ始めた。海賊達はアーサーの船を指差してほくそ笑んでいる。


「あの島は俺らの拠点で、仲間が残っているのに馬鹿な奴らだぜ! 自分から死にに行ってやがる!」


 アーサーの船は岩礁(がんしょう)に接岸した。海賊が隠れ家に使っているだけあって天然の港になっている。海賊船と思われる2隻の船も既に接岸されていた。

 アーサーとジエルが船から降りると島の奥から30人程の海賊達が姿を見せ、2人を見て下品な笑みを浮かべる。アーサーの船を追いかけていた3隻の海賊船も接岸すると50人程の海賊が続々と降りてきて、アーサーとジエルは海賊達に挟まれた。海賊達は汚い歯を見せて笑う。


「残念だったなぁー! この島は俺らの拠点なんだよー! この島にお前らを助けてくれる人はいませーん!」


「おいあの鎧の形、あいつ女じゃねえか!? ひゃはっ! 鎧の中にお宝はっけーん! 楽しめそうだぜー! 自由な海賊になって良かったー!」


 1人の海賊が剣を抜いてジエルに近付いてくる。海賊は自分の剣がポッキリと折れている事に気が付き、不思議に思った海賊が下半身に痛みを感じて目を向けると、自分の下半身に付いていた男のシンボルが地面に汚らしく落ちているのを見つけた。

 いつの間にかアーサーは剣を抜いていた。アーサーによって切られたのだ。


「ぎゃあああああああ!? なにこれえええええええええ!?」


 目にも留まらぬアーサーの剣技を目撃した海賊達は驚愕する。その驚いた顔の下から赤い血が噴き出る。続々と海賊達の首筋から鮮血が噴出されていく。

 アーサーによって仲間が次々と首筋を切られ殺されている事に気が付いた海賊達はパニックを起こした。


「ひいいいいいいいい!? なんだこいつはあああああああ!?」


「化物だああああああああああ! おかあさああああああん!」


 逃げようと後ろを振り向いた海賊の目から血がこぼれる。ジエルによって後頭部を殴られたのだ。


「ボクの分まで殺さないでよ!」


「名前でも書いておくんだな」


 海賊達は船に乗り込み逃げようとするが、アーサーは常識外れの脚力で海賊船に先回りをすると、5隻の海賊船のマストの全てを切り倒した。続いてアーサーは逃げ惑う海賊達の首筋を次々と切っていく。1人あたりに掛かっている時間は一瞬だ。

 ジエルも負けじと海賊を思いっきり殴るが、それでも素手では一発で殺せない。ジエルは魔王にしか聞こえない念話で愚痴る。


『クソッ! 能力を使えれば触手刀であっという間に皆殺しにできるのに!』


 ジエルの視界にはワイプが表示されていて魔王の肩から上の姿が映っている。ジエル本来の視界とワイプは二重構造になっていて同時に視認できるので、ワイプは視界の邪魔にはならない。


『アーサーの前では能力は使えない、無い物ねだりをしても仕方がないわ、海賊の武器を拾って使いなさい』


 ジエルは魔王に言われた通りに殺した海賊の剣を拾うと、別の海賊の首筋を切り裂いた。今度は一撃で殺せた事にジエルは喜ぶ。


「よしっ、楽ちんだ」


 ジエルが逃げ出した海賊を追って皆殺しにしようと笑顔になった時、アーサーの声が響く。


「銃だ!」


 海賊の1人が銃を抱えて森の中から出てきたのだ。海賊は銃口をジエルに向けた。ワイプの中の魔王は警戒を強める。


『両手銃よ! 鎧を貫通する!』


 銃弾を頭に受けてはいけないとジエルが理解し、絶対に避けると考えた瞬間、火薬が爆発して銃弾が放たれた。

 ジエルは目の前に影が現れたのを感じ、その影がアーサーの背中である事に気が付いた。アーサーがジエルを庇って銃弾を胸に受けたのだ。銃を放った海賊は汚らしい笑みを浮かべる。


