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ヘンピ島2

 (うたげ)が始まって少し経ってからの事である。


『もうこれ以上は食べたら駄目よ』


 目の前に積まれている料理に手を伸ばそうとしたジエルを、魔王が止めた。


『この宴にはアーサーも参加している。人間はイノシシ何頭分もの食事ができない、不審な行動は控えて』


『これっぽっちじゃ戦えないよ』


『能力を多用しなければ人並みの食事でも大丈夫よ。アーサーの目があるうちは魔族だとバレる能力は使えないから、この食事量でも問題ない、慣れなさい』


 ジエルは肩を落とした。島長(しまおさ)であるレッドと、シルバーの妹であるブルーは違うテーブルに座っていて、超常者アーサーも違うテーブルに座っている。

 宴が始まってから今までブルーはジエルに近付こうとしない、警戒しているのだ。アーサーも頻繁(ひんぱん)に遠目でジエルを観察している。宴に参加している人々はジエルと距離と取っているのだ。

 しかしシルバーだけはジエルの隣に座っていた。途中、様々な人に違う席への移動を(うなが)されたがシルバーは(かたく)なにジエルの隣から動こうとしない。


「もう食べないのかい?」


 声をかけてきたシルバーから、ジエルは露骨に顔をそむけた。脱げない呪いの鎧という設定を信じていなかった事を不満に思っているのだ。絶対に目は合わせないと言わんばかりのジエルの態度に、シルバーは悲しそうな顔をする。


「好きなだけ食べていいんだよ」


『好きなだけ食べて良いって言ってる! 好きなだけ食べて良いって言ってる!』


『駄目よ』


「……もうお腹いっぱいなんだ、本当だよ」


 ジエルは感情の一切(こも)っていない棒読みの声で満腹である事を知らせ、またもや大げさにシルバーから顔をそむけた。


「……さっきはすまなかった」


 謝ってきたシルバーを、ジエルは顔を(そむ)けながら目だけで見る。


「ジエルは私を海賊から助けてくれたのに、私はジエルの呪いの鎧を脱げないという話を信じていなかった。恩人を信じない私は嫌われて当然だよ」


「ボクがきみに怒っているって、分かっているんだ」


「こうも避けられると、どんなに鈍い人でも気付くよ」


「良いよ、悪いと思っているのなら、ボクの呪いの鎧の話を信じていなかった事を許してあげる」


 ジエルはシルバーに目を向けた。ようやくジエルと目を合わす事ができたシルバーは嬉しそうに微笑む。2人は目を合わせ、この奇妙な駆け引きの終わりを笑い合う。その様子をジエルの視界を通して見たワイプの中の魔王は悲しげな顔をする。


 島長であるレッドが(びん)を片手に近付いてきた。


「ジエルさん、1杯どうかな?」


 島長の言葉と瓶を見て、中身が酒であると魔王には分かった。


『酒か、断りなさいジエル』


 ヘンピ島に向かう船にシルバーと2人で乗っていた時に、シエルは船内にあった酒を飲んでみた事があった。するとアルコールのせいで体の一部が僅かではあるが溶けてしまった、無意識のうちに変形してしまったのだ。

 その時は鎧の中での変化だったためにシルバーにはバレずに済んだが、それ以来酒を飲む事は魔王によって禁じられたのだ。


「ボクは酒を飲まない」


「こういう時、付き合うのも礼儀のうちだと思うのだがな」


 ジエルは断ったのに島長はまだ酒を飲ませようとしてきた。島長は微笑んでいたが、その表情が作りものである事はジエルにも分かった。


『酔わせる事でボロを出させようとしているんだわ、何ていやらしい奴なのかしら』


 ジエルをしつこく酒の席に誘う島長に対して、島長の息子のシルバーが注意をする。


「父上、酒を無理に勧めるのは失礼ですよ」


「む、これは失礼、私はただジエルさんがシルバーを助けた事について少し話を聞きたいだけだ。こちらに来て話してくれないか」


「話せと言われても、海賊船の中にシルバーがいたから助けて、島にいた海賊をほぼ皆殺しにしただけだよ」


 島長であるレッドは納得できないという顔だ。


「私が知りたいのはジエルさんが息子を助ける以前の事だ、何故海賊のいる島にきみが1人でいたのかを知りたいのだよ。普通に考えると海賊がたくさんいる島に女性が1人とは変な話だからな」