「ひゃっはー! どうだ化物! 超常者だろうと銃弾の前には無力なんだよおおおお!」


 船長がアーサーを銃で撃った事に気が付いた海賊達は形勢逆転だと思って騒ぎ出す。


「さすがです船長! ざまあみろ化物め!」


「あとは女だけだあああ! 殺さないで下さいよ船長おおお! お楽しみができないからあああ!」


 銃は単発式で、海賊船長は2発目の弾丸を()めてジエルを脅そうとたくらむ。海賊船長の持っていた銃が地面に落ちた。アーサーが海賊船長の両手ごと切り落としたのだ。


「超常者だろうと銃弾の前には無力、か。確かに一部の超常者に対してはそうだな」


 アーサーの服の胸元には銃弾が命中した証の穴が空いていたが、肌は無傷なままだ。血まみれで激痛に苦しみ転げまわる海賊船長を放置して、アーサーは海賊の首筋を切り裂く作業を続けた。

 何事もなかったように元気に海賊退治を続けるアーサーを見てジエルはショックを受ける。


『ボクの鎧は片手銃でも傷ついたのに、素肌のアーサーは両手銃で撃たれても平気なんだ』


『高位の超常者の肌は銃弾を弾くまでになるのよ、人間のくせに生意気な奴だわ』


 アーサーとジエルは戦闘を続け、海賊達の悲鳴と慈悲を求める声が島に響き渡った。


 やがて静かになり、アーサーは剣を軽く振って血を飛ばしてから(さや)に戻した。辺りには海賊達の死体が転がっていて、アーサーは1人の倒れている海賊の頭を踏みつけている。その海賊は宝石を身に着けていた。アーサーは足下の海賊に問いかける。


「お前の海賊での立場を言え」


「ひいいい……! ぼくは副船長ですぅ……船1隻につき1人の副船長がいてぇ……ぎゃあっ!」


 海賊副船長は頭蓋骨が(きし)む感覚に悲鳴をあげた。アーサーが必要のない事は聞きたくないと足に力を籠めたのだ。


「なら銃をどこで手に入れたのか知っているな、言え」


「白髪のジジイから貰ったんですぅ……あああっ!」


 海賊副船長は何やら思いつくと嬉しそうな声をあげた。


「その白髪のジジイは超常者なんだ! 俺達の味方には超常者がいるぞ! はっはー! この事を白髪の超常者が知ったらお前なんか殺されるぞ! 今すぐこの足をどけて俺に土下座して許しを乞え! 今度は俺が代わりにお前を足蹴にしてやる! そうすれば仕方ないから許してやってもいいんだぞぉぉぉ?」


 アーサーに踏まれたまま海賊副船長は勝ち誇ったような顔をした。アーサーは汚物を見る目で海賊副船長を見下ろす。


「なるほど、最近海賊が銃を所持するようになった原因はその白髪の超常者にありそうだな」


「そうだ! お前が超常者だろうと同じ超常者には敵うまい! 俺を殺すとその超常者にお前は殺されるぞ! 死にたくなければとっととこの足をどけろ! このゴミが!」


 海賊副船長は今すぐアーサーが足をどけて謝ってくると思った。しかしその予想とは違いアーサーは海賊副船長の顔を踏みつけている足に力を籠める。


「ぎゃああああああ!? なんで!?」


「なるほど、お前を殺すとその白髪の超常者を怒らせるかもしれないな」


「そうだぞ!? だから早くこの足を……!」


「でもそれはお前が死んだ後の事だ、お前が考える必要があるのか?」


 海賊副船長の顔から根拠の薄い余裕が消え、このままでは確実に自分はこの化物に殺されると理解する。


「許してください……なんでもしますから……」


 アーサーは海賊副船長の隣の死体を見下ろす。その死体のズボンの尻の部分は不自然に膨らんでいた。


「その海賊、ウンコを漏らして死んでいる。そのウンコを食え、そうすれば許す事を考慮する」


「わかりましたあああああ! 今すぐ食べますうううううう!」


 海賊副船長は手を伸ばすと死体のズボンに手を入れ、ウンコを握った手を引き抜いた。その悪臭から海賊副船長は口に入れる事をためらうが、アーサーの足の感触への恐怖から、目をつぶって口へ入れた。