「父上、まさかジエルを海賊だと思っているのですか?」


「その可能性が否定できないから話を聞きたいのだ。やましい事がなければ話せるはずだがな」


『ジエル、島長と話をしましょう』


 ジエルの視界に表示されるワイプに映る魔王の決定を、ジエルは不思議がる。


『どうして? こんな奴の言うことなんて無視すればいいじゃないか』


『人間から見たらあなたの存在は謎が多い、馬鹿な人間達だってさすがに怪しむわ、このままでは状況は悪化する一方よ。嘘の設定を私が考えておいたからそれを島長に話しなさい、それで状況が改善されるはずよ。それにアーサーはどういう目であなたを見ている?』


 魔王に言われてアーサーを見てみると、島長の誘いを断っているジエルを険しい目で見ていた。


『ムカつく目でボクを見ている』


『腹が立つのは私も一緒よ、でもアーサーは強いから今の私達では敵には回せない。アーサーを殺せるほど強くなるまではアーサーからの疑いの目をかわし続けるしかないのよ。ここは島長と話をするのが最善の行動だわ』


 魔王の判断にジエルはしぶしぶ従う。島長とアーサーが座っているテーブルにジエルが座り、シルバーも望んだので同席した。先に同じテーブルに座っていたブルーはジエルに愛想笑いをしたが緊張を隠せていない。兄と違ってジエルを強く警戒しているのだ。

 使用人女性がジエルの前の(さかずき)に酒を注ぐ。


『飲んだら駄目よ、アルコールで無意識に体が変形してしまうから』


「ボクは酒は飲まない」


 酒を断ったジエルにアーサーは注目する。


「苦手なのか? 1人で海賊100人を倒した豪傑(ごうけつ)らしくないな」


 皮肉を言ったアーサーにジエルは冷たい目を向けた。シルバーがジエルを庇う。


「酒が苦手な人もいるんですよ。ジエルにはお茶かジュースをくれ」


 シルバーはジエルの前に置かれた酒用の盃をどかすと使用人女性に頼んだ。使用人女性は困った顔で島長に目を向けたが、島長が(うなづ)き許可するとテーブルの中央に置かれているジュースの入った瓶を持ち、大き目の盃にジュースを注いでジエルの前に置いた。

 シルバーはそのジュースの紹介をする。


「島で採れる果実を(しぼ)ったジュースだ。口に合うと良いが」


「甘くて美味しい」


 ジュースをひと口飲み、舌で唇を舐めたジエルを見てジエルは嬉しそうに微笑んだ。シルバーはジュースの瓶を持つと自分で盃に注いだ。


「今日は私も酒は止めておきますよ、船旅の疲れが残っていますから」


「私もジュースにしよっと」


 ブルーも自らジュースを自分の盃に注いだ。シルバーとブルーは(そろ)ってジュースを飲む事にしたのだ。島長は酒をひと口飲むとジエルを見据(みす)えて重々しく口を開く。


「さてジエルさん、私はあなたに対していくつかの疑問を抱いている。まず、なぜ海賊が隠れ住んでいる島に1人でいたのかな?」


 ジエルはスライム島に棲んでいたが、魔王の霊が憑依した事で知性と生命力を吸収できる超常者という体質を得て、多くの生物を殺す事で人型になるまでに成長したのだとは教えられるわけがない。

 ジエルが魔族だと知られれば、島長とジエルのすぐ近くに座っている超常者アーサーによってジエルは殺されると魔王は判断していた。決してジエルが魔族だとバレてはいけない話し合いが始まる。