「うぐ、う……うぐぅっ!?」


 海賊副船長は喉を押さえて苦しそうに暴れ出す。ウンコが喉に詰まって呼吸ができなくなったのだ。海賊副船長はアーサーに頭を踏まれながらウンコが詰まった苦しみを味わい尽くした末に窒息死した。

 アーサーの海賊への仕打ちを見ていたジエルは呆れたような顔をした。ジエルの表情を見たアーサーは鼻で笑う。


「まさか可愛そう、やり過ぎだと思ったのか? こいつら海賊はな、自由を口にして罪悪感なく無実の人々を苦しめる世界の汚物どもだ。こいつが今までに傷つけてきた人達の事を思えばこれでも足りないぐらいだが、少しは被害者の救済になった事だろう」


「悪い人間をどうしようと きみの勝手だよ」


 足元に転がっている海賊の死体の半分程はジエルの戦果だ。ジエルは湧き上がる力を自覚して微笑む。


『生命力が上がったのを実感できる、人間の生命力って美味しい』


 ジエルがシルバーを助けた島で海賊達をたくさん殺した時にも思った事だ。


『猛獣島にいるより効率的だと言った理由がわかったでしょう? この調子で海賊をどんどん殺して人間の生命力を吸収し続けるわよ』


 ジエルは足音が聞いた。音のした方を見ると死体のふりをしていた海賊が逃げていく後ろ姿があった。ジエルが追いかけて殺そうとするとアーサーに呼び止められた。ジエルは止められた事に疑問と不満を感じてアーサーの顔を睨んだが、ふと気まずそうに顔を背ける。


「どうして止めるの? 海賊が逃げても良いわけ?」


「わざと逃がしたんだ、まだこの島に海賊が隠れているかもしれないからな、隠れ家まで案内してもらう。そのために奴の足に傷をつけておいた」


 そう言ってアーサーは地面に目配せをする。逃げた海賊の血が地面に滴り落ちて出来た1本の点線をジエルは発見した。アーサーは点線を追って走り出し、ジエルも後に続く。


「追い付かない速度を保て、隠れ家を突き止めるまではな」


 ジエルは何やら呟いた。その声は小さすぎて走る音にかき消され、アーサーは聞き取れなかった。アーサーは後ろを振り向いて尋ねる。


「何か言ったか?」


 質問に答えず顔を大げさに背けたジエルを見て、アーサーは溜め息を吐いて海賊の追跡を続ける。魔王だけはジエルの呟きの内容を聞き取れていた。


『人間なんかに必要ないと思うけど、次からはもう少し大きな声でお礼を言ってあげなさい』


 アーサーとジエルはしばらく海賊を尾行したが、海賊は森の中に隠れるだけで他の海賊達のいる隠れ家に行く素振りは見られなかった。アーサーは海賊の前に姿を現すと、海賊は猛獣に遭ったような怯え方をする。


「他の海賊のいる場所を教えろ、そうすればお前は見逃してやる」


「ひいいいいいいい! いないですうううう! この島にいる海賊は俺達だけですうううう!」


 海賊は剣を抜いたアーサーを見て、地面にヒザを付いた。


「殺さないでええええええ! 許してくださああああああい!」


「海賊のいる場所を教えられなかったから、駄目だ」


 海賊の血が飛び散る光景を見て、ジエルは退屈そうな顔をする。


「ちぇっ、もうこの島には海賊がいないんだ。この島の海賊退治は終わったらから、もう次の島に行くんでしょ?」


 アーサーは剣を鋭く振って血を払うと鞘に納めた。


「まだだ、今日はこの島を調べる、まだ海賊が隠れているかもしれない。万がイチ銃を持っている海賊を取りこぼしてしまったら問題だ」


 海賊を探そうと歩き出したジエルをアーサーが呼び止める。


「待て、1人では行動するな、危険だ」


「別々に海賊を探してまわった方が見つけやすいでしょ、海賊なんてボク1人でも楽勝だよ。それとも1人で知らない島を歩くのが怖いわけ?」


「ああ怖いな、お前が1人で行動した結果、銃を持った海賊に遭遇して撃たれて死んでしまうのが。さっきの海賊が放った両手銃、お前の肌と鎧は弾けたのか?」


 アーサーのその言葉にジエルは腹を立てたが、銃弾を受けていたら貫通していたのは事実なので反論できず、強引に話をそらす。


「とっとと海賊を探そう、逃げてしまうかも」


 アーサーとジエルは島の中を海賊を探してまわったが見つからず、陽が落ちかけたので探索を止めて船に戻った。


 船に備え付けられている厨房にてアーサーは料理を作っている。島で採取した野草と備蓄している干し肉を煮込んだスープだ。スープが完成したのでアーサーは船内にジエルの姿を探したが見つからない。甲板に立っているアーサーは海岸に焚火の明かりを見た。


 暗くなった海岸付近にて赤々と燃えている焚火には、串に刺さった海鳥の肉が焼かれていた。肉汁がしたたり落ちている串焼きを見てジエルは満面の笑みを浮かべる。足音がして、その正体がアーサーであると分かるとジエルは不機嫌そうな態度をとった。

 ジエルは倒木に座っていて、アーサーは立ったままだ。アーサーは串焼きを見るとジエルに声をかける。


「船に戻ってスープを食え、俺ばかりが料理をしているがお前も女らしく料理をするつもりにはならないのか」


 ジエルは串焼きを掴むと、これが料理だと言わんばかりの顔をアーサーに向ける。


「干し肉より獲りたての肉の方が美味しいからスープはいらない」


『肉だけじゃあ栄養が偏るし、きちんと味付けされた料理の方が美味しいと私は思うわよ』


 魔王の暗にスープを食えという指示をジエルは恐る恐る無視して串焼きに噛りつく。自慢げに串焼きに噛り付いたジエルを見てアーサーは溜め息を吐く。


「まだ俺に対して怒っているのか、単純そうな性格に見えるのに意外と根に持つ奴だな」


 ジエルは串ごと肉を噛み砕く。


「兜を切られて、少しズレていたら殺されていたような目に遭って、怒らない方がどうかしているよ。その程度の事が分からないって きみは馬鹿なのかな?」


「お前の兜を切った事は、俺なりに悪いと思って償いはしているつもりだがな。さっき殺した海賊どもの半分はお前が殺せるように配慮した」


 ワイプの中の魔王はアーサーの発言に納得をする。


『こいつの言っている事は本当だと思うわ、アーサーが手を抜いたから あなたは海賊の半分を殺す事ができたのでしょう』


 ジエルは自分がアーサーより大きく劣っていると言われたようで不愉快になった。ジエルもアーサーとの力量差は渋々認めているので更に腹立だしい。反論をしてこないジエルをアーサーは見る。


「島長もお前を疑った事の償いはしている。息子を助けた礼も含めてだろうが屋敷に泊め、豊かな食事を出して屋敷の裏にある温泉にも入れた。他の島民の普段の食事は見た事あるか? お前ほど豪華なものは食べられていないし、島長の温泉に入れずに一生を終える島民が普通だ。

 俺も島長もお前に対して償いをする姿勢を見せている。それなのにお前はいつまで不満をぶつけ続けるつもりなんだ?」


 立っているアーサーは座っているジエルを見下ろす事になっており、その態度にジエルは苛立ちを覚える。


「何さ偉そうに! 酷い事をされて簡単に許せるわけがないじゃないか! きみは今までに誰かに酷い事をされた経験がないんでしょ、だからそういう偉そうな態度をとれているんだ! ボクに嫌われた所で問題ないって態度を取っちゃって馬鹿にしてさ。