『ジエル、ここから先は私の指示通りに発言をして、余計な事は絶対に言わないで。表情にも気を付ける事、とても大事な場面だから』


『わかった、気を付けるよ』


 ジエルは魔王に指示された通りに話し始める。


「あの島が海賊の隠れ家だとは知らなかったのよ。あなたは海賊の隠れ家だと知っていたのかしら?」


 突然変わったジエルの口調を聞いて、島長は少しだけ表情を変えた。


「いや、知らなかったな。近海(きんかい)のいくつかの無人島に海賊が勝手に住み着いているのはこの辺りに住む者なら誰でも知っているが、あの島に確実に海賊がいるとはさすがに分からなかった」


「そうでしょう? これで私が海賊だという疑いを晴らしてくれるかしら? そもそも私が海賊だったらシルバーを助けるはずがないわよ、私は海賊ではない」


 ジエルは島長をひと(にら)みした。


「そうだな、きみが海賊かもしれないという疑いは晴らすよ、失礼した。だがまだ不審な点はある。きみはどこから来て、どういう目的であの島にいたんだ?」


「故郷は――よ。故郷にいる時の事は話したくないわ、貧しくて惨めな記憶しかないから」


 魔王はジエルに貧民街の存在する人間の大きな都市の名前を言わせた。貧民街出身という事にすれば身元を偽れると考えたのだ。

 貧民街出身だと暗に言ったジエルを見て、シルバーは同情をした様子だ。ブルーは野蛮な人を見るような目をジエルに向けた。


「自分が超常者だと分かってからは、生命力を吸収するためと別の世界に行きたいという願望から旅を続けているの。格好をつけた言い方をすると武者修行をしているってわけ。その途中に海賊の隠れ家のある島に立ち寄ってしまったのよ」


 島長は超常者であるアーサーと友であり、超常者は人々から異能の存在として恐れられ距離をとられやすく、そのため故郷を捨てたり、人との密接な関係を築くのを避ける超常者が多い事を知っていた。

 故郷を捨てて旅人になったというジエルの話は筋道が通っている。


「なるほどな、超常者は人から注目されて気苦労が多いらしいからな、旅をして気晴らしをしたくなるのも納得がいく。超常者ならば女性でも1人で海賊100人を倒すのも可能だろう」


「超常者の常識外れの戦闘力に理解があって助かるわ」


「戦闘といえば、きみの着ている呪いの鎧が気になっていてな」


「あの鎧は周囲に悪影響はもたらさないわ。私が経験から確かめた事だから安心してちょうだい」


 呪いの鎧とは嘘の設定で、実際にはジエルの硬質化の能力で作った硬いだけの鎧だが、ジエルは呪いの鎧という設定で安全性を説いた。アーサーが反応をする。


「経験を語るには、あんたは年若いと思うがな」


 ワイプの中の魔王はしまったという顔をする。ジエルの外見は人間の10代後半ぐらいに見えるという事を失念していたのだ。ジエルも動揺が顔に表れた。アーサーは続けて疑問を口にする。


「それに俺はその呪いの鎧とやらを切ってしまったが、硬いだけの鎧だと感じてな、魔術的な要素があるとは思えないんだよ。あれは本当に呪いの鎧なのか? 脱げないと言っていたのに、あんたは今こうして鎧を脱いだ姿を見せているしな」


「あなたが切ってくれたから鎧の呪いが解けたとは考えないのかしら?」


「俺は魔術には詳しくないが、兜を少し切っただけで解ける呪いというのも変な話じゃないか? あんた、もしや最初から鎧が脱げたんじゃないか?」


 アーサーのジエルを見る目が鋭くなり、その雰囲気にその場にいた人々の緊張感が一気に高まった。魔王はアーサーが突然剣を抜いてジエルの頭を真っ二つにする光景を想像した。アーサーならば可能な事だ。


「まあ怖い、まな板の上の魚になった気分だわ。鎧を脱ぎたくない理由があるとは考えないのかしら?」


 セリフは余裕そうだが、ジエルは怯えて硬直していて真顔だ。島長がジエルに向けていた疑いの感情が濃くなる。


「つまり、本当は鎧を脱げたという事か? そうならばやましい事があって姿を偽っていたと思ってしまうが」


「勝手に私が悪意からそうしたと決め付けるのは止めてよ、それが人間の上に立つ者の態度なわけ? 鎧を脱ぎたくない理由があるって言っているじゃないのよ。ちゃんと話を聞いて頭を使って判断してちょうだい」


 島長への侮辱とも取れる物言いに人々の表情が変わる。何と無礼な奴だという顔をしている者もいれば、シルバーのように心配そうな顔をしている人もいる。ブルーは真面目な表情でジエルに注目した。

 当人の島長に苛立った様子はない。いま重要なのは会話の中身だと思っているのだ。


「ならばその理由を聞かせてもらおうか」


「……怖かったのよ、肌を見せるのが」


 ジエルの意味ありげな発言に、周りにいる人々の表情が固まる。島長も詳しく追及して良いのか迷った。ただアーサーは違ったようだ。


「どういう事だ、肌を見せたくない理由があるのか?」


 アーサーの無神経と思える追及にシルバーが声をあげる。


「アーサーさん、詳しく聞く必要はないでしょう」


 シルバーは常識を考えて欲しいという顔をしたが、アーサーは常識を分かっていないのはお前の方だという目をシルバーに向ける。


「妙だと思わないのか? このお嬢さんは魔族の疑いをかけられた時でも兜を脱ぐのを嫌がったんだぞ。どのような理由で鎧を脱ぎたくないのかは知らないが、魔族に間違われるのは相当な侮辱だというのに、彼女は兜を外す事すら嫌がったんだ」


 アーサーの指摘に周囲の人々は確かにその通りだという反応をする。島長も同意だという顔だ。人を魔族呼びするのは激しい侮辱であり、殴られてもおかしくない事だからだ。

 それなのにジエルは魔族呼びされる事を大問題だと考えていないと、宴の人々は気が付いたのだ。


「私の思考をあなたの価値観で決めないでよ、どこまで私を魔族にしたいのよ、人間を魔族呼びするのは強い侮辱だと言ったのはあなたでしょう? それなのに私を魔族だ魔族だと言って、変なのはあなたの頭の方だわ、いい加減にして」


 責められているジエルをシルバーが庇う。


「アーサーさん、ジエルには魔族らしい特徴がありません。なのに何故まだ彼女を魔族だと疑うのですか」


「確かにジエルには獣のような耳はないし角もない、調べたら尻尾も生えていないようだ。だけど目に見える所に魔族の特徴が出るとは限らない、例えば――」


 ジエルを見るアーサーの目にひと際、力が籠る。


「――血液が人間と違う色かもしれない」


 アーサーの推測にジエルは目を見開いてしまう。今のジエルは一見人間のようだが中身はスライムで、傷をつけられても血は流れず、傷口の奥には青色で半透明の本来のスライムの部分が現れてしまい、人間でない事がバレてしまうと考えたからだ。


『どうしよう、傷をつけられたらスライムだとバレてしまうかも』


 ジエルはアーサーならば躊躇(ちゅうちょ)なく自分を傷つけられると思った。


『大丈夫よ、私に言われた通りに行動しなさい』


 ジエルの血は赤くないかもしれないというアーサーの言葉に、シルバーは何と失礼な発言なのだろうという反応をする。


「アーサーさん、血が赤くないだろとは失礼すぎますよ」


 その時、ジエルが突然テーブルを拳で叩いた。激しい音の後にテーブルに液体が広がっていく、ジエルが持っていた盃が割れてジュースがこぼれたのだ。ジエルが右手を広げると傷ができていて、そこから赤い液体が流れている。