 何様なんだ、アーサーは強くて良いよね、好きなだけ威張れてわがままをし放題なんだから」


 ジエルの強いから好きなだけ威張れているのだろうという言葉に、アーサーは少し表情を歪める。


「……俺は無理難題をお前に要求しているつもりはないのだがな。お前は俺が戦闘力を盾に好きなように生きていると思っているかもしれないが、それは間違いだ。俺は流出した銃の調査でこの南の海域に来ていて、できれば海賊を皆殺しにするまで滞在したいが、それは難しそうだと言った事を覚えているか?」


「それぐらい覚えているよ、王様とやらの命令でいつかは王都に帰らなきゃいけないんでしょ?」


「なぜ俺は王様の命令に従うのだと思う?」


「王様の方が強いから怖いんでしょ、ビビっちゃって情けない奴」


 ジエルは串焼きの串を王様の剣に見立てて、おちょくるように振り回した。ジエルの発言にアーサーは笑ってしまう。


「戦闘力だけを見るなら王様は俺より確実に弱いぞ、100人が束になっても俺には勝てないと断言できる」


 ジエルは予想外という顔をする。


「王様が弱いのなら、どうして言う事を聞くのさ? 無視すれば良いじゃないか」


 ジエルの疑問に対して、アーサーは重々しい表情で語る。


「戦闘力だけを基準に物事を決めていたら世の中は滅茶苦茶になってしまうからだ、北部の人間軍に占領された魔族の都市が酷い状況になっていると話しただろう? 戦闘力だけで軍の上層部に置かれた超常者達が権力を握り、

 武力を恐れて誰も超常者に反論できなくなった結果、社会が崩壊してしまった。だから場合によっては自分より弱い奴の言う事を聞く必要があるんだ、そうしなければ社会を維持できなくなってしまう」


 ジエルはすねた子供のようにその辺に生えている草を意味もなくちぎる。


「自分より弱い奴の言う事を聞くってボクは嫌だよ、みんなも嫌なはずだ、自由がない」


「やりたくないと駄々をこね続け、自由という言葉の意味を誤解した奴の末路が海賊だ。お前、海賊のようになりたいのか?」


 ジエルはウンコを食わされたあげく窒息死した海賊の姿を思い出す。


「絶対に嫌だ、ボクはあんな惨めな目には遭いたくない」


「それを聞いて安心した、お前を海賊として殺す日がなさそうでな。お前の分のスープを残しておく、気が向いたら食っておけ」


 船に戻っていくアーサーを見送ったジエルは気まずそうな顔をして、串焼きを豪快に噛み砕いた。



 それからも、アーサーとジエルは海を船で旅していくつもの島を訪れ、たくさんの海賊を殺してまわった。

 途中、銃を所持する海賊に遭遇する事があったが、ジエルは運が良いのかアーサーが庇ってくれるおかげか両手銃で撃たれる事はなかった。海賊から回収された銃はアーサーの船室に保管されている。高い戦闘力を持つアーサーが部屋にいる時は頑丈な金庫に様変わりするというわけだ。


 すっかり海風が冷たくなった日の事である。


「一旦ヘンピ島に戻る」


 甲板にて温かいスープを食べていたジエルは、舵を握っているアーサーの帰還宣言を聞いてスプーンから具を落としてしまう。


「どうして? もうこの海域にいる海賊は皆殺しにできたの?」


「いや、まだ大勢残っているだろう、この調子で全部殺すまで続けたいところだが季節には逆らえない。この南の海域は冬になると極南から流氷が運ばれてきて船を出すのは危険になるんだ、流氷とぶつかったら沈没してしまうからな。だからヘンピ島に戻って流氷が無くなるまで待つしかないんだ」