「これで満足かな? 赤い血が流れているでしょう?」


 ジエルの右手から流れている血を見たブルーは驚いて、両手で自らの口を覆った。シルバーは慌てて駆け寄ると料理敷きに使っている布でジエルの手を押さえて止血しようとする。

 アーサーはまさかジエルが自傷するとは思っていなかったらしく、動揺した。


「私は人間、わかってくれたかしら?」


 ジエルは血の付いた右手を周囲に見せつける。島長とアーサーはジエルの右の手の平から赤い血が流れているのを確かに見た。


「ああ、きみは人間だ。島長としての立場があったとはいえ、失礼な態度をとってしまってすまなかった」


「ここまでやってくれたのなら信じないわけにはいかないな。あんたを人間だと認めよう」


 島長とアーサーはジエルが魔族という疑いを晴らす宣言をした。広間にいる人々の緊張感が薄れていく。


『上手くいってくれたわ』


 ワイプの中の魔王がニヤリとほくそ笑む。


『以前、酒を飲んで体の一部が溶けた時に液状化ができる事を発見した。手の内部を人間の肉のような色に変えて、体の極一部を液状化して赤色に変えた偽の血液を、手の中に作った偽の血管に入れておいた。

 あとはわざと手を怪我をして血を流せば、まるで人間が赤い血を流したと人間どもが誤解してくれるわけよ。液状化は戦闘には使い道がない能力だと思っていたけど何事も使いようだわ』


 ジエルは能力を使って人間のような偽の赤い血をあえて流して見せたのだ。魔王は温泉に入っている間に、島長達が追及してくるのを予測して偽の血液を流す準備をしておいたのだ。


「そっちは私にいろいろ聞いてきたんだもの、私もあなたにいろいろ聞いても良いのでしょう? アーサー」


「質問にもよるがな、なんだい嬢ちゃん」


「あなたは大陸から仕事でこの島へ来たらしいけど、それなら最近の大陸北部について少しは知っているんじゃない? もしそうなら教えて欲しいんだけど、魔族の動向は超常者として知っておきたいから」


 大陸南部には人間の王国があり、大陸北部には魔族の都市が点在している。魔王が存命の時点では、人間と魔族の戦線が北部と南部の境に存在していた。

 魔王は勇者に殺され怨霊となってから最近まで ひと気のない辺境の島にいた。現在の北部の情報を掴んでおきたいのだ。


「……もしかして超常者の軍人になって北部戦線に行きたいのか? 魔王が勇者に倒された後も魔族との戦争は続いていて、超常者のあんたならば軍に歓迎されるだろうが止めておけ。北部はずいぶんと酷い有様だ。人間らしさを失うぞ」


「どういう事よ、詳しく聞かせて」


 アーサーは酒をひと口飲むと重い口を開く。


「魔王が倒されてから魔族軍の連携は弱くなってな。人間軍が押し勝って北部へ進出して、多くの魔族の都市が人間軍に占領されたんだ」


 人間達が魔族の都市を占領したと聞き、ワイプの中の魔王は目の色を変える。占領を口にした時のアーサーの苦しむような表情から、占領は悲惨な結果になったと聞かずとも推測できる。


「人間達は占領した魔族の都市で何をやっているの」


「重税を課して魔族を飢え死にさせたりと酷いものさ。魔族相手とはいえあまりにもな光景に、軍に所属している超常者が何人も自ら北部を離れた。俺もその1人で北部から王都に移って、王様から命じられた仕事でこの島へ来たってわけだ」


「占領した都市を()り潰すとか、人間には脳みそがないわけ!?」


「貴族が指揮する軍ならば占領した都市を有効活用しただろうが、現在の軍にはそこまでの知能はない。魔族との戦争に勝つために超常者を積極的に登用したまでは良かったが、超常者を軍の上層部に置いて、