 超常者といえども自然現象には敵わないのだとジエルは納得した。


 それから数日後。ジエルは自分の船室にてハンモックに揺られながら、以前アーサーから言われた事を思い出していた。

 自分より弱い奴の言う事を時には聞かなければいけないという考えは、猛獣島にて文字通り弱肉強食の生活をしていたジエルにとっては受け入れがたい価値観であった。


『魔王様はどう思う? アーサーが話した、弱い奴の言う事を聞かなければいけないという考え』


『魔族も人間も社会を形成していて、社会にはルールがあって、ルールの中では時に、自分より戦闘力の低い奴の言う事を聞かなければいけない状況があるわ。でも強ければそれだけ社会に束縛されにくくなって、ある程度なら自由に動けるようになる』


『何をするにも強い方が良いって事?』


『そうよ、アーサーへ攻撃的な態度をとるのは止めておきなさい、ただしアーサーに服従はしない事。いつか自分より弱い奴の言う事に、ある程度従わなければいけなくなった時のために、自分より強い奴からの指示をいかにかわすかで命令への抵抗の練習をしておきなさい』


 ジエルはアーサーへ攻撃的な態度はとらず、かつ服従はしないとはどうすれば良いのか考えて悩む。ジエルが気分転換のために船内から甲板に出ると、舵を操作しているアーサーが声をかけてくる。


「良いタイミングで上がってきたな、ヘンピ島が見えてきたぞ」


 ジエルが水平線を見ると島影があった。


 海岸にいる人々を小さく見られるまでヘンピ島に近付いた時、島からラッパの音が聞こえてきた。ジエルが目を凝らすと海岸で船に向かってラッパを吹いている人がいる。遠くてよく分からないが髪の毛は紺色に見えた。

 ラッパの音色を聞いたアーサーは安心した顔をする。


「島に海賊の襲撃はなかったようだな」


「ラッパの暗号が分かるの?」


「何だラッパの暗号って? この音色には暗号は含まれていないぞ、ただの音楽だ」


「嘘吐き、シルバーが言っていたよ、ラッパの音色には暗号があるって」


 ラッパの音色には暗号があるというジエルの発言に、アーサーは少し考え後、ふいに笑い出した。アーサーの小馬鹿にしたように見える態度にジエルは兜の中で眉をしかめる。ジエルの不機嫌にアーサーは気が付き表情を直す。


「笑って悪い、ラッパの音色には暗号がある、か。確かに捉えようによってはそうかもな、シルバーも大人びた事を言うようになったもんだ」


「どういう事? 説明してよ」


「俺がいま島から聞こえてくるラッパの音を聞いて安心したのは、音色から吹いているのがシルバーだと分かり、平穏な曲調から島に異変は無いと分かったからだ、お前は分からないのか?」


 ジエルは聞こえてくるラッパの音色に耳を傾けてみたが、アーサーの言うようにシルバーが吹いていて島が無事だという事は分からない。


「分からないよ、暗号の法則を知らないのに分かるわけがない」


「法則性があるわけではない、お前もそのうち分かるようになるだろう。何にせよ俺らが留守中に海賊の襲撃が無くて本当に安心した」


 アーサーは心底ヘンピ島の無事を喜んでいた。島が海賊に襲われないか心配だが、島の今後を考えれば島民達に少しは自衛をさせなければいけない。アーサーが島に永住するのなら話は変わるが、アーサーはいずれ王都に帰らないといけない立場だ。