 臨機応変な戦いができるようにとはいえ権力と軍事力を超常者に与え過ぎたのは悪手だ。そのせいで現在では、超常者たちが率いるいくつもの軍が半ば独立した状態になってしまっていて、中央の王家と貴族達で制御できなくなってしまったんだ」


 ワイプの中の魔王は険しい顔だ。ジエルも人間が魔族相手に酷い事をやっていると聞いて怒りを感じた。


「中央はこれ以上、北部の超常者たちを増長させないために、軍をできるだけ北部から引かせて外交によって魔族を取り込みにかかるつもりだが、未だに多くの超常者と軍が北部に残っている現状では難しいだろうな。

 北部から引き抜いた軍人の行き場探しが不十分だったせいで野盗化されたりと最近の大陸は酷いものだ。この南の辺境の海にも海賊が頻出(ひんしゅつ)するようになってしまったしな」


 魔王が勇者に殺された事で魔族軍は弱体化し、いくつもの魔族の都市が人間軍に占領され、たくさんの魔族が酷い目に遭っている。その現実に魔王は唖然(あぜん)とした。


「ヘンピ島の周辺に海賊がたくさん出るようになっているのなら、島長としてどうにかしたいと思っているんじゃない? 息子が海賊に誘拐されているんだもの。放っておいたら更に大きな被害が出るわよ、確実に」


 島長は苦虫を噛み潰したような顔をする。


「当然、息子を誘拐して近くの島々を荒らす海賊どもを皆殺しにしてやりたいと思っているよ。だが、この辺りの海域には無人島がたくさんあり、海賊どもはそれらを隠れ家にしていて見つけにくい。

 おまけに海賊の数はとても多く、普通の人間達では簡単には退治できないんだ、超常者ならばどうにかなると思うがな。だからアーサーがこの島を訪れてくれた時は、もしかしたら近海の海賊を一掃できると思ったんだが……」


 アーサーは申し訳なさそうな顔で島長を見る。


「俺もできればチカラになりたくて、この海域にいる間は海賊を殺しまくるつもりだが、俺は王家の下から流出した銃の調査のために来ている。全ての海賊を殺すまで滞在はできないかもしれない、情けない話だがな」


「アーサーの代わりに海賊退治をしてくれる超常者を派遣するよう王都に頼んではいるのだが、北に魔族との戦線を抱える状況で、王国内でも混乱がある今、この辺境の海へ貴重な戦力である超常者を送ってくれる可能性は低いだろうな」


 宴に参加している島民達の表情が(くも)る。いつか大勢の海賊に島を攻められ、自分達の家族と仲間がめちゃくちゃにされるのを想像したのだ。


「だったら――」


 鬼気迫る響きのジエルの声に、一同は注目する。


「私も海賊達を殺してあげる。アーサーが帰った後も海賊が残っているのなら私が1人で皆殺しにしてあげる。だから私にあなた達の知る限りの海賊の情報を教えて」


 その目的をアーサーが尋ねる。


「海賊を殺しまくりたい理由は生命力目当てか?」


「そうよ、私が生命力目当てで海賊を殺して誰かが困るかしら? 海賊が死ぬ事で悲しむ人がいる? いないでしょう? あなた達は安全が確保できて私は生命力を吸収できる、誰も損をしない話のはずよ」


 ジエルを介した魔王の提案に島長は考え込む。シルバーも心配といった様子だ。


「ジエル、私を100人の海賊から助けてくれたきみが強い事は知っている。でもこの海域全ての海賊となると100人ではきかない。いくらジエルでも危険だと思うが」


「シルバーの言う通り危険だ。息子を助けてくれた恩人に何かあったらと思うと気軽には頼めない、少し考えさせてくれ」


「良い返事を待っているわよ、島長」


 魔王は、自分が死んだ事で辛い目に遭っている魔族達を救うためにも、ますますジエルには一刻も早く強くなって欲しいと思った。弱いと何もできないというのが彼女の価値観なのだ。

 ジエルも人間によって魔族が酷い目に遭っていると聞き、故郷のスライム達が勇者に皆殺しにされた時の事を思い出し、激しい怒りを感じた。早く強くなって北部の魔族達を助けたいと願った。

 魔王とジエルは強くなる事を渇望した。そのためにも、この南の辺境の海にいる海賊達を何としても多く殺さなければと決意したのだ。


 魔族の疑いを晴らす事に成功し、海賊退治の協力を申し出たジエルは自分の席に戻り、肩の荷が下りたように息を吐いた。

 ジエルの目の前には料理が並んでいる。人間ではおかしなほど大量に食べる事を魔王に禁じられているが、一戦終えた気分のジエルは無性に食事をしたいと思った。


 演技の下手なジエルは、その内心が隣に座っているシルバーに伝わった。


「この宴はジエルへの感謝が籠められている、食べ足りないなら好きなだけ食べて良いのだぞ。船で一緒に旅していた時は、止めないと保存食を食べきってしまいそうな大食漢(たいしょくかん)という印象を受けたからな」


「兄上、女に対して大食いだろとは失礼だよ」


 シルバーの妹のブルーが近付いてきた。


「結構食べていたからジエルさんはもう満腹に決まっているよ、無理に食べさせようとしないで」


「そうだな、すまなかったジエル。彼女の前の料理は下げてくれ」


 シルバーが給仕に頼むとジエルの前に積まれていた料理は移動された。ジエルは金銀財宝を持っていかれたような顔をする。

 ブルーが先程まで持っていたジエルへの警戒心が薄れていた。父である島長が疑いを取り下げたので安心できたのだ。


「料理が口に合ったようで良かった。でも男物の服しか用意できなくてごめんなさい、できれば私の服を貸したかったんだけど、私は背が低いのでサイズが合わなくて父上の服しか用意できなかったの」


 ブルーは10代半ばだが、女性の中で身長が低いという事はない。ジエルの身長が180cmぐらいと周りに比べて高いのだ。そのためジエルは島長の男物の服を着ていた。


「構わないよ、服は着られれば何でも良い」


「ジエルさんは綺麗なのに着飾らないと勿体ないよ。それに髪の毛も長くて綺麗なのにボサボサにしているのは勿体ない」


 ジエルは風呂から上がるとタオルで適当に頭を拭いただけで手入れをしておらず、纏めてもいないので長い髪の毛がボサボサの状態であった。ブルーは荒れた庭を見るような目をジエルに向けているが、ジエルは髪の毛が乱れている事は気にしていない。


「髪の毛はただそこに生えていれば良いでしょ」


「駄目だよ女なのにそんな……そうだ、ちょっと待ってて」


 ブルーは小走りで広場から出ていった。戻ってきたブルーの手には赤いリボンが握られていた。ブルーがジエルの背後に回った時、ジエルは驚愕した。


「それで首を絞める気!?」


「えええ!? 違うよ、どうしてそういう発想になるの? 髪の毛をリボンで縛ろうとしただけだよ。ジエルさんの髪は空のような青色だから、太陽のように赤いリボンが似合うと思うんだ。ちょっとじっとしてて」


 自分の背後で何やら作業をしているブルーに、ジエルは怯えた。


「できた!」


 満足気なブルーを置いて、ジエルは自分がどんな目にあったのか確認するために広間にある鏡の前に移動した。長い青色の髪の毛を、赤いリボンで束ねたジエルの姿が鏡に映る。

 ジエルに近付き隣に立ったブルーの髪の毛も、いつの間にやら赤いリボンで飾られていた。


「おそろい」


 赤いリボンで髪の毛を束ねた女性2人が鏡に映っている。2人の背後には優しい目をしたシルバーの姿も映っていた。

 ジエルは自分と同じような赤いリボンで髪の毛を飾り、自分の横で楽しそうに笑うブルーを見ていると、さっきまで食べ物を好きなだけ食べられなくて感じていた不足感が薄れていくのを感じた。

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