 ジエルも勇者に復讐するという目的のために、いつまでもヘンピ島に留まるわけにはいかない。


 船はヘンピ島に接岸し、アーサーとジエルは島に上陸した。


 武器を持った島民達が笑顔を向けて2人のもとへ駆け寄ってきた。万がイチ海賊だった時のために備えていたのだ。紺色の髪とヒゲを生やした40代前半の島長が結果を尋ねる。


「海賊退治は上手くいっただろうか?」


 アーサーは無愛想のままに答える。


「ああ、上々だ、海賊をたらふく殺せた」


 その知らせを聞いた島民達の顔が明るくなる。


「ありがとうアーサーさん!」


「これで少しは安心して眠れるぞ!」


 多くの島民に囲まれているアーサーを見て、ジエルは兜の中で面白くなさそうな顔をする。


『ボクだって海賊をたくさん殺したのにな』


『アーサーは古くから何度もヘンピ島に来ているみたいだし、新顔のあなたとは信頼の度合いが違って当たり前よ』


 ジエルのもとにもシルバーとブルーが近付いてきた。


「お疲れ様ジエル、怪我はないかい?」


 ジエルは兜を脱ぐと無傷の顔を見せてあげた。ジエルの美しい顔を間近で見た島民の男性が顔を赤らめる。ジエルは長い青色の髪をブルーから貰った赤いリボンでまとめていた。


「平気だよ、無傷だ」


 元気なジエルの顔を見てシルバーとブルーは安心する。


「良かった、無事で……アーサーさんの後になってしまうけど、温泉に入って船旅の汚れを落としてゆっくりと休んで」


 島長の屋敷の裏には温泉が湧いていて、家風呂感覚で入る事ができる。温泉は壁で囲われて隠されいて島長の屋敷の敷地は広く、無断で入る事が許されていないので覗かれる心配はほぼ無い。

 ジエルは温泉に浸かりながら自分の体をまじまじと見つめる。


『本当の人間みたい』


『体内に偽の血管と偽の血液を形成する作業は終わっている。これでいつ切られても人間みたいに流血する事ができるわ』


 ジエルが今の自分の体を確認しようとお湯に浮かぶ胸を触っている時、ラッパの音が聞こえてきた。ジエルと五感を共有している魔王はラッパの音色に耳を澄ませる。


『シルバーかしら、ラッパといえばあいつでしょう』


『違うと思う、吹いているのはシルバーではない』


『どうして分かるのよ?』


 ジエルはお湯から出ると、温泉を囲み隠している壁に向かって立った。足を屈め力を籠めると飛び上がり、かなりの高さの壁の頂上部に手をかけ、よじ昇ると壁の上に顔を出した。ワイプの中の魔王は呆れた顔をする。


『何やっているのよ裸のままで』


『体は見せていないよ、ほら、やっぱりブルーだった』


 壁の上から顔を出しているジエルは、屋敷の敷地内で切り株に座ってラッパを吹いているブルーの姿を見る事ができた。ジエルはブルーの吹くラッパの音色に聞き入る。紅葉の舞う島にブルーのラッパの音色が響き渡っていた。


 ラッパを吹ける平穏な日常を過ごせて幸せというブルーの感情が、音色を通じてジエルに伝わってくる。ジエルはアーサーの言っていた捉え方によってはラッパの音色は暗号だという言葉を思い出す。


「なるほど、分かったような気がする」


『何がなるほどなのか知らないけど戻りなさい、誰かに見つかったら――』


 魔王がジエルを温泉内に戻そうとした時、切り株に座りラッパを吹いているブルーのもとに、シルバーが歩いて近付いてきた。


「ブルー、ラッパを教えてやろうか? わぁっ!?」 


 シルバーは壁によじ登っているジエルに気付くと驚愕の声をあげた。シルバーの反応でブルーもジエルの存在に気が付き、ジエルを見上げて驚く。


「ジエルさん!? 見えてる!」


 ジエルはブルーのラッパの音色をよく聞こうとするあまり、上半身も壁の上に出してしまっていたのだ。ジエルの裸体を見上げるシルバーの顔が見る見るうちに赤くなる。


『早く戻れこの馬鹿!』


 魔王の怒声にジエルは慌てて温泉内に戻る。ブルーは兄のシルバーがまだ顔を赤くしている事に気付くと、軽蔑するような目を向けた。

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